第五話 慣れない場所で
皇城に来て、数日が経っていた。
与えられた部屋は静かで、必要なものは一通り揃っている。
特に不自由はなく、日々は驚くほど整った形で流れていた。
朝は決まった時間に起き、軽く食事を取り、そのまま外へ出る。
そうした動きも、いつの間にか自然な習慣になっている。
庭園へ向かう足取りに迷いはない。
最初の数日は案内がついていたが、今はもう必要なかった。
どこに何があるか、どの辺りにどの種類が植えられているか、歩くたびに頭の中で整理されていく。
視線は自然と足元へ落ちる。
草の間に混じる葉を見つけると、その場に屈み、指先で状態を確かめる。
厚み、色、わずかな傷み具合を見極め、必要なものだけを摘み取る。
「……こちらの方が状態がいいですね」
小さく漏れた声は、誰に向けるでもない。
許可は取っていないが、止められることもなかった。少し離れた位置で控える侍女たちは声をかけることもできず、ただ距離を保ったまま様子を見ている。
皇帝の命で滞在している令嬢という立場が、判断を鈍らせていた。
当の本人は、そうした視線に気づいていないのか、あるいは気づいても意味を見出していないのか、特に反応を示すことはない。
今日もまた庭園を抜け、そのまま奥へと足を進める。木々の間を通り抜けると、視界が開けた。
温室だった。
外とは違う湿度を帯びた空気が、扉の隙間からわずかに流れ出ている。
迷うことなく手をかけ、そのまま押し開けた。
中へ入ると、空気が変わる。湿った温度と、濃い緑の匂い。
整然と並べられた鉢の中に、見慣れたものと見慣れないものが混ざっている。
セレスティナの視線が、ゆっくりと巡る。
一歩踏み出し、近くの葉に触れる。
指先で状態を確かめ、光にかざす。
「……面白いですね」
そのまま奥へと進む。
意識はすでに植物へと向けられ、周囲への関心は薄れていく。
だから、気づくのが少し遅れた。
「……勝手に入るものではない」
低く落ちた声に、空気がわずかに揺れる。
セレスティナは振り向いた。
そこにいたのは、レオニス・ヴァルカだった。
視線はまっすぐに向けられている。
逃がさないように。
それでも、セレスティナの表情は変わらない。
「そうなのですか。では、後ほど確認しておきます」
ただ、それだけを返した。




