28、クズ大集合
警備会社で見習いをしていた男に、緊急連絡が入った。どうやら、正当でない方法でマンションの入り口が破られたらしい。
すぐに現場に直行せよという連絡が入り、件のマンションへと向かう。
本来ならば、一人で行動するべきではないが、たまたま人手が足りず、単独で様子を見に行く。このマンションにおいては、大したことない案件で呼び出されることも多々あるということで、ひとまずこの見習いが来たというわけだ。
マンション前の二車線道路の左端に車を停めた。
警備員の制服を着た男が、ひとまず様子を見ようとマンションに近づいた時、ガラス越しに先客が居るのが見えた。その男の足元にはガラスが散乱しており、コンクリの塊から四角い看板が生えている物体が転がっているのが見えた。
ひとまず事情を聞くため、警戒しながら自動ドアを開き、足を踏み入れ、その先客に近づく。
Tシャツに丈の短いジーパンの男が一人、ガラスの割れた入り口付近で唖然としている。
「こちらのマンションの方ですか?」
警備員がそう訊くと、男は馬鹿正直に答える。
「いえ、姉ちゃんに呼び出されまして」
「ん?」
「事件のニオイがするからって、このマンションに来いって言ってて……」
「よくわかりませんが、そのお姉さんとは連絡は……」
「それっきり連絡がなくて、それで、マンションに着いてみたら、こんななってて……姉ちゃん……」
姉の無事を心配しながらも、恐ろしくてそれ以上、先に進めない様子だった。
警備員は迷う。
――何が起きたのか不明な以上、連絡して増援を待つべきだろうが、玄関がこんな惨状になっている以上、犯人には目的があるに違いない。窃盗、強盗、暴行、殺人。事態は急を要するかもしれない。ならば……。
警備員は、自分で軽率だと理解しつつも、一人、踏み込むことにした。
後から姉思いの男もついてくる。
管理人室を叩いてみても、誰も居ない。エントランスに戻り、ガラス片の飛び散り方が一定ではなく、キラキラが一方向に向かって偏って伸びているのを見つけた。それを辿ると、エレベーターまで行き着く。
エレベーター脇にあるデジタル表示板が現在箱のある階数を示しているのだとしたら、それは、最上階ということになる。
十六階。
警備服の男は、一度だけ十六階に行ったことがある。この建物は彼の管轄で、中学生が屋上への扉を無断で開けたことがあり、その時に駆けつけたことがあるからだ。
「姉ちゃん、何階に居るんですかね……」
「さあ。わからん。しかし、エレベーターが最上階で止まっているから、とりあえずそこへ行ってみよう」
ガラスを割って、エレベーターに乗り込み、最上階へと行った可能性がある。別の場所に行った後に、別の誰かがエレベーターに乗って最上階へ行った可能性も無くは無いが、その時はその時だ。
上向き三角形のボタンを押した。
箱が着くまでの少しの間、沈黙を嫌った警備員の男が質問する。
「えっと、名前は?」
「橘良近です」
「そうか、よし橘くん。もしかしたら、橘くんにも危険が及ぶかもしれない。もしも来たいのなら、来ても良いが、気をつけろよ」
「はい。姉ちゃんが心配なんで」
エレベーターが到着し、二人、乗り込んだ。
十六階のボタンを押して、扉が両側から閉じて、箱が上昇していく。
「最上階には、金持ちが暮らしているらしい」
「金持ち、ですか」
「なんでも、薬品会社の社長さんだとか、有名占い師だとか……」
「姉ちゃん、そこに入った泥棒でも追跡してるんでしょうか」
「さあ。わからん。ところで、橘くんは、いくつ?」
「二十五っす。六月生まれっす」
「え、マジ? タメじゃん。つい年下だと思って見下してすまん!」
「いえ警備員さん、そんな、謝ることじゃ……」
「なんか若そうだなぁって思って、つい、な」
「それ、俺の年齢じゃあ喜んで良いんだか何なんだかわかんないっすよ」
「おっと、それは重ね重ね申し訳ない」
そんなタイミングで箱の移動は止まり、扉が割れるように開いた。
開いた先には誰も居なかった。
「じゃ、じゃあ、行こうか」
警備員は、少々の気まずさを誤魔化すようにそう言って、歩み出た。
そのまま二人、歩いていく。警備員が先頭を歩き、その斜め後ろを橘良近がくっついていく。
「でも、犯人がどこに行ったか、わかるんすか? ガラスの破片なんて、もう見当たりませんし……」
「もしも犯人が、最上階に来たんだとしたら、屋上へと続く螺旋階段を見ておきたい」
屋上には、小さな太陽光パネルが設置されているだけで、特に何があるというわけではない。普段は立ち入りが禁じられている場所である。
「でも、わざわざガラス割って屋上になんて……何で……」
「さあ。わからん。たとえば、隣のビルに乗り移るためとか」
「アクション映画みたいでカッコいいっすね」
「あとは、そうだな……自殺、か」
「まさかぁ」
「とにかく、螺旋階段の入り口は封鎖されていて、鉄格子の門をこじ開けないと入れないようになっているんだ」
そして、その螺旋階段の前に着いた。
開いていた。
「開いてますね」
「ああ」
嫌な予感を抱えながら、警備員は上っていく。カンカンと金属の板でできた足場をリズミカルに踏んで。Tシャツにジーパンの男も続く。
風の強い屋上へ出て、二人の目に飛び込んで来たのは、柵なんて存在しない屋上の端っこに立って、空を見つめている汚い格好の男と、その男を背後から見つめている美しい白い服の女だった。
状況が読めない。何がどうなっていて、二人は誰なのか。
「待て!」
誰だとか、どうなってるんだとか、どうでも良かった。
ただ男二人は駆け出していた。屋上の端っこに立つ男が、今すぐにでも飛び込める場所に居て、また飛び込みそうな雰囲気を醸し出していたからだ。
「待て、死ぬんじゃない!」
立ち尽くしていた女は振り返った。その振り返った女の両側を通り抜けて、男のところへ駆け寄る。
「早まるな!」
月並みな言葉を吐いていた。
汚い男は、振り返らずに……叫んだ。
「しねませーん! 俺はしねませーん!」
駆け寄った二人は戸惑って立ち止まる。
汚い男は、今度は悔しそうに、
「ちっくしょ、何でしねねーんだ……」
などと呟く。
「何だって俺は、こんな、あの子が化けて出てくるくらいなのに、のうのうと生きて、まだ死にたくないなんて、思えるんだろうか」
泣いていた。雫が、屋上からはるか下方に落ちていく。
警備員と橘良近は、顔を見合わせながらも、とりあえず危険な場所から引きずり降ろそうと男の腕をそれぞれ掴む。左手を警備員が、右手を良近が掴んだ。抵抗しなかった。
ふと、なんだか生ゴミのような臭いが鼻をついて、三人は周囲を見回す。
するとどうだろう。三人の視界には、同じものが映っていた。
美しい、女だった。
闇に浮かび上がる、白い服の女。
屋上の端っこ、少しだけ周囲と比べて高くなっている部分。そこに立った。バランスを崩せば、地上に真っ逆さま。
裸足だった。正確に言えばストッキングだった。靴は屋上に脱いで揃えてある。
つまり、死ぬ気。
女は、目以外で笑いながら言う。
「あなたが死なないんだったら、わたしがかわりに飛んであげる。よかったら、わたしの分まで生きてね」
「「「ちょっと待てぇ!」」」
三人は同時に叫んだ。
そして、警備員がタックルを仕掛けた。早い話が、抱きついた。
「きゃ――」
警備員は、異常なゴミくささに顔をしかめながらも、離さず、頭をしっかりと押さえて屋上フィールドへと押し倒す。
成功した。
女性の肩が揃えられた靴にぶつかって、靴が転がった。
「死ぬ前に、俺の話をきけぇ!」
警備員は叫んだ。




