第13章 間者の影
【王暦424年・ダール渓谷の村】
ヴァルデン兵が去って数日。
村は再び静けさを取り戻していたが、私は落ち着かなかった。
(あの言葉──「必ず戻る」。あれがただの脅しで終わるはずがない)
◇
その不安は、思ったより早く現実となった。
「リシェル様、見慣れない男が村に……!」
子供の報せに、私はすぐ広場へ向かった。
そこには粗末な外套を着た若い男が立っていた。
「旅の商人だ。食料と塩を売りに来た」
男はにこやかに言うが、その荷はやけに多い。
この辺境にこれだけの物資を運べる者は限られている。
「どこから来たのですか?」
「ヴァルデンの街さ」
その言葉に、広場がざわめいた。
村人たちは飢えを恐れ、買うべきか迷っている。
だが、私は彼の荷の一つを開け、匂いを嗅いだ。
(……やっぱり)
鼻を刺す薬臭。
塩に似せた粉だが、これは「苦塩」──過剰に摂取すれば腹を壊し、畑に撒けば土を枯らす毒だ。
「この荷は危険です! 中に毒が混ざっています!」
村人たちがどよめき、男の顔色が変わった。
逃げようとした瞬間、鋭い声が響く。
「捕らえろ!」
黒衣の影が男の腕を掴み、地面にねじ伏せた。
グレイ辺境伯だ。
「ヴァルデンの間者か。……吐け、誰の命令だ」
男は青ざめ、やがて震えながら白状した。
ヴァルデン男爵の命で村の食糧と土壌を再び枯らそうとしたこと──そして、次にもっと大きな妨害を企てていることを。
◇
男は拘束され、村に緊張が走った。
しかし私は村人たちに向かって言った。
「これで分かったはずです。外から来る甘い言葉には罠がある。
でも、私たちが力を合わせれば、必ず防げます!」
村人たちが力強く頷き、広場に声が上がった。
「そうだ、もう騙されない!」
「村を守るんだ!」
◇
その夜、焚き火の傍でグレイ辺境伯が言った。
「よく見抜いたな。……お前の鼻は頼りになる」
「ありがとうございます。でも、これからはもっと警戒が必要ですね」
「そうだ。村を守るのは剣だけじゃ足りん。お前の知恵と、この村の結束が必要だ」
その言葉に、胸の奥が温かくなる。
剣と知識、そして人の心──すべてが揃えば、辺境はきっと変わる。
(絶対に負けない。村を守るだけじゃない。この土地を……生かしてみせる!)
夜空に星が瞬き、風が焚き火の煙を遠くへ運んでいった。
新たな戦いの幕が、静かに上がった。
第13章をお読みいただきありがとうございます。
ついにヴァルデン男爵家が“策”に出てきましたね。
甘い言葉で近付いてきた商人が間者だったという展開は、外敵との戦いが剣だけではなく“知恵比べ”になっていくことを示しています。
リシェルが毒を見抜き、村を守ったことで、村人たちの信頼はさらに強固なものになりました。
グレイ辺境伯もまた、彼女の力を本気で頼りにし始めています。
次回は、ヴァルデンが仕掛ける「次の一手」がついに動き出します。
村と領地全体を揺るがす大きな事件が起こり、リシェルとグレイの共闘は避けられないものとなるでしょう。
どうぞお楽しみに!
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