第12章 隣領からの圧力
【王暦424年・ダール渓谷の村】
保存食づくりが軌道に乗り、村には少しずつ笑顔が戻り始めていた。
子供たちが干した魚を手に遊び、女たちが燻製を吊るしながら歌を口ずさむ。
けれど、その穏やかな日々は長く続かなかった。
◇
昼下がり、村の入口に騎馬の一団が姿を現した。
赤い外套を纏った男たち──ヴァルデン男爵家の兵である。
先頭の男が声を張り上げた。
「ここはヴァルデン領の監督下にある! 勝手に開墾し、勝手に水を引くなど許されん!」
村人たちがざわめき、怯えて後ずさる。
その中で私は一歩前に出た。
「ここはダール渓谷。正式に辺境伯領の支配下です。勝手に踏み込む方こそ掟破りです!」
兵たちの視線が鋭く私に突き刺さる。
その背後から、低い声が響いた。
「──彼女の言う通りだ」
黒衣の男。グレイ辺境伯が村の奥から歩み出た。
剣に手をかけるでもなく、ただその存在感だけで空気が張り詰める。
「ヴァルデンの者ども。貴様らが越境していることは明白だ。すぐに引け」
「ば、馬鹿な! この地は元々──」
「黙れ」
一言で、男の声が凍りつく。
グレイの眼光は剣よりも鋭く、兵たちは思わず手綱を引いた。
◇
沈黙の中で、私は前に進み、声を上げた。
「この村は、もう飢えに屈しません。畑は甦り、水も戻り、食を繋ぐ方法も見つかりました。
私たちはここで生きます。どんな圧力にも負けません!」
村人たちの目に光が宿る。
誰かが小さく「そうだ」と呟き、やがて声が広がっていった。
「そうだ! ここは俺たちの村だ!」
「ヴァルデンになんか渡さない!」
群衆の声に押され、ヴァルデン兵はたじろぐ。
やがて憎々しげに吐き捨て、踵を返した。
「……いいだろう。だが覚えておけ。我らは必ず戻る!」
◇
兵たちが去り、村に静けさが戻る。
私は胸に手を当て、震える息を吐いた。
「……怖かった」
「当然だ」
隣に立つグレイが低く答えた。
「だが、よくやった。村人の前で恐れを見せなかったことが、一番の勝利だ」
その瞳には、かすかな誇りの色が宿っていた。
(追放されて何も残らなかったはずの私が、今は“誰かを守る言葉”を持てるなんて……)
胸の奥に新しい力が芽生えるのを感じながら、私は強く拳を握った。
(次は、恐怖だけじゃなく“確かな力”で村を守らなきゃ)
第12章をお読みいただきありがとうございます。
ついにヴァルデン男爵家の兵が直接村に現れ、力による圧力を仕掛けてきました。
しかしリシェルは恐怖に屈せず、村人の前で毅然と立ち向かい、グレイ辺境伯と共に外敵を退けました。
「ただの追放令嬢」から「村を導く存在」へ──彼女の立場が大きく変わった瞬間です。
グレイ辺境伯もまた、はじめて明確にリシェルを認め、二人の信頼関係はより強いものとなりました。
もちろん、これで脅威が去ったわけではありません。
ヴァルデンは必ず再び牙を剥き、さらなる妨害や陰謀を仕掛けてくるはずです。
次回は、外からの圧力に加えて村内部の絆が試される展開へ──どうぞご期待ください。
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