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恋を必要としない令嬢に、皇帝の執着だけが通じない  作者: 絵宮 芳緒
第一章 効かない令嬢

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第五話 静かな探り

執務室には、紙の擦れる音だけがあった。


窓から差し込む光が、机の上に静かに落ちている。


整えられた書類の列。

その一枚に、レオニスは視線を落としていた。


――ラディア。


指先が、わずかに止まる。


数日が経っている。

それでも。


あの森の光景は、薄れるどころか、むしろ輪郭を増していた。


触れた感触。

揺れなかった視線。

何一つ、変わらなかった距離。


理解しようとすればするほど、どこかが噛み合わない。


「……入れ」


短く告げると、扉が開いた。


静かな足音で入ってきたのは、一人の青年。


金の髪。

翡翠の瞳。

無駄のない所作で一礼する。


「お呼びでしょうか、陛下」


ディオン・ラディア。

現宰相の嫡男。

そして、皇帝の補佐官。


レオニスは、ゆっくりと視線を上げた。

正面から、その顔を見る。


(……似ている)


あの少女と色も、骨格も。

だが、決定的に違う。


こちらは、完全に“場”に溶けている。

揺れも、隙もない。


「ラディア」


名を呼ぶ。

ディオンは顔を上げた。


「妹がいるな」


一瞬、間があった。

ほんのわずか。


だが――

確かに、空気が止まる。


「おります」


簡潔な言葉が、すぐに返る。

だが、その声音はわずかに低い。


余計なものを削ぎ落とした響き。

それ以上を許さない、静かな線引き。


レオニスは、そのわずかな変化を見逃さずに、見ていた。


「どのような娘だ?」


問いは、あくまで平静に。

だが、その奥にある意図は隠さない。


ほんの一拍、ディオンは沈黙した。


視線が、わずかに揺れる。

慎重に、言葉を選んでいる。


そして――


「……変わった娘です」


短く、それだけを告げた。


だが、切り落とされた言葉の分だけ、含まれるものが多い。


それ以上は語らない。

語る気もない。


レオニスは、わずかに口元を動かした。


(やはり、か)


それで十分だった。


「下がれ」


「失礼いたします」


一礼し、足音が遠ざかる。


扉が閉まると、再び、静寂に包まれた。


レオニスは、背もたれに身を預ける。

天井を仰ぐ。


(変わった、か)


それは、説明ではある。

だが――


答えではない。


指先で、机を軽く叩く。

乾いた音が、静かに響く。


理解できない。

それでも、意識から離れない。


やがて、立ち上がる。

次に向かう場所は、決まっていた。


重厚な扉の前で、足を止める。


一瞬だけ、間を置く。

そして――


そのまま扉を開けた。

中にいた男が、顔を上げる。


アルベルト・ラディア。

現宰相。

そして、あの少女の父。


「陛下」


静かに立ち上がる。

驚きはない。


すでに来訪を予測していたかのように。


「少し、話がある」


「承ります」


一定の距離を保ちながら、

対面する。


測るように、視線が交わる。

探るように。

だが、それを表には出さない。


「娘がいるな?」


単刀直入だった。


アルベルトの瞳が、ほんの一瞬だけ、わずかに細められる。

それだけで十分だった。


「……おりますが」


静かな声。

だが、その奥では、問いの意図をすでに測り終えている。


レオニスは、その変化を捉える。


「森で会った」


それだけを告げる。


説明はしない。

だが、必要もない。


一瞬、ほんのわずかに。

アルベルトの中で、何かが動く。


だが――

それはすぐに収まる。


「そうですか」


短い返答。

それ以上は問わない。

語らない。

最適な距離を保つ。


レオニスは、わずかに息を吐いた。


(こちらも、か)


簡単には崩れない。

ならば――

無理に崩す必要もない。


「……変わった娘だな」


ぽつりと、落とす。


アルベルトは、ほんのわずかに口元を緩めた。


否定しない。

訂正もしない。

ただ、その言葉をそのまま受け入れる。


それだけで、十分だった。


レオニスは、それ以上踏み込まない。


目的は果たした。

そのまま、部屋を後にする。


扉が閉まり、振り返る。


廊下を歩きながら、レオニスは、ふと視線を落とした。


分からない。

理解できない。

だが―― 


あの感覚が、確実に残っている。


消えない。

消える気配もない。


それはまだ、形を持たないまま――


確かに、そこにあった。

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