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悪魔

遅くなりました…?



ミーシャは北へ、北へと向かい続けた。

そして、辿り着いたのは、宝石のように輝く氷岩が浮く海であった。

この辺りには吹雪は吹いてない。しかし、振り返れば吹雪の壁がある。不思議な現象だ。


海に浮いている氷岩の一つ一つには、魔力が宿っており、この辺りを住処とする一部の魔物の餌にもなっており、それを食す魔物は、ここに至る途中に出会うはずだった魔物よりも、更に強力な力を持っている。


彼女は何度かここへ来たことがある。しかし、未だにこの風景を見る度に恐怖が心を支配する。


にも関わらず、彼女は足を進める。


行かなくてはならない。そんな覚悟を持って一歩、一歩とゆっくりと踏み出す。


パッと見る限りでは、この辺りの魔物の数は少ない。

でも、居ないわけではない。


見つかれば、戦わなければならない。

一体や二体ならば勝てる自信のあるミーシャ。しかし、連戦や多対一は勝てない。


それを分かっていながらも、更に先へと繋がり、連なる氷岩の上を歩む。


「ーーッ!?」


幾つ目かの氷岩の上を歩いている最中、唐突に海から魔物が飛び出してミーシャの前に降り立った。


「焼き尽くせ!『ボルケーノ』」


咄嗟にミーシャは手を前に突き出して魔法(・・)を使用すると、溶岩が氷岩を突き破って噴出し、魔物を溶かした。


と、同時に、足場である氷岩も溶かし始め、全てが溶けきる前に次の氷岩へと移動する。


「ふぅ…」


背後を振り返ると、大きな氷岩が丸々一つ溶かして、代わりに岩を作り出していた。

彼女が得意とする魔法であり、強力な魔法だ。


しかし、消費する魔力も多く、今のは迂闊だったと反省しながら前を向いて歩みを進める。



〜〜〜



「やっと着いた…」


ミーシャは目の前に広がる壮大な建物を前に疲れを含んだ声を吐く。


それを一言で例えるならば、城である。


氷に覆われた白亜の城だ。


「父上…」


ミーシャは、城ではなく、更に遠くを見つめて父親の姿を思い返す。


彼女が小さな頃に見て来た大きな背中。

笑うと凶悪顔だが、根は優しく、いつも誰かを思いやる心を持っていた。


しかし、彼女の父はある者によって瀕死にまで追いやられた。にも関わらず、彼は誰にも知られずに、この城で命を賭して世界を守った。


「忌々しい人間共め…アイツ等の所為で父上は…」


悪態を吐きながら、白亜の城へと向かうミーシャ。

彼女の目的は、この城にある。


凍り付いてしまい、分厚い氷が張った扉はビクともしないが、ミーシャの魔法を持ってすれば簡単に氷を溶かす事ができ、魔族の力を持ってすれば、容易く扉を開く事ができる。


そうして中に入り、何もない真っ白な玄関から直進。壁に立て掛けてある松明に火を付けてから、手に持ち、入って正面にある扉を潜って地下へと降りて行く。


グルグルと螺旋のようになっている階段を長い間降り続け、そして辿り着いたのは広々とした円柱状の空間の上部。


円柱状の部屋の壁には階段があり、下まで降りて行けるようになっている。

そして、その先には、ポッカリと空いた光の一つも届かない真っ黒な穴がある。


そこに、彼女の父は眠っている。


「父上…我は…私は頑張っていますよ…」


その穴を見ただけで彼女は満足したのか、一滴の涙を落としながら来た道を戻るミーシャ。


螺旋階段を登り終えたら、次は地下ではなく、上の階へ向かう。

そこが彼女の本当の目的地である。


この城の最上階に、それはある。

地下で彼女の父と共に悪魔を封じている巨大な魔石だ。


その悪魔は、神に一番近い者だったらしい。

ミーシャの父が人間の手によって瀕死にまで追いやられる前までは、彼が封印を維持していた。


しかし、彼女の父親はいない。

このままではダメだと、命を賭して封印を強化・永続させて娘を、ついでに世界を守ったのだ。


「ここに来ると、いつも嫌な気持ちになる…」


さっさと終わらせて帰ろう。

そう思い、魔石に手を当てて魔力を流し込む。


魔石の中にあった淀みが少しづつ消えて行き、綺麗な赤を取り戻し始める。


全ての淀みが綺麗さっぱり消え去るのを確認しようと魔石を覗き込むミーシャ。


ーーズドォォンッ!


「ーーッ!?」


咄嗟の事で何が起こったか理解できなかった。

唐突に大きな地震と衝突音がして、ミーシャはバランスを崩して転けた。


即座に立ち上がり、窓に駆け寄って城の外を見ると、そこには見た事のない三匹の生き物が空を飛んでおり、その内の一体が魔法(・・)を城に向けて放ていた。


だが、黒い太陽を思わせる大魔法は城に当たる寸前で搔き消えて、城を、大地を大きく揺らした。


「アレは…一体…」


再度転けそうになるのを窓に掴まって持ち堪えてから、呟く。


来る途中に出会ったエクス・マキナを思わせる真っ黒な翼を大きく広げて空を飛ぶソレは、御伽噺(おとぎばなし)で聞いた事があった。


しかし、彼女は信じられずに目を見開いて呆然と見つめる事しかできない。

ミーシャの目的は、結界を維持する事だけで、父親からもこの事は全く聞かされていなかった。


ただ、なぜか今頃になって今は亡き母親が言っていた事を思い出した。


『封じられし大悪魔は今でも復活を待っているのよ。それを貴方のお父さんは阻止してるの』


その時は、ミーシャも幼かった為、母親が何を言っているのか分からなかった。だが、今ならば分かる。


今起きている事が、彼女の母が言っていた事なのだ。

しかし、この状況を打破するには全く意味をなさない記憶だ。


真っ黒な身体、やけに長い手足、指は鉤爪のように鋭く、頭にはツノが生え、爛々と輝く赤い瞳がある。


その存在を目にした瞬間、身体が自然と震えた。それは、寒いからではない。言い表せない心の底から湧き出す恐怖からだ。


そんな存在が魔法を放つ。

いや、魔法なんて生易しい物ではない。

もっと凶悪で、黒い塊のような凶悪な何かだ。


彼女とて魔族の一人であり、魔力を感じ取れる事ができる。しかし、放たれたソレからは魔力が全くと言って良い程に感じられない。

感じ取れるのは、心臓を冷やす氷のような、悪寒のような何か。


一発一発が強大で、もし直撃しようものならば、塵も残らず消し飛ばされそうである。


しかし、この城の周囲にも結界が張ってあるのか、そんな攻撃を受けても城に当たる寸前で消え去る。が、衝撃までは消しきれないのか、大地を震わせる。


「アレが……悪魔」


確信を持って言える。

その存在は、人知を超えた存在である、と。


この城に居座れば、ミーシャの命は無事であろう。

だが、ここは住まう為にある建物ではない。


吹雪がなくとも、城は冷え切っており、あちこちが凍り付いて、厚着をしていても非常に寒い。

とてもじゃないが、ここで野宿したいとは思わない。


それに、食料の類は一切なく、元から住む為に造られた場所ではないのは確かである。


しかし、もし出て行けこうものならば、問答無用で殺されるのは目に見えている。

出入り口は、一つ。城の正面にある架け橋を通る以外になく、悪魔達の真下を通っていかなければならない。裏道なんて良い物はないのだ。


彼女が出来るのは、悪魔達が立ち去るのを待つしか選択肢がなかった。


本物の悪魔が現れるまではーー。



ーーー



ユートは、北へ、北へと歩き続けた。

そして、辿り着いた。


ーー極寒の地へと。


陽射しはなく、温かみから無縁の土地だ。

毎日休まずに雪は激しく降り注ぎ、暴風が必死に働いている。視界は最悪だ。


おまけに、彼の右目は故障していて、何も見えていない。身体は凍え動きが悪くなり、食べ物はなく餓死寸前になり、生き抜くのが難しくなってきていた。


それでも彼は、いや、彼の身体は生きようとした。

その時既に彼の意識は朦朧としており、時折出会う魔物を彼の身体が勝手に喰らって生き長らえていた。

そして、気が付けば右半身が動かなくなり始めていた。


横眼で確認してみると、溶けた雪の所為で錆びついていた。直す術はない。しかし、彼の身体はそれでも食べ物を、生きる事を求めた。


全身が冷え切って動かなくなったとしても、身体はひたすら食べ物を求め続けた。獲物が近くを通り掛かると、自然と手が伸びて喰らう日々。


何日経ったのか、唐突に体に変化が見られた。

なんと、機械の身体と肉体が融合し始めていたのだ。


しかし、動かない事には変わりなかった。

暫く経つと、彼の意識を無視して身体が勝手に動き始めた。


ただひたすら食べ物を求め続けて歩き続ける己の身体。

時折、新たな変質を見せ、身体が変化して行くのを朧気な意識の中で理解できた。


このまま行けば、自分の身体は怪物と成り果て、遂には意識すらも呑まれるだろう。

そう分かりきっていても、彼は何ら行動を起こさなかった。


なぜならば、こんな時の為に色々と彼は保険を掛けているからだ。

それに、どうせ死なない。

もし死んだとしても、バックデータがある。


バックデータで復元したデータは、今の自分ではないにしろ、それは他人からすればユートの他、誰でもない存在になるからだ。


今の自分がいなくとも、次の自分がいる。


そんな安直な考えで、彼の思考は止まっていた。

しかし、その日、彼女の温もりに触れて気が付いた。


「俺って…なんやろなぁ…」


ミーシャと名乗った女の子が立ち去った方向を振り返って呟く。

少しの間だったが、身体の制御を勝ち取れたユートは、再度タバコを吸って憂鬱な気持ちで空を見上げる。


「俺は…俺は……」


スキル、魔法、機械の身体の機能、神の力。全てを失った彼は、失意の底にいた。

残っているのは、怪物と成り果てた身体と、常に(モヤ)がかかった思考。


タバコを吸い終えるまでには、まだ時間はある。にも関わらず、身体が勝手に動き始める。

制御を失ったようだ。


また獲物を見つけては喰らうのだろう。

迷宮に居た頃も同じような感情を覚えた事があるが、それを何と例えるのか彼は知らない。


ただ、先が見えず、無性に怖く思える。


人を見つければ、この身体は無慈悲に魔物同様に喰らうだろう。

あの少女の時は偶然にも制御できたが、次はどうか分からない。


なにせ、彼女と出会うまでに彼の身体は何人もの魔族を喰らっており、その間に起こしたユートの指示など身体は全く聞き受けなかったのだから。


『全部…全部、あの神の所為で…』


法と秩序を司る神。

それを喰らってから、全てを失った。


既に彼は気が付いている。

全て、その神の罠だった事を。


いや、もしかすると、他の神の仕業なのかもしれない。

それだとしたら、良い案である。

現在のユートを破壊すると言う名目では。


しかし、ユートの制御下から外れた身体は対処不可だ。

例え、体を吹き飛ばそうとも、全てを消し去るような攻撃をくらおうとも、身体は勝手に回復する。

そして、喰らうのだ。


何もかもを喰らい尽くす。

その度に、身体は強化されて行く。


まさに怪物。

ただ喰らう事しか考えない魔物と同じだ。いや、彼の身体はその魔物と同じなのである。


それを一般的にはこう呼ぶ。


ーーゾンビ。


この身体は、その名に相応しい喰らいっぷりを見せつける。

腹が一杯になる事はなく、永遠に食べ物を求め続ける動屍である。


永遠とも、一瞬とも思える時を朧気に。身体が勝手に動くのを見ていると、不意に身体が向きを変えた。


どこに向かうのかはサッパリ分からない。


ただ、何か大きな存在に惹かれるかのように身体は足を進め始めた。

まるで、何かを見つけ、求めるかのように。

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