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(20)文系のあなた。理系の私【ホワイトボード&油性マジック】

舞台は中学生、高校生を対象にした学習塾。年齢差は一歳。

爽やか笑顔がトレードマークで、人を喜ばせるタイプのイタズラが好きな国語担当講師の男性と、真面目で頑張り屋だけど、ロマンチックな事をあまり理解しない数学担当講師の女性。



 郊外の駅前にある学習塾。とある国立大学二年生の私は、バイトとしてその塾で数学講師をしている。

 個人の学習塾ではあるが、規模はそこそこ大きく、生徒数も多い。

 受験対策用の特別授業、学校のカリキュラム対策用の通常授業を行っており、どちらも講師の熱心な指導が評判で、この塾はお陰様で大人気。

 講師は私のように学生バイトもいれば、塾専属のベテラン講師もいた。

 年齢層は二十代前半から三十代後半。多少のジェネレーションギャップはあるものの、アットホームな学習塾なので、講師たちの仲は結構いいと思う。

 おかげで一番の新人である私でも先輩講師たちの輪の中にすんなりと入っていくことが出来て、バイトの時間はとても楽しい。




「そろそろいいかな」

 左腕に巻かれた時計に目を落とせば、時刻は二十二時を十五分ほど過ぎていた。

 講師室で行った授業の報告書を書き終えた私は、鍵の束を手に席を立つ。

 この塾では、講師が交代で教室と出入り口の鍵締めを担当する。

 それぞれの部屋を見て回り、ホワイトボードの汚れをチェックしたり、ゴミを捨てたり、簡単な掃除のあと、鍵を閉めることになっているのだ。

 私の今日の授業は二十一時で終わりだが、国語の授業が二十二時まであるので、終わるのを待っていたのである。

 端から教室を見て回り、最後についさっきまで授業が行われていた教室にやってくる。

 明かりが点いている教室内には既に生徒たちの姿はないが、一つ年上の国語担当である稲葉いなば先生がホワイトボードの前に立っていた。

「お疲れ様です」

 声をかけてから中に入ると、

「お疲れさん」

 と、笑顔と共に挨拶が返ってくる。

 稲葉先生は教え方が丁寧なのと、ユーモアを交えた軽妙な話し口で、生徒たちから絶大な人気を得ていた。

 それと、今見せたような爽やかな笑顔が、さらに彼の人気を上げていると思う。

 真っ直ぐに笑顔を向けられてちょっとドキドキしてしまった私は、コホンとわざとらしく咳をしてから稲葉先生のところに歩いていく。

「もう、他の先生たちは帰りましたよ。今日は私が鍵締め当番なので、稲葉先生はお先にどうぞ。……って、何ですか、これ」

 教室の前面に設置されている大きなホワイトボードには、少し角ばった字が一面に書きこまれていた。

「俺が書いたんだ。我ながら上出来だな」

 全体的に平仮名が多く使われている文章は、どうやら稲葉先生自作の詩のようだ。

「なかなかいいと思わないか?」

 そう言われ、私はその文章をしげしげと眺める。

 しかし残念なことに、和歌のような独特な言葉で書かれた詩の良さは、私にはいまいち理解できなかった。

「すみません、理系の脳ミソでは芸術が分からないです」

 素直に告げると、稲葉先生は小さく笑う。

山中やまなか先生にはちょっと難しかったかな」

「言葉のリズムはいいと思うんですけど、この詩が言いたいことまではさっぱり……」

 眉尻を下げて首を傾げると、彼はまた笑った。

「そっか」

 私の言葉に稲葉先生はヒョイっと肩を竦め、改めてホワイトボードをじっくりと眺める。

 そんな彼にオズオズと申し出た。

「あの、そろそろこの詩を消してもいいですか?ここの教室の後片付けが終らないと、私、帰れないので」

 稲葉先生ご自慢の作品を消してしまうのは忍びないが、小腹が空いてきたので出来る事なら早く帰りたい。

 芸術が理解できない残念な私でも、男性の前でお腹の虫が鳴るのは恥ずかしいという乙女心はかろうじて持ち合わせているのだ。 

 困り顔で告げれば、稲葉先生がホワイトボード用のクリーナーを手渡してくれた。

「ありがとうございます」

 受け取った私は、クリーナーを押し付けて文字を消してゆく。


 ところが。


「えっ?」

 小さく声を上げた私は、手を止めてホワイトボードに釘付けに。

 そこには消せない字がいくつか残っていた。専用のマーカーではなく、油性マジックで書かれているらしい。

 その残された文字を順に目で追っていくと……。



や ま な か ゆ り せ ん せ い 


す き で す


こ い び と に な っ て く だ さ い


い な ば ま さ と



 という文章が浮かび上がっていた。

「え?え?」

 キョロキョロと忙しなくホワイトボードに目を遣っていた私のすぐ隣に、稲葉先生がピタリと寄り添うようにと立つ。

「いくら理系の山中先生でも、これなら分かるだろ?」

 そういって稲葉先生は片腕で私の肩を抱き寄せ、呆然としている私の頬に唇を寄せてきたのだった。


●この後、油性マジックの文字も消せる薬剤を使って、ホワイトボードはすっかり綺麗になりますのでご安心ください。

もちろん、稲葉先生が用意しました(笑)


●クリーナーとは俗に言う「黒板消し」のことです。

今はそのように呼ぶのですね。

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