48、あいにゃん消滅を願う
二階へ続く壁も、江夏の蹴りで破壊した。
まるでお通夜状態。沈黙のまま階段を上り、円魔さんの前に出た。
大きな男だった。身長五メートルはあろうかという大男だ。いかめしい顔の眉間にはしわがあり、ハの字に開いた整った口ひげと、妙に長いあごひげをたたえていた。極太の眉に鋭い目。黒い装束に身を包み、巨大な椅子に足を組み、頬杖をついて座っている。
威圧感が、半端じゃなかった。
桃井もこと、柊あんじぇらが江夏なつみの小さな背中の裏に隠れるほどに。
前に立つ江夏も、その迫力に気圧されて、縮こまっていた。
円魔の第一声は、以下のものだった。
「もういいのか、あい」
あいにゃんに向かって言ったようだ。低い声が、六人の腹の底に響いた。
「はい。もう、過ぎるくらいに、楽しい日々を過ごせました」
「そうか」
そして、あいにゃんは江夏のほうに向き直り、
「さあ、その足で、罪深い私を消してください。根絶計画を、根絶してください」
両手を広げてその場で目を閉じた。
「半霊体、この曖昧な存在を、はじめから無かったかのようにしたいから、お願いします。私を消せるのは、あなたしか、いません」
「で、でも……」
何でこんなことになっているんだろうと、江夏は信じられない心持だった。桃井もことあんじぇらを連れ帰ることが目的で、それ以外のことは考えてなくて、霊界で暮らす人を消そうなんて、これっぽっちも考えていなかったのに。
「まいぬー。今まで、ごめんなさい。もこぴーもまこたんも、いっぱい叱っちゃってごめんね」
あいにゃんは、それっきり黙って、目を閉じた。
江夏は迷う。どうして自分が、そんなことをしなければならないのか。
誰のことも消したくなんかないけれど、ここまで真剣に消えたいと願う人なら消してあげるべきなんじゃないかとか、でもそれは相手を殺すということになってしまうのではないかとか。
もはや、どうすれば良いのかわからない。不思議な力を持った黄金のサンダルなんて捨て去ってしまいたかった。
どんな人でも死を選んではいけないと江夏は思う。でも、既に人でないなら、人と同じ感覚で語ることなんてできないんじゃないか。江夏は死なない体になったことが無いから、どういう気持ちになるのかなんてことを真に理解することは不可能だ。
だから、消えたいという彼女の言葉に対して否定も肯定もできやしない。
たとえば、消えることがよろこびだと感じる人も居るのかもしれない。それでも、江夏は、彼女を消したくないけれど、同じ目線に立てない以上、安易な説得なんか無意味だと思う。それでもやっぱり、江夏は彼女を消したくない。
「ど、どうしても?」
「どうしてもです。この時まで、ずいぶん待ちました。誰かが私を消してくれる可能性。それを知ってから、円魔さんの目を盗んで、いろいろ工夫して、そして、今やっと、私を消してくれる人が現れた。たぶん、円魔さんは、全てを知ってて私が消えることを許してくれてたみたいだけど」
円魔は黙っている。
「さあ、消して。お願い。私は、もう死んでいるようなもの。他の半霊体だって、死んでいるようなもの。屍が動き回っているようなもの。そういう不自然を何とかできるのが、世界に一人だけしか居ないとしたら、その一人はそれをするしかないの。死んで生まれ変わって……というのを繰り返す人から見たら不幸なことなのかもしれない。消えたらもう二度と戻って来られないわけだからね。でも、もう終わりにしなくちゃいけない。新しい仲間を生み出してしまう根絶計画なんてものも、終わりにしなくちゃいけない」
「だけど、誰かを消すなんて……」
「じゃあ、こうしましょう。あなたが私を消さないなら、私は、あなたの愛する人に呪いをかける」
「え……」
「すさまじい呪いをかけて、地獄に落としてやる。そうなったら、あなたが私を消さなかったせい」
そんなことを言ってまで、消えたいのなら、と江夏も覚悟を決めた。本当に秋川に呪いをかけられては困るというのもある。地獄になんて行って欲しくないというのもある。しかし、それ以上に、本気で消えたいと誰よりも強く願っているであろう彼女を、消してあげたいとようやく思えた。
「じゃあ……」
江夏は、構えた。中段蹴りを繰り出す準備動作。
「いくよ!」
蹴りを繰り出した。




