(21)あなたと同じ高さで見る世界【30センチ定規】
同じ会社。部署は違う。身長差あり。年齢差は三歳。
色々な部署の飲み会に顔を出す社交的で笑顔が優しい営業部男性社員と、緊張屋で人の輪になかなか入っていけない総務部女子社員。
引っ込み思案で黙々と仕事をこなすことしかできない私は、一人残された室内で帰り支度をしていた。
別に部署のみんなからつまはじきにされれいるのではない。むしろみんなは私に「食事に行こう、」「飲みに行こう」と何かにつけて声をかけてくれている。
美味しい食事は好きである。お酒だって、飲めないわけではない。
だけど、私は人に囲まれるということにやたらと緊張してしまうのだ。
こんな私が参加したら、きっと楽しんでいるみんなの邪魔になる。それが分かっているから、どうしても「行きます」の一言が出てこない。
いつもと同じ「みなさんで楽しんできてください」という断わり文句に同僚たちは嫌な顔をすることなく、「そのうち、一緒に行こうね。じゃ、お疲れ様」と笑顔を向けてくれたのだった。
「みんな、優しいなぁ」
部署の中でもとりわけ地味な私のことを、ちゃんと「そこにいる」と見てくれている。
それが社会人として、大人としてのマナーなのかもしれないが、向けられる笑顔はどれも嘘は感じられない。
そんなみんなのためにも、もう少し積極的になれたらいいのに。
「そうしたら、あの人とももう少し仲良くなれるかな」
脳裏の浮かんだのは、総務部の私とは違う部署の彼の姿。
営業部の山形さんは穏やかな笑顔が特徴の爽やか営業マンで、私より三歳年上の人。
明るく社交的な彼は社内でも顔が広く、色々な歓迎会や飲み会にも、部署の垣根を越えて参加することが多かった。
私は歓迎会や送別会などといった場合には参加をしているので、たまに山形さんと顔を合わせる。
会場の隅っこの方で大人しく飲み食いしている私が寂しそうに見えるのか、毎回ニコニコと素敵な笑顔で話しかけてくれていた。
話題が豊富な山形さんのお話はすごく楽しい。それでも、一方的に話し続けるのではなく、タイミングよく問いかけてくれるので、一応会話らしいものは成り立つ。
つっかえつっかえで要所を得ない私の話でも辛抱強く聞いてくれる山形さんのことを好きになるのは、それほど時間はかからなかった。
だけど、この想いを伝えるには、私は臆病者過ぎる。
告白したところでうまくいくはずがないことは分かっている。
たまに顔を合わせて話が出来る距離感は、少し物足りないけれど、すごく安心できるから。
山形さんと気まずくなり、この心地よい距離感を失うことは嫌だった。
「今日の飲み会にも、山形さんは参加しているのかな?」
クスリと笑う。
その時、ふとペンスタンドにささっている三十センチ定規が目に入った。
「山形さん、身長が一七八センチって」
お昼休み。部署内で誰かがそう言っていた。
「私より三十センチ高いんだ」
手にした定規に視線を落とす。
身長差は三十センチ。だけど、私と山形さんの距離は、もっともっと離れている気がする。
彼に近づきたい。でも、怖い。
全然部署が違う私にでも気軽に話しかけてくれるこの距離感で満足しなくては。
頭では分かっているのに、思わずため息が出てしまった。
「定規を握り締めて、なに、ため息ついてんだ?」
「え?」
突然かけられた声に驚いて振り返れば、山形さんが立っていた。
「その定規がどうかしたのか?」
そう言いながら、彼が私のそばまでやってくる。
「あ、あの、その……。私は背が低いので、三十センチ背が高かったら世界が全然違うだろうなって」
咄嗟に考えた言い訳にしては良く出来ていると思う。
山形さんも私の言葉に不審そうにすることなく、「まぁ、確かにな」とクスリと笑った。
「田代の身長はいくつだ?」
「わ、私は、一四八センチです」
「へぇ。俺との差は、その定規と同じく三十センチだな」
――はい。ついさっき、私もそう思っていました。
とは言えず、強張った頬を動かしてどうにか微笑むことが精いっぱい。
ただでさえ山形さんを前にすると緊張してしまうのに、不意打ちで現れた彼に、いつも以上に緊張してしまう。
ドキドキしながら俯く私の頭上に、「じゃぁ」という彼の楽しげな声が降ってきた。
と思ったら、山形さんは私の膝裏と腰に腕を当て、いきなり横抱きに。
彼は自分の顔と私の顔が同じ位置になるように持ち上げてきたのだ。
「ひゃぁっ」
突然のことに目を白黒させて悲鳴を上げると、ニッコリ笑う山形さんが私の顔を覗きこんでくる。
「ほら、これで三十センチ高くなったぞ」
「は、は、はい。そ、そ、そう、そうです、ねっ」
いきなり抱き上げられたことに、彼の顔がものすごく近くにあることに、私の心臓が口から飛び出しそうだ。
いつも以上に言葉がつかえている私に、山形さんはますます楽しそうに笑う。
「この高さの世界が見たくなったら、俺に言えよ。いつでも抱き上げてやるからな」
「え?」
いまいち彼のセリフが理解できずに再び目を白黒させていると、
「つまり、俺を恋人にしろってこと」
と言った山形さんは、私の頬にチュッとキスをしてきた。




