第零章 / 8話 『突如の災悪』
「ベルガルト……なんで………」
突然現れた前世での怠惰な襲撃者―――ベルガルトに、ワタルは驚愕で声がうまく出ない。そんなワタルを、ベルガルトは睨んで来る。その視線に、ワタルは冷や汗をかく。
「おい、オメエ、目上の人には『さん』付けをしろって習わなかったのか? それと、相手が名乗ってんだ。オメエも名乗れよ。メンドクセェ」
睨みながら、ベルガルトはワタルを咎めるように言う。
「えと、俺は、その……」
必死で自分の名前を言おうとするが、相変わらず声がでない。
マズイ。ワタルは心の中でそう思った。このままだとベルガルトの機嫌を損ねてしまう。街一つ平気で滅ぼし、人を殺すことに躊躇のないベルガルトを怒らせてしまえば、ドルガルごとワタルは殺されてしまう可能性が高い。だというのに、解決策が恐怖で思いつかない。
情けない限りだが、ワタルは一度この男に殺された。だから、この反応も仕方ないと言い訳したい。
すると、
「おう、ベルガルトさん。こいつはキトウ・ワタルってんだ。それとベルガルトさん、顔が怖いですよ? ほら、ワタルがビビってんじゃないですか」
そこへドルガルが軽い口調で、割って入ってきた。
ドルガルなりのフォローだったのだろうが、今の状況では最悪だ。――ベルガルトが、ワタルの名前を知ってしまった。
もし、ベルガルト――というより、『無双の神判』とやらが異世界を自由に移動できるのだとしたら、もうワタルは逃げられない。いくら死んで世界が変わろうと、今回みたいにベルガルトにばったり会ってしまえば、殺される。
どころか、今もその危機に晒されていて――、
「あ? なんで俺がこいつの顔色を窺わなきゃなんねぇんだよ。メンドクセェ」
「ぇ……」
どんな言葉が飛び出てくるのかと、心配していたワタルに返ってきたのは、そんな気怠げな言葉だった。
気怠げな――それだけの、日常的な言葉だった。
「まぁ、精々野垂れ死なねぇよう必死こいて、ギルドの役にたてよな。死んだら後処理がメンドクセェからよ」
そんな激励と呼べない激励を残して、奥へ引き返していった。そのベルガルトの行動に、ワタルは呆気に取られた。
街中だったからだろうか、ドルガルがいたからだろうか。だから、ワタルを殺さなかったのか? ――いや、それとも、『今』騒ぎを起こす理由が無いだけか? ……なんにせよ、危機は乗り越えた。
「ふぅ、悪ぃな。ベルガルトさんってあんなだけど、結構強ぇんだぜ? あの人は魔獣だの魔物だのを従えて使役できるんだ。街中に魔獣が潜んでて、この街自体があの人の間合いなんだよ。だからランクもS級、ギルドマスターにも選ばれるのも必然って訳だ。……まぁ、出張か何なのかはわからんが、急にギルドを離れることも多いんだけれど。その時は職員とか…場合によっちゃ俺とかがギルド長の仕事を代わりにやったりしているわけだが」
ワタルは前世を思い出す。思い出したくないトラウマだが、確かにベルガルトは燃える狼の魔物を操っていた。あれはスキルによるものなのだろう。
というか、街中に魔獣が潜んでいるということは、街全体がベルガルトの支配下にあるということではないのか……。色々済んだら、この街から速く出てしまいたい――いや、それだといずれ死んでしまうことになるであろう――殺されてしまうであろうドルガル達を、見捨ててしまうことになる。
「まぁそんなことよりもだ。あ、ギルドマスターの話を「そんなこと」っていうのはまずいか? とりあえずほら、はやく登録しにいこうぜ」
「は、はい……」
まだ残っている困惑と悩みを飲み込みきれず、ワタルはドルガルに言われるがままついて行った。
△△
▼▼
「はーい、これが冒険者証ねー。これ使ったら通行金払わなくてもよくなるからねー。冒険者の特別手当ー」
「へー」
カリナ曰く、町に入るためには通行金なるものを払わなければならないらしい。
だが、この冒険者証を見せればそれをスルー出来るそうな。あと、これがあれば危険区域に入ることも出来るとか。ワタルはあまり入る予定はない。
「そんな便利なものなのか」
「そーなんだよー。だからこの冒険者証のために試験受ける人も多くてねー。まぁ、大体は不合格になるけどー」
試験管全員がドルガルのような奴らならば、それも当然だ。
「それとー、これにはスキルも見れる機能があるんだー。ほら、ここのスキルって書かれてるところを押してみてー」
「これか?」
カリナに言われるがままに、ワタルはカードに書かれているスキルの部分を押す。
もちろん、その内容は変わって――、
「――変わってる?」
スキルの欄に、前世では絶対無かった《力を生み出す能力》という文字が書かれていた。
「なんだ、これ……」
疑問に思い、その文字をタップしてみる。すると、その《力を生み出す能力》の説明書きが出てきた。
内容は、ゼロから力を生み出す的な能力だそうだ。これで、あのナンパ男を吹き飛ばすほどの力の説明がついた。だが、問題は何故そんなスキルが突然出現したかだ。
「んー……転生ボーナス、か?」
思い当たるのは、ざっとそれだけだ。
もしかしたらワタルは、転生するたびに能力を得るのかもしれない。
「……といっても、死ぬのは御免だな」
あれは、もういい。あんな苦しい思いするのは、本当に最後の最後で十分だ。ワタルはすでに数回経験しているが、毎度そう思う。
「なぁ、ワタル。お前、武器も防具もないんだよな」
「え? あ、そういえば」
忘れていた。正直素手でもいいとは思っているが、刃物があると便利なのは確かだ。
しばらくしたらこの街を出ようとか思っていたのだが、武器も防具もないのなら、外に出ても、またすぐ異世界送りだ。さっきも言ったけれど、死ぬのは御免だ。
「武器なら、俺の知り合いがやってる鍛冶屋に行きゃあいい。ちっと気難しい爺さんがやってるところだが……まぁワタルなら大丈夫だろ」
鍛冶屋に行くだけなのに「大丈夫」とは?
ワタルはドルガルの言葉に疑問に思うが、とりあえず置いておく。ただ、それより問題なのは、お金が無いことだ。一応前世でのお金を珍しい物として換金することになってはいるが、お金を支払われるのは明日らしいし。
「金銭問題どうするかだな……」
「あ! そうだワタル君。はい、これ」
カリナから重たい小袋を渡される。その中には、金貨が三枚も入っていた。
この世界での金貨の価値はわからないが、街の店などを見る限り、元世での一万円以上の価値はある。
「それは新人冒険者へのギルドからの支援金。これからがんばれー! ってことだよー。それで武器でも買っちゃいなー」
まさかそんなサービスがあるとは…なんにせよ、これで恐らく買える。
「ありがとうございます!」
「礼ならギルドに…あのこわーいギルドマスターにでも言っときなよー」
「はは……」
ワタル的にはあまり冗談になってない冗談に、ワタルは苦笑を浮かべる。
「それじゃあ、行ってきます」
△△
▼▼
「おじゃましまーす……」
ゆっくりと、ドルガルに教えてもらった鍛冶屋の扉を開ける。
「おぉ。ここが鍛冶屋」
ワタルが周りを見渡すと、様々な防具や武器が目に入る。
「す、すげぇ!」
なんとも男のロマンが詰まった場所だろうか。ここにいるだけで、一日は時間をつぶせるだろう。周りには不思議な形をした剣だの、鎧だの、ワタルの中二心をくすぐる物ばかりだ。
そしてワタルは、すぐそばにある剣に触れようとする。すると、
「うわぁっ!」
手のすぐそばに、ナイフが飛んできた。
あまりに突然な出来事に、ワタルは後ろに飛びのく。
「小僧! お前、何やって――」
「す、すいません!」
怒号をかけられ、ワタルは思わず謝罪する。心当たりはないけれど、条件反射で謝ってしまった。
「お、おぉ」
しかし、迅速すぎるその謝罪は、しっかり効果があったようで、怒号の主は多少たじろんでいた。そしてワタルはゆっくりと顔を上げ、その声の主を見る。
背は小さいが、それに似合わず体はがっしりとしている白髭を生やした白髪の老人だ。この体系、ドワーフだったりするのだろうか。鍛冶屋のイメージと合うし。
「んで、お前さんは何をしとった」
「防具と武器を買いに来て、そこにあった剣に触ろうとしました」
「ふむ……嘘はついてねぇようだな。疑って悪かった」
「え?」
あまりに早い納得に、ワタルは呆けた声を出す。
ナイフを投げるほど怒っていたはずなのに、そんな簡単に信じるのか?
そんな風に疑問を抱くワタルを、老人は見ている。そして――、
「――――流石の俺も、異世界人の客は初めてじゃぜ」
などと、ワタルの素性を簡単に言い当てた。
「な!?」
老人に素性を言い当てられ、ワタルは身構える。
「ん? あぁ、そんな身構えなくていい。俺の場合は《情報を見る能力》があるからな」
「カンテイガン?」
カンテイガン。その言葉を聞いてワタルは首を傾げる。
「《情報を見る能力》だ。見たもんの情報が丸わかりになるんじゃ。便利じゃろ?」
どうやら、《情報を見る能力》とはスキルらしい。
それにしても、ドワーフで《情報を見る能力》のスキル持ちだなんて、鍛冶師が天職すぎるだろ。
「てか、出身までわかるとか、プライバシーの侵害すぎるな」
「それで、どんなもんを買いに来たんじゃ?」
「あーえっと、その前に質問いいですか」
「ん?」
「さっき、なんで俺が嘘ついてないって分かったんです? 俺、信用しにくい顔してますよね。それにあんだけ怒ってたし……」
自分で言ってて悲しくなるが、信用できない顔をしているのは自覚している。
だから気になったのだ。ワタルをああも簡単に信じたのが。
「あぁ、それは俺の《情報を見る能力》が、ちと特殊なだけだ」
なんでも、老人の《情報を見る能力》は人の心がぼんやりとだが分かるらしい。
とことんプライバシーを侵害するな。この能力。
「それで、いい加減何買うか決めな。一応、暇じゃないんじゃ」
「は、はい。あれ? でも店には誰もいなくないですか」
「殆どの客は手紙で注文だけしやがるからな。それに、大体の奴らはエドルっつー俺の弟子の店に行きやがるからな」
「え? エドルさんと知り合いなんですか?」
「そりゃこっちの台詞じゃよ。さては、この店に来たのはドルガルの奴が紹介したからじゃな?」
「そんなとこまで……」
「あの坊主、余計なことしよってからに」
どうやら、エドルの兄であるドルガルとも繋がりがあるらしい。
しかもドルガルを坊主呼ばわり……まぁ、髪型の話かもしれないが。にしても……
「今度会ったら一発ぶん殴ってやる」
「………」
エドルに客を取られた理由も、注文が直接会うのではなく手紙によるものなのも、多分この気難しくて荒っぽい性格なのだろうと、ワタルは心の中で確信した。
「やかましい」
「……すいません」
そういえば心の声見られるんだった。もしかしたら、この能力のせいで人から遠ざけられてるとかもあるのか?
……まぁ、余計な詮索はしないでおこう。とりあえず今は武器が最優先だ。
「ええっと、武器と防具なんですけど、オーダーメイドって出来ますか?」
「『おーだーめいど』? 異世界の言葉か?」
「なんというか、客の希望にそって商品を作る…みたいな?」
「それなら、その希望次第だな。ドワーフってのはこだわりが強い生き物なんだ。納得できなきゃやんないってのがドワーフだぜ?」
ドワーフというのは、意外――という程ではないが、頑固な人種らしい。いや、拘りが強いと言ったほうがいいのか。
というか、やはり老人はドワーフだったらしい。
「あのー、それじゃあ、これを防具みたいにするってのは出来ますか?」
そういってワタルが見せたのは、ワタルが今着ているパーカーだ。
「できなくは無いが……一応、理由を聞こうじゃねぇか」
「この服、結構お気に入りで…どうせ防具着るくらいなら、これ着よっかなって」
「なるほどな。じゃが、そんなへなっちょろい服を防具にしてできんのは、せいぜい『魔糸』編み込んで魔法への防御力を上げるくらいじゃ。物理防御もできるよう、服の下に軽装備でも着とくんじゃな」
「了解です」
老人の結構ためになるアドバイスに頷きつつ、ワタルはパーカーを脱いで老人に渡す。
「ふむ……見たことねぇ素材じゃ。《情報を見る能力》も素材の名前を示してくれちゃいるが、聞いたことねぇな。こいつは骨が折れそうじゃぜ。いやだが、普通の服よりも――っちゅーか、儂らの世界の服よりも、随分丈夫なようじゃな。丈夫で、伸縮性がある。魔改造すれば、物理防御もできるようになるかもしれん」
「おお……!」
服の素材なんて、ワタルもそんなに知らない。フィラメントみたいな名前のものがあったのは覚えているが……にしても、鑑定眼って本当に便利だな。
見たことないものが別世界の物の名前もわかるのか。
「おい、ワタル。その服も寄越しな。もしかしたら、防具界に革命が……」
と、老人はパーカーの下に来ていたTシャツを引っ張ってくる。しかも、かなりぐいぐいくる。
「いやこれ脱いだら俺半裸になりますって…! ちょ、伸びる……!!」
「ちっ、じゃあこれでも着てろ!」
反抗すると、何故かキレ気味の老人が服をワタルの顔に投げた。
代わりの服も用意されてしまって、断る理由もなくなってしまったワタルは、渋々その服に着替えた。
初めて着た異世界の服の感想は、たしかに元世の技術凄い、だ。めちゃくちゃという程ではないけれど、着心地が良くない。生地がなんかゴワゴワしてるし……流石に文句は言えないけれど。
「んで、武器はどうすんだ?」
「それは…悩みどころだな……」
無難に剣というのも悪くないが、試験で使った感じだと、少し邪魔に感じた。
そもそも、元世ではモノを振り回したりする経験がなかった分、ワタルは素手の方がしっくりくるわけで、使うなら使うで、扱いやすい小さい物がいい。
なら――、
「やっぱダガーナイフかな。細かいこと言うなら、片刃のやつ」
「分かった。値段だが、金貨十枚ってとこだな」
「げ」
老人から値段を告げられ、ワタルは顔をしかめる。金貨が全く足りない。
オーダーメイドだから高いのだろうか。
「やっべぇ、どうにかしねぇと……」
「ん? 金が足りねぇのか? ……ったくしゃあねぇ、初回限定ってことで、勘弁してやるんじゃぜ。ドルガルの紹介ってのも加えてやる」
「え!? いいんですか!?」
「いいって言っとるじゃろ」
本当、異世界に来てからワタルは恵まれすぎてる。自分がこんなに恵まれてていいのかと思うほどに。
「っていうか、ドルガルさん気をつけろって言ってたけど、結局なにが気をつけろだったんだろ」
「なんじゃドルガルのヤツ、そんなこと言ってたんか。次あったら一発だな」
「………」
ドルガルの知らない間に、殴られる回数が増えていく……
「ん? どうした?」
「いや、なんでも」
ワタルはそんな憐憫を隅によけ、老人と再び話し始める。
「それで、武器と防具だが、明日の朝にでも取りに来い」
「はい! えーと……」
「ゲルダルクだ」
「ゲルダルクさん。ありがとうございました」
やっと聞けた名前を呼んで、ワタルは鍛冶屋の扉を開けた。
「……あぁ」
ゲルダルクは連れない返事を背中でして、会ってばかりのワタルが言うのは変だけれど、それがとてもゲルダルクらしいと思った。
△△
▼▼
―――次の日
「おはようございまーす……」
翌日、ワタルは鍛冶屋のドアを開け、中に入る。
当然、まだ中は暗い。
「ん? あぁ、ワタルか、早いな」
奥からゲルダルクが出てくる。その目には、酷いクマが浮かんでいた。
「はい、楽しみで。そのクマ……」
「あぁ、これは徹夜しとったからな。なに、鍛冶士にはよくあることじゃ」
「そ、そうですか……それで、武器は出来ました」
そうワタルがいうと、ゲルダルクが何かを取り出し、それをワタルに投げた。
危なっかしくそれを受け取って、包装された物を取り出す。
「すげぇ……めっちゃかっこいい………」
包装の中から現れたのは、純白のダガーナイフ。しかも、メルク包丁みたいにちょっと不思議な形状をしていて、それが尚更かっこいい。
「切れ味抜群だからな。気を付けるんじゃぜ。それとほれ、防具」
「おお! 素材の味を崩さない素晴らしい腕!」
「何言ってんじゃ」
正直自分でも何言ってるのかわからない。でも、それくらいすごい出来だった。
着てみると、まず服の軽さに驚いた。防具化したのに、防具化する前より軽い。どういう原理なんだ……。
そして次に驚いたのは、凄く動きやすいというところ。軽いからというのもあるのだろうが、ゲルダルク曰く、動きの補助をしてくれるそうだ。だからどういう原理なんだよ……。
「当然じゃぜ。今日、ギルドにでも行ってクエストを受けるといい。それと、これの性能なんじゃが―――」
ゲルダルクの話を聞きつつ、ワタルは服を着替える——その瞬間、地面が激しく揺れた。
「な、なんだ!?」
揺れが収まると、すぐさまワタルとゲルダルクは外に出て、辺りを見回す。
早朝ということもあって人は少なかったが、何かから必死に逃げているのが伺えた。そしてその人の波の上流。そこには——、
「グオオオオ————ッ!!!!」
「なっ……!?」
思ったよりもその元凶と思われるものはすぐ見つかった。魔物だ。三メートルほどの巨体、緑の体。そして不細工な顔。
―――街の中に怪物が現れ、街を破壊していた。
『突如の災悪』
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