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恋を必要としない令嬢に、皇帝の執着だけが通じない  作者: 絵宮 芳緒
第一章 効かない令嬢

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第十一話 理解する者

庭に残っていた気配は、ゆっくりとほどけていた。


風が抜け、葉が揺れ、先ほどまでのわずかな張り詰めは、形を失っていく。


セレスティナは、再び膝を折っていた。


指先が土に触れ、葉を選び、必要なものだけを拾い上げる。


その動きは、変わらない。


何一つ。


ノエルは、少しだけ離れた位置でそれを見ていた。


視線を細める。


先ほどのやり取りを思い返すように。


(……面倒なことになったな)


小さく息を吐く。

その時だった。


「面白いものを見たな」


軽やかな声が、背後から落ちた。


風に混じるような、軽い響き。


ノエルが振り返る。


そこに立っていたのは、見慣れない男だった。


黒髪。赤い瞳。

整った容姿。


だが――

それ以上に、空気が違う。


「……誰だ」


低く問う。

一歩も引かない声音。


男は、わずかに笑った。


「通りすがりの者だ」


軽く言う。

答えになっていない。

だが、崩れもしない。


ノエルは、視線を逸らさなかった。

探るように。

測るように。


その間に、男はすでに視線をセレスティナへ向けていた。


「変わらないな」


ぽつりと落とす。


ノエルの眉が、わずかに寄る。


「……何がだ」


問い返す。

男は答えない。

ただ、楽しげに目を細めるだけだった。


やがて、歩き出す。

迷いのない足取りで、セレスティナのもとへと近づいていく。


ノエルは動かない。

だが、視線は外さない。


セレスティナは、顔を上げた。


一拍、それだけ。


「誰ですか」


率直な問い。

警戒も、興味もない。

ただの確認。


男は、少しだけ首を傾けた。


「そうだな……通りすがりでいい」


軽く言う。

変わらない。

セレスティナは、それ以上追わない。


「そうですか」


それだけで終わる。

男は、わずかに笑った。

その反応を面白がるように。


「それは?」


視線を、手元へ落とす。

葉へ。

土へ。


「使用可能な植物です」


簡潔な答え。

やはり変わらない。


男はしゃがみ込む。

距離を合わせるように。


ノエルの視線が、わずかに鋭くなる。

だが、口は出さない。


「毒は?」


軽く問う。


「量と処理次第です」


即答だった。

男は、小さく笑った。


「なるほど」


そのまま、しばらく何も言わない。

ただ見ている。


指先の動き。

選び方。

迷いのなさ。


やがて――


「合理的だ」


ぽつりと落とす。

セレスティナは、わずかに視線を向けた。


「そうですね」


短く肯定する。

男の目が、わずかに細められる。


「無駄がない」


続ける。


「……だから、揺れない」


その言葉に、ノエルの空気がわずかに変わる。

だが、何も言わない。


セレスティナは、首を傾げた。

ほんの少しだけ。


「揺れる必要がありますか?」


問い返す。

男は、わずかに笑った。


「普通はな」


軽く言う。


「だが――」


「君には、必要ないらしい」


そのまま言葉を落とす。


セレスティナは、それを聞いていた。

ただ、聞いている。

何も変わらない。


男は、ゆっくりと立ち上がった。

視線を外さずに。


「いいな」


ぽつりと呟く。

意味は説明しない。


そのまま、ノエルへ視線を向ける。

一瞬だけ。


ノエルは、その視線を受け止めた。

逸らさない。

だが――


互いに名は問わない。

それで十分だった。


「……またな」


男は軽く言い、そのまま背を向ける。


足音は静かで、すぐに風の中へ溶けていく。


やがて、気配が消える。

庭に、静けさが戻った。


セレスティナは、再び視線を落とす。

何もなかったかのように。


ノエルは、その場に立ったまま、しばらく動かなかった。


(……何だ、あれは)


理解できない。

だが――


ただの通りすがりではない。

それだけは、分かる。


風が抜ける。

葉が揺れる。

光が、静かに形を変える。


その中で、セレスティナだけが、何も変わらずにそこにいた。

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