第55話 全滅の危機~何か手段は無いのですか?~
高速で接近する、2機のマシンゴーレム。
〈ミドガルズオルム〉は警戒し、殲滅魔砲〈アケローン〉による砲撃で食い止めようとする。
これまでと違い、細く収束させた黒い光線。
速射性を重視したモードだ。
エリーゼ機とレクサ機は連射を浴びるが、全弾回避。
華麗な機動で、的を絞らせない。
『それ以上、2人のダンスを邪魔するのは無粋だよ』
剣士コンビを援護すべく、荒木瀬名は〈ミドガルズオルム〉にプラズマ砲を浴びせる。
今度は出力が、絶妙にコントロールされていた。
さらに賢紀、アディ、イースズ、ニーサも参加。
一斉射撃を行い、パイロットであるゼフォー・ベームダールの視界を奪う。
『ここだ! もらった!』
レクサ・アルシエフは自機に魔力ブーストをかけ、瞬発力を向上させた。
この操縦方法は人工筋肉の消耗を早めるが、今はとにかく瞬発力が欲しい。
レクサ機の突進スピードは、GR-3〈サミュレー〉の最高自走速度とされる250km/hを超えていた。
機体の両手にそれぞれ構えたマルチランチャーから、光の剣が伸びる。
両手を脇に開いて構え、切先を攻撃目標に向けた二刀流の中段構え。
〈ミドガルズオルム〉の重なり合った装甲板。
その隙間に、突きが迫る。
二刀の切先を、ピンポイントで合わせた一撃だ。
しかし――
激しい閃光。
耳をつんざくような轟音と共に、レクサ機は後方へと弾き飛ばされた。
剣で突いた部分には、焦げ跡が残っている。
だがそれ以外に、大したダメージを与えた気配はない。
『なら、こいつはどう!?』
パイロットが吠えると同時に、エリーゼ機の実体剣がビームソードの如く輝く。
魔剣に魔力を伝導させて破壊力を向上させる、魔力伝導と呼ばれる剣技と魔法の複合技術だ。
以前乗っていたGR-1〈リースリッター〉と比べ、今乗っているMG-2〈ユノディエール〉の出力は倍以上。
さらにはエリーゼ自身の魔力量、魔力操作技術が飛躍的に上がっている。
長剣が放つ、緑色の輝き。
その光量は、以前の比ではない。
元々GR-3より、スピードで勝るMG-2。
突進技は重量も大事だが、速度を上げたほうが威力は増す。
魔力ブースト機動により、レクサ以上のスピードで突っ込んだエリーゼ。
レクサと同じく、重なり合った装甲板の隙間を狙った突きを繰り出した。
次の瞬間――
「ガキーン!」という悲しげな金属音と共に、折れた刀身が宙を舞う。
『ああーっ! 折れたあーっ! 私の愛刀【エスプリ】がーっ!』
魔道無線機から、半泣きになったエリーゼの悲鳴が聞こえてくる。
しかし半泣き声とは裏腹に、彼女は意外と冷静だった。
折れた剣の柄を投げ捨て、一旦〈ミドガルズオルム〉との間合いを切る。
「落ち着け、エリーゼ。それはマシンゴーレム用にコピーした、お前の愛刀【エスプリ】の模造品に過ぎない。いくらでも、【ファクトリー】で作り直してやる」
『うえーん、賢紀。どうせなら、今度はルーンタイトで作って。あの蛇野郎には、素材になってもらうわ!』
果たして、それが可能だろうか?
相変わらず無表情で冷静そうに見える安川賢紀だが、徐々に不安が押し寄せてきていた。
手数ではこちらが圧倒しているが、未だに決定的なダメージは与えていない。
このままでは、こちらが先に消耗してしまう。
パイロットも機体も、極限の戦闘機動を続けているからだ。
『ゼフォー様。わたくしを、捉えることができまして?』
魔道無線で呼びかけ、相手を挑発するアディ・アーレイト。
彼女は機体を、空高く跳躍させた。
擡げられていた大蛇の頭に接近し、両手に構えられた2丁のマシンガンでピタリと狙いをつける。
至近距離から、激しい連射が叩き込まれた。
口の中に銃弾が入るのを嫌い、〈ミドガルズオルム〉は〈アケローン〉で迎撃しようとはしない。
しっかりと、顎を閉じている。
しかし賢紀機の魔力センサーは、強大な魔力が口内に収束していくのを感知していた。
アディ機がジャンプの最高点に達しても、〈ミドガルズオルム〉はまだ口を開かない。
アディはそのまま大蛇の鼻先を踏みつけて、バックを取るように跳躍。
その背後を追い、〈ミドガルズオルム〉は頭部をひねった。
MG-2の操縦席には〈仮想全天周囲ディスプレイ〉という、360度、前後左右上下全てを見ることができる機能が採用されている。
コックピット内でパイロットが視線を巡らせると、そちらの方向が見えるようになっているのだ。
複数のカメラから得られた映像を〈疑似魂魄AI〉が自動的に合成し、視覚情報として操縦者の脳に直接フィードバックしてくれる。
【ゴーレム使い】の能力【直結】を、脳に負担がかからぬ範囲で限定的に行使するような機能だ。
パイロットがシート上で振り返れば、真後ろの光景だって見える。
つまりアディは、自分の背中を狙っている〈ミドガルズオルム〉に気付いていた。
着地の瞬間、背中から撃たれる。
そんなことは、承知の上での行動だった。
〈ミドガルズオルム〉の口が、大きく開かれる。
露わになった〈アケローン〉には、充分な魔力が収束していた。
マシンゴーレムを跡形もなく吹き飛ばしても、お釣りがくるほどの。
アディ機は着地寸前。
回避不能なタイミングで、無防備な背中が晒される。
だが、全く問題はない。
なぜならアディが飛んだ、射線上には――
『イースズ、頼みましたわよ』
大蛇の口内に、装弾筒付翼安定徹甲弾が突き刺さった。
アディ機の動きも〈ミドガルズオルム〉の動きも、悪魔のような狙撃手は全て予測していたのだ。
発射直前だった〈アケローン〉が暴発し、毒々しい紫色の爆炎が撒き散らされた。
〈ミドガルズオルム〉は、大きく上体を仰け反らせる。
鉄の大蛇は首を擡げるのを止め、とぐろを巻いた胴体の上に頭を降ろした。
今までで、最大のダメージだったはずだ。
見た目に目立った損傷は無くとも、魔法障壁とルーンタイト装甲の強化で魔力を大量消費したはず。
〈トライエレメントリアクター〉による、魔力供給が追いつかないほどに。
そう考えていた賢紀は、絶望的な気分に襲われた。
映像投影魔道機に表示される、〈ミドガルズオルム〉の推定保有魔力量の数値を見て。
「全然消耗していないとは、どういうことだ?」
状況は、さらに悪い方へと転がり始める。
久々に無線の向こうから、ゼフォーの声が届いた。
『そうちょこまか動かれると、〈ミドガルズオルム〉の運動性では捉えきれないな。足を止めさせてもらおうか』
賢紀機のコックピット内に、警告音が鳴り響く。
〈ミドガルズオルム〉の機体全身に渡って魔力が高まるのを、魔力センサーが捉えたのだ。
「全機後退。〈ディスペルチャフ〉、散布」
賢紀が指示するよりも早く、何機かは後方に飛び退いている。
だがそれでも、少々遅かった。
『〈アースシェイカー〉、起動』
無機質な口調で、ゼフォーが言葉を発した直後だった。
〈ミドガルズオルム〉を中心に、大地が激しく振動する。
大地震という表現すら、生温い。
地面が激しく隆起し、陥没し、のたうつ。
その高低差は、数mにも及んだ。
超人的な身のこなしが可能な第2世代型マシンゴーレムだが、大地に足を着けていなくては運動性を発揮できない。
荒れ狂う大地の上で、まともに立っていられる機体など皆無。
全機が吹き飛ばされ、地面に転がった。
操縦していたのは、優れたバランス感覚を持つパイロット達であるにもかかわらず。
高性能〈魔道演算機〉と〈擬似魂魄AI〉のアシストにより、高度な姿勢制御能力を備えている第2世代型マシンゴーレムであるにもかかわらずだ。
〈ミドガルズオルム〉が使用した〈アースシェイカー〉は、大規模土魔法兵器。
莫大な魔力を注ぎ込んで発動する。
賢紀達が乗るMG-2の10倍近いリアクター出力を誇る、〈ミドガルズオルム〉ならではの武装だ。
こういった魔法攻撃による足止めを防ぐために、MG-2には〈ディスペルチャフ〉が搭載されている。
だがいかんせん、相手の魔法兵器が大規模過ぎた。
〈ディスペルチャフ〉程度では、無効化しきれない。
見れば帝国軍のGR-3も、魔法障壁を広範囲に展開するブースターを作動させていた。
土魔法への抵抗を図ったのだが、結果はMG-2と同じ。
地面の上で、無力にシェイクされるだけだった。
『みんな! 大丈夫ね!?』
イースズ・フォウワードが、皆を気遣う。
かなり離れた狙撃ポジションにいた彼女だけは、〈アースシェイカー〉の効果範囲外だった。
だが――
イースズ機がいる方向へ向けて、細く収束された黒い光線が走った。
『あいたっ! 痛ぅ……。こら、でけん。機体の右腕を、持っていかれたばい』
さらに続けて、黒いプラズマのシャワーが辺り一面に降り注ぐ。
〈ミドガルズオルム〉が〈アケローン〉を拡散させ、散弾のように撒き散らしたのだ。
射程内にいた賢紀、エリーゼ、アディの機体は回避のしようがなく、四肢に損傷を受けてしまった。
コックピット内には警告音が鳴り響き、ディスプレイには機体の損傷部分を知らせる赤い表示が踊る。
――全滅。
そんな言葉が、賢紀の脳裏を掠めた。
「何か奴に、ダメージを負わせる手段はないのか?」
呟いた【ゴーレム使い】には、心当たりがあった。
――こうなったら、「アレ」を使うか?
いやいや。
ダメだ。
「アレ」はまだ、使いたくない。
テスト不足であるし、帝国にも見せたくない。
試作段階である「アレ」を実戦に投入するなど、ポリシーにも反する。
おまけに「アレ」を出すと、色々と騒がしい。
自らのアイディアに懊悩した挙句、「却下」という結論を出した賢紀。
しかしエリーゼが、せっかくの決断を否定するようなことを言い出した。
『ケンキ……。こうなったら、Xナンバーズを使いましょう』




