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(73)変更後の予定が予想外です【レポート用紙】



 同じ職場。歳の差は三歳。仕事に打ち込むことで、密かに抱く恋心を抑え込んでいる女性と。

そんな女性を、いつかデートに誘ってやろうと機会を狙っていた男性。




「こちらのデザインはそのままで、配色を変えるということですね。はい、淡い暖色系を多めになるように変更したします。出来上がりですか?そうですね、明後日の朝一にデータをお送りできるかと。では、失礼いたします」


 とあるグラフィックデザイン事務所で働く私、剣崎けんざき律子りつこは静かに受話器を戻した。

 そしてすぐさまA5判のレポート用紙を取り出し、今しがた終えた電話の内容を書き入れる。

 これはただのメモ用紙として使っているのではなく、一ページが一日ごとのスケジュール帳となっていた。

 周りのスタッフのほとんどは、スマートフォンで予定を管理をしている。

 もしくは、専用のスケジュール帳を使っていた。

 しかし、そういったものを取り出して書き加えや修正をするより、レポート用紙のほうが私としては使い勝手がよかった。

 ササッと直せる上に、書き込むところも多い。

 予定が前後したら、矢印を使って入れ替わったことにするのは本当に便利だ。

 また、私は依頼主に合わせて進行する仕事が主なので、一時間刻み、場合によっては十分刻みで動くこともある。

 だから、チマチマとスマートフォンや一般的なスケジュール帳ではすぐに書き切れなくなってしまうのだ。

 おまけに値段が安いので、遠慮なく使える。

 この事務所で働くようになって二年が経つが、入社当時と同じくレポート用紙が相棒だった。


 電話を終えた私は、すぐさま仕事に取り掛かる。

 いくつもの仕事を同時進行しているので、どんどんこなしていかないと、あっという間に締め切りを迎える羽目になるのだ。

 自分のパソコン画面に向かい、依頼主からの要望を元にをイメージを膨らませる。

「もう少し、柔らかい雰囲気のほうが……。でも、お店のロゴはシックな色合いが目立つかなぁ」

 あーでもない、こーでもないと独り言を零しながら、私はキーボードを叩き、マウスを動かしていた。

 そこに、デスクの上の電話が鳴る。

「はい、KSグラフィックデザインの剣崎です」

『お世話になってます。三並市民ホールの安西です』

 かけてきたのは、私がポスター作製を請け負っているお客様だった。

 毎年秋になると、この三並市では有志による音楽コンサートが開催される。

 今年は二十周年ということで、大々的に行うとのこと。

 それもあって、これまで市民ホール職員が手作りしていたポスターではなく、本格的なものを掲示してイベントを盛り上げようという話になっていた。

 音楽コンサートは半年先なので、十分に時間的な余裕はあるものの、いっさいの妥協はしたくないという熱の入りようから、すでに二度打ち合わせをしていた。

「こちらこそ、お世話になっております。どうされましたか?」

『実はですね……』

 安西さんが切り出したのは、コンサート業務を仕切っている主任が風邪をこじらせてしまい、一週間ほど安静にしなくてはならないということだった。

 それにより、明後日の打ち合わせを延期してほしいとの話だ。

 ポスターに関して主任さんが中心となっているため、同席してもらわないことには具体的に話は進められない。

 中途半端に案を纏めたところで、主任さんが納得しなかったら、打ち合わせは振り出しに戻るだろう。

 一応、一週間後には職場復帰できると医者が話しているそうなので、それからのほうが無駄はない。

 私はレポート用紙を取り出し、自分の予定を確認する。

「では、来週水曜日を空けておきます。お時間は、これまでと同じように十九時でよろしいですか?」

 市民ホールスタッフは、十八時半が終業時間となっているため、打ち合わせは毎回遅い時間となってしまう。

 とはいえ、できる限りお客様の都合で動かないと、仕事は回ってこなくなる。

 十八時開始の打ち合わせなら、まだ可愛いものだ。

 私が明るい声で回答すると、安西さんはホッと安堵の息を漏らした。

『はい、時間はそれで。すみません、急に変更することになってしまいまして』

「いいえ、お気になさらずに。どうぞお大事になさってくださいと、お伝えください」

『ありがとうございます、失礼します』

 受話器を戻した私は、レポート用紙に変更後の予定を書き込む。

 それから、キャンセルとなった予定に赤の二重線を引いた。

「明後日は、久々に早く帰れそうね」

 思わず時間に余裕ができ、なにをしようかと考える。

 そんな時、スッと横から腕が伸びてきた。

「えっ!?」

 驚いて固まる私の視線の先で、二重線を引いて取り消した予定の下に文字が書き込まれる。


『俺とデート』


 あんぐりと口を開けたまま、ゆっくりと右隣に顔を向けた。

 そこに立っていたのは、三歳先輩の財前ざいぜん誠也せいやさんだった。

「……どういう、こと、でしょうか?」

 ぎこちなく問いかけると、艶やかな黒髪の持ち主で、長身イケメンの先輩が切れ長の目を細める。

「剣崎を誘おうにも、お前はやたらと忙しそうだったからな。予定が空くのを、ずっと狙っていたんだよ」

「……私の予定?」

 いまだに状況が呑み込めない私が、ポツリと呟く。

 財前先輩は私の指導係で、憧れの存在。

 がっつり尊敬していて、ちょっぴり恋心を抱いている人だ。

 なにかと面倒を見てくれて、これまでに何度も食事に誘ってもらっていた。

 だけど一緒に出掛けてしまったら、尊敬する気持ちよりも恋心が大きくなってしまいそうだったから、仕事が忙しいことを理由にずっとお誘いを断っていた。

 告白する勇気がないし、仮に告白したとしても、成功する確率はたぶん低い。

 この職場はすごく気に入っているから、失恋の気まずさで辞めたくはなかった。

 それはとりあえず置いておくとして、先輩が私の予定を気にするのはなぜだろうか。

 私はこの事務所に入って二年しか経っていないが、それにしてはかなりの仕事を請け負っている。

 専門学生時代に賞をもらった経験があるため、ありがたいことに私への依頼は絶えず入っていた。

 それもあって、休日関係なく忙しかったのは嘘ではなかったのだが。

「え、えっと、あの……」

 オドオドと視線を彷徨わせていると、ペンを離した先輩の右手が私の右手に重なる。

「言っておくが、デートは明後日だけじゃない。剣崎のスケジュールが空いた時は、何度もデートするからな」


――疲れすぎて、幻想を見ているとか?


 ありえないことが起きたせいで、現実感がまったくない。

 空いている左手で、自分の頬を思いっきり抓った。

「いたっ!」

 はっきりとした痛みを感じるということは、これが現実ということだ。

「う、う、嘘!?私が、先輩とデート!?ちょっと、どういうこと!?」

 途端に慌て始めた私に、先輩がクスッと笑いかける。

「どうもこうも、俺は剣崎が好きで、付き合ってくれってことだよ。じゃ、明後日のデートは決定だな」


 予想外の予定変更に、私はひたすら「どういうこと!?どういうこと!?」と独り言を繰り返したのだった。


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