第二話 予定外の訪問者
ラディア公爵邸の門前に、静かな緊張が走っていた。突然の来訪――それも皇帝である。
正面に立つ騎士たちは姿勢を崩さないまま、わずかに呼吸を浅くする。
その気配は、ほとんど同時に屋敷の奥へと伝わっていった。
「……陛下が?」
低く抑えた声が、短く落ちる。
アルベルト・ラディアは報せを受けた瞬間にはすでに歩き出していた。
「応接の準備を」とだけ告げ、無駄なく廊下を進む。その内側で思考は止まらない。
予定外、しかも非公式。
理由がないはずはないが、理由が見えない。
その意味を量るように、視線がわずかに鋭くなる。
「父上」
背後から声が重なった。振り返らずとも分かる。
ディオンだった。
すでに状況を把握している顔で歩調を合わせてくる。
「どう見ますか」
簡潔な問い。
「……私的だ」
アルベルトはわずかに息を吐き、短く返した。
それだけで十分だった。
ディオンの目が、わずかに細められる。
「――なら、なおさら厄介ですね」
同じ温度で返し、二人はそのまま応接へ向かった。
一方、庭の奥では、変わらない時間が流れていた。
風が抜け、葉が揺れる中、セレスティナは膝を折ったまま手を動かしている。
葉を選び、状態を確かめ、必要なものだけを拾い上げる。
その動きには、外の騒ぎが入り込む余地はない。
「セレスティナ様!」
足音とともに、少しだけ急いだ声が落ちた。
ミアだった。
「皇帝陛下が、ご来訪されています」
その言葉に、セレスティナの手が止まる。
だが、それ以上は何も起きない。
「そうですか」
短く返すだけだった。
ミアは一瞬言葉を探すように視線を揺らす。
「……すぐにお支度を」
「必要ありません」
重ねるように答え、セレスティナは立ち上がった。
指先についた土を軽く払う。
「このままで問題ありません」
変わらない声音だった。
ミアは戸惑いを残しながらも、小さく頷く。
やがて応接室に、静かな圧が満ちる。
レオニス・ヴァルカは席に着いたまま、動かずにいた。
背筋は伸び、視線は正面へと向けられている。
その存在だけで、空間の密度が変わる。
そこへアルベルトが入る。
一礼し、続いてディオンが控える。
レオニスは短く頷いた。
それだけで場が整う。
「突然のご訪問、恐縮に存じます」
整えられた声音。
だが、その奥には明確な探りがある。
「構わない」
短く返る。
余計な言葉はない。
沈黙が一瞬落ちる。
そのままアルベルトが問いを置いた。
「本日は、どのようなご用件で」
レオニスはすぐには答えない。
視線だけがわずかに動き、次の言葉を選ぶように止まる。
やがて、静かに言った。
「……令嬢に会いに来た」
簡潔だった。
それ以上も、それ以下もない。
ディオンの視線が、わずかに揺れる。
アルベルトは表情を変えないまま、その言葉を受け止めた。
「承知いたしました。
すぐに来るよう伝えます」
応接の空気はそのままに保たれ、時間だけが静かに進む。
やがて廊下の向こうから足音が近づいてきた。
規則正しく、迷いのない歩調。
扉が開く。
「――セレスティナ・ラディア嬢」
呼ばれ、セレスティナはそのまま室内へ入る。
視線が集まる。
だが、変わらない。
「お呼びでしょうか」
一礼し、顔を上げる。
レオニスと視線が合う。
その瞬間、空気がわずかに揺れた。
それでも――
セレスティナは、何も変わらなかった。




