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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
Episode Fragment

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439/716

Frag.7-3 “トーナメント”・最終日 γ

 □【呪術師】レイ・スターリング


 “トーナメント”最終日。

 今日は火曜日だが、幸い午後休講だったので本選が始まる少し前にはログインできた。

 マリーがボックス席のチケットを十日分とってくれていたので、観戦もできている。

 なお、観戦しているのは俺とマリーだけだ。

 フィガロさんは出場選手。兄とハンニャさんは会場警備。先輩は授業の都合でまだ大学。ルークは挑戦に備えてのレベル上げ。霞達も普通に学校だ。


 なお、今回はネメシスもいない。

 正確には、いるにはいるが出てこない。左手の紋章に入ったままだ。

 あの【怠惰魔王】との戦いから、ネメシスは独りで瞑想することが増えた。

 最初はトルネ村のときのような進化の前兆かと思ったが、あのときのように翌日には進化するというような話ではないらしい。

 しかし、間違いでもない。

 これまでに三度の進化を行ったためか……感覚的に遠からず進化が来るというのは分かったらしい。

 それに……。


『レイ。恐らくだが……次の進化で私はあれを獲得する』

『あれ?』


『――必殺スキル(・・・・・)だ』


 必殺スキル。<エンブリオ>自身の名を冠した最大最強のスキルにして、例外なくその<エンブリオ>の特性を発露したもの。

 次の進化……第五形態への進化はネメシスの在り方を決定する進化だと言っていた。

 今のネメシスは、進化に備えて自分を見つめ直している。

 俺は、それを見守ることにした。


 そんな事情もあって、俺はマリーと二人だけでビシュマルさんと【殲滅王】の試合を観戦した訳だが……。


「あれがカルディナの<超級>……強いな」


 【殲滅王】の<超級エンブリオ>のスキルは、強力だった。

 ビシュマルさんは決して弱い人ではない。炎熱による肉弾戦という一芸に特化し、その破壊力を以て上位ランカーに長く在位している人だ。

 けれど、一芸に特化しているからこそ【殲滅王】とは相性が悪かったと言うしかない。


「完全回復。耐性獲得。攻撃手段追加……か」


 大別すれば、カウンター型の<エンブリオ>だ。

 相手からのダメージ依存で性能を発揮することを考えると、ネメシスと似た部分もあると言える。


「……どう思う?」

「そうですねー。瀕死時限定で発動可能なスキルか、あるいは瀕死になるほど効果が強化されるのか。どちらにしても【殿兵】とのコンボは強いですねー」


 マリーの言葉に頷く。【殿兵】の《ラスト・スタンド》なら、致命の攻撃を受けても、状態異常でも、五秒間はHP1で生存する。

 俺も【死兵】をとった後に存在を知り、検討はした。

 しかし俺の場合は五秒間の生存よりも、その十倍以上動ける死後を選んだ形だ。

 両方とるという選択肢もないではなかったが、活動時間を五秒延ばすよりも他の有益な汎用スキルを優先した。

 また、《ラスト・スタンド》には《ラスト・コマンド》と違って再使用までに五秒程度のクールタイムがあることも大きい。

 《ラスト・コマンド》の再使用に死者蘇生という高いハードルがあることと違い、HPを回復するだけで再使用が可能であるためだろう。

 しかし欠点があったとしても、完全回復から耐性を獲得した【殲滅王】を倒し切るのは難しそうだ。


「あの回復能力。回数制だと思うんですけど、何回だと思います?」

「七回。多くても八回だ」

「即答ですねー」

「スキル名がスキル名だからな」


 【殲滅王】が回復の直前に口にしていた言葉、ドゥーベとメラク。

 それは北斗七星(セプテントリオン)を形成するおおぐま座α星とβ星の名前だ。

 それがスキル名……そして<エンブリオ>の銘だとすれば、モチーフに合わせて七回。

 北斗七星とセットで語られるあの星(・・・)を含めても、八回が限界のはず。


「スキルの発動条件の厳しさと回数制限があるからこそ、あのスキルは機能している。ただ、耐性獲得の範囲は広いみたいだな。特定の攻撃手段やスキルというより、瀕死の契機に由来した耐性に見える」

「ですねー」


 首を折って殺されかけたときは、締め技だけでなく蹴りも含めた物理耐性を獲得としていた。

 属性単位、よりも広いかもしれない。


「……決闘では強力極まりないな」


 推測になるが、本来は耐性を獲得してからスキル回数や耐性のリセットまでいくらかの時間が必要なのだろう。それこそ、同じカウンター型であるネメシスの《カウンター・アブソープション》が日に一回分ずつストックされるように。

 だが、決闘であれば試合終了で結界が解除されると同時に、試合前の状態に戻る。

 連続した試合でもスキル使用回数がフルの状態で次戦に挑むことができ、各対戦相手は一人で七回以上と推定される強化回復スキルを乗り越えねばならない。

 熟練の<マスター>は必殺スキルをはじめとした切り札を持つが、その数や手段は多くはない。

 多くの場合、必殺スキルとジョブの奥義それぞれで二つ程度が限度。そこに特典武具などが追加されていく形になる。

 けれど、【殲滅王】を倒すにはそれが最低八通り、あるいは九通りの致命攻撃が必要になる。

 一対多の戦闘ならばともかく、一対一の決闘では至難。万能型の迅羽やジュリエットでも厳しいだろう。


「俺の場合は……足りないか?」


 《復讐》を始めとする固定ダメージで一、《煉獄火炎》で二、《地獄瘴気》の致命状態異常で三、《シャイニング・ディスペアー》で四、聖属性の《グランド・クロス》か《聖別の銀光》で五、ガルドランダかSTRコピーした《追撃者》の物理攻撃力で六、現状の呪われた斧を捨て身で振って七。

 …………あれ? ギリギリ届きそうだぞ?

 風蹄爆弾は物理ダメージだから重複しそうだが……他に何かなかったっけ。

 ……ああ、斧の属性選択が機能すれば相性はかなり良いかもしれない。


「だけど……」


 だけど、これはこちらが攻撃することのみを考えた話だ。

 徐々に攻撃手段が減っていく中、倒しきるまで【殲滅王】の攻撃に耐えられるかの方が問題だ。


「ビシュマルさんとの戦いは、本来のスタイルじゃないんだよな?」

「ええ。【殲滅王】の元々のスタイルは……あー、簡単に言うとバルドル(陸上戦艦)を人間サイズにした感じですよ?」


 かつて<ノズ森林>でバルドルの砲火に追い回された経験を持つマリーは、「嫌なこと思い出しちゃったなー……」という顔でそう言った。

 しかし、兄のバルドル級の火力を人間サイズで、か。

 広域殲滅型……街中での使用は考えるだけで恐ろしい。

 だからこそ、ビシュマルさんとの試合ではほぼ徒手空拳だったのだろうけれど。


「カルディナの決闘では、それこそあの強化回復を出すまでもなく勝っています。全戦全勝……まぁ同じクランで決闘一位の【闘神】とは公式戦してませんけど」


 クラン内で勝敗はついていて、公式戦で手の内を明かす必要がなかったってことか?

 その【闘神】がどんな戦闘スタイルなのかも気になるけど……。


「カルディナの闘技場って、ギデオンとは違うのか?」


 【殲滅王】もカルディナでは火器の使用に躊躇いがなかったらしい。


「違いますねー。もっと簡素で人も少ないです。多少は街として栄えていますが、ギデオンとは比較になりません。まぁ、ここは七大国家で一番派手な決闘のメッカですからね。猛者揃いの天地よりも栄えてますよ? 参加者のレベルではなく、決闘の街としてですが」

「……今はうちの本拠地になってる第八と合わせて十三も闘技場があればな」


 そういえば、何でギデオンにこんなに集まっているんだろうか?

 王国が建国される前からギデオンはこうだったらしいが……。


「ともあれ【殲滅王】の試合を見た感想ですけど、このままならフィガロが勝ちますね」

「……ああ」


 思考が少し横に逸れたが、マリーの言葉に応じて頷く。

 マリーの言うとおり、フィガロさんは特典武具を始めとする数多の武器を所持している。

 さらに<エンブリオ>であるコル・レオニスのスキルでそれらの性能を跳ね上げる……王国で最も万能な攻撃手段の持ち主。

 八通りなど優に超え、【殲滅王】の耐性を上回って倒しきれる。

 加えて……。


「相性差と自己制限。二つのハンデを背負った時点で勝負は見えていますからねー」


 【殲滅王】が自身に課しているだろう特典武具を始めとする高威力の武装を使わないという縛り。

 ビシュマルさんとの試合は、ある意味で双方の肉体と<エンブリオ>を主としたイーブンの試合とも言える。

 だが、フィガロさんが己と<エンブリオ>の力を駆使しようとすれば武器は欠かせず、結果として【殲滅王】は武装面で劣る。

 己の攻撃力に制限を掛けた【殲滅王】ではあのフィガロさんを殺しきれるはずもない。

 だから、このままならばフィガロさんの勝利は揺るがない。


「…………」


 しかし仮に双方が自身の力と<エンブリオ>、そして武装の全てを駆使したのならば……双方が相手を殺しうる状態ならば勝敗は分からない。

 俺はそう考えるし……きっと本人(・・)も同じ考えだろう。


 ◇


 その後の試合展開は、順当だった。左側のトーナメント表を【殲滅王】が勝ち上がり、右側のトーナメント表をフィガロさんが勝ち上がる。

 他にも多くの猛者が出場していたが、二人の<超級>を前に敗れ去っている。

 【殲滅王】は準々決勝で当たった決闘の中位ランカーを破り、準決勝では討伐二位のキャサリン金剛を破った。

 彼女(?)は惜しかった。【魅了】で一度、人化状態のテイムモンスターで四度、必殺スキルを交えた肉弾戦で一度……計六度撃破した。

 しかし、最終的にその全ての耐性、そしてモンスターへの有効な攻撃手段も獲得されて敗れ去っている。六回の復活の際に述べたスキル名はいずれも北斗七星の星の名であり、やはりスキルの使用回数は七回以上で間違いないようだった。


「ところで、何でモンスターは人化状態だったんだろう?」

「ああ。元の姿だと結界内に入らないからですよ? あの緑髪のメイドなんて【ハイエンド・ディザスター・エレメンタル】……このギデオンより大きいはずですし」


 ……なるほど。どうやら彼女(?)もハンデを背負っての出場だったらしい。兄が闘技場で第五形態以降のバルドルを使えないのと同じ理由か。

 ていうか、テイムモンスターってそんなサイズもいるのか?


「キャサリン金剛の四大冥土はテイムモンスターじゃなければ<UBM>確実って代物ですからねー。伊達にあの【破壊王】の次席じゃありませんよ。……タイマンならボクが負けた討伐三位の方が強いと思いますけど」


 説明に交えてボソボソと何事か聞こえた気がするがスルーしよう。

 ともあれ、先に【殲滅王】が決勝進出を決め、次いでフィガロさんも決勝に進んだ。


 そうして少しの時を置いて……決勝戦の開始時間になる。

 既に二人の<超級>は舞台の上に立ち、向かい合っている。

 だが、決勝の開始宣言はまだなされていない。

 今日が最終日であるためか、先に貴賓席のアズライトからこの十日間の“トーナメント”に関してのスピーチが行われている。


「……?」


 予定ではスピーチは決勝戦終了後のはずだったが……順番が前後している。

 予定を変更した理由は幾つか考えられるが……。


「やりましたねー。ハンデありならフィガロの勝利はまず確定。これでデスピリも四つ目の挑戦権ゲットですよー」


 アズライトのスピーチを聞いていると、隣のマリーがそう言った。

 先に話していたとおり、現状ではフィガロさんの勝ちは揺るがない。

 そうなれば、一日目のレイレイさん、二日目の先輩、三日目のルークに続いて、<デス・ピリオド>が珠への四回目の挑戦権を獲得することになるだろう。

 だが……。


「…………」

「あれ? どうしました?」

「ああ、うん。多分だけど……」


 俺の推測が正しければ……。


「決勝の【殲滅王】は……ハンデがなくなる」

「え?」


 なぜかと言えば、理由は一つしかない。

 【殲滅王】と戦うのが……フィガロさんだからだ。


『観客の皆様にお知らせします。決勝戦に備えて舞台の整備(・・・・・)を行います』


 丁度アズライトのスピーチが終わったとき、そんな会場アナウンスが流れた。

 だが、今の舞台に損傷は見当たらない。

 ならば、何を整備するというのか。


 その答えは……舞台の上空に飛来した人物が齎した。


 会場中が、空を見上げる。

 視線の先にいたのは、一人の女性。

 魔法使いのローブを着て、トンガリ帽子を被り、杖に横座りした……いっそ分かりやすいほどの魔女スタイル。

 それでいて顔のモノクルだけが魔女のイメージから少し逸れた彼女を、俺は知っている。


『整備を行いますは今代の【大賢者】。インテグラ・セドナ・クラリース・フラグマン師です』

 現れたのは【大賢者】……インテグラだった。


 つい先日も、【スラル】に足を切断されたシルバーの修理のため、俺は王都に赴いて彼女と顔を合わせている。

 ちなみにシルバーは自己修復で直る範囲だったらしいが、回復促進のための補強器具を用意してもらったのでとても助かった。

 あと数日もすれば以前と同じように動けるようになるらしい。


 さて、そのように普段は王都で仕事をしているはずの彼女が、どうして今このギデオンにいるのか。

 突然のインテグラの登場に、会場中の観客が驚いたように見上げている。

 舞台上の二人……フィガロさんは微笑み、【殲滅王】は無表情。

 そして貴賓席のアズライトは「やっと来たわね」という顔だ。

 彼女を待つ時間を稼ぐためにスピーチを前倒しにしたのかもしれない。

 つまり、決勝戦には彼女が必要ということだ。

 その意味は……行動によって示される。


『只今より、フラグマン師による結界の増設(・・・・・)を行います』

 アナウンスと共に、インテグラは闘技場の結界の外側に重ねて大規模な結界を展開した。


 元より舞台の周囲に張られていた五重結界の外側に、より大きな結界が複数枚重ねられていく。


 入れ子構造の多重結界。

 これは、挑戦時に<UBM>の脱走を防ぐために検討されていた案の一つだ。


 昨夜……こちらの時間で一昨日にアズライトや伯爵によって対策会議が行われた。

 決闘王者としてギデオンの結界を熟知しているフィガロさんも呼ばれており、その中でこの案も話されたと聞いている。

 結界の枚数そのものを外付けで増やすことによる結界強化、それに抜擢されたのがインテグラだ。

 全属性の魔法が使える【大賢者】だが、インテグラは特に防御魔法が得意らしい。

 彼女の力で従来の結界の外側に他の結界を複数重ね、脱走を食い止める仕組みだ。

 そんな脱走防止対策を、この決勝戦で試合用に流用している。


 その理由は何故かと言えば……やはりフィガロさんだから(・・・・・・・・・)、だ。


 この多重結界ならば、従来よりも遥かに観客の被害リスクが抑えられる。

 だからこそ、会議で聞いていた対策を決勝戦で使うことを……フィガロさん自身(・・・・・・・・)が要請したのだろう。


 フィガロさんは“トーナメント”に参加しているが、きっと特典武具が欲しい訳ではない。

 特典武具は、戦いの結果として得るモノに過ぎないからだ。

 近頃は俺が女化生先輩に誘拐されたときやハンニャさんの事件など、あの人本来のスタンスとは異なる戦いばかりを続けていたように思うが、……フィガロさんの闘士としての本質は違う。

 兄に言わせれば、フィガロさんは穏やかな脳筋である。

 戦うことを楽しむ人であり、己の心を、体を、全てを燃焼できる強敵を求める人だ。


 ゆえに折角の強敵を前にして――一方的なハンデを背負わせるはずがない。


 今、舞台上のフィガロさんは笑みを浮かべている。

 それは言葉よりも雄弁に、【殲滅王】に一つの言葉を投げかけている。


 ――舞台は整えた。

 ――全力で()ろう。


 そんな無言の誘いが、俺にまでも聞こえてくるようだった。


「…………」


 対する【殲滅王】も無言のまま、しばし周囲の増量された結界を見回し……。


「――――武装展開」


 全身を、無数の特典武具で武装し始めた。

 それを合図に、フィガロさんも笑みを深めて武器を手に取る。



 斯くして、数多の特典武具を振るう<超級>達の死力を尽くす戦いが始まった。



 To be continued


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惜しい……!兄妹対決のチャンスが
[良い点] 〈超級激突〉
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