第十二話 形にならない感情
皇城の廊下は、静まり返っていた。
磨き上げられた床に光が落ち、一定の間隔で足音が響く。
その音は正しく、乱れがない。
だが――どこか、落ち着かない。
レオニスは歩きながら、わずかに眉を寄せた。
視界に映るのはいつもと変わらない光景。
それでも、内側だけが妙に引っかかる。
(……理解できない)
思考の中に浮かぶのは、セレスティナ・ラディアの姿だった。
合理的で、無駄がない。揺れない。
ふと、言葉が浮かぶ。
(……揺れない)
誰かに言われたわけではない。
だが、そうとしか言いようがなかった。
レオニスは、ほんの一瞬だけ足を止める。
すぐに歩き出したが、その歩幅はわずかに速くなっていた。
(違う)
何かが、違う。
あれはただの無関心ではない。
無視でも、拒絶でもない。もっと――理解の外にある何かだ。
庭の光景が浮かぶ。
あの距離。
触れそうで、触れない距離。
ノエル・リグナスが、当然のように近づき、自然に触れようとしたあの動き。
それを、拒まなかった。
避けもしなかった。
(……なぜだ)
思考が、そこで止まる。
先へ進めない。
足音が、わずかに強くなる。
廊下の奥で控えていた侍従が頭を下げたが、レオニスは視線を向けることなく、そのまま通り過ぎた。
(理解できない)
繰り返す。
だが、その言葉は先ほどまでとは違っていた。
ただの分析ではない。
何かが混じっている。
庭の空気。ノエルの距離。セレスティナの無表情。
そして――言葉にならない違和感。
それらが絡み合い、ほどけないまま内側に残る。
「……」
無意識に、浅く息を吐く。
(……足りない)
何が、とは分からない。
それでも、このままでは終わらないと、はっきりと分かる。
足が止まる。
今度は、はっきりと。
窓の前だった。
外の光が差し込み、その向こうに庭が見える。
ほんの一瞬だけ、視線がそこへ向いた。
(……あの距離)
思い出す。
近いのに、揺れない距離。
(違う)
否定する。
何を否定しているのか、自分でも分からない。
ただ、違うとしか思えない。
胸の奥に、小さな違和感が残る。
形にならないまま、確かにそこにある。
レオニスは、ゆっくりと目を閉じた。
ほんの一瞬だけ。
すぐに開いた。
「……呼べ」
低く、短く告げる。
控えていた侍従が、すぐに応じた。
「どなたを?」
間を置かずに、レオニスは答える。
「ラディア公爵家の令嬢だ」
迷いはない。
言葉は明確だった。
だが――
その理由だけが、まだ形になっていない。
窓の外で、風が揺れる。
葉が揺れ、光が静かに形を変える。
その中でーー
何かが、確かに動き始めていた。




