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6、コンゼツ根絶計画  作者: 黒十二色
第二章 自殺者根絶計画
33/54

33、いじめられ女

 わたしを笑いに来たの、と女は自嘲気味に言って、自分の髪を利き手でもって跳ね上げた。広がる髪束が、背中に戻っていって落ち着いた時、いじめ根絶計画を担当していたまいぬーは、言った。

「別に、笑うようなことじゃない。誰だって、死にたいとか、思うことがあるんじゃないか。誰だって、いじめつけてやりたいと思うことが、あるんじゃないか。けれど、された方としては、たまったもんじゃないと思うけど、あんたが、もういじめも自殺もしないって言うなら、その時は笑ってやるよ。嘲笑じゃなくて、友情の笑いって感じにな」

「わたしは、これから、どうすればいいかしら」

「償え」

 それだけ言って、まいぬーは闇に溶けるように消えた。

「償え……か。そういえば、アンジェラちゃんに、謝らないとな。いまさら……すごい、いまさらな感じがするけど……」

 と、そんな風に呟きながら、歩き出し、曲がり角に差し掛かったとき、

「あっ、え?」

 なんと、偶然なのか偶然ではないのかは誰にもわからないが、ネギが飛び出したスーパーの袋を持った江夏なつみがそこに居た。

 ばったりと、会いたい人に出会えた。

 しかし、会いたい人に出会えたというのに、女は次の言葉を発することが、なかなかできなかった。心の準備が出来ていなかったのだろう。

「こんにちは」

 江夏はそう言って、平然と、何事もないかのように通り過ぎようとする。

「待って!」

 女は叫んだ。

 江夏は立ち止まったが、振り返らない。

 それでもかまわず、女は自分の言いたい言葉を探して、そして、

「わたしが、間違ってた。ごめん、アンジェラ」

 しかし江夏なつみは、振り返らずに、

「あー、もうアンジェラじゃないし」

「本当は、ごめんなんて、言える立場じゃないけれど、許してなんて、もらえないって、わかってるけど。ごめんね。クズだったよね、わたし」

 それでも江夏は振り返らずに、

「許すよ? いいよ? あたしが許すよ? あなたくらいのクズ、大したクズじゃないよ」

 さらに、まるですべてを見透かしたように、

「死のうなんて、考えたらダメ。とにかく生きて、生きて、生き抜きなさいよ。あたしだって生きてる。あたしは最低の人たちを何人か知ってる。でもそいつら皆生きてる。あなたが生きちゃいけない理由になんてならない。逆に、生きたくても生きられなくて、消えてしまった人だって知ってる。あなたが消えていい理由なんて、無い。ここから消えちゃいけない理由が、いっぱいあることに気付くべきでしょ」

「…………」

 女はどうして死のうとしたことがバレているのかと言葉を失ったが、江夏なつみは構わず続ける。背中を向けたまま。

「たとえば、あたしには好きな人が居て、その好きな人はあたしじゃない別の女の子が好きで、そのライバルの女の子が消えてしまったときに、あたしは何もできなかった。でも、何かができたとしても、絶対に何もしなかったと思う。正直、心のどこかでさ、消えてしまえばいいって、思ってた。だから、あたしだって、人のこととやかく言えないクズに違いは無い。あたしは確かに色々と不遇かもだけど、そういう現実にふざけんなって言ったところで、なくしちゃったものは戻ってこないし、でも、割り切って生きることなら、本来誰にだってできることじゃん。どんなダメな人だって、生きてるのくらい許してもらえるはずじゃん」

「…………」

「だって、あたしが生きてるんだから……」

「…………」

「だから、どんなにいじめられても、負けちゃダメ」

「え……」

「大丈夫。必ず、すぐに、風が吹いてくるから」

 涙が出た。

 女は、信じられなかった。こんな人が居るのかと。まさか自分をいじめていた相手に向けて、ここまで優しい言葉をかけられる人が居るのかと。

 かなわない。絶対に勝てない。本当に好きだけれど、絶対に手に入らない。器が違いすぎる。

 自分は何と小さくて、愚かだったのだろうかと。

 女は、何もいえなくなった。ごめんとも許してとも、もう言えなくなった。ただ、一人、悔しそうに泣いていた。理由を上手に説明できないような涙を流した。

 やがて、江夏なつみは、女のほうに振り返り、チョコレート菓子を一箱、レジ袋の中から取り出して、投げ渡した。

 アスファルトに転がった箱は、見事、女の目前で止まり、女はそれを拾い上げ顔も上げる。

「これは……?」

「見りゃわかるでしょ。お菓子。甘いもの食べて、元気出すこと。ナンバーワンなんだから」

「いえ……もう、ナンバーワンじゃ……」

「ナンバーワンなんだから」

「……あ……うん……」

「そいじゃね」

 江夏なつみは、去っていった。

 女は、箱を開けて、中に入っていた袋も開けて、既に溶けかかっていたチョコレート菓子を口に運ぶ。

 予想通りに甘すぎた。



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