第三話 森での再会
乾いた音が、森に響いた。
弓弦が鳴り、放たれた矢が、獣を射抜く。
遅れて、倒れる音。
静寂が戻る。
「見事でございます、陛下」
背後で控えていた騎士が、深く頭を下げる。
レオニスは答えなかった。
視線はすでに、次の獲物を探している。
木々の隙間。
わずかな気配。
呼吸を整え、弓を引く。
その瞬間だった。
矢が放たれると同時に、足元の石が、わずかに崩れた。
ほんのわずかな狂い。
だが、それで十分だった。
軌道を逸れた矢が、岩を掠める。
鋭い音が弾け、砕けた欠片が跳ねた。
「――っ」
わずかな衝撃。
腕に、細い痛みが走る。
血が、にじむ。
だが――
レオニスは眉一つ動かさなかった。
「問題ない」
短く言い放つ。
周囲が動こうとする気配を、それだけで制する。
その程度の傷だ。
気にする必要はない。
そう判断した――その時。
「動かないでください」
声が、落ちた。
森の静けさに、すっと溶けるような声音。
聞き覚えがある。
レオニスは、ゆっくりと視線を向けた。
木々の間に、淡い金の髪が木漏れ日の中で揺れていた。
翡翠の瞳。
静かな佇まい。
「……お前か」
名を呼ぶ前に、理解する。
あの庭園での――
だが、セレスティナは答えない。
視線はすでに、彼の腕へと落ちている。
迷いなく、歩み寄る。
騎士たちの間を、何のためらいもなく抜けてくる。
止める者はいなかった。
止める理由が、見つからなかった。
「浅いですね」
淡々と告げる。
その声には、感情が乗っていない。
ただ、事実を確認しただけの響き。
「……放っておけ」
レオニスは言う。
その程度の傷だ。
処置するほどのものではない。
だが――
「無駄です」
短く返される。
一瞬、言葉の意味を測るより先に、セレスティナは手を伸ばしていた。
ためらいもなく、触れる。
冷たい指先が、傷口に当たる。
「――」
わずかな刺激。
だが、それ以上に近い。
あまりにもーー
セレスティナは、何も気にしていない。
小さな包みを取り出し、指先で中身を崩す。
乾いた葉と、粉末。
それをそのまま、傷へと当てた。
動きは滑らかだった。
迷いがない。
ただ、必要な処置だけを選んでいる。
「これで止まります」
短く告げる。
布を当て、軽く押さえる。
それで終わりだった。
何事もなかったかのように、手を離す。
レオニスは、言葉を失っていた。
(……なぜだ)
距離が近い。
触れている。
それなのに、何も起きない。
少なくとも、彼女の側にはーー
セレスティナは、すでに視線を外している。
地面へ。
草の間へ。
何かを探すように。
しゃがみ込む。
指先で葉を摘み、光にかざす。
まるで、最初からそこにいたかのように、自然に。
森の中に溶け込んでいる。
「……何をしている」
レオニスは、気づけばそう問うていた。
セレスティナは、葉を見たまま答える。
「使えるかどうかを見ています」
「……それも、食べるのか」
わずかな間ーー
セレスティナは、ほんの少しだけ顔を上げた。
「条件次第では」
それだけ言って、また視線を戻す。
会話は、そこで終わる。
続かない。
続ける必要がないかのように。
風が吹く。
葉が揺れる。
光が、わずかに形を変える。
その中でーー
レオニスは、動かなかった。
目の前の少女から、視線を外す理由が見つからない。
(……変わらない)
あの時と同じだ。
何も揺れない。
何も変わらない。
誰の前でも。
この距離でも。
ただ――
そこに在る。
その在り方が、妙に意識に残る。
森の静寂の中で。
レオニスは獲物ではなく、
一人の令嬢を見ていた。




