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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
エリア2編
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41.昔の話

 『今日俺の部下がそっち行くことになってるから。暇だったら相手してやってくれ』


 何年も会っていない夫から連絡が来たのは木々が紅く染まった秋の日の事だった。

 

 久々に連絡が来たと思ったらこのような内容で心底腹がたった。

 新しく事業を始めるからと何年も行方をくらませておいて、その部下の世話をしろと言うのだ。

 誰がそんな事頼まれてやるもんか。


 第一、顔も名前も知らないのに世話なんてやけるものか。

 何度文面を確認してみても部下の情報は少しも入っていない。

 

 しかし、洋子にはどうにかしてその部下と出会ってしまうのだろうという予感があった。

 

 夫は昔から勘がよく当たる男で、テストのヤマが外れた事はなかったし、読む前の新聞の内容をピタリとあてたこともある。

 予知能力というと大げさだが、夫にはそのような傾向があった。


 夫が人を思い通りに動かし、望む結果へ導いたことも数知れず。

 そう言う時は決まってその人自身が、不自然と言うわけでもないのにいつもとは違う行動を取っているのだ。


 今洋子が連絡を受けた時だってそう。

 旅行者に道を尋ねられ、駅まで案内し、旅行者と別れた時に届いた。

 そんな機会そう多くあるわけでもない。


 電車に乗るわけでもないのに、ふらふらと駅に現れて、まるで電車から降りてくる誰かを迎えに来たみたいだ。


 洋子は思い通りに動かされてたまるかと、次の電車が来る前に駅を後にした。


 急いで家に帰れば誰かと鉢合わせることもないだろう。

 いや、もしかして帰ったら家にいるのなら、帰らない方が良いのではないか?


 そう思うと足が止まった。

  

 洋子は夫からのたった二行の連絡に振り回されている自分を情けなく思い、ふと溜息をついた。


 その時はたと夫からもらった指輪が目につく。


 一緒に暮らしてもいない、連絡も寄こさない夫と洋子が唯一夫婦である事を示す指輪だ。

 

 もしかしたら、出会って結婚するまで何もかも思い通りに動かされているのではないか?


 もし今、夫婦の証であるこの指輪を捨て、愛想が完全につきました、サヨナラ。と告げたら夫はどんな反応をするだろうか。

 感情に任せて指から引っこ抜くと、薬指からのみならず、洋子そのものから指輪が離れていった。

 

 手から滑り落ちて、指輪は地面を跳ねた。

 それだけのことなのにどうしようもなく動揺し、冗談でも捨てることなんて出来ないと悟った。


「あぁ、もう!」


 小さな指輪を見逃さないように目で追うと、指輪は路上駐車している空色の車の下に吸い込まれていった。

 すぐさま車の下を除きこみたかったが、しっかり着つけた着物ではうまく身動きが取れない。


 車の持ち主に車を動かしてもらった方が良いだろうか?

 いや、もしタイヤの軌道に転がってしまっていたら?


 やっぱり指輪の位置は確認しなければならない。


 車の下を覗く姿は人にそうそう見られたいものではない。

 洋子は他に通行人がいないか辺りを見回した。

 すると少し離れたところに、駅から歩いてくる少年を発見した。


 この辺に住んでいる顔見知りなら気にすることもなかったが、見られて恥ずかしいと感じるぐらいには小綺麗な少年だったので、彼が通りすぎるのを待つことにした。


 観光客らしい彼は店を眺めながらゆっくりとこちらに歩いてくる。

 店は並んでいるが大通りからそれたこの道、駅からこちらに歩いてくるのは彼だけだった。


 この少年はもしかして……

 部下という響きからスーツ姿の男を想像していたが、そうとは限らない。

 それに彼からはとても仕事をしに来たような気配は感じられない。


 少年は洋子の目の前まで来た。

 特に何をするでもなく、車の横に佇む洋子を一瞥し、洋子が微笑みかけると洋子一人で見るのには勿体無いくらい爽やかな笑顔で微笑み返してきた。


 あら可愛い。

 パッと見、熊か山賊のような夫とは明らかに雰囲気が違う。


 洋子は少年が例の部下であるという考えを捨て、少年が見えなくなるのを待った。

 もたもたしているとまた次の通行人が来てしまう。

 落ち着かない気分だが、平静を装いやり過ごす。


 少年が通り過ぎてさらに二、三歩みを進めた時だった。


「……あの、どうかされましたか?」

 少年が突然振り返り、洋子は不意を突かれる形で声をかけられた。


 全く予測していなかったので、彼の背中に向けていた視線ももろに重なり、上手い誤魔化しもできなかった。


「指輪をこの下に落としてしまって……」


 正直に告げると少年はあぁと声を漏らした。


「取りましょうか?」

「え?いいよ、大丈夫」


 申し訳なくて止めたが、彼は既に膝をついて車体の下を覗いていた。


 少年は場所を確認すると腕を伸ばし、手探りで指輪を取ろうとしてくれたが、それでも取れない。


「ありがとう。いいよ。車の持ち主が来るまで待ってるから」

 少年の服についた砂利をどう払おうか考えていたら少年は思わぬことを言った。


「恥ずかしいので、ちょっと後ろ向いててください」

「え?」

「誰か来てしまいます。」

 少年は辺りを気にする仕草を見せて、急かすように洋子を見上げた。


「あぁ本当に、ありがとう」

 言われた通りに後ろを向いた。


 程なくして背後でギィッと何かが軋む音がした。

 思わず音源を見てしまう。


 そこで見たのは斜めになった車体と片手で車を持ち上げる少年。

 少年のもう片方の手には指輪が乗っていた。


 少年は後ろを向いているはずの洋子がこちらを向いているのを見て目を丸くした。


 あぁ、この少年が夫の言う部下なのだと確信した。


 それを肯定するように持っていたスマホが震え、新たに夫から連絡が入ったことを告げた。


 少年は血の気が引いたような顔でゆっくりと車を降ろし、指輪を突き出してきた。

 私が慌てて手を出すと指輪は手の平に戻ってきた。


「ありがとう」

「じゃあ……」


 少年は逃げるように早足でその場を去ろうとした。

 悪いことは何もしていないのにまるで人の目を気にするように様子を伺っていた。


「あぁ待ってよ!本当にありがとう。お礼もしたいから。お昼はもう食べた?」

「……まだですけど、大したことはしてませんから」

 少年は戸惑っているようだが答えた。


 洋子は少年が戸惑ってるのをいいことに、了承したものとして強引にことを進めることにした。

 強引はおばちゃんの特権である。


「どこに入ろうか迷ってたろ?せっかくだったら名物がいいよね。ご飯物か麺物どっちがいい?」

 どちらか一方選べと言う問い方をすると、第三の選択『行かない』という選択を選びにくくなる。


 少年もまんまと術中にはまった。


「じゃあ、麺物」

「了解!」


 さっき眩しいほどの笑顔を見せてくれた少年は警戒しているのか仏頂面になっていた。

 それでも3歩後ろをしっかりついて来るのを可愛らしく思った。




 絶品蕎麦が売りの料理店の席についた時、少年にことわって、先ほどきた夫からのメールを確認した。


 やはり少年は夫の言う部下だった。


 『スマン送れてなかったw

 コイツ。多分一人寂しくほつき歩いてるだろうから!

 山下圭17歳。ちっと特殊な体質なんだけどそれ以外は生意気な高校生男児だから。

 俺の嫁って言えばわかると思うから!』


 だろうからとか、思うからとか。

 あやふやな事をなんでこんなに堂々と連絡してくるのだろう。


 その文章とともにカメラを向けられて不機嫌そうな少年の写真が送られてきた。

 少年の手元には電子化された教科書が置いてあるから勉強中に邪魔して撮ったのだろう。


 本当に送りそびれたのか怪しいし、相変わらず一方的な内容だったが『俺の嫁』という認識がまだあったことにひとまず安心した。


 そして注目すべきは少年の服。

 今日は可愛らしい私服に身を包んでいるが、写真の中の少年は寛ぐための格好で外に出る格好ではなかった。

 生活の一部を切り取ったようで、同じ生活圏にいるのがうかがえた。


 『どう言う関係?学生みたいだけど部下ってどう言うこと?そもそも仕事って何してんのか、そろそろ教えて欲しいもんだねぇ』


 洋子はしばらく逡巡した後文章を付け加えた。


『残念だけど、まだこの子と会えてないよ』


 返信にさして期待せず、洋子はスマホをしまった。


「ゴメンね、そう言えば名前もまだ聞いてなかったね。私は洋子っていうの。あなたは?」

「山下です」

 こっちは下の名前しか明かせないのでそのようにすると、彼は苗字だけ教えてくれた。


「山下……?」

 下の名前は?というようなニュアンスを持たせて聞くと、少し怪しむ素振りを見せたが教えても支障はないと判断したのだろう。


「……圭です」

「若いけど学生さん?」

「そうです」


 本当はもうメールで知っていることをあえて本人の口から聞き出した。

 そうでもしないとうっかり聞いていないことを話してしまい、夫との繋がりがバレてしまう。


 洋子と名乗っても何も反応を示さないことから、彼は中津洋子に関する情報は何も与えられていないようだった。

 子供が知らない大人に話しかけられたら怖いだろうに。

 世話を頼むなら私の人となりぐらいは教えておくべきじゃないだろうか?

 しかしコレは好都合だった。


 これは全く家に帰らない夫に対する小さな反抗。

 今どこで何をしているか分からない夫の現状を上司の妻という立場でなく、知らないおばちゃんという立場で彼から聞き出したかったのだ。


 それにしても学生だと言うのに平日の昼間になぜこんなところにいるのだろうか。


 高校からは義務教育ではないとはいえ、夫はちゃんと彼を授業に参加させているのだろうか。


「今日学校は?」

「今日は修学旅行でここに来てるんです」

「え?」


 思わぬ答えに呆けた返事をしてしまった。

 ここのエリアは多くの修学旅行生が来るが、それらは一様にどこか浮かれた楽しそうな雰囲気をしているので、全く彼がそうだとは思わなかった。

 

「良かったのかい?せっかくの修学旅行なのにおばちゃんと食べて?」

「今自由時間ですし。見ての通り一人なので」

「なら良かった」


 いや。

 良くはない。


 彼は今一人だ。

 その事に対して彼は微塵も気に留めていないようだった。

 高校生は一人である事を後ろめたく思ったりする筈だが、彼にはその素ぶりが一切見られない。


 これが夫が彼を生意気と称した理由だろうか?

 一匹狼を気取っているだけならいいが、周りと馴染めていないのではないか。

 彼が息子といってもおかしくない年なので、要らぬお節介をやいてしまう。


「どこの高校?」

「エリア11の帝都っていうところです」

 この辺に修学旅行に訪れる学校として、何度か耳にする名前だった。


「あなた以外旅行生らしいのを見ないけど、他はどんなところに行ってるんだい?」

「山の向こうで観光してると思います」

「確かに山の向こうも楽しい。あなたはそっちは見なくて良かったの?」

「同級生と鉢合わせるので」


 頼んでいた料理がきた。

 彼がこちらを見たのでどうぞと促した。


「いただきます」

 彼は礼儀よく一礼して食べ始めた。


 会話が冷めぬうちに洋子はまた問いかけた。

「寂しいこと言うねぇ。同級生と会っちゃいけないのかい?」


 彼は蕎麦を一口啜ると、横目でチラリとこちらを見た。

 根掘り葉堀り聞いてくる洋子をうざったく感じているのだろう。


 はじめに目があった時に感じた愛想の良さももう感じられなかった。

 それでも御飯を奢られている手前邪険には扱えないようだった。


「まぁ。怖がられていますから、お互いのためです」

「怖がられてるなんてまたなんで?」

「先輩と喧嘩したんです。同級生とも。そいつは旅行にもきていません。」


「喧嘩ねぇ」

 思春期にありがちな意見の衝突なら、一人孤立するほど怖がられたりはしないだろう。

 もしかすると手が出たり、足が出たりする類のものだろうか。 

 相手が旅行に来なかったのを見るとおそらくそれが正解で、彼が勝利したのだろう。


 しかしどう見ても彼は自分から喧嘩をしに行くタイプには見えない。


「あなたぐらいですよ。さっきのアレ見て食事に誘ってくるの」


 彼は口調こそ丁寧だが洋子を変人のように扱った。

 初めは遠慮がちだったが、もうこれっきり会わないのだからと割り切ったように思わる。


 さっきのアレ。

 車を軽々と持ち上げたあの怪力の事を言っているようだ。

 夫の言う『ちっと特殊な体質』。


 この体質があれば同級生と喧嘩になったって負けることはないだろう。

 彼はその体質に対して、コンプレックスを抱えているように思えた。


「そう?便利だしいいんじゃない?」

 その感想が想定外だったのか、彼は一瞬手を止めて洋子を見た。

「……そうですね」

 彼ははにかみ、また一口蕎麦を啜った。


「ねぇ、さっきのの他にも何かできるかい?」

「何か?」

「そう。高く飛べたり、歌えたり……」

「歌えはしないけど、飛ぶのはできます」


「へぇ!どのくらい?」

「さあ。地上から二階に上がれる程度だと思いますけど。」

 彼はなんでもないようなことのように言った。


「十分だよ!」

 洋子の頭の中では既に公演の新しい筋書きができていた。


「圭、あなた自分の限界を試したことはあるかい?」


 彼は怪訝そうに眉を潜めた。


「ねぇ、もし興味があればだけど……」


 来るか来ないかは彼次第。

 でも彼はきっと来る。

 そんな予感がしていた。

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