青年移民者、トラニアへ行く
ここはアベナ。
アベナは世界神の執務室であり、どの世界よりも先に存在し、また最初に始まった場所である。
そのアベナを中心として、無数の世界が宇宙全体で輝いている。
アベナから見えるすべての世界の中には、強烈な光とともに爆発して消える世界もあれば、静かな光とともに今まさに姿を現したばかりの世界もある。
その輝き一つ一つに意味があり、輝くたびに世界は創造の循環を続ける。
この壮大な光景は、世界神が許した無限に繰り返される約束であった。
まるで羊飼いが笛で羊を呼ぶように、世界神はアベナであらゆる世界の消滅と創造を集めている。
世界神の次に位置するのは八権神である。
八権神は出現した順序によって、最初の三権神は上帝、その後に現れた五権神は下帝に分けられ、世界神の前では宰相の地位を与えられている。
始の八権神は順番に、皇金、諸銀、侯銅、宰輔、宰臣、宰樞、大臣、相公を意味していた。
すべての世界の創造文献では、この八権神を世界神が世界を作る際に用いた八つの財宝であると紹介している。
今、八権神は全員が元いた位置から一歩前へ出て並んでいた。
世界神の前にトラニアの問題が届けられた時、トラニアはすでに創造循環の過程における滅亡の段階に入っており、どのような問題であってもその意味は滅亡を超えることはできなかった。
消滅の後には創造が待っている。
そして世界神は、その秩序の前に例外を置かない。
それは、
「トラニア消滅反対請願書」
だった。
状況を理解した上でも、その挑発的な例外こそがこの請願書だった。
アベナの一角に備え付けられている申請書類箱を見れば、消滅反対請願書という書類自体は存在する。
ただし誰も利用しない書類であったため、これまで一度も使われたことがなかった。
消滅反対請願書とは、いわゆる書類一覧の体裁を整えるためだけの書類に過ぎなかった。
それでも申請書が作成された以上、その請願書は世界神の執務机の上へ置かれた。
トラニア消滅反対請願書には、トラニアの聖神ガブリドとトラニアの魔神エティティドの印章が押されていた。
「聖神と魔神は、これほど仲が良かっただろうか。」
「前例がありません。」
世界神が尋ねると、第一権神である皇金が代表して答えた。
「普段から仲良くしていればよいものを。」
世界神の言葉に、八権神は何も言わずに深く頭を下げた。
「ガブリドとエティティドを呼びましょうか?」
第二権神である諸銀が静かに尋ねた。
「さてな。」
しかし世界神は乗り気ではなかった。
アベナに音が存在しないわけではない。
「ドォン! ドォン! ドォン!」
むしろ世界が動くたびに生じる巨大な音によって、周囲は壮大な規模で絶えず騒がしかった。
しかし、その騒音でさえ世界神が話す時には、その言葉を避けるように静まり、自らを隠した。
「トラニアの請願どおりにしよう。」
世界神はそう告げた後、空に浮かぶ世界群を見上げた。
それに対し八権神は丁重に礼をし、後ろへ下がりながら執務室を退出した。
執務室を出る時には八の権神がいた。
しかしアベナを静かに歩くその途中で、一人足りなくなっていた。
八権神のうち第八権神である相公の姿が消えていた。
動きのない空間。絶対的な静寂の空間。
アベナは再び静まり返った。
トラニアで異世界移民が発生し、異世界からやって来た一人の移民がトラニアの地に立った。
年齢は二十歳の青年である。
レベルは当然ながら01だった。
異世界勇者召喚ではなく、ただのごく普通の異世界移民だったからである。
そもそもトラニアには既に異世界から召喚された勇者が存在しており、勇者の重複召喚は不可能だった。
実のところ、すべての世界が異世界召喚という抜け道によって生じた問題の後遺症に苦しめられていた。
そして現在、世界神は異世界召喚を全面的に禁止している。
しかし異世界召喚という甘く容易な問題解決法に依存した人々が、それを簡単に手放すはずがなかった。
様々な方法を試した末、悪い方向へ知恵が回る魔法使いたちは、ついに抜け道の上にさらに抜け道を重ねることに成功した。
つまり異世界召喚ではなく、異世界移民である。
文字どおり、別世界の人間を移民という形式で呼び寄せることを意味していた。
ただし移民制度の強制規定により、レベルは必ず1から始まる。
そのため移住後にレベル上げが必要になるが、レベル1の異世界人は固有属性がリセットされるため、新たな属性を追加する上で有利だった。
だからこそ異世界移民なのである。
もちろんレベル1の異世界人の生存率は一パーセント程度しかなかったが、元の世界への未練がない人々は、新しい人生を始めようという考えで異世界移民を受け入れていた。
また移民という方法は、トラニアに元々存在していた者たちとの力の均衡を大きく崩さないため、異世界召喚よりも危険性が低いという利点もあった。
何より、無秩序な異世界召喚によって世界神の怒りを買い続けた時期の直後であり、異世界移民が黙認されていること自体が幸運なことだと考えられていた。
異世界移民。そしてレベル1の青年。
彼は今、プラムス・ダンジョン都市郊外の森の中でプラムスと対面して立っていた。
「ここが俺の活躍する舞台というわけか。」
自分がレベル1であることは理解していたが、異世界召喚アニメを数多く見てきた青年は、今何をすべきかすぐに察した。
青年の目の前、遠くに都市が見える。
ならば向かう。それが召喚された者の基本常識である。
そうして胸を躍らせながら森を歩いていたところで出会った。
「あなたは私の骨の髄まで愛してくださいますか?」
エメラルド色の瞳が陽光を受けて美しく輝いている。
青年の前に現れた相手は、まだ男性か女性か判別できない距離にいた。
しかし聞こえてくる声から判断するなら女性と思われた。
「愛とはあなたの瞳の中へ入り込み、頭の中をかき回し、心臓をつかみ、そして最後にはあなたの心を閉じ込めるものなのです。ええ、もちろん。私は今、あなたを愛しています。」
エメラルド色の瞳はさらに激しく輝いていた。
反対に、突然求婚された青年は混乱していた。
しかも生まれて初めて訪れた見知らぬ土地プラムスで、初めて歩く森の中でこんな目に遭うとは夢にも思わなかった。
「ですが、僕たち今日初めて会ったばかりなんですけど!」
ついに青年は力を込めて抵抗する。
「ほっ。ほっ。ほっ。」
しかし区切るような笑い声と共に、返事の代わりにゆっくり距離を詰めてくる彼女。
「だめです! 来ないでください! あなた、本当に骨しかないじゃないですか!」
青年は悲鳴のように叫んだ。
その通りだった。
青年の前にいるのは、陽光を受けて美しく輝く骨だけが残った女性の骸骨だった。
しかもアンデッドである。
それもスケルトンという魔物が真昼間に歩き回っていること自体、おかしな状況だった。
昼はトラニアの聖神ガブリドの時間である。
魔物はトラニアの魔神エティティドが支配する夜に属する存在であるため、昼間に活動することは本来不可能だった。
青年はおずおずと後ずさりする。
骨の女性は大股で青年へ近づいてくる。
「それで、あなたは私を骨の髄まで愛してくださらないというのですか?」
今度はエメラルド色の瞳が赤く染まり始めた。
女性の骸骨が怒っているように見えたため、青年の胸に恐怖が押し寄せる。
だが、骨でできた愛はあまりにも硬そうで、きっととても痛そうだった。
青年には冗談であっても受け入れる勇気がなかった。
「今月に入ってもう十人目の失恋……。いったい何が問題なんですか!? 出会いを求めてわざわざ昼に来てみたというのに……。あなた、そうです……あなたが悪いんです!」
骨の女性は勢いよく両腕を掲げた。
「うわあっ! も、問題は僕じゃありません! それ以前に肉が全然ないじゃないですか! そもそも夜に出るはずの方が、どうして昼間に歩き回っているんですか!」
交渉は決裂した。
愛が砕け散り、その場にもう男女はいなかった。
そこでは、青年の命を担保にした会話だけが続いていた。
「あなた……あなたが私の愛を……。あなたを壊してしまいます……。」
骨の女性がますます近づいてくる。
肉の男性はますます後ずさる。
「ひぃっ……。」
青年は愕然とした。
青年のレベルは01。
この状況から自力で脱出することは不可能だった。
そのため、異世界移民としての人生がここで終わる気配すら見え始めていた。
どうせ青年は異世界召喚ではなく異世界移民。
勇者召喚ではなく一般移民。
金持ちかどうかを語る以前に、そもそもスプーンそのものを持っていないような状況だった。
「骨姫ボンヌ。もうその辺にしておけ。」
青年の首にボンヌの長い指骨の先端が届く直前、女性骸骨の背後から別の女性の声が聞こえてきた。
青年は希望を感じ、声のした方を見た。
そして青年の目に映ったのは、女性剣士と男性司祭の二人組冒険者パーティーだった。
「ちっ。」
骨姫ボンヌは突然現れた二人組冒険者を見ると、存在しない舌で舌打ちした。
「はいはい。私の負けですね。」
そう言うとボンヌは降参の意味で両腕を高く上げ、素直に後ろへ下がった。
やがてボンヌがマントを羽織るような仕草をすると、いつの間にか現れたマントがその身体を包み込んだ。
「そもそも骨しかないのに、なんでそんなに恋愛話ばかりしているんだ?」
女性剣士は呆れた表情を浮かべた。
「し、失礼な発言ですね! ふん! 名誉毀損で訴えますよ!」
ボンヌは負けじと言い返した。
「前回の騒動もまだ収まっていないのに、また問題を起こすなら成仏させるしかないな。」
男性司祭は魔法の杖を高く掲げた。
すると聖なる光の魔法陣が杖の上に現れ、成仏させる対象へ向けて光線を放った。
「何なんですか!? 今何をしているんですか!? 集団いじめですか!? Sランク冒険者二人がかりで、か弱い女性に暴力を振るうなんてぇぇぇ!!!」
ボンヌは悔しさのあまり地団駄を踏んだ。
女性剣士は呆れた表情のまま、男性司祭の行動を止めた。
杖の上に浮かんでいた魔法陣が消える。
その間に女性剣士は座り込んでいる青年のところへ歩み寄った。
「大丈夫?」
女性剣士は青年の肩を優しくつかむと、自分よりずっと重い青年を何事もないように軽々と引き起こした。
「すまなかった。まさかこんなことになるとは思わなかったんだ。」
女性剣士は謝罪した。
しかし、その表情はあまり申し訳なさそうには見えなかった。
「いえ! 助けてくださってありがとうございます! もう少しで死ぬところでした。このご恩をどう返せばいいか分かりません。本当にありがとうございます!」
青年はさらに丁重に頭を下げた。
「気にしなくていい。お礼を言われるほどのことじゃない。」
女性剣士は片目を閉じて、いたずらっぽく微笑んだ。
「ボンヌは愛を求めているだけで、人を殺したりはしないから。」
「えっ???」
女性剣士の言葉を理解できず、青年は戸惑った。
そもそも魔物に名前がついていること自体がおかしかったし、この二人の態度も奇妙だった。
普通であれば魔物を見たらまず討伐するものだが、青年から見る限り、その過程が完全に抜け落ちていた。
「それじゃあ……?」
青年は疑問を込めて再び尋ねた。
「ほほほ。改めて自己紹介いたしましょう。私はプラムスのSランク冒険者、骨姫ボンヌです。どうか覚えてください。そしてあなたの瞳の中に私を留めてくださいますように。」
ボンヌはそう言って自己紹介をした。
「……。」
青年は言葉を失った。
「私は冒険者エド。そしてこちらは……。」
エドは右手を上げながら男性司祭を紹介する。
「初めまして。聖神に仕える巡礼司祭、ガードだ。」
ガードはエドの紹介に合わせて自ら名乗った。
「Sランクの骨……。」
魔物だという認識が強かっただけに、青年にはボンヌを受け入れることが難しかった。
「骨ですって! 女性に対して失礼ですよ!」
ボンヌは青年の言葉に再び目を輝かせながら抗議した。
「今日来たばかりなんだ。当然知らなくても仕方ない。」
エドはボンヌをなだめた。
「私たちと一緒に来た方がいい。話すべきことが多い。異世界移民者よ。トラニアへようこそ。」
ガードは簡潔に、青年が移住してきた異世界の名前がトラニアであることを教えた。
しかし、すでに衝撃吸収装置が壊れてしまったような青年の頭は、何一つ考えることができなかった。
ダンジョン都市プラムスへ入る入口は、検査を受ける人々で常に混雑していた。
そのため、検査にかかる時間が長くなる問題は今に始まったことではなかった。
誰もが問題を理解していたが、人員を増やせば増やした分だけ訪問者も増えるため、混雑そのものを解決する方法はなかなか見つからなかった。
それでも高ランク冒険者は顔そのものが認証証明となるため、検査手続きを省略して通過することができた。
Sランク冒険者であるエド、ガード、そして骨姫ボンヌは、プラムスで知らない者がいないほど有名だった。
当然、この三人は検査なしで通過できる。
高ランク冒険者とは、強力な魔物から都市を守る特殊部隊のような存在だった。
高ランク魔物が出現した時に、検査の列に並ばされたせいで討伐が遅れるという騒ぎは、一度経験しただけで十分だった。
もし青年がいなければ、彼らを呼び止める度胸を持つ兵士などいなかったかもしれない。
責任感が強く、芯のしっかりした一人の兵士が一行を呼び止めた。
「その……えっと……エド様。この青年はどなたでしょうか?」
しかし責任感が強く芯がしっかりしている割には、続く声は非常に小さかった。
幸い耳の良いエドは兵士の問いを聞き取り、足を止めて振り返る。
「ああ……今日もご苦労様です。」
「はい。ありがとうございます。申し訳ありませんが、ご一緒されている男性の冒険者登録カードを拝見できないかと思いまして。」
兵士は青年に質問していたが、エドの許可を得る必要があると感じたらしく、顔はエドの方を向いていた。
「いや、今日初めて来たんだ。ただ……。」
エドは言葉を濁しながらボンヌを見た。
「ただ……?」
兵士も同時にそちらを見ると、ボンヌが顔を赤らめた。
正確には、人間でいうえくぼの位置にある骨の部分へ、二つの赤い円盤のようなものが浮かび上がっていた。
「私と結婚する間柄なんです。」
ボンヌは照れたように明るく微笑んだ。
「ぶはぁっ! えっ!? 今なんて言ったんですか???」
ボンヌの発言に、青年の口から盛大に空気が吹き出した。
「おおおおっ! おめでとうございます! 万歳! ついにプラムスの慢性的な問題が一つ解決されるんですね!!!」
その言葉に兵士たちは喜びの歓声を上げた。
そういうことだった。
ボンヌの恋人探しは昨日今日始まった話ではなく、一部の男性にとっては心身両面に深いトラウマを残した事件でもあった。
つまり、ある意味では極悪非道な事件の解決でもあったのである。
「そういうことですから。どうぞよろしくお願いしますね。」
しかし当のボンヌ本人は良心の呵責など感じておらず、むしろ青年のことをよろしく頼むという厚かましい言葉まで残した。
「もちろんです! 冒険者登録カードなど問題ではありません。どうぞお入りください!」
兵士たちは青年の身元確認をやめ、幸せそうな表情で持ち場へ戻っていった。
その足取りはかなり軽く見えた。
「これもまた皆のためなのだ。」
ガードは青年の肩に手を置き、励ますように叩いた。
「ほっ。ほっ。ほっ。」
ボンヌは上機嫌に笑った。
そしてその様子を見ていたエドは苦笑しながら、気まずそうな表情を隠すように先に歩き出した。




