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再周回:Did you read "A" to "Z"……?:part GOOD-BYE

 ……わたしは、木隠墨子こがくれすみこです。


「……泣き疲れちゃったみたいですね」

「……ああ。私が保健室まで担いでいく。ついてきてくれ」

「……はい」


 わたしがふうちゃんを放して倉田くらた先生に預けた瞬間、そこにあった温もりが離れて、あとには涙で濡れたジャージから感じる冷たさだけが胸元に残りました。



 ◆



ふうちゃん…………」


 偶然保健の先生のいない保健室のベッドにふうちゃんを寝かせたあと、倉田くらた先生は他の仕事に行ってしまいました。


 今、保健室には、丸椅子に座るわたしと、眠っているふうちゃんの二人だけ。


「わたし、そばで待っているから。今すぐには難しくても、いつか……ふうちゃんにわたしの気持ちを受け入れてもらえるようになるまで、ずっと」


 過去にいろいろなことがあって、「怒り」以外のあらゆる感情を失ってしまっていたふうちゃんが少しだけ見せてくれた、「哀しみ」の感情。姉妹二人が歩み寄って見つけた、ハッピーエンドまでの希望の光。


 倉田くらた先生は、自分の気持ちを伝えた。


 今度は、わたしがふうちゃんに気持ちを伝える番です。


 けれど、なかなか勇気が出なくて。


 病院で、自分自身の歯止めが利かなくなったあのときみたいに、拒まれるんじゃないかって思って。


 待ってるって、言いたいのに。


 心の中では、わかっているのに。


 どうしても、伝えられなくて。


 ふうちゃんが寝ている間に、ボソッと呟くだけ。




『……なにも言えないより、口にするだけでも、いいんじゃないかな』


 いつもの声が聞こえた方向……保健室の流し台に備え付けられた鏡に映るのは、わたしの姿。


「……でも、伝わらなきゃ、意味がないんです」


『そうだね。……それでも、行動を起こすことには意味がある。「病は気から」って言うでしょ? ……だったら、その病を治すヒントもまた、「気」にある。…………「隠す」のは、「木」だけでいい。「気」を隠さずに接することができたら、ふうちゃんにも「風」が吹くんじゃないかな。幸せを呼び込む、そんな風が。……さてと。わたしはそろそろ行くよ。それじゃあ、あとはよろしく。木隠墨子こがくれすみこ


 鏡の中のわたしが手を振った瞬間、外で何羽ものカラスが一斉に鳴き始めました。わたしはそれに驚いて、一瞬だけ窓の方へ視線を動かしました。次に鏡へ視線を戻した時には、わたしと同じ姿勢の虚像が映っていました。


「もう一人のわたし」は、言っていました。伝えようと行動することが大切なんだと。


「……じゃあ、ちょっとだけ………………」


 引っ込み思案なわたしには、人になにかを言うのは簡単ではありませんが。


 ……せめて、好きな人には、伝えたい。


「…………愛してるよ、ふうちゃん」


 髪を耳に掛けて、そっと、寝ているふうちゃんの唇に、自分のものを近づけます。




「……墨子すみこ

「…………」




 あと少しのところ。

 そんな体勢で目が合ってしまった、わたしとふうちゃん。


「……えっと…………」

「……さっきの言葉、少し聞こえてた」

「……えっ?」

「…………ありがとう、墨子すみこ


 ふうちゃんの小さな両手で優しく頬を包まれ、そして……………………。







 ふうちゃんの統合失調症も、わたしのうつ病も、まだ完全に治ったわけではないし、これから何年も、何十年も、向き合っていかなければいけないけれど。

 まずは、自分の気持ちを伝えるところから。

 そこから、また、始めていこうと思います。


 ……口の塞がっているわたしは、心の中で、そう誓いました。







 ……さようなら、無表情のふうちゃん。



 ◆



 住人のほとんどが寝静まり、外灯とわずかな家の灯りだけがぼんやりと照らす町の一角。そこに佇む小さなアパートの一室で、アタシは白い煙に包まれていた。


「えほっげほっ、ゴホゴホッ!」


 自覚してからというもの、頻繁に咳が出るようになった。これは明日から風邪を装う必要がありそうだ。


「……やっぱり、『そういうこと』だよなぁ…………」


 豆電球の光がほとんど役に立たない六畳半の部屋の中で、アタシはノートパソコンの画面に映ったテキストに注目していた。


『喫煙による健康被害』


「……明梨あかりのメシが不味いのも、そういうことなんだろうなぁ……」


 勝手にそう自分で納得するスタイル。


「……まーいーや。これも、望んだことなんだし」


 溜め息混じりに呟いて、同居人である明梨あかりのカバンから煙草の箱とライターを取り出し、箱から一本摘まんで口にくわえ、ライターで火を点ける。ゆっくりと空気を吸い込むと、つかみどころのない異物が喉を通っていくのがわかる。


「うぶっ」


 むせそうになるのをギリギリで抑え込み、アタシは明梨あかりに隠れてこっそりと再びタールやニコチンを摂取するのだった。





 この世に生まれたことが、決して消えない罪だというのなら。

 生き続けることが、その罰なんだろう。

 呪縛と恋慕の迷宮をさまようアタシ達にとっては、この世界はあまりにも息苦しくて。

「あのとき」までキレイだったモノが、今は辺り一面にブザマに転がっているように見えるんだ。

※未成年者の喫煙は、法律で禁止されています。



◆◆◆◆◆



Thanks for reading to the end!


Good-bye!


……Good-bye?


……No.


There is a woman in the room.


We must see her smail.


……To be continued.



◆◆◆◆◆



みなさま、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


『ゆりんぐ』は、ここで……。


終わりません。





続編『Aキスから始まった百合ing A to Z』





いつかの明日に連載開始!

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