(26)透明な君の想い【クリアファイル】
*このお話は高校生同士です。
●同じ高校の二年生で、同じクラス。
スポーツマンでクラスの中心的存在の男子と、ほんわかタイプでおっちょこちょいな女子。
私には好きな人がいる。
高校二年生で同じクラスになった早川壮真君はスポーツ万能で、親しみやすくて、明るい性格。
彼がいるだけで、周りのみんなが笑顔になる。
早川君は何と言うか、他の人よりも色々な面で頭一つ飛び出している感じ。皆よりも背が高いからってことじゃなくてね。
同じ二年生なのに、やっぱり違うんだよ。
私はそんなに暗い性格をしているわけでもないし、友達だってそれなりに多い。合唱部でも毎日頑張っている。
だけど、早川君のように人を惹きつけるほどの人間じゃないことは百も承知。
彼がヒマワリだとしたら、私は、そうだなぁ、タンポポ?同じ黄色い花でも、次元が違う感じかも。
地面を這うように咲く小さいタンポポが、太陽に向かってグングン伸びるヒマワリに恋をするなんておかしいけれど。
でも、好きになっちゃったんだもん。
恋に落ちたきっかけは、ほんの些細なこと。
梅雨時だというのに、おっちょこちょいな私は傘を持たずに登校してしまった。朝は雨が降っていなかったことと、遅刻しそうで慌てていたのが原因だ。
この時期でも運が良ければ下校まで降らないこともあるというのに、傘がない日に限って昼過ぎから降り出し、そして下校時間になってもまだ雨は上がらなかった。
仲の良い友達は用事があるということで、先に帰っている。
昇降口の軒下で、私は力なく空を見上げた。
ドンヨリと灰色の雲が空一面を覆い尽くしていて、いっこうに雨がやむ気配はない。
「困ったなぁ」
眉尻を下げてため息を吐いたその時、
「栗山、駅まで一緒に行くか?今日は部活ないから、俺、もう帰るし」
と、傘を差し出しながら声をかけて来てくれたのが早川君だった。
「え?」
ビックリして背の高い彼を見上げて瞬きを繰り返していると、クスリと笑われる。
「お前の背中が捨てられた子犬みたいに、すっげぇションボリしていたから。なんか放っておけなくて」
「は?私の背中、そんな風だった?」
十七歳にもなって子犬扱いとか、ちょっと情けないかも。しかも捨てられた子犬って、私、傘がないだけでどれだけ落ち込んでいたのだろうか。
居たたまれなくなり、目を合わせられない。
すると、また頭の上から小さな笑い声が降ってきた。
「うん、だから思わず声をかけた。っていうか、前からゆっくり栗山と話してみたかったんだ」
「な、なんで?」
意外なことを言われて、思わず顔を上げてしまった。
見つめた彼の表情に、こちらを馬鹿にしている様子は少しもない。
――私と話したいって、なんで?
運動部の彼と、文化部の私とは、あまり接点がない。仲が悪いわけじゃないけれど、特別に親しい感じでもない。
顔を合わせれば挨拶をして、たまに先生からの要件を伝える程度。
お互いがそんな距離感なのだと思っていたのに。
首を傾げていたら、彼が口を開いた。
「お前、合唱部だっけ?」
「そうだけど」
バスケ部の早川君が、なんでそんなことを訊くのだろうかと再び首を傾げたところで、彼がはにかんだように笑った。
「それもあるのかな。なんか、お前の声、いい声だなって。いつかじっくり話したいって、ずっと思っていたんだ」
それを聞いて、たいして大きくない私の目が限界まで見開かれる。
「うそ!私の声なんて、ぜんぜん普通だよ!?」
いい声だなんて初めて言われた。嬉しいというより、ビックリした。
そんな私を見て、早川君がクスクス笑う。
「でも、俺にはメチャクチャいい声に聞こえるんだって。だから、俺と話そうよ。駅に着くまでの間でいいからさ。栗山は濡れずに駅まで行ける。俺は栗山の声が聞ける。ほら、持ちつ持たれつってことで」
「う、うん……」
何だかよく分からないうちに、私は早川君と一緒に帰ることになってしまった。
会話というよりは彼にあれこれ質問されて、それに答えるという感じだったけれど。それでもすごく楽しかった。
ふいに見せる笑顔とか、驚いた表情とか、真剣なまなざしとか。
そして私の話を一生懸命聞いてくれる彼の様子が、すごくすごく嬉しくて。
駅に着いて、別々のホームに行かなくてはならない頃には、早川君のことが好きになっていた。
それからは、気付けば彼の姿を目で追う毎日。
でも、自分の気持ちは彼にまだ伝えていない。どうしても伝えられない。
同じクラスだから、振られた場合はかなり気まずいだろうし。
それと、優しい早川君はこれまでと何も変わらずに接してくれると思う。だからこそ、振った私に気を遣わせてしまうことが申し訳ないのだ。
どうして振られることを前提にしているのかというと、私に早川君に好きになってもらえる要素が見当たらないから。
一緒に帰った日に私の声がいいって褒めてくれたけれど、それだけじゃ、ちょっとねぇ。
だって、彼はクラスの女子だけじゃなくて、後輩にも先輩にも人気があるのだ。可愛い、綺麗と言われる女子が、早川君の周りにはたくさんいるのだ。
ほら、結果なんて分かり切っているでしょ。
そんな私は、誰にも内緒でデジカメを持って来て、彼の姿をコッソリ隠し撮りした。
彼はバスケットコートに入ると、外野のことが気にならないほど集中力が高まるのだとか。
それでも気付かれないように、出来る限り離れたところからシャッターを切った。
出来上がった写真はちょっとぼやけているけれど、確かに早川くんが写っている。
「こういうこと、本当はダメなんだよね。でも、他に写真を手に入れる方法はなかったし……」
部活が急きょ中止になった放課後。
私は教室に一人残って、彼の写真を眺めていた。
そのまま持ち歩くとすぐにボロボロになるだろうから、クリアファイルに入れて持ち歩いている。
姉から借りたデジカメなので、画像データは現像後にすぐ消した。
恋愛話が大好きな姉だ。早川君が写っていることを知れば、絶対に私をあれこれ問い詰めてくるはずだから。
貴重な一枚の写真を眺めると、自然と笑顔になってしまう。
「早川君。今頃、部活を頑張っているのかな?」
ポツリと呟いた瞬間、
「何してんの?」
聞き間違えることのない声が。
「えっ!?」
慌てて振り返れば、教室の入り口に早川君が立っていた。
バスケ部専用のジャージに身を包んだ彼は、制服姿以上にかっこいい。
思わず見とれていると、早川君がこちらにやってくる。
「ねぇ、何してんの?」
「え、あの、早川君は!?部活、どうしたの!?」
「ん?俺は忘れ物をしたことを思い出して、戻ってきたんだ。で、栗山は?」
と言ったところで、彼の視線がピタリと定まった。
「それ、なに?」
早川君が見ているのは、クリアファイル。写真が挟まっているクリアファイルだ。
「べ、べ、別に、何でもない!」
私はガバッと胸にファイルを抱え込んだ。
そこで、彼の目が大きくなる。
「なぁ。それって、俺の写真?」
「……え?」
慌て過ぎた私は、裏返しで抱え込んでいた。つまり、早川君に写真が見える様に。
――うわぁ!私のバカ、ドジ、救いようのないおっちょこちょいーーー!
「や、やだ、これは何でもないの!気にしないで!わ、私、帰るから!」
ファイルを左手に、バッグを右手に持って、急いで立ち上がる。
「部活、頑張って!じゃあね!」
引き攣りながらもなんとか笑顔で告げると、扉に向かって猛ダッシュ。
……しようとする前に、左手首を早川君に掴まれた。
そしてグイッと勢いよく引かれ、私の背中がドンと彼にぶつかる。
「ひゃっ!」
バランスを崩した私が短い悲鳴を上げた時には、もう一本の彼の腕が私の前に回ってきた。
「な、な、なに!?」
この状況を脳が処理できなくて、バタバタと手を振り回す。
すると、ギュウッと抱きすくめられた。
「そういうおっちょこちょいなところ、メチャクチャ可愛くて好きだよ」
「う、う、う、うそでしょーーーーー!」
彼が褒めてくれた声での大絶叫が、辺りに響きわたったのだった。
●早川君は密かに栗山さんのことを狙っていたと思われます。
雨の日、昇降口で一人佇む彼女の姿を見て、大きくガッツポーズ。
「これは声をかけるチャンスだ!しかも相合傘とか出来るんじゃねぇの!」
みたいな(苦笑)
でも、必死に冷静さを装い、爽やか仮面で登場。
そして何だかんだと彼女を丸め込み、マンマと相合傘成功★
優しい笑顔で強引に迫る人ほど、手に負えないものはないのです。
……ええ、本当に厄介です。




