36、誰に似たんだか
少しだけ自分の写真が増えた居間に招かれた江夏なつみは、出されたお茶や大好きな菓子に口をつける前に、あらためて謝罪を表明した。
土下座である。
畳に頭を押し付けて、くぐもった声を出す。
「ごめんなさい」
母は、「顔を上げなさい」と言った。
「はいっ」
娘はピッと背筋を伸ばした。
「手紙で送ってきたのは、大半が嘘よね」
「うん。ごめん」
「一緒に逃げた男とは?」
「一緒に暮らしてる」
「ちゃんと、ごはん食べてる?」
「うん。自炊できるようになった」
「仕事は?」
「んーと、クビになっちった」
「何の仕事してたの?」
「んと……えと……」
「そういう仕事ね。格好を見ればわかるわ。高いものばかり」
「え、そうかな? 地味にしてきたけど」
「はぁ……育て方、まちがったかしら」
「ううん、そんなことない!」
「それは、なつみが言うことじゃないのよ」
「でも、そうするしか、生きていく道なんて……」
「相手の人は、何の仕事してんの?」
「…………えーっとねぇ、アルバイ――」
「何もしてないのね。顔に書いてある」
「ごめん」
「それで、お金に困って、うちに来たわけ?」
「ちがう!」
「じゃあ何で」
「やっぱり、おかあさんに会って……きっと、認めてもらいたくて……」
「何を」
「あたしと、秋川のこと」
「秋川っていうのが、相手の男の名前ね。でも、認めるも何も、どうして相手の男はここに居ないの」
「骨折して入院してる」
「骨折……。あんたまさか、そういうヤクザなことに関わってるんじゃないでしょうね」
「ちがう。あたしが折ったの」
「ん?」
「蹴飛ばしたら、こう、背中から押入れのふすまに突っ込んでね、手をついた時に、ボキッって。ちゃんと食べさせてたつもりなんだけど、骨密度が低かったのかな」
「なつみ。あんた、変わらないのね」
「そう……かな。友達には、変わったって言われたけど……」
「ぜーんぜん。子供のまんま。なんか、心配してて損したけど、そんな子供っぽいんじゃ、またさらに心配だわ」
「えへへ」
「何で笑ってんのよ」
「心配してもらっちった」
「馬鹿じゃないの」
「ごめん、馬鹿で」
「まあ、元気そうで良かった。でも、これからどうするの? こっちに戻ってくる?」
しかし、江夏は頭を振った。
「向こうで暮らすとしても、やっていけるの? 仕事ないんじゃ、難しいんじゃないの?」
「ううん。さすがに、秋川も、今回は、立ち上がってくれるはずだから」
「時代が時代だしねぇ、そう簡単にはいかないだろうし」
「あたしも、仕事探すし」
「次は変な仕事はやめなね。身を滅ぼすから」
「うん」
「どうせ口だけなんだろうけど」
「ううん。そんなことないよ。なんていうか、秋川次第っていうか……」
「どういうこと?」
「だからね、秋川が、働いてくれれば、私も普通のパートとかでも大丈夫かなぁって……」
「秋川って人は、大学は卒業してるの?」
「あー……えっとねぇ……」
「してないんだね」
「うん、中卒」
「中卒ゥ?」
「いや、だって、その……」
「なつみ。あんた、それ絶対後悔することになるから。できれば、その人とは別れて欲しいわ」
「…………」
「お見合いでもしない? 良い人探してくるよ?」
江夏なつみは、頭をぶんぶん振って、
「好きなの。秋川が」
母は、呆れて溜息を吐いた。
「まったく、誰に似たんだかねぇ。確か、あんたのお父さんの母親……つまり、私の姑さん。なつみから見ると、お祖母ちゃんだね。その人がね、そういう人だって話は聞いたことあるよ。しばらくお父さんのことを育てた後に行方不明になって、たぶん男と逃げたんだろうって話。その後は、どこぞで死んだんだか」
「ああ、それで、あんまりお祖母ちゃんの話、してくれなかったんだ」
「そりゃね、似ちゃったらヤバイとか思ったんだけどね、似ないように頑張ったけど似ちゃったね。まったく」
「ごめんなさい」
「なんか、私ばっかり損してる気がする。皆勝手気ままで、可愛いのはミユちゃんだけだね」
ミユちゃん。メスの三毛猫である。この時、江夏の母と一人と一匹暮らしであった。
「ミユ、としとったね。いくつになる?」
「あんたが小学生の頃に拾ってきてから、もう十五、六年かな」
「そっか……それじゃあ、もう、だいぶいい年だよね」
「まーったく、拾ってきたのに、ほっぽらかしてどっか行くなんてねぇ。父親似なところもあるね」
「あー……」
「まぁ、あの世に行ったわけでもないから、あんま似てないか」
「お母さん」
「何よ」
「ごめんなさい」
「まったく、何度謝られても足りないし、どうせ『ごめん』とか言ったからって、私の言うとおりになんか絶対にしないんでしょ。もう知らないわよ。時々連絡よこせばいいから、勝手に生きてちょうだい」
「本当に、ごめんなさい。いままで、ありがとうございました」
「うん。でも、まぁ、部屋はそのままにしとくし、いつでも帰ってきていいからね。それから、秋川って人、怪我が治ったら一回だけでいいから連れて来なさいね」
「ん、あー、連れてきてもいいけど、あんまり叱らないであげてね。繊細な人だから」
「ところで、秋川って人の、親御さんは?」
「えっとね、ご両親が、いたはずなんだけど」
「けど?」
「いないことになったみたい」
「はぁ。何それ」
「あたしもよくわかんないけど、秋川の家、ずっと空き家でさぁ、たぶんなんだけど、家族みんな秋川のこと忘れちゃって、どっかに散ってったんじゃないかな」
「そりゃね、息子が女の子連れて逃げたとあっちゃあ、その家には居られないかもね」
「うん……」
「なつみ」
「なに。お母さん」
「今日一日くらい泊まっていくんでしょ?」
「ん、いいの?」
「まったく。別に、何泊だってしていいんだよ。ここはあんたの家でもあるんだから。まぁ、遺産はミユちゃんに相続しちゃうけどねー」
「うわ、あたし、猫以下?」
「そうよ。ずっと家に居なかったんだから。でも、ま、お金とか必要になったら、ちょっとくらいなら貸せるからね」
「わ、そっか。じゃあ本当に困ったら、遠慮なく頼るね」
「うん。まぁ、頑張りな」
「……ありがとう。お母さん」




