春編10話「座布団、父になる」
リシアンへ
相変わらず元気そうで何よりです。が、新しいことをする前には必ずお兄ちゃんに言ってからにしてください。
言ったよね?少しでも変わったことや些細なことでもいいから報告はしてって!
とりあえず必要そうな資料はまとめて送ります。
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兄上から返事がきた。「狼の咬傷実例と創傷の特徴」等いくつか届いた本は何か思ってたのと違う。
もうちょっとこう、何を食べたら喜ぶのかとか触れる際の注意点とかが知りたかった。あと与えてはいけない食べ物とか。
まぁ、それはそのうちルカに確認しよう。こういうのは本人たちに確認するのが手っ取り早い。
さて、今日は辺境大森林の深層部についての調査依頼がてらお蚕さんたちの様子を見に行ってる。こないだはバタバタしてたから、あんまゆっくり出来なかったし。
ギルドに着くなり「あぁ、リシアンちょうどいい!深層部はお前の庭みたいなもんだろ?ちょっと歩き回って来い」とギルド長から一方的に押し付けられた。「新種の魔獣らしきものへの目撃情報」の調査依頼が出ていたらしい。
中々深層部まで行けて、他の依頼を受けていない冒険者はいないからよかったじゃねぇんだわ。
森の中を歩き回ると、薬草を含む春咲きの植物がいつもより少ない。柔らかな新芽は草食動物の好物でもある。
「……鹿のやつが増えてんな」
最近、よく獲れるとは思ったけど何か少しおかしい気がする。大牙熊の討伐依頼もまだ出ないし……などと考えながら歩く。
『リシアン!ちょっと伏せてて!』
「え?何?」
『『静かに!今いいとこだから!』』
精霊たちに怒られたから、しゃがみ込んでやつらが見ている方向に目を向ける。周りにはわらわらとお蚕さんたちも集まってきた。
座布団サイズの大きな黒い蜘蛛と、それより二回りほど小さいのとが睨み合っている。
「あれ、座布団だよな?片方……」
何やってんだろう。声を潜めてそう聞く。
『あ、スノウモスルァーたちが結界を張ってくれたからもうフツーに喋って大丈夫だよ』
『リシアンは分かんないだろうから通訳してあげるー』
何もかも分かんねぇままだよ。状況の説明からしてくれ。
『もっと強い雄かと思っていたのにガッカリだわ!』
『いや、あの群れはおかしい。それに主人も出来て今は充実しているし……』
何の茶番が始まったんだと思ったが、動きから見るに座布団と向かいあっている玄蜘蛛との会話のようだ。
『人間に従っているというの?本当にあんたにはガッカリだわ!』
……修羅場じゃん、ただの。そしてそれを何で見守ることになってんの。
『ただの人間じゃないんだ!魔王と呼んでも差し支えない御方だぞ?!』
おい座布団、お前……俺のことをそう思っていたのか。あと魔王じゃねぇ。
『人間は人間でしょ!あんたとの子なんて育てらんない。さよなら』
『えっ?!』
白っぽい塊を押し付けられた座布団がわたわたしている。なんて不憫な……卵嚢かな、押し付けられたの。
雌の玄蜘蛛が立ち去ってからも、座布団は呆然としていた。
精霊たちが言うから黙って様子を見ていたけれど、一体何を見せられたのだろうか。
「座布団……」
そっと声を掛けると座布団は長い手足で卵嚢を抱き込んだ。そして震えている。
「いや、取り上げたりしないし。それどうすんの?このまま野生に置いとく?……育てる?」
玄蜘蛛は精霊にもお蚕さんにとっても天敵となる魔獣だ。
とはいえ座布団は別の魔獣を狩って食べている様子も見かけたし、魔力を含む魔獣なら何でもいい雑食のようだ。お蚕さんたちにはむしろ返り討ちにあうみたいだし、特に害はない。
座布団の赤い複眼は全て俺の方を見つめている。
「育てんの?一匹でもやれるか?」
問いかける俺に、座布団はしっかりと頷いた。
本人がそう言うなら仕方がない。やらせよう。
「条件付きで許すよ。まず、孵化してから幼体の間だけな?成体になったら森へ返せ。成体になった後に襲ってくるなら、こっちも容赦しないからそのつもりで」
神妙に頷いている。
「あとそいつらになるべく森の魔獣のバランスをとることを教えること。……今年は、どうやら鹿が多い。何かおかしいんだよ」
竜の墓場でも熊も含む魔獣がいつもより多く息絶えていた。それが何でかは分からない。
なるべく森に入る時間を増やそうとは思うけれど。
ペコペコと頭を下げる座布団を横目に、スノウモスルァーの許可もいるなと思って様子を見る。
『ご主人の命令ならいいよだって』
精霊たちはそう通訳してくれたけれど、腕にぴったり張り付いて離れない。
まだまだ甘えたがりなこの群れのボスのことを、うんと甘やかすことにした。
そうして始まった座布団の育児に、意外にもお蚕さんたちは協力的だった。
この卵嚢は保温しないといけないらしく、破れたところは自分たちの繭で包みなおしてあげたりと案外上手くやれそうだった。
その代わり、座布団が頭を下げる回数も増えた。
俺は育児って大変なんだなと思いつつそれを眺めていた。
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「今回の、調査結果だけど例の新型魔獣は見てない」
ギルドへ報告へ向かった。
「ただ、異変はあると思うから継続して調査は続けるし……ジジイにもちょっと聞いてみとく」
師匠も忙しそうだけど、何か嫌な感じは拭えないし勘のいいジジイだから調査している可能性もあるし。
「バルドレム氏にも聞いてくれるならこちらとしても助かる」
ギルド長も少しほっとした様子だ。
「もう集団魔獣暴走は懲り懲りだからな……」
40数年前の辺境で起きた集団魔物暴走。これを若い頃に経験したというギルド長は森の異変に敏感だ。
ギルド長の表情は、最後まで晴れなかった。




