エピローグA 皇王亡き後
(=ↀωↀ=)<今週から長めの七章&第二部エピローグ
□■ドライフ皇国全国紙『ヴァンデルヘイム・ポスト』
二日前、皇国に幾つもの事件が起きた。
王国との擬似戦争<トライ・フラッグス>での敗北。
<天獄の駒>を名乗るテロ集団による皇都襲撃。
そして、皇王ラインハルト・C・ドライフ陛下の崩御である。
陛下の死に際し、様々な憶測が生じた。
戦死やテロ組織による暗殺、王国が手を下したなど様々な流言飛語が飛び交った。
しかし、そんな中、ヴィゴマ宰相とバルバロス元帥の連名により、陛下の死の真相が明かされた。
それは、陛下が『この国の未来を切り開くために命を捧げた』というあまりにも衝撃的な事実だった。
陛下のみが就いていた【機皇】は、命を捧げることで新たな技術を齎すジョブスキルがあったのだという。
それゆえに陛下はこの国の飢餓を憂い、自らの命を削ってでも皇国の民の飢餓を救わんとしたのである。
我ら国民への、なんと深き愛か。
陛下の遺した技術により、皇国各地の農場では既に食糧生産が始まり、劇的に成果を上げ始めている。
この国の未来は陛下によって救われたのだ。
そして、陛下は王国との国交の回復も生前に進めていた。
擬似戦争の敗戦によって一時は王国の風下に立ちはするが、それでも陛下の護らんとした皇国は健在である。
現在はヴィゴマ宰相、バルバロス元帥、そして……。
◇◇◇
□王都アルテア
「…………」
そこまで読んで、アルティミアは新聞を畳んだ。
「何とも……いいように書くものね」
皇国の情勢を知るために取り寄せた新聞だったが、アルティミアの立場ではツッコミどころの多い内容だった。
皇国お抱えの新聞社だけあり、記事の内容は国内向けのプロパガンダが多分に含まれている。
そして、嘘もある。真相を知らない人間を利用した事実誤認による真偽判定回避。皇国……と言うより先代バルバロス辺境伯の頃からのお家芸である。
皇王が《ロードマップ》の多用で死んだのは事実だが、別に食糧事情の改善だけで死んだ訳ではない。
というか、食糧問題にしても改善理由の半分以上は【皇玉座】が消えたからだろう。
まさか『自国の象徴が飢餓の原因でした!』とは言えないので全力で隠したのだろうが。
また、<トライ・フラッグス>が戦争ではなく、あたかもスポーツの国際大会のような扱いをされている。
かの戦いは<マスター>のみ参加してティアンの死人が出ない戦いではあったが、戦争ではあった。
しかし、そこの印象を大きくボカされている。
『戦争に負けた』と書くかどうかで国民感情が大きく変わるので、全力で誤魔化しているようだ。
「…………」
とはいえ、それ自体はアルティミアも構わない。
レイ達の奮戦により、<トライ・フラッグス>は王国の勝利に終わった。
取り決めに従い、今後は王国が皇国を従える形になる以上、皇国の国内世論は落ち着いている方がありがたい。
様々な問題があったが、皇国の民衆は目に見えて改善されていく食糧事情というメリットによって暫く誤魔化されてくれるだろう。
その後は両国の関係次第だが……王国も皇国の扱いは無下にできない。
抱える上でデメリットとなる国民感情と食料問題は皇国側が何とか段取りをつけた。
ならば重要なのはメリットだ。
そして、それは戦力に他ならない。
ティアンの猛者は内戦で数多死亡し、【皇玉座】は奪われた。
しかし、<超級>をはじめとする強力な<マスター>達は数多く残っている。
かつての王国のように敗戦を理由に去るものも出るだろうが、それでも国体が維持されている現状ならば相当数が残ると見込まれている。
今は、王国にとってもその戦力が必要である。
カルディナに対抗するには、王国だけでは厳しいという現実があるからだ。
戦争期間中に明白となったカルディナの暗躍。
皇国との戦争は終わった。
しかし、今後はカルディナとの暗闘……あるいは戦争が起きかねない。
七大国家最大戦力であるあの国と戦うならば、皇国の<マスター>達は必須戦力だ。
皇国を併合せず国を維持しているのも、後の戦争でより多くのランカーを投入しやすくするための布石である。
何人か抱えるには問題のある人材もいる。
特に最大戦力である【獣王】を御せるのは……死したクラウディアだけだろう。
「…………」
アルティミアは溜息を吐き、眉間を揉む。
とても精神的に疲れた様子を見せるアルティミア。
そんな彼女に……。
「――あら、どうかなさいましたの?」
――声を掛けたのは、彼女の眼前に座る人物だった。
「…………」
声を掛けられたことで、アルティミアは眼前の相手へと視線を移した。
自分の対面で書類に目を通していた女性。
「ジッと見つめられると照れてしまいますわね♪」
死んだはずの皇王が、アルティミアの目の前に座っていた。
「……この記事、結果的に嘘と本当が混ざりすぎて意味不明よね」
手元の新聞に視線を落とし、アルティミアがまた溜息を吐いた。
そう。死んでないのだ、皇王。
いや、死んではいる。死んではいるが、此処にいる。
とんでもない大嘘新聞である。
まぁ、皇王がラインハルトではなくクラウディアという事実は世間に秘されていたので今更であるが。
死んだのはクラウディアであり、そしていまアルティミアの前でピンピンしているのもクラウディアである。
「私、死んでる貴女を見て泣いたのよ?」
「ええ、とても胸が詰まる光景でしたわ」
皇国の<宝>の破壊によって戦争が終結して間もなく、アルティミアはクラウディアの部屋を訪れた。
そこで見たのは、椅子に座したまま息絶えていた親友の姿。
冷たくなった遺体の手を取り、そして震える手で卓上の遺言状を読み、アルティミアは彼女が何をしたのかを……《ロードマップ》で寿命を使いきったことを知った。
そして自らの命を代償に、クラウディアが自分に遺したものも知った。
遺言状を読んだとき、アルティミアは膝をついて涙を流した。
そして涙する彼女の肩を叩き、ハンカチを差し出したのがこのクラウディアである。
アルティミアはクラウディアの顔面を殴った。
むしろアルターを抜かなかった彼女は理性的だった。
「クローゼットから出てきた貴女に私がどう思ったか分かる? 宇宙を背負うくらい思考が飛んだわ。人生最悪のドッキリよ……」
「クローゼットではなくこれの保管ケースでしたのよ?」
彼女はコンコンと自分の手首を叩いた。
そこは人のそれではなく、球体関節になっている。
人間との区別をつけるためにあえて施された人造物たる証。
煌玉人の躯体である。
「……その身体、調子はどうなの?」
「いい感じですわね。煌玉人というのも悪くありませんわ!」
人間と見分けのつかない顔で笑顔を見せるクラウディア。
耳をすませば、極僅かな機械音が聞こえてくるだろうか?
「……死ぬ寸前まで……というか死ぬまで寿命を削っていたなんて遺言を見たときは驚いたけれど、まさかそれを踏み倒すつもりだったのも驚いたわ……」
「踏み倒すというか、死にはしましたわ。魂をこの身体に移し替えましたけれど」
今のクラウディアは、機械式のアンデッドとでも言うべき存在だ。
怨念は使わず、小型の動力炉で動き、魂は怨念の影響を受けないように保護されている。
「以前から<遺跡>で先々期文明のデータを集めたり、【冥王】と一緒に魂の研究をしたり、サイボーグになっていたのが功を奏しましたわね。技術は積み重ねておりましたから。足りない分は《ロードマップ》頼りでしたけれど」
彼女が《ロードマップ》で得た三つの技術の二つ目がこれだ。
そうでなければ、彼女でもこんな義体は作れなかっただろう。
「……遺言状を遺す必要、あったのかしら?」
「死亡に伴う魂の移し替えが正常に進むとは限りませんでしたもの」
失敗したときにぬか喜びさせないように、義体については遺言状には書かなかった。
なお、ノブロームに遺した方にも書いていなかったので、帰国した際に彼も死ぬほど驚いていた。
というか銃創に響いて死ぬところだった。
「あと、これも本来はアルティミアのための技術でしたのよ? あなた、前に私との戦いで命を削ってましたもの。いつかやりすぎるかもしれないと用意していたのですわ」
「それかなり危ういレベルの余計なお世話よ……?」
命を削るのは【機皇】だけでなく【聖剣姫】も同じ。
だからこそ、そのための保険にこの技術を用意しておいたのだ。
とはいえ、もう一機用意するのは素材の問題で今は難しいが。
「……私はその身体は要らないわ」
「五感を再現して食事も睡眠もセックスもできますのに」
「その機能の分だけ寿命を削りすぎたんじゃないかしら……」
「ちなみに性転換機能もあるから男性体にもなれますわ!」
「その機能の分だけ(以下略)」
死んだらむしろ元気になっている皇王である。
あるいは、抱えていた問題の内、皇国の問題が片付き、他二つも一本化したのでメンタルの調子が良くなったのかもしれない。
◇
余談だが、クラウディアは戦後の処理のために王都に出向いている最中であり、彼女には護衛として既にデスペナルティから復帰した【流姫】ジュバがついてきている。
一日目で敗退した彼女だが、デスペナルティが明ける直前にリアルでラインハルトの訃報を聞き、絶望と共にログインした。
その際に皇都で彼女を出迎えたのが機械ボディのクラウディア……ラインハルトだ。
驚きと共に、これまで秘されていた事情も含めて全てを明かされた。
正直、『思い人が実は女だった』とか『今はアンドロイド』とか『今度は本当に男性体にもなる』とか情報がパンクした。
まだ背景に宇宙を背負っているし、感情も追いついていない。
ただ、『ラインハルトが(死んだけど)生きていて良かった』という想いで護衛中だ。
なお、彼女の知人のヘルダインは直談判の際に《ロードマップ》での寿命消費や飢餓対策についても聞いていたからこそ、皇王を信じて行動していたという背景がある。
後にそれを知ったジュバに「ヘルダインは知ってたの!? 私は聞いてなかったのに!?」とキレられる運命にある。南無三。
◇
「それで、妹さんは見つかりましたの?」
話の流れを変えるように、クラウディアはそう切り出した。
妹さん……それは黄河に向かったエリザベートのことではない。
戦争最終日に、ミリアーヌ共々姿を消してしまったテレジアのことだ。
既に、彼女が【邪神】であることは両国の上層部の間では周知の事実だ。
「……まだよ」
「警戒しなくても、もう殺す気はありませんわよ。その手段もなくなってしまいましたし」
「手段……ね。王都地下に【四禁砲弾】を埋めていたと聞かされたときの気持ちが分かる?」
「概ね分かりますわね」
皇国の首都も厄ネタが鎮座していた地である。
何なら、戦争終盤に住民全員を枯渇させかけた危険物だ。
今は盗まれてどこに行ったか分からない。それも【四禁砲弾】と同じである。
「もう殺す手段はない。ゆえに現状は、第三の選択をやるしかないと思っていますわ」
「……貴女の遺言に書かれていたものね」
「ええ。こうして身体が移れるか不明だったのでありったけ書いておきましたわ」
クラウディアが《ロードマップ》で構築した技術は三つ。
食糧事情を改善するための土壌改造技術。
自分やアルティミアの死後に魂と自我を繋ぐための義体技術。
そして……。
「――【リムーバー】」
「――ええ。【邪神】から【邪神】というジョブそのものを剥がす技術ですわ」
【邪神】との戦いという歴史そのものを終わらせる技術だ。
「あの技術が完成すれば、殺さずに【邪神】を無力化できますわ」
「…………」
テレジア本人を生かしたまま【邪神】の危機を終わらせる。
そのために、クラウディアは残りの寿命を使い切った。
死後、こうして復活できる保証はなかったというのに。
「倒すだけではいずれ頭打ち……というかそれが見えているのがこの時代ですもの。今後も【邪神】に対処するなら、別の方法が必要になる。そう思っただけですわ」
<マスター>の力は届かず、ジョブの力は<マスター>に奪われていく。
そして、【邪神】は代を経るごとに強化されていく。
クラウディアは、殺せるならば殺しておく算段だった。
今殺しておけば、少なくともアルティミアの存命中に再発生はしないと踏んでいたから。
しかしそれが叶わなかったとき、あるいは叶ったとしても次代以降に備え、クラウディアは【リムーバー】技術の開発を決意した。
「結局、私の寿命が足りずに届きませんでしたけれど」
寿命が足りなかったことからも分かるように【リムーバー】は完成が極めて難しい。
研究を重ねたとしても、【邪神】の完成とどちらが先かと言えば分が悪かった。
だからこそ、まずは当代の【邪神】を殺す算段だったのだ。
また、クラウディアにとって最悪の結果……アルティミアが自らの命と引き換えに邪神を倒すという結末を避けるためでもある。
結果は、こうなったが。
「あと何段階か先の技術に辿り着く。そのために……便利で応用の効く技術者はいくらでもいていいと思いますわ」
「……そうね」
二人の眼前、卓上に置かれた資料には、幾人かの名前と顔写真が貼ってある。
そしてそのリストの最上段には……フランクリンの名があった。
これまでも改造モンスターという『工具』で現行技術を上回る開発を続けてきたその力は必要になる。
また、<叡智の三角>という集団をこれまで通り運用するにも彼女は必要だ。
「とはいえ、王国や貴女が許せないというならば、仕方ありませんけれど」
フランクリンはアルティミアの父の仇である。
そして親友であるリリアーナの暗殺計画の実行犯であり、ギデオンでテロを起こし、先の戦争ではまたもあの街を滅ぼしかけた。
危険であり、許すのは難しい相手だ。
「……呑むわ」
しかしそれでも、アルティミアはフランクリンを“監獄”に送るのではなく、自分達で活用する道を選んだ。
「勿論、契約で幾つもの縛りをつけるし、今度何かすれば“監獄”送りだけれど……」と前置きした上で、アルティミアは言う。
「お父様が今の私の立場に立っていたとしても、テレジアの未来と引き換えならきっとそうしたもの……」
「……かもしれませんわね」
自身の復讐心よりも、妹と世界の未来を選ぶ。
アルティミアは、そう選択したのだ。
「……王国の貴族や民衆が個別に暗殺者を送るのまで止める気はないけれど」
「ああ。それ皇国でもあったので気にしなくていいですわ」
ともあれ、【邪神】問題解決のために両者の意向は統一された。
この形になり、【邪神】の対処とアルティミアの生存というクラウディアの望みがようやく一本化されたと言える。
「それで、当面の問題は……」
「まぁ、いくらでもありますわね」
消えた【皇玉座】。
カルディナの暗躍。
テレジアとミリアーヌの行方。
他にもニッサでの大凍結事件やフィガロ山事件など地方単位の事件は山のようにあるが、絞るならばその三つだ。
「【皇玉座】が消えたとき、皇都上空にはあの【界竄竜】が飛んでいたそうですわ」
「皇都を襲った集団は【天竜王】の配下、ということね。……竜の王統の人界への大規模干渉なんて、ボーラス崩壊まで遡るけれど」
地竜王統の怒りに触れて滅んだ巨大国家ボーラスの伝説。
かの【グレイテスト・ワン】が終わらせたものの、人類が滅びかねなかった大事件だ。
「そこかしこで時代が動いておりますもの。不思議もありませんわね」
「とはいえ、竜の王統には手が出せない」
「ええ」
かつて、クラウディアは地竜王統を討伐する計画を立てていた。
皇国の大地の力を奪う【地竜王】を討つための計画であるが、それは周囲に『他の敵』がいない前提だった。
カルディナをはじめ、様々な勢力の暗躍が見えている現状では実行は困難。
そもそも、対竜戦争の切り札となるはずだった【皇玉座】が敵に回っている。
何より、【天竜王】は【地竜王】よりも倒し難いだろう。
「あちらが再び攻めてきたならともかく、今は手出しできませんわね……」
【天竜王】の配下である<天獄の駒>に自身の祖父や特務兵がいることはクラウディアもノブロームから聞いている。
自国の不始末、血統のツケ。そうした思いはあったが……今は手を出せない。
(それに【皇玉座】を取り返せるならともかく、今はもう壊すしかありませんものね)
死んだことでクラウディアは三つの超級職を含めたジョブを全て失っている。
戦闘能力についてはある程度カバーできている義体だが、ジョブに付随する権限はない。
仮に【皇玉座】の中に入っても、もうあれを動かすことは叶わない。
対処しても損失しかないために、今は関わる優先順位を下げざるを得ない
「最優先は、テレジア達の行方ね」
「そうですわね。【リムーバー】の完成はまだ先ですけれど、カルディナの件もありますし目の届く範囲にはいてほしいですもの」
最後の目撃者であるダムダムへの聞き取りは行ったが、彼女達の行方を知らなかった。
しかし、蝙蝠のような人間と木乃伊女……ゼタが目撃されている。
後者の存在から<IF>、あるいは古巣であるグランバロアが関わっていることも想定し、今は調査が進められている。
「インテグラにも色々働いて貰っているけれど……まだ進捗はないわね」
「…………」
アルティミアがその名を……【大賢者】インテグラ・セドナ・クラリース・フラグマンの名を出したとき、クラウディアは何事かを思案するような表情を浮かべた。
「クラウディア?」
その様子のおかしさにアルティミアも気づき、問いかける。
「ねえ、アルティミア。彼女……インテグラは、先代の【大賢者】の死後に【大賢者】になったのですわよね?」
「ええ。それがどうかしたの?」
先の戦争で【獣王】によって先代の【大賢者】が殺害され、【大賢者】の徒弟で唯一の生き残りであったインテグラが新たな【大賢者】となった。
そのはずだ。
「それは、死後すぐに? 講和会議の直前や後でなく?」
「?」
あの講和会議と時を同じくして発生した王都襲撃事件の際に、【大賢者】となった彼女が王城に帰還して事態の解決に当たっている。
少なくとも、講和会議以前に彼女は【大賢者】だった。
「クラウディア、何を気にしているの?」
「これまで言い出すタイミングがありませんでしたけれど……私、会っていますの」
「……インテグラに?」
「いいえ」
アルティミアの問いかけに、何かを演算・思案しながらクラウディアは答える。
「講和会議の少し前に……」
――彼女ではない【大賢者】に。
To be continued
(=ↀωↀ=)つ『第六章 私のカタチ プロローグB-2 Brother & Sister』
〇クラウディア
(=ↀωↀ=)<生きてた(死んだけど)
(=ↀωↀ=)<戦争に負けたし目的も一本化されたので
(=ↀωↀ=)<今後はアルティミアの下で色々頑張る模様




