第七話 異変の食卓
皇城の食卓は、静かに整えられていた。
余計な音はなく、会話も必要最小限に抑えられている。
並ぶ料理はどれも見た目にも整い、温度も、配置も、すべてが管理されている。
その中で、異変は唐突に起きた。
「……っ」
短く息を詰める音。
給仕をしていた侍女の一人が、わずかに体を揺らす。そのまま膝をつくようにして、その場に崩れた。
倒れ込むほどではない。
だが――明らかに異常だった。
周囲の空気が、一瞬で変わる。
「どうした」
レオニスの声が低く落ちる。
侍女は答えない。
呼吸が浅く、顔色がわずかに青い。
すぐに近くの者が支えに入る。
「毒か……?」
誰かが、抑えた声で呟いた。
だが、断定できない。
痙攣はない。
意識も完全には飛んでいない。
医師が呼ばれ、状態を確認するが、判断はつかない。
「……分かりません」
その一言で、場の緊張がさらに増す。
レオニスは動かない。
視線だけが、状況を追っている。
その時だった。
「――毒ではありません」
静かな声が落ちる。
空気が、止まる。
セレスティナだった。
少し離れた位置から、様子を見ていただけだったはずの令嬢が、いつの間にか視線を向けている。
誰も、すぐには言葉を返せない。
レオニスの視線が向く。
「根拠は」
短く問う。
セレスティナは、わずかに視線を動かした。
卓上へ。
並べられた料理へ。
「匂いと反応から判断しました」
簡潔に答える。
近づくこともなく、触れることもない。
ただ、見ているだけだった。
「これは毒ではありません。処理不十分による軽度の中毒症状です」
医師の顔が強張る。
「中毒……?その判断は早計では――」
「症状が一致しています。判断は可能です」
「……続けろ」
セレスティナは、ひとつの皿へ視線を止めた。
「こちらの食材ですが、下処理が不十分です」
淡々と続ける。
「加熱も足りていません。この状態では、成分が残ります」
言葉は静かだが、迷いがない。
「摂取量が少ないため重篤ではありませんが、体調不良は起こります」
場にいた者たちの視線が、一斉に集まる。
医師が慌てて料理を確認し始める。
「……確かに、処理が甘い」
低く呟く。
セレスティナは、すでに視線を侍女へ戻していた。
「水を」
短く言う。
「できれば温かいものを」
指示は簡潔だった。
すぐに用意される。
「ゆっくり飲ませてください」
それ以上は言わない。
侍女に水が与えられ、しばらくすると呼吸がわずかに落ち着き始める。
顔色も、少しずつ戻っていく。
「……落ち着いてきました」
周囲に安堵が広がる。
張り詰めていた空気がわずかに緩み、ようやく呼吸が戻る。
だがその直後、食堂の外がわずかに騒がしくなった。足音が近づき、制止の声が一瞬混じったかと思うと、そのまま扉が開く。
「セレスティナ!」
ノエルだった。
息をわずかに乱しながら室内へ踏み込み、状況を一瞬で把握する。
そのまま迷いなく距離を詰めようとする。
「セレス、触るな。無事か」
短い問い。
「必要ありません」
だが、その動きは途中で止められた。
「下がれ」
低く、短い声。
レオニスだった。
一言で空気が引き締まる。ノエルの足が止まり、視線がレオニスへ向く。
わずかな沈黙ののち、「……失礼いたしました、陛下」と遅れて礼を取るが、完全には引かない。
視線はすぐにセレスティナへ戻り、守るように据えられている。
レオニスはそれを見ていた。何も言わない。
ただ、場の主導権がどこにあるのかだけは、はっきりと示されている。
当の本人は――
「問題ありません」
セレスティナは、ただそれだけを返す。
視線は侍女へ向けられたままで、すでに関心はそちらにある。
ノエルは一瞬言葉を失い、それでも何か言おうとするが、「処置は終わっている」とレオニスが先に告げた。
短い一言。それだけで十分だった。
ノエルは言葉を飲み込む。踏み込めない。
理解しているからこそ、動けない。
セレスティナは侍女の様子を改めて確認する。
呼吸は安定し、顔色も戻っている。問題はない。
「原因は排除しましたので、問題ありません」
淡々と告げる。
それで終わり、というように。
だが――
レオニスは、そのままセレスティナを見ていた。
(……問題なのは、お前だ)




