第十三話 呼び出された令嬢
ラディア公爵邸の一室には、やわらかな光が差し込んでいた。
その中で、セレスティナは静かに手を動かしている。乾かした葉を指先で砕き、状態を確かめる。香りを拾い、わずかに配合を変える。
作業は、いつもと変わらない。
外の出来事とは無関係に、そこだけ別の時間が流れているようだった。
「セレスティナ様」
控えめな声が、扉越しに届き、手を止める。
「何ですか」
短く返すと、扉が開き、侍女のミアが室内へ入ってきた。
整えられた表情の奥に、わずかな緊張が見える。
「皇城より、使いが参っております」
少しだけ言葉を選びながら続ける。
「陛下からのご呼び出しです」
セレスティナは、手元に残る葉へと視線を落とした。まだ途中だと分かる状態だったが、それ以上気にする様子はない。
「分かりました」
あっさりと答える。
呼ばれたから応じる。
ただ、それだけだった。
皇城の一室は、静けさそのものに重さがあった。
高い天井と、整えられた空間。余計な装飾はないが、それがかえって圧を生む。
案内され、扉の前で足を止める。
軽く叩くと、間を置かずに内側から声が落ちてきた。
「入れ」
迷いのない声。
セレスティナはそのまま扉を開け、室内へと入る。
背後で扉が閉じられる音が、小さく響いた。
窓際に立つ人物が目に入る。
レオニス・ヴァルカ。
外光を背にした姿は、輪郭だけを際立たせている。
「参りました」
無駄のない動きで、一礼する。
顔を上げると、自然と視線が合った。
何かが変わるような感覚が、ほんのわずかに走る。
だが――セレスティナはそのまま動かない。
レオニスはすぐには口を開かない。
ただ、じっと見ている。
逃がさないように。
測るように。
やがて、低く言った。
「……来たか」
「お呼びとのことでしたので」
淡々とした返答。
感情は乗らない。
レオニスが一歩近づく。
距離がわずかに縮まる。
「何をしていた」
唐突に問う。
「作業を」
簡潔に答える。
「植物の処理です」
それで十分だった。
レオニスは何も言わない。視線だけが、そのまま残る。
「……そうか」
小さく落としたあと、言葉が続かない。
沈黙が、そのまま場に留まる。
セレスティナは待たない。ただ、そこにいる。
「……なぜ」
ぽつりとこぼれた声が、途中で止まる。
セレスティナはわずかに首を傾ける。
「何がでしょうか」
レオニスは目を伏せかけ、すぐに戻した。
「……なぜ、揺れない」
今度は、はっきりと形を持った問いだった。
セレスティナはわずかに首を傾ける。
「何がでしょうか」
レオニスは一瞬だけ目を伏せ、すぐに視線を戻した。
「……なぜ、揺れない」
繰り返すように言う。
その声には、先ほどまでの余裕はなかった。
セレスティナはその言葉を受け取り、少しだけ視線を落とし、すぐに戻す。
「必要がありませんので」
簡潔な答えだった。
それ以上でも、それ以下でもない。
レオニスの目が、わずかに細められる。
「必要がない、か」
低く、確かめるように呟く。
「はい」
迷いはない。
言葉は揺れない。
二人の間に、わずかな沈黙が落ちる。
だがそれは、途切れたものではなく、確かに続いている時間だった。




