09、占い
正午。
もはやアンジェラという名を失った女は、暗い部屋に居た。自宅を真っ暗にしているわけではない。そこは、占い師の部屋で、これから自分を占ってくれる有名占い師を待っていたのだ。
四隅に設置された台には、蝋燭が立ててあり、その炎を消してしまえば無明の闇が訪れるだろう。四つの蝋燭たては、金属製。二つが古いもので、残りの二つが真新しいものに見えた。
床はつるつると光沢があるもので、蝋燭の光を反射して光ってる部分がある。上を見てみると、まるでテントの中に居るようで布に覆われており天井は見えなかった。
自分が座る座布団の目の前には、占い師が座るであろう座布団が置かれている。
江夏なつみは部屋の真ん中あたりで正座して、緊張していた。
なお、夏だというのに冷房が無いようで、めちゃくちゃ暑い。
一つ、フゥと大きく息を吐く。
ずっと正座していたら足がしびれそうだと思い、ようやく足を崩す。いわゆる女の子座りになった。
午前中、自宅のテーブルで春木すばるの名刺を見つけて、春木に電話した。
「酔っ払っちゃってたみたいで、ごめん」
そして、
「まったく憶えてないけど、何も変なことしてないよねぇ」
さらには、
「机の上に置かれてた名刺見てさ、春木くん、梢ありっさと知り合いなの?」
そういった謝罪や質問をした。
春木すばるは電話越しに彼女に向けて言った。
《占い師に見てもらいなよ。どうも秋川は幸せになれないとかって誰かに言われたのが気になってるみたいだからな。秋川が外に出られない肉体になってるなら、江夏を見てもらうだけでもいいし》
江夏は小声で、
「うん、そうだね。ちょうど暇になっちゃったし」
《ん? 何か言ったか?》
「え、いやあ、なんでもない。それじゃ、みてもらってくるね」
《ああ、がんばれよ。梢さんには僕から話を通しておくから。いつの何時くらいに行く予定?》
「えーと、今日行きたいな、なんて。時間は、んー正午くらい」
《急だな。いやしかし、なんとか調整してもらえるように頼んでやるよ》
「ありがと、部長」
《残念、もう係長だ。いや、まだって言った方がいいかな》
「それじゃあね」
《ああ、またな》
通話を終え、江夏なつみは呟く。
「若くして係長か。さすがね春木くん」
そんなやりとりがあって、今、江夏なつみはここに居る。
ふと、春木と占い師さんはどういう関係なんだろうと考えていると、黒紫の幕の隙間から、占い師が登場した。
別に黒いローブを纏ってるとかそういうわけではなく、普通の格好で、ミュージシャンがエフェクター入れて持ち歩くような四角いケースを手に、目の前の座布団に座った。
開口一番、髪の長い占い師は言った。
「……見えないね」
「え?」