第4話 そんな姉が私は嫌い
私には姉がいた。正直、血が繋がってるなんて思いたくなかった。
私が心臓の病気で入院してる時、姉は毎日と言っていいほどお見舞いに来た。
きっと母に買ってもらったのだろう、フルーツの盛り合わせを担いでタイミングを見計らったように病室に入り、こっちのベッドに来ていつも話しかけてくる。笑顔を繕っているが、正直鬱陶しくて仕方がない。
いつもへらへらしてるの。身体中痣だらけなのに。
いつも無理矢理笑ってるの。包帯をぐるぐる巻きにして。
いつも元気そうなの。元々そんな性格じゃないくせに。
そんな姉が、私は嫌い。
「へくちっ」
結月がくしゃみをこぼす。
「くしゃみしても一人ってか・・・」
「字足らず」
「うるさいよ。せめて表出て喋らんかい」
「しっかし、あのお嬢様がくしゃみとは珍しいですね。誰か噂でもしているんでしょうか」
「いい噂だといいなぁ」
「ですねぇ」
「ちなみにあのってどの?」
「貴女のような勘のいいガキは嫌いですよ」
部屋の両脇に木製のベンチが並び、その間に赤い絨毯が敷かれている。その先には三又の燭台が置かれた祭壇がある。
「あ゛ーーーー」
「教祖様。うるさい」
ベンチには純白に金の刺繍が入った修道服を着た少女が奇声を上げながら横たわっていた。
「どのくらいうるさいー?」
「アブラゼミ10匹が集まって閉鎖空間で一斉に鳴いてるくらい」
「そんくらい我慢してよ」
「嫌だ。それにほら」
扉が開く音がする。
「あら、本日はどのようなご用でしょうか」
「切り替え早」
うるさいと言わんばかりに、少女は踵で男を蹴る。
「今日は懺悔を聞いてもらいたくて・・・」
「わかりました。ではこちらにどうぞ」
少女は来訪者を連れて、奥にある部屋まで歩いて行った。
「天音。暇だよ私」
「そうですか」
「冷たいね」
「気温ですか?」
「君の話だよ」
狭い懺悔室。
密室空間に男女が二人きり。当然何も起こることはない。
両者の間にはホームセンターの材料で作られた仕切りが置かれている。ベニヤ板に大きな穴を開けて飼育小屋などの金網を付けただけの簡易的な仕切りだ。両者の顔が見えることはない。
「実は・・・ですね」
「はい」
「教祖様って、とても美しいではないですか」
「ありがとうございます」
少女はかなりの高身長だが実年齢は九歳である。どうなってるんだろうなこの家族。
「それで・・・ですね」
「はい」
「その・・・教祖様を見ていると・・・ですね。その、下品なんですが・・・勃起・・・してしまいまして」
「はい?」
少女は男性の言葉に耳を疑った。
何故それを私に言いに来た?もしかして爆弾魔だったりする?というかそこモナリザじゃないんだ?等様々なことが頭の中を巡る。
「もしかして幽波紋とか持ってます?」
「すた・・・?何のことですか?申し訳ありません。教祖様の年齢はわかっていますが私流行には疎いものでして・・・」
男性は話を続ける。
「それでですね。先日教祖様が《自主規制》する姿を想像してしまい、それで自慰行為をしてしまいましてそれはそれは《自主規制》が《自主規制》で《自主規制》と感じてしまい、天にも召されたような感情を抱いてしまい、あまりの快感からもう一度 《自主規制》してしまいまして」
「・・・本当に申し訳ありません。もう結構です」
「それでですね」
「あーもう!アガサ!この人引っ張り出すの手伝って!」
「嫌だー」
「殺すよ!?」
少女は速やかに男性を追い出した。
その後、男性がどうなったのか、彼女達が知る由もない。
私には妹がいた。
あっちがどう思ってるか知らないけど、私は妹のことを大切に思っていたと思う。だが今やそれももうわからなくなってきた。自分のことすらわからないのだ。身内だろうと、人の思いなんてわかるはずがない。
私が病室に入ると、彼女は少し嫌そうな顔をする。本人はうまく隠せているつもりだろうが、私にはわかる。あれは嫌悪を抱いた目だ。
何も、生きる価値すらも持っていない私と違って、妹は特別な力も、才能も持ってた。だから、うちの家族の中では彼女の待遇や使用人の態度が比較的良かった。
といっても、その理由は九割九分私欲を満たす為だろう。
彼女は人の願いを叶えることができた。もちろん、叶えられることにも限度はある。だが、彼女の能力は重宝された。何故かといえば、コスパが良かったから。
町外れの神社にいる呉羽さんは生贄を必要とするが、それと違って彼女のものは特別代償は必要無い。必要なのは、彼女の気力だけ。だから、病室にはいつも誰かが彼女に話しかけていた。それでも律儀に話を聞いて、叶えてしまう彼女が怖かった。いつか力を使い果たして死んでしまうんじゃないかと、それだけを考えて、夜も眠れない日だってあった。弥生ちゃんとか、天音とか、両親とか、眠れるまでそばにいてくれたり、励ましてくれたりしたけど、それでも不安なものは不安だった。
無理してる彼女に生きて、いろんな景色を見てほしいと思って私は手術をお願いした。
でも、私はきっと、あの子の全てを奪ってしまったんだ。
「天音」
「何でしょう」
「芭月は今、どこで何をしてるんだろう」
「さあ。知りませんよ・・・知ってたまるもんですかあの人のことなんか」
「「あ゛ーーーーーー」」
「二人ともうるさい」
「「どのくらいうるさいー?」」
「セミが2倍に増えた」
「私が虫嫌いなことわかってその例えしてる?」
「うん」
「「うわーアガサくんひどーい」」
「教祖様はともかく百草はわざと言ってるでしょ」
「ばれた?」
少女と、少女が着るそれよりも質素な黒い修道服を着て、レンズが小さいサングラスをつけた少年が上下に重なってベンチの上に奇声を上げながら寝そべっていた。
「そういえば教団って俺たち呼んでるけど、正式な名前ってまだないよな」
「急だね」
「今決めようぜ」
「・・・幸◯の化学」
「ダメ」
「じゃ統◯教会で」
「それはもっとダメ」
「じゃあ・・・エホ」
「全然ダメ」
「あー・・・保留にするか」
「さんせー」
「それでいいんだ」
「「あ゛ーーーーーー」」
「二人ともうるさい」
「「だって暇なんだもーん」」
私には姉がいた。本当に、ほんっとに不本意だが血が繋がっている。
才能もないくせに、魔法を使うなんて言い出すし。
急にどっか行って、一日帰ってこなくて、家族に心配かけた挙句ボロボロで見つかったこともあった。
私の誕生日にケーキを買うって言って、ケーキがぐちゃぐちゃになったこともあった。
母が帰ってこないとき、夜までに帰ってくるって私にずっと言い聞かせて、結局帰ってきたのは明け方なんてのもあった。
そして私は、あの人に力を奪われた。
一目見て分かった。あの人は、私の能力を、未来を、すべてを奪ったって。
嘘つき。彼女も所詮私欲を満たしたかっただけなんだ。
そんな彼女が私は嫌い。
それでも、いつも傷だらけなのに、私は大丈夫って言っていつも無理してる。多分、私に気を遣わせないために。
私に会う人はみんな私欲でいっぱいなのに、そんなことない、あの純粋な目が嫌いだった。純粋な好意が気持ち悪かった。そんな目で見られることが、自分を正気に戻してくるような気がして怖かった。
そんな姉が、私は嫌い。大嫌い。
本当に?
本当にそう思ってる?
私はそれでいいの?
違う。違うの。ほんとはね?あの人と心から笑いあっていたかったの。
そんな些細な本心に私が気付くのは、もう少し先のことになる。




