Frag.7-5 “トーナメント”・最終日 ε
(=ↀωↀ=)<書いてるうちにちょっとボリュームが増えた
□■Past・ドイツ某所
某国某所の研究所で脱走という名の壊滅の後、アルベルトと『母』はドイツの国営機関の研究所に勤めていた。
正確には勤めているのは『母』だけであり、アルベルトは『私物』としての補佐だったが。
『母』によれば前の場所よりも遥かに好条件であり、自由時間も多いらしい。
休日の『母』はよくアルベルトと一緒に映画鑑賞を……前世紀のSF映画をよく見ていた。
余談だが、アルベルトと『母』を助けた鳥と数字の女性は以後も度々『母』の下を訪れた。『母』は優れた技術者であったので、頼られることも多いのだという。「持ちつ持たれつよねー」とは『母』の談だ。
そんな日々を過ごしていた頃、世間で一つのゲームが話題になった。
<Infinite Dendrogram>。破格のリアリティを謳う、本物のダイブ型VRMMO。
アルベルトも存在は知っていたが、これに関して『母』はアルベルト以上に強い興味を持っているようだった。
「明らかに使われてる技術がおかしいのよね。でも、上に『調査します?』って掛け合っても『それに関しての予算は出せない』って言われてねー。もしかしてうちの国もどこかで噛んでるのかしら?」
『…………』
本当に国が隠し事をしているのか、それとも『ゲームの調査はアンタの仕事じゃないだろ』という意味なのか、アルベルトには判断しかねた。
「あと変な噂もあってねー。合衆国のテクノロック……あ、業界屈指のゲームメーカーね? そこが<Infinite Dendrogram>の調査をしたらしいんだけど、普通にやってたら解析できなかったらしいのよ。サーバーも見つからなかったって」
『…………』
MMORPGなのにサーバーが見つからないとは、確かに不可思議だった。
「通信システム自体が従来の技術……通常の電波通信じゃないらしいのよね。テクノロックでも解析できないから辿れないんだって」
『…………』
そんなものを子供も買える金額設定のハードに搭載して売っているのか、とアルベルトは驚いた。
「普通にプレイヤーとしてログインするなら問題ないんだけど、それだと解析機器を持ち込めない。だからちょっと強硬手段に出たらしいわ」
『……?』
「デンドロって、制作会社が不明なのよね。でも、何ヶ国かに販売とハード製造を代行する会社はあるの。合衆国だとIDサプライヤーって小さめの会社ね。で、テクノロックはそこを狙った」
『……』
狙った、という単語に不穏な気配を感じた。
「自社の保有する企業データ管理用AIオーバチュアでハッキング仕掛けたのよ」
『…………』
大企業が同業他社にハッキングを仕掛ける。
管理AIと呼ばれるスーパーコンピュータ……国や大企業の全情報を容易く扱う莫大な演算能力の怪物ならば、管理AIを持たない小規模企業へのハッキングなど容易いことだ。
しかし、紛れもなく犯罪だ。
「設計の図面か、サーバーの所在か。何を調べようとしたかは分かんないけどね」
『…………』
アンフェアであり、アンダーグラウンドな手法である。
しかし、アルベルトは疑問に思う。
それは企業にとって決して知られてはならないような暗部のはずだ。
なぜ、『母』が知っているのか。
「で、こうなった」
『母』が手振りでテレビの電源を入れると……ちょうどニュース番組が流れていた。
『合衆国の大手ゲームメーカー、テクノロック社が経営破綻しました』
アルベルトが驚いていると、ニュースは詳細を伝えてくる。
先日、自社のネットワークにトラブルが発生。その際、社内のサーバー内にあった機密ファイルが流出した。
流出した内容はゲームハードの最新技術だけでなく、これまで競合他社に度々行ってきたハッキングやクラッキング、国内法に触れる案件の証拠も多数含まれていた。
経営陣の逮捕をはじめ、上を下への大騒動。
株価も暴落し、本日ついに経営破綻へと至ったらしい。
『なお、トラブルを起こしたテクノロック社所有の管理AIオーバチュアは、機密ファイルの流出後に原因不明の爆発事故を……』
そこで『母』はテレビの電源を落とした。
「ということ」
『…………』
『母』の話の流れから察するにIDサプライヤー社……いや、<Infinite Dendrogram>からのカウンターの結果であることは想像に難くない。
だが、何をどうすればこんなことができるのか。
「まぁ、<Infinite Dendrogram>の運営は最新型一世代前の管理AIを逆ハッキングして壊せる管理AI持ってるってことね。もしかすると国家機関の最新型でもダメかな? 上司が許可下ろさなかったのはそれを知ってたのかも?」
『…………』
最新型でもダメ、という『母』の言葉に思うところがある。
ならば最新型の更に先、あるいは……新種であればどうか、と。
「あ。ハッキングとかさせないからね?」
『…………』
アルベルトの思考を読んだように、『母』はそう言った。
そう言われることは薄々分かっていた。
だが、その先の言葉は予想の外だった。
「アルベルトには普通にプレイしてもらうから」
『――――ハ?』
◇◆
□■中央大闘技場
「…………」
二度目の致命傷を負わされ、【ファイアリックス】を破壊されたアルベルト。
彼が次に装備した武具は――手甲だった。
手の甲に気体を噴射するための機構を備えた手甲。
観客席のレイをはじめ、似た形の装備を見知った者はその用途に即座に気づいた。
直後、アルベルトの両手の手甲から猛烈な勢いで……白い霧が噴出される。
霧が舞台に充満していくが……しかしそれは観客の試合観戦を阻害するものではなかった。
霧の濃度は観客の想定よりも薄い。
多少透かしが入ったように見える程度で、問題なく舞台上を観戦することができる。
それが視界潰しの煙幕としては意味をなさないのは明白だ。
ならば毒物の類なのだろうと、観客の多くが考えたとき……。
フィガロの様子に、少しの異常が見られた。
顔を動かし、周囲の様子を探るようにしている。
アルベルトは微動だにしていないというのに、何を探る必要があるのだろうか。
「…………」
探る……あるいは困惑しているフィガロに対し、アルベルトが第三の武具を取り出す。
それはいっそ分かりやすい形の大砲であり、アルベルトは砲口をフィガロへと向ける。
だが、フィガロは先刻のように舞台上を駆けて狙いを外させる様子もない。
その場に立ち、周囲の様子を探っている。
まるで、何も視えていないかのように。
やがて、アルベルトが大砲の引鉄を引き、
「ッ!」
そのときになってようやく、フィガロはその場から飛び退いた。
間一髪でフィガロが回避した砲弾が結界へと着弾。
元々舞台に備わっていた五枚の結界を貫き、インテグラの張った増設の結界を揺るがした。
フィガロはもはや立ち止まらずに駆け、アルベルトはフィガロに砲口を合わせ続けている。
「…………」
だが、アルベルトは今しがたの砲撃より、僅かに砲口を下に向けている。
まるで、結界に命中したのはミスだったと言わんばかりに。
視界を阻害しない薄い霧の中での攻防は観客からも明白に見えているが、しかし攻防にどこかチグハグさを感じていた。
「……えっぐい特典武具やねぇ」
このチグハグさの正体を、察する観客もいる。
その内の一人がボックス席から観戦している女性――<超級>の一人、【女教皇】扶桑月夜だった。
「欠点がある特典武具ほど、性能を発揮できますからね」
彼女の傍らに侍る【暗殺王】月影永仕郎も、状況を理解しているかのようにそう言った。
今の状況を作り出しているのが観客には薄い霧を出したようにしか見えないあの手甲の特典武具であり、同時にそれが持つ欠点ゆえである、と。
「せやね。うちの【β】が対象人間、範囲限定、対象レベル低下ゆー三重弱体の代わりに遠距離攻撃への防御力を維持したんと同じや。欠点もーけた特典武具ほど、部分的に生前の性能を発揮できる」
「欠点は二つですね。霧の外から中が容易く目視できること。そして……」
「あれ、デカい方も見えてへんやろなー。自分込みで霧の中の感覚器官を潰す。またセーフティ潰す型の欠点や」
明らかに挙動のおかしいフィガロだけでなく、特典武具を行使したアルベルト自身の少しのぎこちなさから二人はそう推測した。
そして、二人の推測は完全に正しい。
手甲の名は、伝説級特典武具【来霧中独 ドラグミスト】。
霧の中にいる者の、視覚・聴覚・嗅覚を完全に遮断する特典武具である。
霧の外にいる者には意味がなく、必ず霧の中にいるだろう自分がまず感覚を潰される。
使えばまず確実に霧の外からタコ殴りにされるという、欠陥極まりない特典武具である。
無論、生前に<UBM>……【霧竜王 ドラグミスト】が用いた際は敵対者のみが対象だったが……。
「あの特典武具もっとるなら、元の<UBM>を倒したゆーことや。霧の中で打てる手、あるんやろね」
欠点のある特典武具ほど、性能を発揮する。
だが、優れた<マスター>ほど欠点を潰すか逆にシナジーしてくる。
月夜がカグヤの《薄明》でレベル上限を除算することで【グローリアβ】を非超級職抹殺の最凶武具に変えたのと同様。アルベルトもこの欠点をクリアしているからこそ、自身も感覚器官を潰された状態でフィガロを狙えているのだと月夜と月影は察していた。
ならば、それを為したのは<超級エンブリオ>か。またも【ファイアリックス】同様に特典武具への耐性を獲得したのか。
否、まだアルベルトは瀕死になっていない。
霧への耐性は獲得していないし、ダメージ源でない以上は獲得できるかも不明だ。
ゆえに、この欠点にシナジーしているものは<エンブリオ>ではなく……ジョブ。
――討伐特化超級職【殲滅王】のスキルである。
討伐特化、と言ってもその言葉から受け取る印象は人によって異なるだろう。
多くの敵を屠る大火力と見るか。
様々な敵を有効打で確実に仕留める力と見るか。
しかし【殲滅王】は、どちらとも違う。
殲滅とは、根絶やしである。
人に害なすモンスターの集団を相手に大火を以て焼き払おうと、少数は生き残る。
どこかに逃げて、数を増やし、再興する。
やがて、再び人の脅威となるだろう。
それを許さないがゆえの――【殲滅王】。
奥義を除き、【殲滅王】のスキルは二つ。
第一スキル、《カウントダウン・レーダー》。
自身が討伐したモンスターから一種を選択し、それと同種のモンスターの位置を把握するスキル。
第二スキル、《スカー・マーキング》。
自身がダメージを与えた相手の現在位置とステータスを把握するスキル。
そう、【殲滅王】とは――殲滅に至るまでの追撃に特化した超級職である。
どこに逃げようと、どこに隠れようと、地の果てまでも追い詰めるターミネーター。
殲滅するために、逃がさないことに特化しているのだ。
しかし今は、《スカー・マーキング》をフィガロに対して発動している。
先刻、【石化】したアルベルトを砕いた【ファイアリックス】の爆発。フィガロは直前に飛び退き、耐熱のアクセサリーも有していたために大きなダメージは受けていない。精々で掠り傷だ。
だが、それで十分。【ファイアリックス】の爆発がフィガロにダメージを与えた時点で、《スカー・マーキング》は発動している。
ゆえに、視覚と聴覚と嗅覚をなくしても、《スカー・マーキング》の導くままにアルベルトはフィガロを砲撃できる。
かつて【ドラグミスト】を倒した際も、同じ手段で撃破している。
まして、今回はフィガロが何も感知できない……アルベルトのアドバンテージは圧倒的だった。
「……しかし、よく耐えますね」
五感の過半数を潰された状態で一方的に位置を掴まれているというのに、フィガロはアルベルトからの攻撃に被弾していない。
明らかに砲撃のタイミングを察したかのような回避行動について、月影が疑問を呈した。
「あの帽子や」
月夜はフィガロが常用している羽帽子を手にした扇子で指す。
「【風見鶏 ウェザー・フェザー】ゆー特典武具やね。《殺気感知》とかのごつい版や。ダンジョンの罠なんかにも反応するんやったかな」
「なるほど。それで攻撃に対しては回避ができたのですね」
万能型の危機感知装備。
ソロ探索を主とするフィガロが常時着用するだけの意味はある。
「それになー。常用してる装備ゆーたらあれもあるやろ?」
月夜の言葉と時を同じくして、フィガロが武装を切り替える。
両手に一本ずつ手にしたものは、鎖。
【紅蓮鎖獄の看守】の名を持つ、フィガロのメインウェポンの一つである。
「…………!」
視覚でも聴覚でも嗅覚でもなく、敵対者の生命反応を検知して自動攻撃する二本の鎖。
霧の中でも狙い過たず、それぞれがアルベルトの頭部と心臓を粉砕した。
体内から機械の残骸をまき散らしながら、アルベルトがよろめく。
『《γ星》』
しかし三度強化回復のスキルが発動し、失った部位が修復。
なおも攻撃を続けていた二本の鎖を体表で弾き返し、傷一つつかなくなる。
相手を見失った状態でも一度倒せた代償に、衝撃型の物理攻撃を無効化された形だ。
それでもフィガロは鎖を仕舞わず、攻撃を継続していた。
あるいは見えもせず聞こえもしないために、一度倒したことや既に回復されたことに気づいていないのかもしれない。
「……んー?」
そんな両者の戦いの様子に、月夜は一つの疑問を呈する。
それは感覚を断つ霧の中での攻防とは、ズレた部分での疑問。
「五回戦から思うとったけど……アレ脆いなぁ?」
脆いとは、アルベルトのことだ。
放ったのが装備を強化できるフィガロとはいえ、特典武具ではない武器の一撃でも容易く致命傷になっている。
無論、耐性を獲得するスキルと合わせればそれ自体は問題ではないが……脆いという印象は否めない。
ジョブの傾向として【殲滅王】が上昇しやすいステータスはHPとSTR。ENDはそれより数段劣る上昇率ではあるが……それでもこの“トーナメント”での戦いでは、致命の傷痍系状態異常を受けすぎている印象だ。
「ダメージ受ける度に機械部品ばら撒いとるし、全身置換型……TYPE:ボディやろか? せやったら……そういうことやろなぁ」
月夜の推測通り、アルベルトのセプテントリオンはTYPE:ボディ。
全身を機械の体に置換する<超級エンブリオ>である。
極めて希少なカテゴリーであるが、その数少ない実例には幾つかの共通点がある。
その一つが、ジョブで上昇するステータスにマイナスの補正が掛かっているということだ。
【犯罪王】ゼクスのヌンは変形能力とスライムの性質の代償として、全ステータスにマイナス補正があった。
同様に、セプテントリオンもステータス……特にENDに強いマイナス補正を抱えている。
超級職であることと彼のレベルを考えれば本来ならばより高いはずだが、実際は上級職のビシュマルでも絞め殺せている。
この欠点もセプテントリオンの耐性付与を考えれば機能しているとは言い難いが……。
(……アレはスライムの性質と変形、実質二つの特性分のマイナスや。なら、アレも耐性とは別に機械の性質があっても不思議やあらへんけど)
思い当たる節はある。
アルベルトは頭部を潰され、あるいは全身が石化していても問題なくスキルが発動していた。
その絡繰が体の性質に関わっている可能性は高い。
だが、その答えはボックス席から見ているだけの月夜には分からない。
恐らくは相対しているフィガロでさえも不明だろう。
「……ふむ」
「どないしたん、影やん?」
傍らの月影から疑問の気配を感じ、月夜が問いかける。
「相手が脆いことは、フィガロ氏自身も気づいているのでしょうね」
「そらそうやろ。《看破》もっとるやろし」
「では、なぜ今も鎖を切り替えないのでしょうか?」
言われてみれば、既に撃破したことは悟っていても不思議ではない。
しかし、既に耐性を持たれてしまった鎖による攻撃を……フィガロは続行している。
「……なんやねろとるんかな?」
「いつからか足の装備も外し、裸足になっておられますね」
舞台の上を駆けるフィガロの両足からは対拘束用の特典武具である【不縛足】が外れており、素足になっている。
それは単に装備を減らすことで強化度合いを上げるだけでなく、別の狙いがあるように見えた。
「…………まさか」
フィガロが何をしようとしているのか察して……月夜は冷や汗を流した。
『まさかそんな馬鹿なことを?』、と。
だが、そのまさかである。
直後、三感を失ったはずのフィガロが――アルベルトへと駆け出した。
砲撃に当たらないようにジグザグに、しかし確実にアルベルトへと向かって。
見えていないはずの状態でなお、その位置を完全に掴んでいるかのように。
「…………!」
アルベルトには、接近するフィガロの姿は見えていない。
だが、《スカー・マーキング》がフィガロの接近をはっきりと伝えている。
なぜ自分の位置が分かるのか。
アルベルトはその理由を自分の体の表面をダメージもないのに叩いている鎖――事前情報から鎖と推測した攻撃――のためだと考えた。
ゆえに、外套を自身の周囲に衝撃波を発生させる特典武具に切り替え、自らを攻撃する鎖へと衝撃波を放つ。
本来ならばアルベルトの体ごと砕くセーフティの外れた特典武具であるが、既に物理衝撃への耐性は獲得している。
結果としてフィガロのガイドをしていただろう鎖は粉砕され、アルベルトの周囲には衝撃波の壁ができあがる。
不用意にそのまま接近してくれば、フィガロも鎖同様に餌食となるだろう。
そして見えず聞こえず嗅ぎとれないフィガロはアルベルトへと突き進み、
――衝撃波の手前で静止した。
「!?」
アルベルトは《スカー・マーキング》の反応が衝撃波の有効圏手前で止まったことに驚愕する。
なぜ、三感を失った環境下で正確にアルベルトの位置や攻撃状況を読み取れるのか。
その答えは、失われなかったものにこそある。
フィガロが効かぬと知っていてもなお、鎖での攻撃を続けた理由。
それは、鎖に引かれる感覚と手応えで相手との距離を測るため。
同時に、舞台に素足で直接触れることで振動を探る。
アルベルトの移動の有無を、砲撃間隔を、攻撃の変質を、舞台に伝わる振動から探り当てる。
そう。三感を潰されたフィガロは……触覚のみで相手の位置を計っていたのだ。
「疾ッ!」
馬鹿げているとしか言いようがない芸当をしてみせた決闘王者は敵手を己の間合いに捉え、両手に新たな特典武具を装備する。
左手の特典武具の銘は、古代伝説級【撃氷大槍 ヨークルフロイプ】。
あたかも撃鉄式馬上槍の如き様相のその武器の矛先をアルベルトに向けながら、フィガロは柄に備わったトリガーを引き絞る。
瞬間、矛先から猛烈な凍気がアルベルトに浴びせかけられた。
衝撃波で凍気を防ぐことはできず、外套の特典武具も、手にした大砲も、両手の【ドラグミスト】も、彼自身も、全てが一瞬で【凍結】する。
フィガロは凍てついた舞台を己の足で踏みしめながら、そのまま氷を纏う馬上槍を突き込んだ。
強化された刺突は、凍結して強度を著しく低下させたアルベルトと身に纏う装備を諸共に純白の粉塵へと砕く。
『――《δ星》』
特典武具の消失により霧が晴れる中で、アルベルトは四度目の強化回復。
だが、眼前には次の武器を構えたフィガロの姿がある。
馬上槍と同時に装備した右手の特典武具、古代伝説級【塵魔剣 ペイルディン】。
継続ダメージ型呪怨系状態異常と闇属性攻撃を同時に浴びせかける無形の魔剣を以て、再生したばかりのアルベルトの五体を切り刻む。
フィガロの狙いは、クールタイムの間隙。
【殿兵】の《ラスト・スタンド》は、効果終了から五秒間は再使用できない。
つまり、HP全快で復活してから五秒間は……アルベルトも食いしばれずにそのまま死ぬ。
この五秒という短い時間を――フィガロは狙う。
本来であれば、HPを全快したアルベルトを五秒で殺し切るのは難しい。
HPは上昇しやすいステータスの筆頭であり、高レベルのHP・STR型超級職であるアルベルトのHPは、マイナス補正を踏まえた上で二〇万を優に超えている。
ゆえに部位破壊による致命状態異常や窒息による割合ダメージを狙う者が多かったが、その死に方を待っていては《ラスト・スタンド》が再使用可能になる。
だが、フィガロは違う。
手にした武器とAGI上昇の装備にスキルを集中させて、五秒という時間の全てを使い、アルベルトのHPを削りきらんとしていた。
「…………!」
AGIで大きく劣るアルベルトは、その猛攻に装備を切り替える暇もない。
一秒、アルベルトの両腕が機能を失うと共に、HPの三分の一を欠損。
二秒、アルベルトの頭部が機能不全に陥ると共に、HPの三分の二を欠損。
三秒、アルベルトの胴を横薙ぎに一閃すると共に、HPが1に到達。
四秒、アルベルトの頭頂から股間までを両断。最後のHPを削りきる一撃。
五秒。アルベルトのHPが――残っている。
「……ッ!」
フィガロの表情に、疑念が浮かぶ。
今、《ラスト・スタンド》は発動していない。
アルベルトの体は致命傷に致命傷を重ね、ジョブスキルなしでHPがもつはずがない。
だが現に……アルベルトはHP1で存続している。
『――《ε星》』
――そして、五度目の強化回復。
何事もなかったかのように、アルベルトが復活する。
「これは……」
あまりにも不可解な現象だった。
一般の観客はフィガロが仕留め損ねたようにしか見えないだろうが……間違いなく、フィガロは殺し切るだけのダメージは与えていたはずだ。
それでも、アルベルトはHP1で持ちこたえて……蘇った。
(……まだ、何かある?)
アルベルトの復活の仕組みは、今まで見えていた<エンブリオ>とジョブのシナジー……だけではない。
特典武具か、あるいは他に何かを絡ませた二重構造であるとフィガロは察した。
「…………」
復活したアルベルトは無言だったが、しかし既に行動を起こしている。
彼の隣には、新たな特典武具が出現していたからだ。
フィガロの魔剣で切り刻まれながらもなお、取り出そうとしていた特典武具。
それは鮮血のように紅く……巨漢のアルベルトよりもなお巨大な鎧だった。
これまで使ってきた特典武具とは、どこか雰囲気が違う。
機械的でありながら、呪物の如き気配を匂わせる。
銘は古代伝説級――【紅徹甲 エグザデモン】。
あえて言うならば――アルベルトにとって最強の特典武具である。
「――《紅に染まる鋼》」
『――Oooo』
アルベルトは、自らの<エンブリオ>以外のスキル名を初めて口にした。
スキルに呼応した紅の大鎧は、肉食獣の如き唸り声をあげながら、大顎を開けるように展開してアルベルトを呑み込む。
直後、血ともオイルともつかない赤い液体が、鎧の内側から溢れ出した。
会場のそこかしこで、悲鳴が漏れる。
何が起きたのか、見守る観客には理解できない。
フィガロの攻撃かとさえ思っただろう。
だが、そうではないことをフィガロは知っていた。
「ッ!」
咄嗟にフィガロが後方に跳んで距離をとったのと、アルベルトがアクションを起こしたのは同時。
『――《ζ星》』
攻撃を受けていないというのに宣言された六度目の強化回復。
しかしその最中にも、大鎧は動いている。
大鎧は拳を振り上げ――ハンマーのように舞台へと振り下ろす。
――瞬間、舞台が消えた。
まるでピンポイントに隕石でも落下してきたかのような轟音が闘技場の外までも響く。
舞台を構成していた石材が砕け、巻き上がり、弾け飛び、無数の岩塊が結界を何重にも突き破った。
観客から悲鳴が上がるが、インテグラの結界は飛来する岩塊の全てを防ぎきる。
だが、結界の内側のフィガロはそうではない。
避け切れぬほどに細かく無数の破片によって、全身に細かな傷を数多作る。
一度のインパクトの後、クレーターと化した舞台上には紅の大鎧に身を包んだアルベルトと、全身を朱に染めたフィガロの姿があった。
仮にフィガロの退避が遅れていれば、ダメージはより深刻なものになっていただろう。
「……なるほど」
フィガロは、アルベルトの大鎧の仕組みについて察していた。
アルベルトは……大鎧は、何も特殊なことはしていない。
ただ、力任せに拳を振り下ろしただけだ。
その結果が……超級職の奥義の如き惨状だったというだけのこと。
全身鎧の特典武具、【紅徹甲 エグザデモン】
唯一の装備スキルの名は、《紅に染まる鋼》。
その効果は『使用者のHPを1まで削る固定ダメージを与えた後、削った数値分の攻撃力と防御力を大鎧に付与する』というものだ。
数多の欠陥特典武具を抱えたアルベルトだが、これこそは欠陥極まる逸品。
HP1など、掠り傷で死ぬ範囲だ。
だが、アルベルトに限ってはシナジーしか存在しない。
確実な瀕死状態への移行。
固定ダメージへの耐性獲得。
そして【殲滅王】のHPを消耗して得られる莫大な攻撃力と防御力。
あえて言おう。
元々の【殲滅王】としてのSTRと足し合わせれば……今のアルベルトの攻撃力は神衣を纏った【破壊王】をも上回る。
フィガロといえど、クリーンヒットの一撃で死に至るだろう。
ましてや……攻撃力に準ずる防御力までも獲得しているのだ。
常識的に考えれば、打つ手なしと観念する。
「…………」
だが、フィガロの顔に諦めや絶望の色はない。
当たれば死ぬという極限の状況に……しかし彼は笑っていた。
全力の戦いこそが彼自身の……フィガロという<マスター>の望み。
そこに怯懦も妥協もない。
何より彼には打つ手がある。
数多の特典武具を有するフィガロと言えど、これほどの防御力を有する相手に通じる武器は数少ないが、それでも一つ……確実に通じるものはある。
「想定より、一手早いけれど」
そう言いながら彼が手にしたのは、一本のブロードソード。
特異な装飾はないが、見ているだけで焼き尽くされるような存在感を放つ剣。
――【グローリアα】。
迅羽や月夜、<超級>達との戦いでフィガロに勝利を齎した最強の切り札。
この決闘における二度目の使用。
しかし今度の相手は砲ではなく、身に纏う鎧。
特典武具だけでなく……本人も斬ることになるだろう。
だが、フィガロは七度目の耐性獲得を思案するよりも眼前の鎧を斬ることに注力することを選んだ。
剣を構えた【超闘士】と鎧を纏った【殲滅王】。
両者相対し……“トーナメント”最後の戦いは最終局面へと移行した。
To be continued
○テクノロック社所有管理AIオーバチュア
(=ↀωↀ=)<これは『企業が所有するスーパーコンピュータ』で
(=ↀωↀ=)<僕ら(無限エンブリオ)とは違います
(=ↀωↀ=)<一般の管理AIって↓だしね(第0話)
管理AIは、現行のスーパーコンピュータを丸々己の脳とする人造の電脳知性だ。主な用途はその名の通り管理であり、一体いれば小国のデータベースやネットワークを高速、且つ完璧に管理できると言われている。
(=ↀωↀ=)<こういうのが本来普及している管理AI
(=ↀωↀ=)<僕らはそれのフリをしているようなもんだし
(=ↀωↀ=)<……まぁ、フリというか普及してる管理AI技術の大本って
(=ↀωↀ=)<♪~
○【紅徹甲 エグザデモン】
(=ↀωↀ=)<MTG知ってる人にだけ分かる喩え
(=ↀωↀ=)<荒廃の下僕
(=ↀωↀ=)<なお普通の人がスキル使ったら転んだだけで死ぬ状態になる
( ̄(エ) ̄)<ス○ランカー……
(=ↀωↀ=)<他に使えそうなのはスプレンディダくらいですね
○フィガロVSアルベルト
(=ↀωↀ=)<手を変え品を変え様々な勝ち筋を連発してくるアルベルトに
(=ↀωↀ=)<王国最強の対応力を持つフィガロが対抗している形
(=ↀωↀ=)<でも触覚に伝わる振動のみで相手の位置と動きを読むのは流石に僕も引く




