29、足止め
桂はんな、時田まこと、嶋縞子。すなわち、混野ろり雄の元同級生と、混野ろり雄につけねらわれたロリ少女と、ロリ少女の生前の親友。ロリコンに関係する三名は、足止めをくらっていた。
飛び出した混野が、どこに走っていったのかを嶋縞子は見ていて、階段を駆け上がっていったようだという話をした。
そこで、三人も階段を上がっていこうとしたのだが、七階と八階の中間あたりで、スニーカーを履いた足、その足首をおさえてうずくまっているパーカー短パン女を発見した。よく見ると、膝にすりむいた痛々しい傷が見える。
嶋縞子が、大丈夫ですか、と声を掛けると、
「うぅ。足くじいたぁ」
不覚そうに言った。
どうしたのですか、と時田まことが訊ねると、
「ええと……肝心なときにスマホが電池切れするわ、こけて足ひねるわ、われながらドジ踏んじゃった。てへぺろ」
てへぺろって何、と嶋縞子は思ったが特に気にしないことにした。
「このマンションの人ですよね」
と桂はんなは訊ねたが、答え辛そうに目を伏せた。
混野の動向も気になるけれど、怪我した人を放置して行くのも気が引けるものだろう。桂はんなは提案する。
「そうだ、さすがに混野の腐った部屋にも、救急箱くらいはあるでしょ。そこで手当てしてあげようよ」
「すみません、とんだご迷惑を……」
そして桂と嶋とで両側から支える形で肩を貸し、ロリコンの部屋へと運ぶことにする。
部屋の前に着いた時、桂はんなは「しばらくここで待っていて」と言い残して部屋の中へと消えた。酒臭い部屋を掃除しようと考えたのだ。どの道、そう簡単に救急箱的なものが見つかるとも思えなかったこともあり、酒くさいゴミをまとめてぶち込み封じ込め、救急箱も探すという方針だった。
さいわい、救急箱はすぐに発見された。リビングの机の上に堂々と存在していた。
桂は「うー酒くさー」と呟きながらも、せっせと片付け。新品の雑巾も収納の中から発見したので、それで板張りのリビングと台所を綺麗にする。夏の風物詩、Gがつく害虫が出たので悲鳴を上げながらぶったたいて潰し、手際よくあっという間に掃除を終えた。
「入っていいよ」
そう言って、三人を部屋に招き入れた頃には、いやな臭いもだいぶ薄くなっていて、今度は嶋縞子も中に入ることができた。
埋まっていたソファが掘り出されており、やじうま娘をそこに座らせて、桂はんなが手当てする。
「あたっ、いたたたっ、しみる、しみるぅ」
消毒液に悶えていた。膝に絆創膏を叩くようにパチンと貼ると、「あうぅぅ!」と小型犬の鳴き声のような悲鳴を上げた。涙目になっているところに追い討ちの湿布攻撃が足首を襲い、なんだか言葉にならない呻き声を上げる。乱暴にぐるぐるテーピングをかまして、怪我人の完成。
「おおー。お見事ー」
と時田まことちゃんが歓声。
「いたいよ、乱暴すぎだよ、なんだよ!」
ぷんすかと怒る橘たちあなだったが、すぐに怒りなんて消え去って、思いついた顔になった。どうやら、著しく切り替えの早い娘らしい。
「あぁ、そういえばコンセント貸してくれない? うちのスマホじゅーでんー」
画面の真っ黒なスマートフォンを鞄から取り出して、ぶんぶん振っていた。
「コンセントなら、そこに」
「さして」
自分で立ち上がらず、時田まことにプラグを手渡した。
「おっと、私がやるんですか? いいでしょう。任せてくださいです」
そして、時田まことがプラグを持って走り、コンセントの前でしゃがみこみ、差し込み、やってやったといった表情で振り返る。
橘たちあなは、親指を立てつつ、「おっけー、ありがと」と言って笑顔を見せた。
時田まことは、役に立つことができたためかひとしきり喜んだ後、
「それで、何であんなところで倒れていたですか?」
しかし、たちあなは、「そんなことより、おとうとに連絡しないと」と言ってスマートフォンの電源を入れていた。会話するよりも、スマホ画面の方が重要のようだ。
「あ、メールはいってる。『マンションついたよ』だって。やば、じゃあ、あの危険な女に遭遇しちゃってるかも!」
貧乳娘の桂はんなは、「危険な女?」と言いつつ顔をしかめる。
「なんかさ、玄関のガラスあるじゃん? それぶち破って入っていった女が一人。エレベーターに乗り込んでさ、ほら、エレベーターの横に階数を表示する電光板があるじゃん。あれで最上階に行ったみたいだから、うちもそこに行こうと思ったんだ。けども、階段の途中で転んじゃってさー。本当、ありがとね」
「ガラスを破って侵入とかって、尋常じゃないじゃん。何する気なの、その女」
「だから、わかんないから突き止めようと思ってたんだけど、転んじゃったの」
桂はんなと時田まことは顔を見合わせた。嶋縞子はまったく関係ない方向を見つめ頭文字Gの害虫を発見して絶句して固まっていた。
「時田まことさん」
「はい、何でしょうか、桂さん」
「様子、見に行きましょうか」
「そうですね……」
が、その時だった。
「ちょっ、まって。置いていかないで」
そう言ったのは、嶋縞子。
「だめですよー。嶋ちゃんは、ここに居てください。嶋ちゃんの身に何かあったら、私はイヤです」
「違うのよまこと」
「それに、たちあなさん怪我人なので、ついててあげて欲しいですし」
「違うの」
「何が違うですか?」
嶋は、震えた手で時田まことの手を掴んで、言った。
「虫が、こわい」
どうやら、部屋の隅にいたゴキブリを発見してしまい、すっかり怯えて、身動きとれない状態のようだ。桂はんなあたりは、悲鳴を上げるタイプだが、縞子は黙って身動きとれなくなる子らしい。まことの手を取るという動きで精一杯。
「ああ、そういえば嶋ちゃんは、虫さん大嫌いでしたね」
「特にアイツはだめなの。黒光りしていて、卑屈にかさかさ動き回るの気色悪い」
するとパーカー娘が、
「あー、わかるわかる。うちも嫌い。出たら、もー、一目散に逃げるわ」
などと足を怪我している身分で言った。思いっきり捻挫しているので、逃げるに逃げられないだろう。
桂はんなは溜息を吐いた。
「じゃあ、私が護衛で残るしかないか。うーん、混野のことは気になるし、そのガラス割り女も気になるけど、さすがにゴキの居る部屋に苦手な人二人を残して行けないか」
そもそも、ひとまず怪我人に肩を貸し、皆で部屋を出れば良いのではないか……というのを提案する者は誰も居らず、桂、嶋、橘の三名は部屋に残り、時田まこと一人で様子を見に行くことになった。
「それでは桂さん、行ってきますね」
桂はんなは、新聞紙を丸めながら、時田まことに声を掛ける。
「何かあったら呼んでね。霊界警察の人って頼りないイメージあるから」
「もこぴーさんと一緒にしないでくださいです」
「あぁ、やっぱあの子、ダメな子の部類に入るんだ」
「でも、良い人ではありますよ?」
「それだけじゃ渡っていけない世もあんのよ」
「そうですね。まぁでも、とにかく、行ってきますです」
「くれぐれも気をつけてね。ガラス割って侵入するようなヤバイ女らしいから」
「はい」
そして、時田まことは身を翻し、屋上へ向かう。
「どこ? ゴキちゃん」
「そこ、テーブルの下あたり」
直後に時田まことの背後から二人分の悲鳴とムチのような音が響いた。
玄関の扉を開けることなく通り抜け、ふわふわと空を飛んで、最上階へと向かった。
最上階に着いて、件の女はどこかと見回してみても居らず、屋上の方から叫ぶような男の声がしたので、ふわふわふらふらと空を飛び、屋上へ出た。
そこには、時田まことにとって、馴染みのある人々が揃っていた。




