春編18話「遭遇」
冒険者の目が覚めたので、見舞いに来たパーティーメンバーも含めて昨日の詳細な場所を特定しようといくつか質問を投げる。
「大体分かった。とりあえずそのへんに行ってみる。ルカもそれでいい?……さすがに同じ場所だから遭遇しない可能性のが高いんだけど、こいつらの荷物も回収したいし」
勝手に決めるのも何だかなぁと思って聞いてみる。
「大丈夫。深層部はリシアンの庭でしょ?任せるよ」
周りもうんうんと頷いてるけど庭じゃない。
森の中に入ってから、ルカが一つ息をついた。
「どうしたの?具合でも悪い?」
ちょっと慌てる俺。
「ううん……リシアン、ごめんね」
「何が?」
そう尋ねると力が抜けたようにしゃがみ込むルカ。隣に座り込んだシルフィーもぺこりと頭を下げている。
いや、マジで何なの。
「そうだよね、リシアンはそういう人と分かってたのに……」
話がさっぱり分からん。あれか?避けられてた気がしたのが気のせいじゃなかったとか?
「貴族って苦手、なんだ。だからしばらく避けてて……ごめんね」
「え?俺、ルカに貴族認定されてたの?」
何で?てか、いつからなんだ、それ……。
「ん?領主だし貴族なんでしょう?」
互いが言うことに「?」が続く。何だこれ。
「いや、籍は貴族なんだけど……ちょっと育ちが特殊みたいであんまり貴族感はない。何ならまだあんま慣れてない」
余計に混乱させたようだった。何かごめん。
道中で別に隠しているわけでもないし、生い立ちをぽつぽつと語って聞かせる。
ヴァルディリア子爵家に庶子として引き取られたこと。他家との交流もなければ貴族学院にも行っていないこと。
十五からは半分冒険者として過ごし、成人を機に辺境に出てきて、薬学医官をしている師匠の元へ薬師としての弟子入りをしたことなど。
さすがに数年前の王家が絡むあれこれに巻き込まれた話は出来ないけれど。
「貴族も……別にそんな悪いやつばっかじゃなくて、何だろ?人によるから」
真剣に考えてたのに、ルカがたまらずといった感じで噴き出した。
「ごめんごめん。そうだね、人……っ!」
笑いが収まるまでしばらくかかりそうだった。
やっと落ち着いたのか、いつもの穏やかな感じに戻った。
「そうだね、リシアンもトピリア侯爵も街の人や冒険者のことをよく考えてるしね」
「そりゃあ住んでるとこだし俺に出来ることはやるよ」
さっきも、魔獣討伐が終わるまでどうするかの草案をまとめている最中だったしな。帰るまでには形になっているだろう。ん?聞き流しそうになったけど
「……俺、師匠の名前とか言ったっけ?」
振り返るとルカの目はいつものように凪いでいる。
「いや?言ってないよ。俺も……」
ルカが口を開きかけたところで、空気が変わるのが分かった。例の冒険者が襲われた現場にもだいぶ近くなっている。
さっきまで、何の気配もなかったのに何だ?一段、空気が冷え込んだ感覚がある。ルカも先程まで腰に下げていた珍しい形の剣を抜刀している。
「来るよ」
ルカが短くそう言った後に、藪から灰色の鹿型魔獣が飛び出してきたけどスピードがおかしい。
何だ、こいつ……ただの変異種にしては挙動も、見た目もおかしい。だらだらと涎を垂らした口元からは鋭い牙が覗いている。不気味だ。
ルカが何か小さく呟いているから詠唱だろう。木々の影が蠢いている。闇属性の魔法か。
影が一斉に鹿を囲おうと襲いかかるも、歪んでこじ開けられた。
相殺なんて出来るのは同じ属性を持つのだけなんだけど……闇属性をもつ鹿型魔獣とか見たことも聞いたこともねぇ。
影から抜け出して、勢いよく鹿は逃げていった。
「……何っだ、今の」
気持ち悪っ。あんなもん鹿じゃないじゃん。冒険者が証言した通りに大きさもシルフィーと近いし、あれが元凶で間違いなさそうだけど。
「荷物だけ、回収して出直そう。罠を張ったほうがいいかもしんない」
まともにやり合うには危険とみた。せめて属性が分かればそれなりにいけるんだろうけど、不明点が多い。
火属性魔法で目眩ましにして逃げたって言ってたから、それなら何とかいけるか。
「避けて!!」
鋭いルカの声に反応して咄嗟に動いて……ガッツリ鹿と目が合った。やっべ、音で判断すると方向感覚が狂ってて……避けるどころかいっそ向かっていった形になってる。
仕事上、腕は噛まれたらマズいので蹴ろうと脚を振り上げる。
目前に迫っていた鹿は、ガクンと何かに引っ張られるように、いきなり不自然な動きをして止まった。操り人形みたいにカクカクとした動きが余計に不気味だ。
ぼすん!と質量感のある黒い影が落ちてきて、振り返ってぺこりと頭を下げている。
「……座布団?」
座布団がピッと手を挙げて合図すると、わらわらと仔蜘蛛たちも集まってきた。
そしてじっとこちらを見ている。
『動けなくは出来るけど、毒が効きにくい個体だから仕留めてだって』
風乃が通訳をしてくれたけど、そうなの?
ルカが鹿の心臓あたりを狙って刀を振るうけど、余計に暴れてる。
「何?!気持ち悪っ!ちょっと座布団、あいつをもうちょいガッツリ動けないようにして?」
……座布団ってこんな素早く動けたんだなと感心する。見る間に糸でガッチリと固定されている。
手首に付けている射出機で目の辺りに照準を合わせて、発射する。寸分の狂いもなく、目から脳天に向けて突き抜けた。鹿は一度大きく身体を震わせて、そのままピクリとも動かなくなった。
何この、ホラー。久しぶりにやべぇ魔獣に遭遇した気がする。
「座布団、ご苦労」
労るようにその頭を撫でる。さて、これはどう持ち帰るべきなのか。
新型の魔獣だし体液に触れていいものかどうかも分からない。簡易荷台を使い捨てにするかなどと考えていた。
座布団がおもむろに俺に深々と頭を下げたかと思えば……仔蜘蛛たちを引き連れて一斉に鹿に群がっている。
「は?」
食ってる。めっちゃ食ってる。待って、そのために仕留めさせたの?!
止める間もなく……さっきまで鹿型の謎魔獣だったものは骨だけになっている。仔蜘蛛たちは真ん丸くなってころころとそのへんを転がっている。
『ご主人、ご馳走さまでした。だって』
「……あぁ、うん」
風乃も通訳してくれるなら、こっちの思ってることも座布団へ伝えてくれたらいいのにと少し思った。
「座布団、またこの手の魔獣がいたら捕まえといて?で、捕まえた後は精霊に報告してくれたら……また俺が仕留めにくるからな?」
分かった!というように力強く頷いている。そして魔石を二つ、そっと俺の手に差し出してきた。
「今の……?」
片方は白角鹿の魔石だけどもう一つは……属性混合魔石とも違う、歪に融合している濁った魔石だった。
ルカと互いに見たことがないなと確認して、この魔石と鹿だったものの頭蓋骨をギルドへ持ち帰ることにした。
冒者たちの置いていった荷物も抱えているせいか、足取りは重い。
何より「座布団たちがあっという間に例の魔獣を食べました」なんて報告をしたら……ギルド長と師匠がどんな反応をするのかが分からず頭を抱えた。




