春編11話「森の民の姫君」
――天と地を司る魔獣を従へし、魔を統べる者といふ者あり。
その者現はるるとき、人々は力尽き世は闇に包まれり。
「森の民」と呼ばれる少数民族の母から聞いた伝承。
森の民は聖なる大森林にその住処があり、魔獣の声を聞く特殊な能力を持つのだという。
私にも少し、その力は引き継がれている。
そんな母は、森で護衛と逸れた父と出会った。
よかれと思って母と守護獣様は彼を護衛のもとへ送り届けた。結果として守護獣様と意思疎通が出来る美しい母は、見初められて半ば連れ去られるような形で森を降りた。
父は、国王陛下だった。
森の民という特殊な力を持つ民族、珍しい髪色の母は側妃として召し上げられた。何度も帰りたいと訴えたがそれは無視される形となった。
帰りたいという願いが叶わなくなったのは、私が生まれたから。
私を守るために母はこの王宮に残ったのだった。
「知は貴女を裏切りません」
そう言って森の民のこと、王家に生まれたものとしての教育を詰め込まれており、私は母のことが苦手だった。
『フィーのためだよ。フィーがとっても大切だからごめんねっていつも言ってる』
この守護獣様の言葉がなければ、母のことを誤解したままだっただろう。
そんなやさしくも厳しい母は、他の妃が差し向けた暗殺者によってあえなくその命を失った。
『フィー!もう来ちゃダメ!絶対だよ?約束して』
守護獣様からもそう強く拒まれた。
今まで私を守っていてくれた母がいなくなったこともあり、国王陛下が私たちの住まう宮に来ることはなくなった。
他の妃やその御子である王子殿下や王女殿下に手酷く扱われることも増え……守護獣様に会える時間を作ることすら出来なかったけれど。
私が気が付いた時にはもう何も出来ることはなかった。
父の、いや国王陛下の狙いは母ではなくその守護獣だったのだと気が付いたときには遅かった。
やっとで向かったその時には見る影もなく、歪に魔石を埋め込まれた守護獣様の姿があった。
繁殖を無理に進めたのだろう……奥にも蠢く脚が見えたことが恐ろしく、その時の私はその場から逃げてしまった。
『……ケテ……タスケテ』
『クルシイ』
『ニゲテ……フィー、逃げて』
彼らの声が、耳に残って消えない。
私は許さない。半分とはいえ森の民の血が私には流れている。
母の大切なあの子は私に逃げてと言ったけれど、もう逃げることはしない。
一番許せないのは……母の大切な守護獣様を守れなかった弱い自分自身だ。
「知は裏切らない」との母の言葉を胸に時間をかけて、情報を集めた。
私が無能なように振る舞えば、他の王族から些細なことで言い掛かりをつけられることもぐんと減った。
侍女も護衛もいない私が、宮から抜け出しても気付かれることはなかった。
衣服ですら、王都に住まう平民以下なんだもの。モンテディオス王国に第二王女がいることを、国民の中には知らない者すらいる。
少しずつ、宮の物を換金をしながら行動範囲も増やした。
城内でも本当に少しずつだが、情報を小さな点と点を繋ぐようにして……やっと王家が主導している「魔獣改造計画」「人為的集団魔獣暴走」に行き着いた。
魔獣と話せる特殊能力を持つ森の民は王家にとっては邪魔な存在なようで、集団魔物暴走により排斥したいとの思惑だそうだ。
王を誑かした悪女の民族は忌まわしく思われていた。
そして狙いは森の民だけではなく……隣国、グラティア王国もだろう。
かの国の王太子は近年は快癒したというが、病弱との噂があった御方だ。
王太子妃の選定はしているようだが、決定はしていない。第二王子についても同じく。
グラティア王国で執り行われた成人の儀に招待された姉王女が、彼らの見目を気に入ったとしきりに言っていた。
この姉王女をグラティア王国に嫁がせ、その後に侵略。姉王女を統治者にしようと目論んでいるようだ。
「どちらでもいいわ。両方でもいいけれど」
そう言ってあっけらかんと笑う姉王女に「これは器が違うな」と陛下は言うけれど、節穴なのか。
……グラティア王国は、侮れない。かつては病弱だったのかもしれないが、近年における王太子の功績は飛び抜けている。
第二王子も精力的に外交をしていると聞く。
年の近い、我が国の王族は何もなし得ていないというのに。……それは私もだけれど。
冒険者も最近はポツポツと拠点をグラティア王国に移している者がいる。
たまに情報収集にいく下町の食堂で、噂話を聞いたのはそんな頃だった。
「知っているか?グラティア王国に魔王が出たって話」
「はぁ?」
突拍子もない話だなと思いながら……硬いパンを千切る。
「いやいや、マジだって。あの孤高のソロがそれ目当てで出てったんだよ……」
「あいつが?あー……それなら何か妙に真実味があるな、その話」
どうやら有名な冒険者がグラティア王国に魔王を目当てにして移動したらしい。途端に興味深く聞こえてきた。
いつもならこんな不確かであり得ない情報には興味など持たない。
けれど、長年追い続けた魔獣改造計画を打ち破るにはあまりにも魅力的に聞こえた。
森の民に伝わる魔を統べる者の伝承もまた、魔王という存在を信じるに値するものとした。
グラティア王国の魔王……この力をもってすれば、魔獣改造計画も人為的集団魔獣暴走すら止められる。
すでに改造された守護獣様たちも、魔王なら救ってくれるかもしれない。
森の民への蹂躙を進めようとしている、モンテディオス王家を止めなければならない。
どうにか国を出てグラティア王国へ向かう足掛かりはないかと思っていた矢先、私に専属の侍女がついた。
グラティア王国より王弟殿下と第二王子殿下がこの国にやって来るより、半年ほど前の事だった。
監視の目が増えるので、厄介だと思った。
しかし、この侍女はどうも様子がおかしい。
甲斐甲斐しく世話を焼き、慢性的な栄養不足だった私は宮からこそ出られなくなったものの徐々に健康を取り戻してゆく。
無能を振る舞っていたことも早々に勘付かれ、それとなく作法を追加で補足される始末。
国王派の家の娘のはずが、なぜこのような行動に出るのか皆目検討もつかない。
「……貴女、何を考えているの?私によくしていたことが知られれば貴女もただでは済まないわ」
そう尋ねると
「その為にこそ、です。私はこの国から出ることを目的としているのですよ」
薄く笑う侍女の目は真剣だった。詳しく聞けば、彼女はその家の養女なのだと言う。目的を同じくするこの侍女に賭けることにした。
情報の全てではないが、私もこの国を出てグラティア王国へと向かいたいことを告げ協力関係となった。
この頃になりグラティア王国から王弟殿下と第二王子殿下が婚約者候補の打診に来るという話を聞き、歓喜した。
この千載一遇のチャンスを掴まないとならない。
婚約者候補としてグラティア王国へ向かう。その後は侍女を連れて辺境の地にいるという魔王を探さなければ。
パサついた髪は艶を取り戻し、体はまだ細いものの記憶にある母の姿に近付いていたことも私に自信を取り戻させていた。
「グラティア王国へ行くときは貴女も一緒よ?――……ルミ、貴女も付いてきて」
ゆっくりと、口角を上げて口を動かすといった表現の方が正しいような笑顔で
「かしこまりました。王女殿下」
いつもの淡々とした口調で話す侍女の様子に変わりはなく、それが私を安心させた。




