第一話 無関心な令嬢
皇帝の婚約者候補として呼ばれたこの茶会に、私が来た理由はただ一つ――早く帰るためだ。
「本日は、皇帝陛下の婚約者選定のお茶会にお集まりいただき――」
形式ばった挨拶が、静かに響く。
高い天井に反響する声。
磨き上げられた床に映る光。
壁に施された金の装飾が、淡くきらめいている。
華やかなドレス。
計算された微笑み。
抑えられた視線の応酬。
そのすべてが、整えられていた。
だが――
セレスティナには、意味を持たない。
(非効率……本当に、時間の無駄ね)
心の中で、淡々と結論づける。
無駄な会話。
意味のない牽制。
価値のない駆け引き。
言葉の裏を探り合うことに、何の生産性もない。
目の前で繰り広げられている光景は、
どれもこれも、興味を引くものではなかった。
カップを持つ手を、わずかに止める。
香りを確かめるように、鼻先へ寄せる。
(……香料が強い。誤魔化しすぎて、台無しだわ)
本来の茶葉の香りが損なわれている。
一口だけ口に含み、舌の上で転がしてから、静かに戻した。
評価する価値もない。
「まぁ、セレスティナ様はあまりお話をなさらないのですね」
隣に座る令嬢が、柔らかな声で話しかけてくる。
完璧に整えられた笑顔。
だが、その瞳の奥には、値踏みと探りの色が滲んでいた。
「必要がありませんので」
セレスティナは、簡潔に答える。
余計な装飾はつけない。
事実だけを述べる。
その一言に、相手の表情がわずかに固まる。
笑みの端が、ほんの少しだけ歪んだ。
だが、気にしない。
その反応に意味はない。
その時だった――
空気が、変わる。
波が引くように、ざわめきがすっと消えた。
視線が、一方向へと流れる。
「――陛下」
誰かが、息を呑む。
ゆっくりと、扉が開いた。
差し込む光が、わずかに揺れる。
現れたのは――
レオニス・ヴァルカ。
銀の髪が光を受けて淡く輝き、
氷のように澄んだ青の瞳が、場を見渡す。
その一歩で、空気が支配される。
目に見えない圧が、場に満ちた。
令嬢たちの呼吸が浅くなり、無意識に背筋が強張る。
誰もが意識する。
選ばれる側であることを。
だが――
セレスティナは、視線を上げなかった。
カップを静かに置く。
ただ、それだけの動作。
周囲の変化とは、無関係に。
(……後で抜けよう)
それだけを考える。
関心がない。
評価される理由もなければ、選ばれることに価値も見出していない。
やがて、形式的な挨拶が交わされる。
言葉が流れ、視線が巡る。
選ぶ側と、選ばれる側。
その構図の中で――
レオニスの視線が一人の令嬢に、一瞬だけ止まった。
周囲とは、明らかに違う。
緊張もない。
期待もない。
媚びる気配もない。
まるで、この場そのものに価値を見出していないかのような態度。
セレスティナは、気づかない。
いや、気づいても気にしない。
椅子から立ち上がる。
裾が、わずかに揺れた。
「失礼いたします」
誰にともなく告げる。
許可を求めるでもなく、引き止めを待つでもなく。
そのまま、会場を後にした。
止める者はいない。
止める理由がないからだ。
だが――
ただ一人を除いて。
レオニスは、その背を見ていた。
わずかに目を細める。
理解できない。
だが、視線を外せない。
それはまだ、
名前のつかない違和感だった。




