際限なき激怒と、紅蓮の絶望
「一秒で灰にしてやる……!! 跡形もなく消え失せろォォォォォッ!!!!」
憤怒の神の咆哮が、大気を物理的に震わせた。
ズゴォォォォォォォンッ!!
コロシアムの床が爆発し、吹き荒れるマグマの雨がカノンたちへと降り注ぐ。それは魔法陣も詠唱もない、ただ『怒りが熱に変換された』だけの純粋な暴力だった。
「みんな、散開して! 攻撃を重ねて一気に沈めるわよ!」
カノンの号令と共に、六つの影が灼熱の地獄を駆け抜ける。
「まずは私から行きますッ!」
レヴィアが部分竜化による超質量を乗せ、マグマを蹴り立てて神の頭上へと跳躍した。隕石のような落下速度から放たれる、竜爪による渾身の踵落とし。
「落ちろォッ!」
ドゴォォォォォンッ!!!
完璧な一撃が憤怒の神の肩口に直撃し、神の巨体がコロシアムの床へと深くめり込んだ。
「やりました……っ!?」
レヴィアが着地した瞬間。
土煙の中から、黒い炎を纏った巨大な拳が、彼女の華奢な腹部を容赦なく打ち抜いた。
「が、はァッ……!?」
「ハッ……痛ぇじゃねえか、トカゲのガキがァ!!」
レヴィアの身体がくの字に折れ曲がり、砲弾のように壁へと吹き飛ばされる。
「レヴィア!」
「……対象のステータス再計算。筋力、耐久力共に先程の200%へ上昇。マスター、対象は『痛み』と『屈辱』を燃料にしています!」
ノアが冷静な声で警告を発するが、すでに次の攻撃は始まっていた。
「隙だらけアル!」
「その首、もらうわ!」
レヴィアの攻撃で生じた一瞬の死角。そこへ、特級の歩法で潜り込んだリンの包丁が神の膝裏の腱を切り裂き、影から跳躍したミアの双剣が神の頸動脈へと深く突き刺さった。
ブシャァァッ!と黄金の血が噴き出す。いかなる神とて、これで動きは止まるはずだった。
「……チョコマカと……鬱陶しいコバエがァァァァッ!!!」
ドッ、バァァァァァァンッ!!!!
神の体内から、先程とは比較にならない超高密度の『怒りのオーラ』が爆発した。
「なっ……熱っ!?」
ミアの双剣の刃が、神の皮膚から発せられる異常な熱量によってドロドロに溶け落ちる。さらに、爆発的なオーラの衝撃だけで、ミアとリンはなす術なく空高く弾き飛ばされた。
「ッ……『聖なる守護』!」
セラフィが間一髪で二人の背後に回り込み、光の盾で衝撃を和らげるが、三人はもつれ合うように床を転がった。
「……エラー。エラー。対象の魔力出力、400%……600%……800%。計算不能。マスター、攻撃をすればするほど、敵の怒りが増幅し、ステータスが際限なく上昇しています。現在のこちらの戦力では――」
ノアの銀色の瞳が、かつてない『絶望的な数値』を弾き出したその時。
カノンはすでに、神速で憤怒の神の懐へと踏み込んでいた。
(攻撃がバフになるなら……怒りを感じる暇すら与えずに、一撃でその命を断つッ!!)
カノンは自らの血を大鎌に注ぎ込み、限界まで魔力を圧縮する。
「消えなさいッ!!」
音を置き去りにする、神殺しの真紅の斬撃。
狙いは、憤怒の神の心臓。
吸血鬼の誇りと、持てるすべての殺意を込めた絶対的な一撃が、神の分厚い胸板を切り裂き、その心臓へと到達し――。
ガキィィィィィィィンッ!!!!
「……え?」
カノンは、真紅の瞳を見開いた。
彼女の放った大鎌は、神の心臓を穿つ寸前で、完全に停止していたのだ。
憤怒の神の筋肉が、怒りによって異常な密度へと膨張し、大鎌の刃を万力のように挟み込んでいた。技術でも魔法でもない。ただの『理不尽な肉体』が、最強の一撃を止めたのだ。
「……ハッ。小賢しいんだよ、吸血鬼ィ」
憤怒の神が、大鎌を掴んだまま、顔を歪めて凶悪に笑った。
彼の胸に刻まれた深い傷口から、黄金の血がマグマのように噴き出している。だが、神は痛みなど感じていないかのように、むしろその傷にブチギレて歓喜していた。
「あァ……痛ぇ。すげェ痛ぇぞ。俺様の完璧な身体に、よくもこんな傷をつけやがったなァ……!! おかげで、最高に腹が立ってきたぜェェェッ!!!!」
ズンッ!!!!
コロシアム全体が、重力すら歪むような異常な熱とプレッシャーに包み込まれた。
マグマの海が干上がり、空気が発火する。
カノンの大鎌を掴んでいないもう片方の手が、ゆっくりと、しかし絶対的な死の予感と共に振り上げられた。
「あ、カノン様……っ!」
壁際に倒れたレヴィアたちが絶望の声を上げるが、体が熱と重圧で全く動かない。
「……死ね」
憤怒の神の、怒りという感情だけが煮詰まった黒炎の拳が、カノンの華奢な身体に容赦なく叩き込まれた。
ドガァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!
「カノォォォォォォンッ!!!」
爆発音が轟き、カノンの身体が紅蓮の要塞の分厚い外壁を何枚もぶち抜きながら、遥か彼方の荒野へと吹き飛ばされていく。
「……ハァーッハッハッハッハッ!!! もろい! もろすぎるぞォッ!! もっとだ! もっと俺様を怒らせて、楽しませてみろォォォッ!!!」
際限なく強くなり続ける、理不尽の化身。
眷属たちの目の前には、もはや戦いという概念すら成立しない、絶対的な『絶望』だけが炎を上げて嗤っていた――。




