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次は、どの県を食べようか?  作者: 落川翔太
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9.山口県

9.山口県


 水曜日。夜八時を過ぎた頃、そのお店に一人の男性がやって来た。

「いらっしゃいませ」

晴斗がいつものように声を出し、その男性を出迎える。それから、「何名様ですか?」と、彼を見てそう訊いた。

「一人」と、その男性が言った。背広を着た中年の男だった。晴斗はその男性の顔に見覚えがあった。

「藤本さん!」

 晴斗は思わず声を上げた。その男は藤本と言って、晴斗の前の会社で働く上司だった。

「やあ、どうも」

 彼が笑顔で言った。

「お久しぶりです!」

「山崎、元気かい?」

「ええ、僕は元気にしてます。藤本さんは?」

「俺も元気だ。しかし、結婚式の時ぶりだから、一年ぶりか?」

「もうそんな経つんですね……。」

 晴斗は結婚式のことを思い出した。一年前、藤本さんは晴斗の結婚式に参加してくれていた。彼は晴斗たちの結婚を祝福してくれたのだった。

「しかし、いい店だなぁ」

 それから、藤本さんが店内を見回して言った。店内は沢山のお客さんたちで賑わっていた。

 晴斗は藤本さんを席へ案内していないことを思い出し、「あ、こちらの席へどうぞ」と、彼をすぐに空いているテーブル席に促した。彼は案内された席に座ると、「おすすめは?」と、晴斗に訊いた。

「特製オムレツです」

 晴斗がそう言うと、「じゃあ、それで」と、彼が言った。

「あと、生一つ」

「かしこまりました」

 晴斗は厨房に、藤本さんの注文を通した。それからすぐに「はーい」と、厨房の奥から彩乃の声がした。

「おまたせしました」

 晴斗は出来上がったそのオムレツを藤本さんの目の前に置いた。

「うまそうだな」

 湯気が立つそのオムレツを見て、藤本さんは言った。

「いただきます」

 そう言って、彼はそのオムレツを食べた。

「うん、うまい!」藤本さんは目を丸くして言った。

「ですよね? うちの奥さんの特製のオムレツですから」

 晴斗はそう言って笑った。

「うん、本当に旨いよ」

 藤本さんは嬉しそうに言った。

「そう言っていただけて嬉しいです!」

 それから、彩乃が藤本さんの前に顔を出して言った。

「おお、これは奥さん! どうもどうも」

 藤本さんは彼女を見るなり驚き、オムレツを呑み込んだ後、一度スプーンを置いて、その席から立ち上がった。

「こんばんは。藤本さん、お久しぶりです」

 彼女は藤本さんを見て、微笑んだ。

「こんばんは。おいしいですね、このオムレツ」

 それから、藤本さんがそう言った。

「ありがとうございます」

彼女はそう言ってぺこりと頭を下げた。その後、すぐに厨房へ戻って行った。彼女が戻ると、藤本さんは席に着いた。

「藤本さん、珍しいですね。このお店にいらっしゃるなんて」

 それから、晴斗が藤本さんに言った。

「たまたま仕事でこっちに来たから、寄ったんだよ」と、彼は言った。

「そうですか」

「それより、世界の料理を食べ歩くってのはどうなったんだ?」

 それから、藤本さんがそう訊いた。

 四年前、晴斗は趣味で、彩乃と一緒に世界各国の料理を東京で食べ歩いていたのだった。それからちょうど一年前、晴斗たちは世界の国の料理を全部食べ周ることに成功したのだった。それは、彼女と結婚する前でもあった。

 晴斗が藤本さんにそれを話すと、「それはすごいじゃないか!」と、彼は驚くように言った。

「おめでとう、おめでとう」

「はい、ありがとうございます。それで今度は……」

「今度は?」

「今度は、二人で日本の料理を食べ周っているんです」

 晴斗がそう言うと、「はあ、なるほど」と、彼が言った。「今度は、日本か」

「はい」

「確かに、日本にもたくさんの食材や料理ってあるからねえ」と、彼は言った。

「ええ、そうなんです。それで今は、四十七都道府県の制覇を目指していて」

 そう言った後、晴斗は実際、東京には四十二道府県しかないことを思い出した。

 それから、晴斗は今まで食べた料理の県を藤本さんに言う。

「北海道に、沖縄、秋田に宮城……それと」

群馬、福井、愛知、大阪であった。

晴斗が県の名前を言い終えると、藤本さんが口を開いた。

「そうか。じゃあ、まだ山口は行っていないね?」

「山口ですか」

 そこはまだ行っていないなと、晴斗は思った。「ええ、行ってませんね」

「それなら、次は山口なんてどうだろう?」

 藤本さんはそう言って、にやりと笑う。「実は、俺の地元なんだ」

「え? そうなんですか?」

「ああ」

 初耳だった。藤本さんの地元が山口だったことを晴斗は知らなかった。それから、晴斗はそこの料理はアリだなと思った。

「いいですね」

 晴斗がそう言うと、「じゃあ、そうしてくれ。よろしく頼んだぞ」と、藤本さんは言った。

 それから、藤本さんは目の前のオムレツの残りを食べた。オムレツは冷めているようだった。その後、藤本さんはビールを一気に飲み干し、「お勘定」と言って、席を立った。

「ありがとうございます!」

 晴斗の後ろの厨房から彩乃の大きな声がして、晴斗は自分が仕事中だということを思い出す。

「あ、はい」と晴斗は言って、レジへ行き、藤本さんの会計をする。

「藤本さん、今日は来ていただいて、ありがとうございます」

 会計を済ませた後、晴斗は藤本さんにそう言った。

「おう。山口料理、楽しんで来いよ」

 帰り際、藤本さんがそう言って、手を挙げてお店を出て行った。

「はい。ありがとうございました」

 晴斗は深々とお辞儀をして、彼が出て行くのを見送った。


 そしてその翌週の月曜日、晴斗たちは藤本さんの言葉通り、山口料理のお店へ行くことにした。夜六時半頃、晴斗たちはそのお店に来ていた。そのお店は神田にあった。

 二人は案内された席に座ると、早速、メニューを眺めた。見ると、そこには瓦蕎麦かわらそばとフグ料理の写真があった。山口はそれらの料理が有名らしい。晴斗は瓦蕎麦とフグの唐揚げを注文する。それから、板わさとちくわの磯部揚げ、茄子なすのからし漬けを頼んだ。それと、飲み物に晴斗は生ビールを、彩乃はウーロン茶を頼んだ。

 しばらくして、二人の飲み物がやって来た。

「お疲れ様」と晴斗は言って、二人で乾杯した。それから、晴斗は一口ビールを飲んだ。彼女もウーロン茶を一口飲んだ。

「はあ、うまい」

 晴斗がビールを飲んで息を吐く。

「美味しそうに飲むわね」

 ウーロン茶を飲んだ彼女が横から口を挟むように言った。

「ああ、俺ばかり飲んで悪いね」

 晴斗がそう言うと、「いいのよ。この子のためよ」と、彼女はお腹をさすりながら言った。それから、晴斗は彼女のお腹の方を見た。彼女のお腹は前に比べて大きくなっているのが晴斗にも分かった。

「彩乃は偉いよ。きっと元気な子が生まれてくるね」

 晴斗はそう言って笑った。その後、彼女も嬉しそうに微笑んだ。

「お待たせしました。板わさと茄子のからし漬けです」

 少しして、若い男性の店員が料理を運んできた。彼はそれらをテーブルに置くと、「ごゆっくりどうぞ」とお辞儀をし、その場を立ち去った。

「あ、美味しそう!」

 それらの料理を見て、彼女がそう言った。

「いただきます」と、彼女は早速手を合わせた。すぐに晴斗も手を合わせる。それから、彼女が板わさを一枚箸でつかんで、それを食べた。

「うん、美味しい」

 彼女はもぐもぐしながらそう言った。

 その後、晴斗もその板わさを取り、食べてみる。プリッとした食感で、噛むと弾力が楽しいのである。その後、ワサビのツーンとした辛さがやって来た。けれど、この刺激もまた楽しく感じた。

「うん、うまいうまい」

 晴斗はそう言った後、ビールをごくりと飲んだ。「うん、ビールに合う」と、晴斗は呟いた。

「なんかそんな感じがする。いいなあ~」

 それから、彼女が羨ましそうに言った。その後、「一口だけちょうだい」と、彼女が言った。

「ダメ」

 晴斗がそう言うと、「ちょっとだけ。お願い」と、彼女が懇願するように言った。

「ダメだよ」

「いいでしょ? 少しくらい」

彼女がしつこいので、晴斗は「絶対にダメ。飲むなら、お茶かジュースにしなよ」と、断言した。

「ジュースか。ねえ、あなた、ジュースも炭酸飲料とか糖分の多い飲み物はたくさん飲み過ぎるといけないみたいなのよ」

それから、彼女がそう言った。

「あ、そうなの?」

「そう。なんかね妊娠肥満病とか肥満の原因にもなるらしいの……。」

「なるほどね。じゃあ、尚のことジュースもあまり飲まない方がいいんだな」

「ええ、まあそうね」

「じゃあ、お茶で我慢だね」

 晴斗はそう言って、ビールを一口飲んだ。

「うん」と彼女は頷いて、ウーロン茶を一口飲む。

「はい、お待たせしました」

 それから、ふぐの唐揚げとちくわの磯部揚げがやって来た。それらはいい匂いがした。

 早速、彼女がフグの唐揚げを箸で一つ取り、それをふうふうした。冷ました後、それを一口齧った。

「うん、おいしい」

 彼女はおいしそうにそれを食べた。どうやら骨があるようで、彼女はその部分を避けて食べた。

 今度は、晴斗もそのふぐの唐揚げを食べてみた。噛むと、ふわっとした食感とフグの身のジューシーさが感じられた。それから、食べているとがりっとした音がして、それが骨だということが分かったので、晴斗はその骨を避けた。

「美味しい」

 晴斗は思わず笑顔になった。それから、このフグの唐揚げもビールに合うだろうなと思い、ジョッキを掴みビールを流し込んだ。

「はあ、最高!」

 そのフグの唐揚げは、もちろんビールとも合った。

 それから、彼女がちくわの磯部揚げを美味しそうに食べた。

「これもおいしい」と、彼女が笑顔で言った。

その後、晴斗もそれを食べる。そのちくわの磯部揚げも旨かった。晴斗はビールを一気に飲み干した。それから今度、晴斗は山口県の地酒の日本酒を頼んだ。

そして、しばらくして瓦蕎麦がやって来た。それにつけるつゆも二つやって来た。

「わあー、すごい」

 彩乃は瓦蕎麦を見て感嘆を上げた。それを見た晴斗も驚いた。

 瓦蕎麦は、黒色の鉄板のような瓦の上に、緑色のそばと錦糸卵に牛肉、それから海苔にネギ、それと輪切りにしたレモンと、もみじおろしが乗っていた。それは彩りが豊かで美味しそうであった。

 早速、彼女がその蕎麦をつゆの入っている深い器に取った。それから、すぐに彼女はその蕎麦を啜った。

「どう? おいしい?」

 晴斗がそう訊くと、「うん、メッチャ美味しい!」と、彼女は目を輝かせて言った。

「どれどれ」

 それから、晴斗もその蕎麦を一口分取り、つゆにつけてそれを啜ってみた。

「うん、うまい!」

 晴斗も思わず目を見開いた。

 食べると、その茶そばの上品な香りと牛肉の香ばしい匂いが鼻に抜けた。その蕎麦は瓦で焼かれているので、ぱりぱりした食感ともちもちした食感が楽しめた。そして、そばにつけるこのつゆも、カツオや昆布の出汁が感じられて美味しいのであった。

 その後、彼女がレモンの上にのせてあるもみじおろしを少しつゆに入れて混ぜてから食べた。

「うん、さっぱりして美味しい」

 もみじおろしを入れることで、また違う味わいになるようだった。その後、晴斗もそれを真似してみた。

「ああ、本当だ」

 確かに先ほどとは違い、さっぱりした味わいへと変わった。ここにレモンを入れても、いいのだろうなと晴斗は思った。

「でしょ?」

「うん。レモンを入れたら、また味が変わるんじゃない?」

「確かに。やってもいい?」

「うん、いいよ」

 晴斗はそう頷いた後、彼女は一枚の輪切りのレモンをそのつゆの中へ入れた。そして、蕎麦や牛肉などの具材も取り、それを一気に口の中に運んだ。

「うーーん、美味しい」

 彼女は晴斗の方を見て、満足そうに言った。

「本当? なら良かった」

 晴斗も彼女を見て、微笑んだ。

 彩乃はウーロン茶を飲み終えて、もう一杯それを頼んだ。

 その後も、彼女はウーロン茶を飲みながら瓦蕎麦や板わさ、フグの唐揚げなどを食べた。晴斗はそれらを食べながら日本酒を飲んでいた。

 ひとしきり食べ終えた後、二人は最後にデザートを食べることにした。

 メニューを見て、「外郎」という文字を彼女が見つけた。

外郎ういろうだって!」

「外郎かぁ」

「食べたことある?」

「あるよ。親戚からお土産で貰ったことがあるよ」

晴斗がそう言うと、「そうなんだ。それって、どこのお土産?」と、彼女が訊いた。

 晴斗は親戚から貰ったお土産がどこだったかを思い出す。

「……確か名古屋だったと思うけど」

晴斗がそう言うと、「そっか。私も友達から貰ったことあるけど、確かその友達は京都に行ったみたいなんだよね」と、彼女が言った。

「そうなんだ。って、外郎って京都のものなの?」

 不思議に思った晴斗はそう訊くと、「うーん、どうなんだろう?」と、彼女が考え始めた。「分かんないから、調べてみるね」

 それから彼女はそう言って、カバンからスマホを取り出し、調べ始めた。

「あー、そう言うことか」

 その後、しばらくして彼女が言った。

「どういうこと?」

 晴斗がそう訊くと、「なんかね」と、彼女が口を開いた。

「産地としては名古屋なんだって。でも他に京都や小田原、それから、山口もそうみたいなの」

「へー」

「うん。で、因みに、名古屋の外郎は『米粉』を使って作っているみたいで、山口のは、『ワラビ粉』で作ってるんだって。だから、山口のはプルプルした弾力で、もちもちした食感が特徴なんだって」

「なるほど。それぞれの地域によって違うわけか」

「そうみたい」

 それから、晴斗はその山口県の外郎を食べて見たくなったので、それを二つ頼んだ。ややあって、その外郎がやって来た。

 彼女が早速、その外郎を一口食べた。

「うわ、すごい!」

彼女は思わず声を上げた。

「どんな感じ?」

 晴斗は彼女に感想を聞く。

「本当にプルプルした食感なの!」

「へー」

 晴斗も目の前の外郎を一口食べてみる。

「うわっ! すごい!」

 噛むとプルンとした食感がした。わらびもちのようなプルンとした食感で、面白かった。その後、あんこの甘さやみずみずしさが感じられた。とろけるような感じもした。

「確かにプルプルとモチモチが合わさった感じがする」

「ね。前に食べた他の外郎とは違う気がする」

「確かにそうかも」

 以前食べた名古屋の外郎とは違う食感のようだと晴斗は思った。 

「はあ、美味しかった」

デザートの外郎を食べ終えると、午後八時を過ぎていた。晴斗はその山口料理を食べられて、満腹になっていた。

「そうだね」と、彼女が言った。彼女も満足しているようだった。

「帰ろうか」

「うん」

「ごちそうさまでした」

 彼女がそう言って手を合わせる。晴斗もそれに倣って「ごちそうさまでした」と、手を合わせた。それから、晴斗は会計を済ませて、二人はその店を出た。


 家に帰ってきた後、晴斗はリビングのソファに座り、ポケットからスマホを取り出す。そして、アドレス帳を開き、藤本さんの名前を見つけると、『藤本さん、こんばんは。今日、嫁と二人で山口料理を食べに行ってきました。おいしかったです』と打ち、メールを送った。その後、晴斗はお風呂に入ることにした。

 お風呂から出た後、リビングにやって来た晴斗はテーブルに置いてあったスマホを見つけると、すぐにその画面を見た。すると、そこに一通のメールが来ているのが分かった。見ると、それは藤本さんからだった。

『よう、山崎。連絡ありがとう。おお、そうか! 旨かっただろう? 二人で楽しんでくれたなら俺は嬉しいよ。お前、お店頑張れよ! それと、日本料理を食べ歩くってやつも。奥さんにもよろしく。じゃあ、またな』

 そのメールを見て、晴斗は思わず笑顔になる。藤本さんらしいなと晴斗は思った。

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