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ミリオン・ノベル・チャレンジ  作者: 潮路
1-A:脳内会話
4/7

脳内、春のBAN祭り

 

 その男の身体には、どこかしらに生傷があった。

 誰かと喧嘩をしたという訳ではない。

 むしろ、仏のような慈悲深さと穏やかさを持っている故、喧嘩を売るに売れないという話すらもある。

 筋肉の付き具合からして、鍛錬をしているという訳でもないし、何らかの病気という線もない。

 不思議に思った知り合いが、生傷の原因を聞いてみると、男はこう返したという。


 産まれた時からずっと、頭の中の天使と悪魔が争っているんだ。争いの結果が、これさ。



 左脳が都合よくコンビニから帰ってきたことについて、脳内効率委員会のどの細胞も不思議とは感じていなかった。

 神経の伝達速度に比べれば、たった数十の細胞間の距離など、赤子のハイハイ一回分に等しいのだ。自分の住んでいる領域エリアを破壊されるとなれば、抗議にやってくるのは自然の流れとも言える。

 カンペがなければろくに世辞すらも言えない委員会の代表が、事情の説明をする。


 この領域エリアの所有主であります、「左脳区画セル・A43F21」様ですね。私達は、脳内の情報整理を最適化するために派遣をされました。元々はほんの状況確認程度で終わる想定でしたが、大変不本意なことに、このような対応を取ることとなってしまいました……


 申し訳なさそうに頭をさげつつも、ちらりと右脳を睨む。


 こちらにいます細胞「右脳区画セル・B2F3C5」が、脳内の規約を無視し、生産性が著しく劣っている作業を実行しておりました。具体的には、これでございますが……


 そう言いつつ、代表がA4のノートをぞんざいに投げ出した。中に書かれているのは、荒唐無稽な文章、というより文字列に近いものの殴り書き。右脳が「将来の設計書」と呼んでいた代物である。それを見た、左脳はふん、と軽く唸った。


 これは立派な違反行為であり、厳罰に処さなければならないことは、聡明な左脳の貴方なら理解していただけている認識です。このような生産性の著しく低い作業を行うことで、容量リソースを浪費するのは、好ましいことではありません。また、規約を無視した行動は、周囲の細胞にも負荷を与えるのです。我々には歪みを修正する義務があるのです……


 うんうんと頷く相棒の姿を見て、右脳は項垂れた。

 なんということはない。向こうが正しくて、自分が間違っていた。そして、左脳が正しい方についただけのこと。ただ、それだけの話である訳だが、それを受け入れるだけの利口さは、右脳にはなかった。


 以上の経緯をもちまして、この領域エリアを消滅させることと相成りました。無論、貴方の所持している課題を解決した後の作業となりますし、それよりも優先してやらなければならないことがございます……


 代表が目くばせをすると、黒服の細胞が電極がついたヘルメットを右脳の頭に装着した。

 両腕を押さえられた状態では、逃げることは出来ない。それ以前に、左脳に見限られて傷心の右脳には、逃走を行う気力もなかった。

 起動に使う合図は、分かりやすい程にシンプルな、ボタン型のスイッチであった。ポチッと押せば、すべてが吹き飛びそうな代物だ。


 左脳は欠伸をひとつした。最初、それを見た誰もが、さっさと作業を終わらせてくれという意思表示なのだと思っていた。

 だから、続けて発した言葉を予想出来た者は誰もいなかった。


 そんなことだから、主様マスターが暇を持て余すんだよ。



 もしも、脳内効率委員会が木偶の集まりであったならば、この物語はここで終わっていただろう。

 左脳の呟きなど気にも留めずスイッチは押され、右脳の情報修正は達成されていただろうし、そうなれば、左脳も潔く元の生活に戻っていたに違いない。

 そうならなかったのは、「検閲(BAN)集団」の異名を持つ、脳内効率委員会のプライドの高さによるものだろう。彼らは、自分達への批判を絶対に許さないのだ。


 何か、言いましたか。


 うん。私達の主人マスターがこの10年間、まったく成長の気配を見せることがなく、ナンセンスな短編小説を書いては悦に浸っているが、結局満足できずに悶々としている理由は、貴方達にあるって、そう言った。


 想定外の出来事に弱いことに定評のある代表の顔が、見る見るうちに真っ赤になっていく。

 言葉をうまく伝えることが出来ず、口を半開きにしながらなにやらモゴモゴと呪文のようなものを唱えているが、左脳はどこ吹く風だ。右脳はと言えば、完全に放心状態である。

 

 き、き、貴様、今、自分が何を言っているのか、分かっているのか。左脳のちょっといい組織の端くれだからって、調子に、乗るんじゃあないぞ。これは、立派な規約……


 辛うじて言葉を紡ぎだしたが、それは全くの逆効果であった。

 左脳は口元こそはにかんでいるが、目は完全に真剣そのものである。

 なんとか意識を取り戻した右脳は、左脳の顔をみるなり、顔を手で覆った。この後に待ち受けているであろう光景を、見たくなかったからである。


 そうかい、そうかい。それじゃあ、こっちもはっきり言わせてもらうけど。

 脳内効率委員会とか、こっちが恥ずかしくなるようなネーミング、やめてもらえる?

 

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