第八話 必要な存在
食堂に残る空気は、まだ完全には戻っていなかった。侍女の症状は落ち着き、緊急性は消えている。
それでも、先ほどまでの出来事が残した緊張は、わずかに場に滞っている。
その中心にいるのは、セレスティナだった。
誰もが意識しているのに、本人だけが何も変わらない。
「――下がれ」
レオニスの声が落ちる。
短く迷いなく、周囲の者たちはすぐに動き、侍女は静かに運び出されていく。
医師もそれに続き、食堂の中には限られた者だけが残った。
静けさが戻る中、レオニスは席を立ち、そのままセレスティナへ歩み寄る。
距離が縮まる。
それでも、彼女は動かない。
「お前はここにいろ」
唐突な言葉だったが、その声音に揺らぎはない。
命令として成立している。
セレスティナはそれを受け取り、ほんのわずかに考えてから「理由を」と短く返した。拒否ではなく、確認として。
レオニスは視線を外さないまま、「判断が有用だからだ」と簡潔に答える。
それ以上の説明はない。
セレスティナはその言葉をそのまま受け止め、「合理的ですね」とあっさりと返した。
肯定だった。迷いはない。
その反応に、レオニスの目がわずかに細められる。
「では、問題ありません」
続けてそう言い、まるでそれで話は終わったと言わんばかりに視線を外した。
その空気を割るように、「……セレス」と抑えた声が入る。
ノエルだった。
その視線には明確な不満が滲んでいる。
「それは――」
言葉を続けようとした瞬間、「発言を控えろ」とレオニスが遮った。一言で場が張り詰める。
ノエルの拳がわずかに強く握られる。
それでも引くしかない。
「……失礼いたしました、陛下」と低く告げるが、視線だけはセレスティナに残したままだった。
その様子を、ディオンが静かに見ている。
表情は変わらないが、視線は鋭い。状況を正確に測っている。
そしてアルベルトは、何も言わずただ全てを見ていた。
セレスティナは、そのどれにも関心を示さない。
「では、部屋に戻ります」
淡々と告げる。
一瞬だけ、レオニスの視線が止まる。
「許可していない」と低く返す。
セレスティナはわずかに首を傾げ、「待機、という意味でしょうか」と問い返す。
「そうだ」
短い返答。
セレスティナは少しだけ考えるように視線を落とし、「承知しました」と答えた。
それで十分だった。
再び静けさが落ちる。
誰も動かない。
それでも、何かは確実に動いている。
レオニスは、そのままセレスティナを見ていた。
(……手放す気はない)




