工房と遊戯 その八
(=ↀωↀ=)<年末連続更新ー
(=ↀωↀ=)<まだの方は前話からー
(=ↀωↀ=)<22:00に投稿しようと思ったけど間に合わなかった
□【装甲操縦士】ユーゴー・レセップス
その少女……いや、少年なのだろうか?
男女の区別もつかない年齢の子供はニッコリと笑いながら、キューコに拍手する。
「すごいですぞー。よく分かりましたなー。賭けは俺の負けですぞー」
その口調は先ほどまでとは違い、【呪術王】と同じものだった。
つまりは、本当に……。
「LS・エルゴ・スム!?」
「然りですぞー」
口調と身振り手振りは同じだが、どうしてもアレとは結び付かない声と顔だった。
恐ろしいことに、あれほど気持ち悪かった喋り方も子供の声と姿でやられるとちょっとかわいく見えてしまう。
中身はHENTAIなのに。
「キューコ! どういうこと!?」
「おちついて。すいりしょうせつのモブみたいだよ」
キューコは無表情のままひどいこと言い出した。
さっきから私への当たりがきつい……!
「かんたん。こいつ、じぶんもこどもにできる」
「せいかいですぞー」
両手で自分のプニプニとした頬を引っ張りながら、HENTAIは肯定する。
「《幼生への回帰》は<マスター>を対象にしたとき、肉体を若返らせるだけですからなー。当然、自分にも使えますし無害ですぞー」
「……それ、私やイサラさんを変えたのと同じスキル?」
「そうですぞー。あ、解こうと思えばすぐに解けますぞー。ほっといても一時間で解けますがなー」
自然解除まではそれなりに長い。
勝負も終わったし解除してもらおうかな……と思っていると。
「なぁ、もうブランコはいいのか?」
HENTAIと一緒にブランコで遊んでいた子供が、HENTAIにそう尋ねた。
「うん。ありがとー♪ たのしかったよー♪」
可愛い子供にしか見えないHENTAIが笑顔でお礼を言うと、男の子はとても照れた様子で戻っていった。
すごく微笑ましいやりとりだと思う。
……片方の正体がHENTAIでさえなければ。
「……一つだけ、お願いがある」
「なんですかな?」
「絶対にこの場で戻らないでほしい……」
「了解ですぞー」
可愛いと思った娘(?)が目の前で仮面のHENTAIに早変わり。
子供の心に恐ろしいトラウマが刻みつけられてしまう……。
「ところで、ほんとうはおとことおんなどっちなの?」
「それは神秘ですぞー」
……意味が分からない。
「俺からも質問ですぞ」
「なに?」
「どうやって俺にまで絞り込んだんですかな? 正直、予定外の雑技団がいたせいでクイズの難易度上がってたんですぞ」
「…………クイズ?」
今、たしかにそう言った。
かくれんぼではなく、クイズと。
「そもそも、ヒントだしすぎ」
「ヒントをヒントと気づいてもらえたのが嬉しいですぞー」
キューコとHENTAI……LSはお互いに話が分かっている。
私だけが意味不明のまま取り残されている心境だ。
「キューコ、どういうこと?」
「かくれんぼってなまえだけど、かくれんぼじゃなかった。そもそも、カイトーケンや、ゴトーがあるじてんで、ヘン」
「…………あ」
言われてみれば、そうだ。
普通、かくれんぼは見つけた時点で終わりだ。
解答もなければ、誤答もない。
そんなものがあった時点で……。
「かくれんぼのフリをしたべつのゲーム。だされたヒントをあつめて、こどもにまぎれたえるえすをあてるクイズ」
「…………!」
そういえば、スタート前からキューコは言っていた。
『あいつ、せつめいのあいだはマジメだったね』、と。
そう、こちらに伝わるように説明していたのだ。
ノイズを省き、公正にクイズとして成立させるために。
「ヒント、そのいち。まわりにこどもがいるばしょなら、マスクを外せる」
最初に長々と奇行を交えて述べていた妄言。
けれど、それもまたヒントだった。
ヒントだからこそ特徴的だった……いや、あれはやっぱり素の妄言なんじゃない?
「ヒント、そのに。ユーゴーもわかってたけど、さいしょからかくれるばしょきめてた」
そう、子供の多い空間で屋外。
マニゴルドさんの向かった幼年学校か、この孤児院の二択。
屋外という条件ならば、今の時間は授業を受けている子供が多い学校よりも、この孤児院の方が確率は高い。
「ヒント、そのさん。こどもになるバツゲーム。これは、ゴトーのあとだけど。だからよんかいもカイトーできる」
最初にイサラさんが子供になった時点で、スキルが明らかになる。
こうして本人も子供になっていることが予見できるようになった。
「ヒント、そのよん。これはえるえすがよういしたものじゃない」
HENTAIが用意していないヒント?
「ここに、おとながいた。おとながたくさんのばしょにマスクなしではいないはずだから、ザツギダンからはなれたばしょ。それでいて、ザツギダンにもきょうみをしめしてなかったこども」
…………あ。
「それが、えるえす」
「あー。難易度上がると思った要因が、逆に下げてる部分もあったんですなー。そこで確定ですかな?」
「じつはもうひとつあるけど、それはわたしだけだから。ろんりてきには、そこまで」
「なるほど! 納得ですぞ!」
LSはパチパチと拍手をして、キューコを称賛する。
その様子は本当に嬉しそうだった。
「じゃあ、これ。賭け代の【アムニール】ですぞー。ここで出すと孤児院潰しそうだから、広い場所で出して欲しいですぞー」
そう言ってアイテムボックスをキューコに手渡した。
何の未練もなさそうに、あっさりと。
「ちょ、ちょっと待った!」
「なんですかな?」
「そんな簡単に手放していいものなのか!?」
「んー」
LSは私の言葉に、何と返すべきか悩むように人差し指を唇に当てながら考えている。
それから言葉がまとまったのか、言葉を返し始める。
「まず、簡単に手放していいものではありませんな。これは俺……俺のクランが一位になった際に拝領したものですぞ。俺の自由にしていいとは上からも同志からも言われておりますが、軽いものではないのですぞ」
……その割には、珠と交換しようとしていたけど。
いや、同好の士が集まったクランなら、むしろ諸手を挙げて歓迎する案件だったのだろうか?
「だけど、それなら……」
「ただし、今彼女に渡したことを簡単に手放したとは言えないのですぞ」
私の発言を先読みしたように、LSはそう言った。
そして、LSは言葉を続ける。
「「――理解されないのは悲しいことですぞ」」
その言葉は……キューコの声と重なっていた。
そのことに、LSが笑う。
キューコも無表情だけれど、少しだけ柔らかい顔だった。
「それが、ほんだい」
「然りですぞ」
そして再び、二人の言葉が重なる。
「「理解してほしい」」
「!」
「それが、このクイズの核ですぞ」
つまりは彼……あるいは彼女を理解できるかというクイズ。
言葉や行動のヒントを辿って理解しようとすれば、必ず勝ちに辿り着ける。
反面、奇人変人、埒外の妄言と断ずれば絶対に辿り着けない。
先に述べていた「ヒントをヒントと気づいてもらえたのが嬉しい」、とはそういうこと。
かくれんぼではなく……推理ゲーム、あるいは心理ゲームの一種。
それもまた、誰にでもできる遊戯には違いない。
きっとあの腹の立つ銀髪の少年ならば……すぐに解いてみせただろう。
わたしには分からず、けれどキューコには分かっていた。
「君も、何か理解してほしいことがあるのですかな?」
「…………」
LSの問いに、キューコは応えなかった。
LSも、それで良いと思っているようだった。
LSはキューコから私に向き直って、言葉を続ける。
「そういうことですぞ。俺の言葉を妄言と切り捨てず、理解しようとして、実際理解してくれた相手になら差し上げても構わない……くらいの気持ちですな。実はこれ、賭け代は違えどよくやっていることですぞ」
「…………」
「勝つつもりもあったのですぞ? ただ、勝てば珠。負ければ理解者。どちらにしても、俺が得るものはあって……負けるのならそれもまた良しというだけですぞ」
だから自分に損はないと、LSは言った。
「そこまでして……」
「人から外れていると自覚する者は、時に理解者を求める。君の傍にもいませんでしたかな?」
「…………」
思い浮かぶ、人はいる。
どうしてあの人がクランを立ち上げたのか。
あるいはその動機は、少しだけ眼前の相手と似ているのかもしれない。
「少し無粋でしたな。ともあれ、俺の負けで終了ですぞ」
LSはそう言って指を振り……私の幼児化を解除した。
本当に一瞬で、解除された。
「他にも誤答した人がいたら解除しますが……それより早く時間になりそうですな」
気づけば、一時間のタイムリミットもそう遠くはない。
開始してすぐに子供にされたイサラさんも、じきに元に戻るだろう。
幼年学校に向かったマニゴルドさんも、空振りだと分かればこちらに来るはずだから合流できる。
「あとは【放蕩王】が持ってくるだろう『珠を求めない』という【契約書】にサインすれば、この賭けも終わりですな。レジェンダリアから遥々求めて来ましたが……まぁ旅自体も楽しかったですぞ。他の心配は杞憂のようですし」
「……ところでさ、えるえす」
「何ですかな?」
「さっきからまじめすぎない?」
「ここで全開にすると子供達の心に傷が残りそうなのでセーブしてますぞ? 守ろう子供の無垢な心、ですぞ」
「なっとく」
……本当にキューコは彼(彼女)を理解しているようだ。
キューコがどこにシンパシーを感じているのか、それも今の私には理解できていない。
少なくともキューコについては、理解したいと思ったけれど……。
「……あ。そういえばキューコ。さっき、ヒントがもう一つあるって言ってたけど、あれは?」
「ユーゴーもよくしってるもの」
私がよく知ってるもの?
それって……。
「カウント。こどものなかでひとりだけめだってた。せつめいしたヒントもあわせて、かくてい」
「……………………あ」
――すごくとくい。
かくれんぼについてキューコが言っていた言葉の理由は、同族討伐数が分かるからだったのだ。
隠れようと、レーダーのように方向を察せられる。
【エルトラーム号】の戦いでは、それを頼りに一矢報いたほどだ。
……うん、わかった。
それはとても納得したし、わたし自身がもっと早く気づいても良かった。
キューコがちょっと呆れてた理由も理解した。
だけどさ……。
「……キューコ。間違いだって分かってたなら、もっと早く教えて欲しかったよ」
「?」
「同族討伐数が判断の決め手だったなら、もっと早くに違うって分かったはずだよ。イサラさんと私が子供になる必要なかったじゃない」
デコイに誤答したイサラさん。
雑技団のメンバーに誤答した私。
どっちも事前にキューコが教えてくれれば、子供にならずに済んでいた。
迂闊だったのは私だけど、ちょっといじわるだと思った。
だから、キューコにそう文句を言ったとき。
「だって、――どれもたくさんだったから」
キューコは心外とでも言いたげにそう述べた。
その返答に、私の胸がざわつく。
「……沢山?」
「えるえすもカウントおおかったから、すぐにみつかるかとおもったのに。いりぐちにいたのも、そこのざつぎだんも、カウントおおくてわからなかった。だから、ヒントからのすいりでうらづけした」
同族討伐数が、多い?
それは……。
「?」
不意に、胸元で何かが砕ける音と感触がした。
それは……マニゴルドさんから渡されていた【健常のカメオ】。
状態異常の判定を無効化し、確率で破損するアクセサリー。
「……え?」
それが壊れた理由に脳が思い至るよりも早く。
私は不吉な予感を感じて、振り返る。
振り返った私が見たものは――巨大な口。
人間ではありえないほどに口を大きく開き、私を呑み込もうとする雑技団の手品師だった。
◆◆◆
■一時間前・【テトラ・グラマトン】
「……おい、それはどういうことだ?」
<IF>の本拠地である三〇〇メテル級戦艦、【テトラ・グラマトン】の一室。
ギャングスターハットを被った男……<IF>のサブオーナーであるラスカルが、通信機片手にメンバーの一人と連絡を取っていた。
「いや、聞き取りづらい。鉄と歌を同時に喋らせるな。片方だけにしろ。それで、ラ・クリマ。お前、カルディナに何を忘れたって?」
通信先のメンバーが行う輪唱のような喋り方に文句を言いつつ、用件を聞く。
「……素体回収用の改人部隊? 天地に渡る前に回収し損ねて? 自律行動のまま動いてるかもしれない……だと?」
メンバー……ラ・クリマの報告に、ラスカルは苦い顔をする。
「……イデアの分体経由で操作できないのか? 蜥蜴や兵隊の方の蜂と同じで分体が入ってないタイプなのか?」
これまでにも<IF>の戦力として改人を作戦行動に使ったことがあるため、ラスカルが真っ先に連想したのが兵士用の量産型だった。
超級職ベースの個体は出力上昇に耐えられるようにイデアの分体を仕込む必要があり、そうではないならば上級職ベースの量産型だと判断した。
だが……。
「何? 違う? ……ティアンの特典武具持ちを素体にした改人、だと?」
仮に上級職のティアンであろうと、場合によっては……例えばパーティを組めば<UBM>を討伐しうることがある。
無論、敗れて死ぬケースの方がはるかに多いが、奇跡的に勝利して獲得するケースもある。
そんな者達を素体として使ったのだと、通信先のラ・クリマは言った。
「特典武具の運用を優先して、脳改造と軽度の肉体改造。で、特典武具の性能は……よくもまぁそんな面倒なものを放置できたな、この馬鹿野郎」
既にこの国にいないラ・クリマ本人に代わり、後始末を手配する羽目になったラスカルは苦々しい顔で文句を述べた。
「創るのはいいが管理はきちんとしろ。大陸に残したのは俺が使う兵隊とゼタに貸した分だけのはずだろう? 他には忘れてないだろうな?」
王国と皇国の間で近く行われる講和会議に合わせての、王都襲撃。
その際に、ラ・クリマの改人の中でも上等な個体が複数投入される手筈にはなっていた。
しかし、実際は何かしらの厄介事に繋がりそうなものが放置されていた。
他にもないか心配になるのは当然だったが……。
「……何? ゼタに追加で貸そうと思っていた超級職ベース三体が【光王】に殲滅された? おい、【光王】は俺もマークしていた準<超級>だが、何で戦闘になってるんだ。……ああ。サポートメンバーへのスカウト失敗で……」
放置案件ではないが追加の厄介事ではあったので、ラスカルの頭痛は増した。
痛覚オフだがメンタルにきているので無意味だった。
「とにかく、分かった。その改人と【光王】についてはこっちでも調べておく。……天地では同じ失敗はするなよ」
ラスカルは最後に念を押して、カルディナに残っている自分に尻拭いを押し付けてきたメンバーとの通信を切った。
「しかし、『何か事件を起こしてるかもしれないので注意してください』か……」
ラスカルが卓上にあった新聞を開く。
それはユーゴーが読んでいたものと同じであり……浮浪児や孤児の行方不明事件が記載されていた。
「……経路からすると、下手をすれば【ドラグノマド】に入っているな。あの街には【幻王】が潜入中だが……連絡を取ってみるか」
通信機に所定の暗証番号を入力し、目的の人物に繋ぐ。
『はい、もしもし。俺です。俺俺』
「…………」
サポートメンバーに数十年前の詐欺師のような応答をされ、ラスカルは更なる頭痛に襲われたのだった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<エピローグ含めてあと二話か三話の予定だけどー
(=ↀωↀ=)<それが明日になるか明後日になるかはまだ分かりませぬ―
(=ↀωↀ=)<年内ゴールを目指します




