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音の鳴る石  作者: 山吹 ことり


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序章 赤いランプ

 音を扱う仕事をしていると、説明のつかない音に出会うことがある。


 誰もいない廊下を歩く足音。


 録音していないはずの笑い声。


 閉館後のホールで、一度だけ鳴るピアノ。


 そういう話は、決して珍しくない。


 けれど。


 石が音を覚えるという話だけは、初めてだった。


 封筒が編集部に届いたのは、七月の終わり。


 差出人の名前はない。


 宛名には、雑誌名と編集部の住所だけが、黒いボールペンで書かれていた。


 中に入っていたのは、三枚の写真。


 一枚目には、スモーキークオーツのリング。


 二枚目には、片方だけのシトリンのピアス。


 三枚目には、細長いカイヤナイトを下げたネックレス。


 どれも高価なものには見えなかった。


 金具には細かな傷があり、石には濁りや欠けがある。


 誰かが長く身につけていたものを、薄暗い部屋の机に置いて撮っただけの写真だった。


 写真の裏には、それぞれ別の住所が記されていた。


 そして、短い文章が添えられている。



 石は音を覚える。

 持ち主がいなくなっても、音だけは残る。


 まだ、鳴っている。



「夏の怪談特集に使えそうじゃない?」


 編集長は三枚の写真を机に並べた。


「音の鳴る石。見た目もいいし」


「三件とも取材するんですか」


「まずは一件目。使えそうなら続けよう」


 オカルト雑誌の編集部には、この手の情報が頻繁に届く。


 亡くなった家族の声が留守番電話に残っている。


 古い人形の向きが、朝になると変わっている。


 午前三時になると、天井から子どもの足音がする。


 話を聞いてみれば、大抵は家鳴りや機械の誤作動で説明がついた。


 説明のつかないものもある。


 ただ、それが本当に怪異なのか、話した本人の記憶が変化したのかまでは分からない。


 だから私は、最初から信じない。


 信じないまま聞く。


 それが、この仕事を続ける上では一番安全だった。


「一件目の相手には連絡を?」


「亡くなった女性の妹さんが、話してもいいって」


「亡くなった?」


「心不全。事件性なし」


 編集長はスモーキークオーツの写真を指先で押した。


「でも、亡くなる前から指輪の中で音がしてたらしいよ」


「どんな音ですか」


「爪で引っかく音」


 編集長は楽しそうに笑った。


「怖いでしょ」


 私は写真を見た。


 煙を閉じ込めたような、暗い色の石。


 表面には何も映っていない。


 それなのに、長く見ていると、石の奥に白い筋があるような気がした。


 細い爪。


 そんな形に見えただけだ。


「録音、忘れないでね」


「分かっています」


 鞄から取材用の録音機を出す。


 電池残量を確認し、残っていたデータを消去した。


 試しに録音ボタンを押す。


 赤いランプが点灯した。


「七月二十八日。音の鳴る石、事前記録」


 数秒待って、停止する。


 再生すると、自分の声の後ろに編集部の雑音が入っていた。


 キーボードを叩く音。


 電話の着信音。


 遠くで誰かが笑っている。


 問題はない。


 停止しようとしたとき、最後に小さな音がした。


 カリ。


 私は巻き戻した。


「七月二十八日。音の鳴る石、事前記録」


 キーボード。


 電話。


 笑い声。


 カリ。


 硬いものを、爪で引っかいたような音。


 録音機を机に置いたまま、周囲を見回す。


 編集長は電話をしている。


 ほかの編集者たちも、自分の仕事を続けていた。


 こちらを見ている者はいない。


 もう一度再生した。


「七月二十八日。音の鳴る石、事前記録」


 キーボード。


 電話。


 笑い声。


 カリ。


 今度は、その後ろに呼吸音が入っていた。


 短く息を吸う音。


 そして、ひどく小さな女の声。


「聞こえた」


 私は停止ボタンを押した。


 録音機の画面を確認する。


 録音時間は、十二秒。


 さっきと変わっていない。


 データを消去した。


 画面に、データなしと表示される。


 それでも、赤いランプは消えなかった。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 ゆっくりと、呼吸するように明滅している。


 私は電源ボタンを長押しした。


 ランプが消える。


 机の上には、三枚の写真が並んでいた。


 リング。


 ピアス。


 ネックレス。


 写真の中の録音機は、どれも赤いランプを点けている。


 私は一枚目だけを封筒へ戻した。


「明日、行ってきます」


「よろしく」


 編集長は軽く手を上げた。


 その日の夜。


 自宅で取材資料を確認していたとき、机の下から音がした。


 カリ。


 一度だけ。


 椅子を引き、床を覗く。


 何もない。


 古い床材が軋んだのだと思った。


 そう思うことにした。


 翌日。


 最初の住所へ向かった。


 指輪の中から、引っかく音を聞いていた女性が亡くなった部屋だった。


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