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絶対零度の断罪と、真紅の眠り姫

ピシッ……。


コロシアムを支配していた、太陽のような白熱の暴風が、一瞬にして凍りついた。

空間そのものの温度が、異常な速度で奪われていく。息を吐けば一瞬でダイヤモンドダストに変わり、煮えたぎっていたマグマの海が、音を立てて黒い岩盤へと冷え固まっていく。


「……な、なんだぁ……!? 俺様の炎が、凍る……だと……!?」


憤怒の神が、振り上げた巨大な腕を止めて戦慄した。

白熱していた彼の肉体が、急激な冷却によって黒ずみ、ジリジリと悲鳴のような軋み音を上げ始めている。


「……私の大切な家族に、よくもここまでしてくれたわね」


凍てつくような静寂の中、マグマの跡地を歩いてくる一つの影があった。

カノンだった。

漆黒のドレスは半ばから千切れ、白い肌には神の拳をまともに受けた生々しい痣と流血の痕が刻まれている。立っているのが不思議なほどの重傷。

だが、彼女の真紅の瞳だけは、一切の感情を排した『絶対零度の殺意』を湛えていた。


「生きて……いたのか……! ならば、今度こそ灰に――」


憤怒の神が再び怒りを爆発させ、カノンへ向けて超高温の拳を振り下ろそうとした。

しかし。


「もういいわ。砕け散りなさい」


カノンが、氷のように冷たい声で囁き、ただ一振り、真紅の大鎌を空間に滑らせた。

魔力と魔力のぶつかり合いですらない。

カノンが放ったのは、己の命すら削るほどの極限の冷気。

摂氏数千度まで加熱され、異常に膨張していた憤怒の神の無敵の肉体が、マイナス273度の『絶対零度』に包み込まれた瞬間。


ピキィィィィィィンッ!!!!


物理法則が、神の肉体に絶対的な死をもたらした。

極端な温度差による強制的な収縮現象――『熱衝撃サーマルショック』。

「……あ、れ……?」

神の身体に無数の亀裂が走ったかと思うと、次の瞬間。

怒りの化身は、断末魔の叫びを上げる隙すら与えられず、まるで薄張りのガラス細工のように、パリンッ、と呆気なく粉々に砕け散った。

強欲の神の時のように言葉を交わすこともない。圧倒的で、冷酷で、文字通り「一瞬」の決着だった。


「……ッ、かは……」

神が消滅したコロシアムで、カノンは口から大量の血を吐き出し、膝をついた。

神の全力の殴打による内臓の損傷、絶対零度を行使した魔力枯渇。彼女自身の命の灯火も、すでに風前の灯だった。

だが、カノンは休むことなく、這うようにして倒れ伏す五人の眷属たちの元へ向かった。


「……みんな、お願い……死なないで……」

カノンは自らの手首に深く牙を立て、溢れ出す真紅の血を、意識を失っているミア、リン、レヴィア、セラフィ、そして半壊したノアの口元へと順番に流し込んでいく。

「カノン、様……」

「マスター……魔力、低下……危険、です……」

微かに意識を取り戻したレヴィアとノアが、微弱な声で主を止めようとする。

「いいの……あなたたちがいない永遠なんて、私には意味がないもの……」

カノンは優しく微笑みながら、最後の一滴まで絞り出すように、自らの命である『血』を家族たちに与え続けた。


その献身により、ヒロインたちの傷が急速に塞がり、ノアのパーツも魔力によって繋がり修復されていく。

だが、それと引き換えに。

カノンの透き通るような肌からは完全に血の気が失せ、まるで死人のように真っ白になっていた。


「……よかった。みんな、温かい……」

全員の呼吸が安定したのを見届けると、カノンは安心したようにふわりと微笑み――。


そのまま糸が切れたように、冷たい床へと崩れ落ちた。


「……カノン様?」

完全に傷が癒え、飛び起きたレヴィアがカノンを抱き起こす。

「カノン! 起きて、カノン!」

ミアが青ざめた顔でカノンの頬を叩く。セラフィが光の魔法をかけ、リンが脈を取り、ノアが生命維持の数値をスキャンする。


「……マスターの、生体反応……極めて微弱。魔力残量、ゼロ。……スリープモードから、復帰しません……っ」

感情を学習し始めたノアの銀色の瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。

「嘘でしょ……ねえ、起きてよ、カノン! あんた、最強の吸血鬼じゃないの……っ!」

「カノン様ぁっ……目を開けてください、カノン様ぁぁぁっ!!」

ミアの悲痛な叫びと、レヴィアの泣きじゃくる声が、静まり返った紅蓮の要塞に虚しく響き渡る。


どんなに呼んでも、どんなに温めても。

最強の吸血姫は、深い深い眠りに落ちたまま、真紅の瞳を開くことはなかった――。

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