後日談・秋「補佐官」
「じゃあ、クレメンテとジャスウェルも森に来たら?」
領主様……さも当然のように言われても。
「いいんですか?!」
隣にいるジャスウェル・ラルストン補佐官は前のめりだが「辺境大森林」だ。
森へ散歩くらいの感覚で言われても、深層部は王国内でも有数の危険区域に指定されている。
本来なら護衛はどうするのか、という至極真っ当な悩みに直面するのだが……領主様は違う。
守護獣である幻蚕を従え、先の隣国からの侵攻阻止にもおそらく一枚噛んでいる。……一枚で済めばいいのだが、詳細はいまだに聞かされていないため想像でしかない。
いまだに見えない実力は如何ほどなのだろうか。
「ほら、クレメンテは?どうすんの?」
「同行しますよ。調査のために必要ですから」
そう、すんなりと口をついた事に自分でも少しだけ驚いた。
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リシアン様と辺境大森林を巡るなんて!
喜び勇んで森歩きによさそうな衣類へ着替え馬の手配をし、急ぎ準備をする。
移住して来た森の仔と呼ばれる民族の新しい住処の調査を進言したクレメンテくん、流石だなぁ。
彼らを調べてはいるけれど、実態が掴めないというか妙なんだよな。あまりにも情報が少なすぎる。
警戒するに越したことはないと思うのは、第四騎士団の職業病なのかもしれない。
「支度は済みましたか?」
控えめなノックで声を掛けてきたのはクレメンテくん。
「あぁ、今行きま……」
扉を開けてしばしぽかんとする。
おそろしく似合わない、一端の冒険者のような格好をしたクレメンテくんがいた。
どこからどう見ても文官だから、違和感しか仕事をしていない。
「ラルストン補佐官?どうしたのですか?」
自分も近しい格好をしているが、どこから調達してきたのだろうかとまじまじとクレメンテくんを眺める。
「やはりそぐわないでしょうか……。街の皆さんに見立てていただいたのですが、もう少しかしこまった方がよければ」
つらつらと語り始めるクレメンテくんは真剣そのもの。
辺境に来てから変わったなぁと思う。
いや、以前から合理主義で周りとはよく衝突していたが……辺境の地ではそれをよしとする風潮が強いからなぁ。
「いえ、いいと思いますよ?私も似たようなものですから。リシアン様のところへ参りましょうか」
薬店に着くと、リシアン様が薬師のローブを広げて難しい顔をされていた。
「えっ?あっ……もう準備できたんだ?」
少し慌てた様子で羽織るのは、照れてらっしゃるのだろうか。
金糸は上級薬師が纏う刺繍だ。きっと上級薬師である事を噛み締めていらっしゃったのだろうと思うと、胸が高鳴る。貴重な場面を見てしまった、ありがとうございます。
「……へえ、クレメンテもそういう装備品を持ってたんだ?」
リシアン様は、珍しそうにクレメンテくんを上から下まで見ている。
「街の皆さんに教えていただき揃えました」
「うん、これなら大丈夫そう。いつもの格好で来たら俺のを貸そうと思ってたけど……行くか」
私は盛大に後悔した。もし……私が文官や貴族がよく着るような格好で来ていたら?いや、恐れ多くて着れるか?無理だ……と情緒が忙しい。
いい、これでいいんだと自らを納得させた。
ただ、馬を持たないクレメンテくんにリシアン様が相乗りを提案されており打ちのめされた。
ゴルディアス様がそんな私を光の消えた目で、じっと見つめていて黙るしかなかった。
そして、辺境大森林のあちこちに居を構えることになった森の仔たちの様子を見に行く。
浅層部には子連れや、隣国の元冒険者で婿入りした者などが暮らしている。
「領主様じゃないですか!……そちらの貴族な方は?」
こちらに気が付いて声を掛けてきたのは、そんな元冒険者だ。
「補佐官のクレメンテとジャスウェルだよ。最近はどう?」
「妻と暮らし始めてから、会話が……。いや、会話はありますよ!ただ、声を出して話すってことが減ってたんで」
なるほど、会話に若干飢えていたのだなと喋り始めたら止まらないその元冒険者の話を聞く。罠猟について辺境の民と話すのが楽しい、街での買い物も前から担当はしていたが隣国とは違ってと中々興味深い話も出てきた。
隣国の事情も聞きたいなと思い、個人的に再訪しようと決める。
「こんな環境だったら、あいつらも妻子を残して出て行くこともなかっただろうに……馬鹿なやつらだ」
少し寂しそうにこぼしていた。
男女の比率がやたらと偏っているのは、滅多に男児が生まれないという特性もある。それ以上に、森での暮らしを選べなかったという環境要因もあるのだろうと調査用紙に記載した。
中層部からは年配の森の仔たちが、穏やかに暮らしており行く先々で歓待されそうなのをリシアン様が必死に断っていた。
「マジで拝むのは止めてくれないかな……」
と、ぼそっと呟いておられたが私は森の仔の皆さんに全力で同意しかないので黙っておいた。
「あっ、深層部にも一世帯いて……スノウモスルァーの縄張りも近いからそっちにも寄ってもいい?」
不意にそのようなことを言うリシアン様に「それは聞いていない」と思ったが、断れなどしなかった。あの幻蚕が巨大な群れをなしているという……かなりと覚悟がいるのですがと思うも、クレメンテくんは違うらしい。
「守護獣様にお会いできるのですかっ?」
「え?いや、お蚕さんならさっきから森の仔たちも連れてるじゃん」
リシアン様もたじろぐ勢いで質問をしている。
「いえ、領主様に従えているという守護獣様を見たいのです」
何でもリシアン様が配ったお守りを切っ掛けに、街で幻蚕モチーフの雑貨が増えている。それを見て、何かがクレメンテくんの琴線に触れたらしい。
リシアン様の「うちのスノウモスルァーが一番かわいい」という発言から、クレメンテくんは憧れを募らせていったという。
何でも幼少の頃には冒険譚を好んでいたが、現実を見て冷めていたところにリシアン様である。密かな憧れが再燃したらしい
クレメンテくんの意外な一面を知った。
この辺りの話はリシアン様が現在の森の民の長だという高齢女性に捕まっている間に聞いた。
ご親族であられるとおっしゃっていたので、積もる話もあるだろうと少し離れている間に存外こちらも話し込んでしまった。
「スノウモスルァーたちのとこ行くよ……」
髪がぐしゃぐしゃになったリシアン様が少し疲れた様子で声を掛けて来られた。
「あの婆さん、やたら力強いんだよ」とおっしゃっていたので、長だという女性をつい二度見した。
この方にもいずれ話を聞いてみたいものだと思い、個人用の調査用紙にまた一筆追加しておいた。
リシアン様に招かれることで、厳重な結界が開いたが圧巻の光景だった。
クレメンテくんも口をぽかんと開けて眺めている。
その中でも一際大きな個体がリシアン様に向かって勢いよく飛び込んで来たのを、慣れたように受け止めている。
抱きかかえて
「はい、スノウモスルァー。俺の補佐官のクレメンテとジャスウェル」
と、こちらに向けて紹介してくださった。
俺 の 補 佐 官 は永久保存版だと思った。
しかし……流石は守護獣である幻蚕だ。間近で見ると内包魔力の高さに喉の奥がひくつく。
澄んだ瞳がこちらを見定めるようで、居心地悪く感じさせる。
「こちらが領主様の従魔であられるスノウモスルァー様ですか……」
クレメンテくん?!ちょっと、何で君は近付け……あぁ!魔力が少ないから察知能力が少ないのか!!
普段の慎重さはどこへいったのだと隣でやきもきするしか出来ない。
「そうそう。触ってみる?」
リシアン様ーーー!!
気軽に触れるなど到底出来やしませ……クレメンテくん、いくの?!
「ありがとうございます……」
そして君ってそんな風に笑えたりしたんだね?
私が内心叫ぶのが止まらないというのに。
なるほど……クレメンテくんがリシアン様の補佐官に抜擢されるわけだと改めて納得した。
そして、リシアン様はぎょっとするほど大きな玄蜘蛛にローブを渡して何やら話し掛けている。
「なぁ、頼む。この派手な金糸を何とかこう……目立たないようにして。何をやっても色が抜けないんだよ、これ……」
精霊様が従魔に向かい頷くと、今度はリシアン様に向かってその内容を伝えているらしい。
秘匿事項となっているが、リシアン様には精霊様の声が聞こえるのだという。その光景は異質であるが、尊い。
守護獣様たちが天敵である玄蜘蛛に繭を渡していたりと、この空間で起きることは全てが謎に満ちていた。
——……聖域。教会の伝承が思い浮かび、肌が粟立つ。そんな訳はない。
いや、しかし……軽く首を振って考えを散らすようにして、目の前の尊い光景を焼き付けることに注力した。
余計な事を考えている暇はない。
「さて、帰ろっか」
玄蜘蛛が恐ろしいスピードでローブに何やら織り込んでいたのが終わったらしい。出来上がりを満足気に見て羽織るリシアン様。
日陰ではリシアン様の御髪のようなくすんだ風合いの刺繍は、日の当たる場所に来ると柔らかな金色に輝いていた。
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麓に戻ってきたら、先程までとは人が変わったように二人がうるせぇ。
クレメンテからは
「あの場所には他の者は決して立ち入れてはなりませんからね!守護獣様にまつわる書類は全て私も精査して王城への報告は……」
やたらと小うるさいし、何かお前……どうしたのってくらいの勢い。いや、お蚕さんたちを守るために動いてくれるみたいだしそこはいいんだけど。
ジャスウェルはと言うと、何やら早口を小声で延々と言いながら涙を流し続けている。
たまに聞こえる「尊い……」「ありがとうございます」はもうこの際だから無視してるが、拝むのはやめろと注意はする。
二人とも慣れない森で疲れてんのかと思って
「……今度からは俺だけで行くから。悪かったな?」
と、声を掛けると揃って
「「必ずや同行いたします!!」」
力強く言い切られたので、頷くほかなかった。




