第一楽章 Act13
奇跡のように望むようなメンバーが集まってくることに歓喜!
しかし思わぬ障害は静かに迫りつつあった。
さまざまな障害を乗り越え、めざすは宇宙一のアイドルだぁ!!
第一楽章 結成!ご当地アイドル準備中!編 堂々の完結です!!
Act13 すごい!
第八章
第一項
ここまでお読みになっているということでしたら、すでにメンバーの絞り込みにまでたどり着いたということでしょうか。
オーディションの開催はもちろん、エージェントからの斡旋、プロダクションからの推薦なども含めてセレクションを進めておられることと思います。
そのセレクションですが、すでにイメージやコンセプトを固めた上での実行ですので、ある程度、グループ全体の雰囲気やほかのメンバーとの差異性を考慮してのものになっていくかと思います。
その結果のシナジー(相乗効果)について予測しつつ進めることが大切ですが、まず、個性あるメンバーの特性が変わり、それをメンバー自身が良い方向性として受け止めてくれるか否かで持続性などに影響が出てしまいます。
また、集まったメンバーを元にしてコンセプトを固定するやり方では、キャラクター付けにメンバーが正しく自分の役割を認識してくれるかの課題が残ります。
しかしいずれにせよ、一番たいせつなのはメンバーの個性をしっかり把握し、それを適切にグループの方向性に沿わせていくことができるかどうかなのです。
1
翌日の芸能部オフィス。
「最終的に、第二次選考突破は檀野華乃子さんと須郷清香さんの二名でよろしいでしょうか」
おとさんが可否を聞いてくる。
「そうですね!」
蔵前さんはニコニコだった。
吉法は目を閉じたまま言葉を発しなかった。
「ところで」
おとさんが話を進めてくれる。
「第三次選考ってあるんですか」
吉法が目を開いた。
「ないです」
「じゃ、これで決まりですかね」
「いや」
そう言うと、吉法が立ち上がる。そのタイミングでノックの音がする。
「どうぞ」
美奈子だった。
「決まったのかの?」
蔵前より先に冷蔵庫に直行すると、勝手に中のペットボトルを取り出した。
「ほぼ決まりました。ね」
そう言って、吉法の決裁を促した蔵前だったが、吉法は美奈子が席に着くのを待ってからゆっくりと口を開いた。
「檀野華乃子さんは合格です。選考委員全員の採点シートが全項目満点でした」
ぱちぱちとおとさんが拍手した。
「で」
蔵前が焦りを隠さずに聞いた。
「須郷清香さんについては見送ります」
「え」
蔵前が唖然としている横で美奈子がペットボトルに水をごくごくと飲む。
エアコンからの風が机の上の書類の端をパタパタと揺らす音が聞こえる。
「須郷さんについては協調性がない可能性があるという情報もありますが……」
「そんなの関係ないじゃないですか」
ムキになって蔵前さんが吐き捨てるように言った。
「すみません。そこではないんです」
「どういうことですか」
「広いようで意外に狭いのがアイドル業界です。夏野さんは檀野華乃子さんの地下アイドル活動のことを知っていましたし、秋城さんは須郷さんの前世が不仲原因での脱退だと知っていました。」
「あーしもその噂は聞いたことがあります」
おとが言ってから、蔵前の落胆に気づいて顔をしかめる。
表の国道からトラックの鳴らしたクラクションが聞こえた。
「ですから、その先入観がすでに形成されてしまいました。これはグループを、チームを存続させていく上で最初から大きな支障を抱えるようなものです。これがまず一点」
沈黙。
「次に。須郷さんのパフォーマンスは満点ですし、クールなルックスや、話し方からわかる理知的なイメージは大きな戦力になりえるでしょう。しかし、クールなルックスは和光さんに担当してもらえます。知的なキャラクターなら秋城さんの方が一枚上手です。その点を踏まえて、では、彼女の何を彼女のウリにしていくのかを考えたところ、彼女が秋城さんや和光さんの後塵を拝しながらのということでは、彼女の存在意義そのものが薄れてしまいます。残酷な言い方になりますが、つまり、今のところ、彼女が絶対に欲しいということにはなりえないというのが素直な感想です」
腕組みをしたままの蔵前が、下を向く。気にかけたおとが心配そうに顔をうかがう。
「わかりました。考えてみれば部長のおっしゃるとおりです」
吉法に向き直るときっぱり言った。
「ですが、別にゆずれない候補がいます」
蔵前が無理に作った笑顔で言った。
「オンライン選考を通過したコがいるんです」
パソコンに向き直るとマウスを操作した蔵前が自慢げに語った。
「聞いてください」
面談画面を録画した動画ではなくオーディオデータを再生した。
アカペラで歌うその歌はアイドルの曲ではなく、ポップスデュオの『マジデとりがー』のヒット曲であるバラードの『心奏』だった。
よく通る声。澄んだ音色にビブラート、ファルセットやフェイクも取り入れてテクニックも充分。
だがしかし、吉法はもちろん、その場にいた者の心をつかんだのは、その声が表現する奥にある何かだった。
言語化が難しいその音色と歌唱に、その場の者たちはしばらく聞き惚れた。
曲が終わっても、誰もがしばらくその余韻に浸れるほどの歌唱力は蔵前が言うとおりゆずれなかった。
「47番の丸美静葉さん。19歳。2次選考通過をお願いします」
吉法もその声には惹かれるものを感じた。
「遠方ですか」
「いえ。八王子在住です」
「近いですね。昨日はどうしてお越しにならなかったんですか」
「どうしてもやりたいオンラインゲームのリアルタイムイベントがあったそうで」
言った蔵前も、聞いた吉法も苦笑した。
「それはまた、なんとも」
蔵前が一歩、吉法に歩み出た。
「採用していただけますか」
画面に彼女がデジタルデータで送ってきた履歴書が映された。
少し西洋人を思わせる色白の端正な顔立ちの美少女だった。
「血統的にはロシア人の血を引いているそうで」
「なるほど」
「前世は『傷心スカーフェイス』のメンバーで、そのときのキャストネームは『シスターC』」
そう言われて夏野おとが反応する。
「ああ、知ってる!」
「この方も前世持ちとは。しかし、すごい歌唱力です。ぜひ、仲間にしたいですが、一度お会いしたいですね」
「メールしてみます」
うんと頷くと、吉法は芸能部の室内を見渡した。
「これで五人そろいました。あと、二人です!」
こぶしを握って振り上げると、皆がやんやと喝采した。
2
その後の一週間でさらに17件の応募があったが、書類選考を突破した者はいなかった。
九月になり、五名でのスタートをと蔵前が主張したが、吉法はどうしても七名にしたかったため、あと二名についてはエージェントを頼りにすることにした。
そのため、東京の芸能事務所を訪ね、候補者の推薦を得ることにしたのだが、個性を発揮しつつ、他のメンバーとキャラクターが重ならないようなキャラクターには出会えなかった。
「部長、東京出張の予算、完全に想定外ですからね」
またしてもおとさんに追及されるが、こればかりは仕方ない。
「にしても、なかなかいいコはいないもんですね」
「今日から多加美さんのところでレッスン開始ですよ。あーしも呼ばれてますからね」
「やってくれるんですね」
話の方向でおとが前向きであることを再確認する。
「そ、その。まだやれるって決まったわけじゃないです。それに周りのメンバーさんて、全員前世持ちですよね。あーしだけ、実力が伴わないんじゃないかって」
「それは杞憂というものです。WeCasterとしての実力は確認済みですし」
吉法はおとには転生憑依してくるキャラクターがいないことに不安があったが、それは口にしない。
「あ、それからコスゲさんって方から電話ありましたよ」
「ああ、譲治ね。あとで電話しておきます」
「どなたなんですか?」
「ボクの幼馴染で、近くでGYMKINGって名前のトレーニングジムを経営してるんです。体育大学卒で、アメリカンフットボールの選手だったヤツなんですが、メンバーの体幹トレーニングとメンテナンスを担当してもらうことにしました」
「え? 男性ですよ」
「大丈夫です。スタッフさんに女性がいて、直接ケアはその方に担当していただきます。値段交渉の結果、かなりお安く面倒を見ていただくことができました」
「それはよかったです。あとはボイトレとメイク、ヘアメイク、衣装と楽曲ですね」
「メイク、ヘアメイクは商工会さんが工面してくださる方向です。衣装は蔵前さんが折衝中。楽曲については検討中です」
「かなり固まってきましたね。それにしても手が足りませんね」
夏野さんが自責の苦笑いを浮かべたタイミングでドアをノックする音が聞こえた。
「入るよ」
鈴岡社長だった。
「よお」
社長が明るく言った。後ろに二人の人影がある。
「紹介するよ。今日から配属になった大手前肇くんと福岡翔子さんだ」
二人のうち、女性が先に前に出た。
「建設企画部から転属してきました福岡翔子です」
福岡は吉法と夏野の顔を交互に見たあと、無表情のまま頭を下げた。
「あたしは芸能関係は得意じゃありませんが、現場管理をやってましたので、スケジュール管理や各手配などをやらせていただきたいです。いわゆるマネージャー的な立ち位置でお仕事をやらせていただければと」
ハキハキとした物言いで、理知的だが、表情は変わらない。
次に男性がぼそぼそと話した。
「あ、あの。大手前肇です。建設技術部です。よ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
間があいたので、社長が取り繕う。
「大手前くんは設営や手配で力を発揮してくれる。積算もやれるから帳簿付けなんかのデスクワークも頼めるぞ」
社長は笑みを見せても二人はニコリともしなかった。
意図しての転属でないことは明らかだ。
少し気まずい雰囲気になったので、吉法が返した。
「大きな戦力を割いていただき、力強い限りです。お二人とも、これからよろしくお願いいたします」
福岡がやや引き攣った作り笑いを浮かべたが、大手前は無表情だった。
とそこで扉の向こうで足音がして、ノックもなしに扉が開いた。
「失礼する」
入ってきたのは鈴岡専務、つまり鈴岡正社長の長男で、次期社長の鈴岡良成だった。まだ夏の日差しが残る日に仕立てのいい三つ揃えのスーツを、肩幅の広い鍛えられていることがわかる身体にまとっていた。
「神楽」
良成がここを訪れたのは初めてだった。
「オヤジ、あ、いや、社長の道楽で始めた事業部だが、オレは最初っから認めてない」
「おい、専務、何を言うんだ」
社長は制止しようとしたが専務は言葉をつづけた。
「信金で借金までして、優秀な従業員を二名も供出するほどの商いになるとは思えん。とっととギブアップしてくれたら、損失も少なくて済む」
夏野おとは口に手をあててのけ反るが、吉法は笑顔で返した。
「ええ、おっしゃる通りかもしれません」
「なにぃ?」
ケンカ腰の良成に臆することない吉法が松葉杖に頼らず一歩前に出た。
「普通に考えたら、清正建設が大きな利益を出すのは困難かもしれません」
「ま、まあ。待て」
社長の仲裁には笑みで返して言葉をつづけた。
「しかし、勝算がなくて取り組むほど、芸能部はバカの集まりではありません」
そこへ折衝で市役所に出かけていた蔵前が戻ってきた。
ただならぬ雰囲気に蔵前が入り口で立ち止まる。
「これまではここにいる夏野さんと今戻ってこられた蔵前さんと三人四脚でやってきました。お二人の献身的なご努力はもちろん、幸いなことに色々な方面の方のご尽力で選考会も開くことができましたし、順調にメンバーも集まりつつあります。勝ち戦の算段がなくて進めているはずがありません」
意図的に白い歯を見せて笑った。
「来年のさくら祭を楽しみにしていてください、専務」
そこまで言うと吉法は新たに配属になった二人に視線を向けた。
「ささ、お二人のデスクは用意します。こちらへどうぞ」
そして社長に言う。
「ありがとうございました。それでは引継ぎなどありますので」
「あ、ああ、そうだな」
そう言って、社長が下がる。その際、ややひどい咳をしたので夏野さんが声をかけたが、大丈夫だとゼスチャーし、入り口で立ち尽くす蔵前の肩をポンと叩くと、専務に退出するよう促して出て行った。
専務はドアを閉める際、吉法を一瞥したが、声は発しなかった。
芸能部のオフィスに沈黙が流れた。
「ひええ。何の騒ぎかと思いましたよ」
蔵前が言った。
「あ、蔵前さん、こちらは」
二人を紹介する吉法。まるで気にしていないように振舞う彼に、蔵前は頼もしさを感じた。
蔵前にとっては転属の二人は顔なじみであり、挨拶も早々に吉法への忠告に転じる。
「ぶ、部長。ここだけの話、専務に睨まれてたら、やりにくいですよ」
「そうですね。専務がこの事業に協力的じゃないのは普段の雰囲気から予測していましたが、あんなに露骨な不快感を示されるとは思いませんでした」
その時、吉法は二人の転属者の表情をちらりと覗いた。
「な、なんか対策しとかないと」
蔵前が不安を口にするが、吉法も内心は同様だった。
しかし、今の彼には内から湧き出る根拠のない自信があった。その自信は憑依によって内包することになった織田信長がもたらすのか、それともこれまでの経験により、自身が得たものなのかの区別はつかなかった。
しかし表情を変えない二人のふるまいが気になる。
「グループのみんなにパフォーマンスを披露していただければ、すぐに納得していただけますよ、きっと」
3
3日後。
「陣さんとこで夏野さん含めた四人のフィジカルチェックが始まりました。檀野さん、都内の自宅から通うそうです」
アイドルとしての活動を本格化させた夏野さんに変わって福岡さんがテキパキと報告してくるのを聞きながら、吉法はメールを読んでいた。
「了解です。体幹トレーニングはGYMKINGの小菅さんの指示どおり、来週から開始します。陣さんのチェックシートをGYMKINGと連携、お願いします」
「承知しました。それと、総務部アイドルサポートチームから日上市ご当地アイドルのホームページ更新報告がありました。一般応募の締め切り告知と檀野さんの加入公表です。同時にプレスリリースも出しました。問い合わせは報道機関、地元企業、加入希望の個人などからは今のところありません。部長の指示とおり、秋城さん、和光さん、檀野さんのEXのアカウントを開設して発信を始めます。投稿は事前の打ち合わせどおりに最初の発信以降はアカウントを各個人に任せます。秋城、和光、両名の宣材写真が仰木写真店さんよりデータで届いてます。確認しておいてください」
「了解です」
手際のいい福岡さんの報告は耳にも心地よかった。
しかし、そこでドアが開き、急ぎ足の蔵前さんが突進してきた。
「ぶ、部長!」
「どうしたんですか?」
「商工会議所の紹介、美容室は決まったんですが、メイクやってくれる業者さんが見つかりませんでしたって返事です」
「了解です」
吉法はメールを表示させ、パソコン画面を閉じると、蔵前に休むよう伝えて労を労い、彼が座った応接セットのソファの端に自分も座った。
外で買ってきたらしいペットボトルの水をゴクリと飲むと、蔵前さんが愚痴る。
「商工会の連中、まるでお役所仕事で、探したけど見つからないってのは何もしてないのと同じなんですけどね」
その言葉に吉法がニコリとした。
「ウチで探しましょう」
「探すったって、市内の有力美容室はあたってもらってるんですよ」
「お役所仕事なんですよね」
「そ、そりゃそうですね」
蔵前さんが自己矛盾を認識した。
「メイクを専門に扱う業者さんにライブやイベントの度に委託料を支払っていたのではコストが高くつきすぎます。美容室は補助のつもりでこちらが契約美容室を利用するよう伝えても、パフォーマーのみなさんにはそれぞれ馴染みのお店があるのかもしれませんから、その場合には費用のみ補助すればっていう話ですが、ここはひとつ、別のベクトルで探しましょうよ」
「別の? ベクトル?」
蔵前さんが真意を測りかねて首を横に倒す。
「ええ。メイクの好きな方ならたっくさんいらっしゃいますから」
夏野さんがいてくれたら、まさしく当事者としての意見を口にしてくれたのだろう。
しかし、彼女はもう決めかねていると言いながら、フィジカルチェックの方へ出かけている。
そして代わって業務をこなしている福岡さんは企画や進行に関しては一切口をはさんでこなかった。
「部長、期限内の応募メール全件精査完了しています。一通、部長基準をクリアしたものが来ていました」
その福岡さんが伝えてきた。
「了解です」
「なんです? 部長基準って?」と蔵前さん。
「経験者。すぐにパフォできる準備可能な方で、近隣在住」
自分のデスクに戻って、福岡さんからのデータを受け取る。
プロフィールを記述したメール本文と添付ファイルの写真を表示させた吉法がのけ反った。
「こ、このヒトって」
「どうしたんですか?」
蔵前さんが後ろから声をかけた。
「星里美鶴。元アンシャンビアン。し、市内在住」
4
「星里美鶴さんについてはまったくノーマークでしたね」
「CDデビューの実績があるグループに所属していたうえ、当市の住民で」
そこまで言って蔵前さんが顔をしかめた。
「株式会社マスダヤ勤務って」
「どうかしましたか。駅前のお団子屋さんとかですか」
「ぶ、部長、マスダヤ、ご存じないんですか」
「聞いたことはあるような、ないような」
「市内最大のっていうか、日上じゃ競争相手のいない大きな事務機器販売会社ですよ。どうしてまた、そんなとこにこんな逸材が」
「理由はわかりませんが、これもご縁です。すぐに面接をセッティングしましょう」
蔵前がこくりと頷く。
それにしても送られてきた写真がまぶしいほどに彼女の美しさを伝えてきている。鼻筋はとおり、かといって主張が強すぎず、目の美しい光を支えるのに充分なバランスだった。写真からは白い肌と整った顎の線、そして頬骨の描く線が微妙な均等を保っていて、どこにも破綻がない。
まるでイラストレーションか、AI生成画像のようだったが、これが紛れもない星里美鶴という個性なのだと確信する。
吉法はしばらく茫然とその僅かに開く唇から顎の線、頭頂部へと続く縦のラインを見続けた。
美女ならゴマンといる現代だが、ここまで破綻のない均整のとれた美しさはめったに見たことがない。
検索サイトのゴーグルをフル活用して彼女の前世時代のメディア露出を調べたが、やはり超美人とか女神と呼ばれていた。
そんな彼女がなぜ、駅前の事務機器メーカーで働いているのかはあずかり知らぬところだが、とにもかくにも応募してきたのは彼女の方なのだ。
この出会いを無駄にする手はない。
「で、今からは丸美静葉さんに連絡がつきまして、これから直接面接に行ってきますが」
須郷清香の落選で気落ちしたかに見えた蔵前さんが次にチカラを入れていたのが丸美静葉だったが、彼女は八王子の在住で、一次選考通過を知らせるメールを送信した後のやり取りは彼に任せていた。
「歌声を聞くだけで彼女がタダ者ではないことがよく理解できました。前世は『傷心スカーフェイス』ですし、実力は充分すぎるでしょう。正直言って、歌のメインを張れるキャラクターが欲しかったので最適任です。歌のパフォーマンスを軽視するわけにはいきませんから、彼女をぜひとも勧誘してきてください」
そう言って送り出そうとしたが、蔵前はもじもじして扉に向かおうとしない。
「あ、あのぅ。部長の今日の予定は?」
「ああ、今日はデスクワークです。タイムテーブルの再構築と各方面との折衝と確認を」
「あ、あの。それなんですが」
「どうかしましたか?」
蔵前の鼻に汗が浮かんでいた。
「もし。もし、都合がつくならでいいんですが、ご同行……をぉ」
「同行? どうしてですか?」
今はネコの手も借りたいほどの忙しさで、彼女に契約面での提示をするなら蔵前さんにお願いしても支障ないと考えていた。
「それがですね。彼女が面接に指定してきた場所がですね」
「八王子まで行くんですよね」
「自宅ってなってまして。もし、一人暮らしだったりしたら色々と問題が」
「どうして確認してからの約束にしなかったんですか」
「色々忙しかったので、その辺に頭が回りませんでして」
思えば、この蔵前さんにもずいぶん無理を聞いてもらっている。
「わかりました」と答えて、こんな時、夏野おとさんがいてくれればと思ってしまう。
「とにかく、いっしょに行きます」
日上から八王子までは約一時間。蔵前が運転し、車内でもやれることはやっておきたい吉法は膝の上のパソコンで作業することに集中していた。
クルマは神奈川県との県境に近いあたりまで進み、閑静な住宅街が広がってくるころになって顔をあげた。
「もうすぐですよ。一人暮らしをするエリアではなさそうですね」
「た、たしかに。ご両親がいらしてくださると助かりますな」
二人が安堵の表情を浮かべあった。
「ふわあ。わらわは喉が渇いたぞよ」
「え?」
運転している蔵前までが後部座席を振り返る。
「い、いつの間に!」
そこにはさっきまで眠っていたかのような寝ぼけ眼の白石美奈子がいた。
「面接じゃろ。ついてきてやったのじゃ。ほれ、そこのコンビニで止まって、ペットボトルの水を買ってきてくれんかの」
丸美家は高級住宅地と呼ぶにふさわしい場所にあった。豪邸やお屋敷と呼ぶようなものではなかったが、真新しい瀟洒な戸建て住宅が立ち並ぶ一角、小高い丘の上にその白亜の建物があった。
「け、けっこうなお住まいですな」
蔵前が額の汗を拭く。
建物には白いスチール製のテーブルとイスを置いた芝生を敷き詰めた中庭と、コンクリート敷きの駐車スペースがあったので、事前の丸美さんからの案内にしたがって、上がったままのゲートをくぐりぬけて敷地内に車を滑り込ませた。
奥の母屋と連なるシャッター付きの車庫にはメルセデスベンツのRV車が鎮座していて、その横には空きスペースがある。主はそこに留める車に乗ってお出かけなのだろう。
「バックして留めさせてもらいます」
そのエンジン音に気づいたからか、エプロン姿の外国籍を思わせる女性が現れた。
「ようこそ、おいでくださいました。静葉の母です」
三人も、それにうち一人は女子高生であることに目を丸くしてはいたが、品があり、美しいお母さまに付き従って建物に吸い込まれる。
センスのいい調度品が並ぶ玄関からリビングに通されるが、本人の姿はない。「しずはちゃん。しずは! お客様がお見えよ」
二階に向かって母が呼びかけるが、返事はない。
長い沈黙に、母が階段を上がっていく音がして、そのあと、二人分の足音が聞こえた。
「お待たせいたしました」
母の後ろにパジャマ姿の本人、丸美静葉が立っていた。
「お約束の時間だっていうのに、服も着ないで。本当に申し訳ありません」
流暢な日本語を話す母の後ろでぺこりとお辞儀をしたのは、髪の毛がぼさぼさで、少し汚れた感のあるパジャマに身を包んだ丸美静葉だった。
顔には精彩はなく、選考会を欠席した理由のゲームで徹夜でもしていたのかと容易に想像できた。
しかし表情自体の愛くるしさと、透明感に吸い込まれた。
母と同様にエキゾチックな雰囲気があるが、それが単に西洋的な美しさに完結しないところが彼女の魅力だった。
吉法の脳裏にさっき事務所で見ていた星里美鶴との対比が浮かぶ。
この二人が並ぶだけでもビジュアル面での強さは完璧だ。
それに秋城典子さんの理知的で幼さの残る表情。妖艶でクールな和光風香さんの表情。かわいいの極点にたどり着いたかのさんような檀野華乃子さんの表情。そしてエキゾチックで生命力にあふれた夏野おとさんの表情。
これらが並ぶだけでも最強アイドルグループじゃないか。
「あ、あの」
母に急かされてソファに座った丸美静葉が何か言おうとする。
吉法も蔵前も次の言葉を待ったが、出でこず、下を向く。
「歌がそなたの存在意義じゃとしたら、歌うてみよ」
美奈子が言った。
びくっとして静葉が顔を上げた。
服装だけ見ていれば干物オンナのような彼女がきりりと表情を締めて立ちあがった。
「『まじでトリガー』の『心奏』を歌います」
伴奏はない。
静葉は胸に手をそえると、澄んだ声をリビングに響かせた。
とたんに吉法、蔵前、美奈子と静葉の母の四人の鑑賞者がその歌と声が紡ぎだす世界観に引き込まれた。
デモに吹き込まれていた楽曲だが、アカペラでしかも間近に聞くと、その声の色に強く惹かれる。
吉法は音楽には無知だったが、彼女の歌に仕込まれているものが何なのかを知りたくなった。
バイブス? 今時ならそういう類のものだろうか。
いや、もっと高次元のなにか。心の奥の叫びを乗せることのできる何かが彼女の歌声にはあった。
それはファルセットがどうこうとかの技術のことではない。
ましてや彼女は19歳であり、この生活環境を見れば、然したる苦労を重ねてきた人生であったはずもないだろう。
だというのに、なぜか、彼女の歌声にはある。
吉法は確信した。
彼女の歌声にはヒトの心の奥底をゆさぶる魂の叫びがあると。
エアコンの微風が流れていた部屋だというのに強い風が吹く。紫色の天幕が降り、よれたパジャマのはずの丸美静葉が黄金の輝きの中に立った。
その姿はまるで高貴な麗人のようにも見え、また古の女官のようでもある。広いリビングの中でロマノフ朝の王宮のような空間に変わり、並び立つ高貴な紫色の天幕のもと、床にいたはずの彼女が紫色の絨毯の敷き詰められた奥の座に上がった。雪が舞い、風が冷たくない雪を降り積もらせる。
この異空間の主はまぎれもなく彼女であり、彼女の歌のイメージの洪水なのだ。
たとえようのないその美しさは、横に座っている美奈子の作り出す転生憑依の演出とわかっている吉法でさえ魅了されて、歌が終わってもしばらくは動くことさえできないほどの衝撃だった。
美奈子がパチパチと拍手を送ると、謙遜したのか静葉は何度も腰を折った。
「紫式部なりけり」
そうつぶやく美奈子に返す言葉がない。紫式部が声楽を得意としていたとは聞いたことがないが、物語と紡ぐという点でなら丸美静葉の歌と共通点がある。
「え、えっと……、すごい! としか。ほかに言葉がない」
吉法がようやく口を開く。
「な、なんか歌がうまいというのが、ちょっとレベチすぎて、そんな表現が安っぽく思えてきてしまいます」
そう表するのが精いっぱいだった。どうしてこれほどの才能を持つコが埋もれていたのかと思うが、今は彼女を獲得することに全力を注がねばならない。
ふと視線を蔵前に送ると、彼はまだ余韻に耽っていた。
「お母さま」
顔を向けると、母は畏まって吉法に向き直った。
「お嬢様を。静葉さんをうちが運営するアイドルグループにお招きしたいです」
「よろしくお願いいたします」
今度は母が深々と礼をする。
続いて静葉も同じように振舞った。
交渉することもなく、加入が決まったことに吉法も蔵前も内心は飛び上がりたいほど喜んだが、ここはつとめて冷静に振舞う。
「さ、お茶でもいかがですか」
そう言って母がキッチンに下がると、静葉が一礼して腰をかける。
「あ、あのう」
「質問ならどしどししていただいてけっこうですよ」
「わ、わたし……。わたし、なんかで……いいんでしょうか」
少し困り顔の静葉が視線を落とした。
「もちろんです」
吉法が満面の笑みで肯定する。
「わたし……」
「大丈夫ですよ。丸美さんは『傷心スカーフェイス』でも歌唱力ナンバーワン歌姫と呼ばれていたじゃないですか。その実力をうちでも遺憾なく発揮してください」
静葉は浮かぬ表情で吉法に向けて言い放つ。
「歌っていると少しはって思うときもあります。でも。でも、私はあんまり強くありません」
そこへ盆にティーカップを四つ乗せて静葉の母が戻ってきた。
「このコは引っ込み思案で、アイドルをやりたい、歌手になりたいって強い意思を持ちながらも、肝心なところでは逃げ出しちゃうんです」
母が続ける。
「実はスカーフェイスの前にも別グループのオーディションに合格していたんですが」
盆はソファのテーブルにそっと置かれた。
「さ、熱いうちにどうぞ」
さも高級そうな紅茶の香りがする。
「その時はまだ自分に自信がもてないとか言って辞退しちゃったんです」
「そ、そうなんですか」
傷心スカーフェイスは現役アイドルがプロデュースすることをウリにしたグループだったが、早期に解散してしまっていた。
けっきょく、そのことが原因で今、ここにこうして迎え入れることができたのだが、もしその前のグループで大成していたらと思うと、縁の不思議を思わずにはいられない。
「自信を持てないとおっしゃるなら、自信が後からついてくるように仕向ければいいだけです。そのお手伝いを我々にさせてください」
勧誘のための美辞麗句のつもりだったが、横の蔵前が身を乗り出して続けた。
「丸美さん。私たちにあなたを応援させてください。わたしたち、いや、ウチの事務所なら、あなたが何のストレスも感じずに歌に集中できる環境を必ずや提供してみせます」
その熱弁に静葉が顔をあげた。
「……。わたし」
その次の言葉がなかなか出ない。
「や、やってみてもいいですか」
「もちろんです!」
吉法と蔵前が声を揃えた。
「それでは失礼します」
母と静葉に見送られて三人を乗せた車が敷地内から出る。手を振って見送る静葉の様子に、母は安堵の表情を浮かべていた。
「めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲がくれにし夜半の月かな(せっかく久しぶりに逢えたのに、それがあなただと分かるかどうかのわずかな間にあわただしく帰ってしまわれた。まるで雲間にさっと隠れてしまう夜半の月のように)」
「しずはちゃん、なんか言った?」
帰路。
「いやあ、すごい逸材に巡り会えましたね」
上機嫌の蔵前が言う。
「これは益々楽しみなグループになってきました」
「しかし、正直言って、これだけのメンツを揃えたんですから、うまく結果を出せないなら、我々の責だっていうことになっちゃいますよねぇ」
苦笑いする蔵前の横顔を見ながら、吉法は決意を新たにする。
「ええ。だからこそ気合も入るってもんですよ」
そこで吉法の携帯電話に事務所から着信が入る。
「神楽です」
「部長、檀野さんとインフルエンサーちぃりちゃんの加入がネット新聞の記事になったと連絡がありました」
「ほう。それはよかったです」
「そのせいか、また応募メールが来るようになりましたよ」
「そうですか。その中にまた原石が混じっているかもしれませんので、お手数ですが、一件一件のチェックをお願いします」
「わかりました」
電話口の福岡さんは不満げな声を漏らした。
「で、そのメールなんですが」
「何かありましたか」
「東京の芸能事務所からもメールが来てまして」
「芸能事務所? からですか?」
「ええ。人材を斡旋したいとのことで」
5
翌々日。
「ようこそ、お越しくださいました」
通された部屋は冷房が効きすぎていた。
「事前に資料はお渡ししておりますが」
秋葉原にある雑居ビルの一室。仕立てのいいスーツを着た、デキそうなビジネスマン風の男がほほ笑みながら名刺を差し出してきた。
先に応接セットに腰を下ろすと、足を組んでから吉法に向き直る。
柴田敏久と名乗った男は吉法の名刺を見定めながらも黒いサングラスを外さなかった。
この手の輩がイチバンの苦手だ。
「失礼ですが」
柴田の視線は吉法の杖に向けられた。
「あ、はい。事故で足が不自由になりまして」
「そうでしたか。いや、存じ上げず、わざわざお越しいただいくほどのことではなかったのですが……」
「いえ。お話がとても魅力的でしたので」
吉法が努めて明るく答えた。
机の上には対象となるタレントの宣材写真や資料が並べられていた。
「津上璃々音。元WDI-F16のメンバーで、今は東京拠点で広告モデルを細々としているコなんです。本人はテキスタイルインフルエンサーを名乗っていますが……」
「はい。資料をいただいているので、凡そは確認しています」
「このコをぜひ、メンバーに加えてやってもらえませんか」
璃々音は個性的なポジションで活躍していたが、大人数の中から曲を担当するメンバーを選び出すために競争させるシステムのWDIグループの方式では、充分な戦績を残せていなかった。
しかし愛くるしいルックスと、陽気なキャラクターは魅力的だ。どちらかというとお嬢様系美少女が集まる形となった自社のグループには必要な存在のように思えた。
「検討させていただきます。まず、認知度という意味では抜群です。WDIグループ出身というだけで、うちのような弱小グループには大きな戦力になります」
WDIグループは秋葉原を拠点に、有名プロデューサーのチカラで一大ブームを巻き起こした人気グループだ。全国に姉妹グループを形成し、秋葉原のWDI-A16をはじめとして、今ではアジア全般にまで拡大している。
津上璃々音の所属したWDI-F16は数えて6番目のグループで、福岡に拠点を置いていた。
「ぜひ、彼女の夢を叶えてやってください」
「わかりました。まずは面接を受けていただきます」
「神楽さん」
男はここでサングラスを外した。
「採用してやってください。私もどうしても彼女にアイドルとして大成してほしいんです」
事前のメールによる交渉では、この事務所からの移籍という形になるが、移籍金をはじめとする金銭の授受はないとのことだった。
一円も儲からないというのに、この熱の入れようはなんだろうか。
「実は、彼女をスカウトしたのは、この私なんです。彼女には光るモノがあった。だから、その、つまり、WDIをクビになっても……」
WDIを卒業したはずだったが、柴田はそれをクビと表現した。
「クビになっても、また次のチャンスがあるからと東京に誘ったんです」
柴田はそこまで口にすると、窓の外に視線を投げた。
「しかし、私のチカラでは彼女が夢見るアイドルグループのセンターにしてやることができなかった」
さっきまでのデキる男の雰囲気はなくなっていた。
「彼女ももう22歳です。アイドルとして再出発するにはぎりぎりの年齢です。しかし、どうしてももう一花咲かせてやりたい。いや、実際、彼女はまだ一度も花を咲かせてはいません。ですが、どうしてもあきらめきれないんです」
柴田は立ち上がると、窓際に進んだ。
「私自身、自分の目に狂いがなかったことを証明したい。彼女には天賦の才があることを。ヒトを明るくさせるための資質があることを世に知らしめたい。その想いがあるからこそ、彼女の移籍先を探していたのですが、ちょうど、あなたの会社のプロジェクトを知ることになりまして」
そこまで言うと柴田は続けようとしなくなる。
「柴田さんご自身の手でとはお考えにならないんですか」
吉法が聞いた。
柴田は苦笑いを浮かべる。
「その、つまり……。事務所をたたむことになりまして」
「そ、それは」
「恥ずかしながら、私もこの業界で何年も生きてきましたから、浮き沈み、当たり外れがあるのは当たり前のつもりで来ましたが、ここ何年かは当たりに恵まれませんで、それで」
苦渋の決断なのだろうか。
「WDIの事務所にいたころは私も儲けさせてもらっていました。WDIの勢いが落ち着いたころ独立して女のコを何人か連れ出したのはいいんですが、その後、これといった金脈を掘り当てることもできずにこの始末です」
吉法にはかける言葉がなかった。
「ですが、璃々音だけは。彼女だけは信頼できる事務所に預けたかったんです。しかし、この業界ではなかなかそうは行きません。22歳でのアイドル再出発を好意的にとらえてくれる事務所なんてありませんから。声がかかっても商品インフルエンサーだとか、舞台俳優やれだとか、酷いのになるとどこまで脱いでくれるのかとかね」
柴田の顔に焦燥が浮かんでいる。
「それでうちを選んでいただいたと」
「決め手があります」
柴田がぎこちなく微笑んだ。
自分のスマートフォンを取り出すと、画面をタップする。日上ご当地アイドルプロジェクトのホームページが表示された。
「募集ページに書かれている言葉なんですけど」
柴田はスマホの画面を吉法に突きつける。
「『日上から宇宙の涯てまで制覇しようぜ!』。この文言なんですけどね」
いや、それは勢いで作ったにすぎないキャッチコピーなのだが。
「ここまで目標を高く掲げるなんて、なかなかできません。勝算あってのコピーですよね」
「い、いや、まあ。そ、そんなとこです」
吉法が取り繕うと、柴田は意気軒高になった。
「神楽さん、お任せします。どうか。津上璃々音を幸せにしてやってください!」
柴田の選んだ言葉は「夢を叶えて」や「成功させて」ではなく「幸せにして」だった。
沈黙の中、壁のアナログ時計が刻む音だけが響く。机の上には無邪気に笑う璃々音の宣材写真があった。
6
「増田さん、お久しぶりです」
日上市の夜の社交場である歓楽街のラウンジで鈴岡良成専務は初老の男に声を掛けた。
「良成くん、元気かね」
「おかげさまで」
ボーイにウイスキーのオンザロックを注文すると、ホステスをはさんで横に座った。
「増田さんがボクに用事だなんて、いったいどういう風の吹き回しですか」
「いや、まあね」
増田と呼ばれた男はくわえタバコのまま懐よりスマホを取り出した。
「これなんだが」
アプリは名刺管理用のもので、その画面には見慣れた清正建設デザインの名刺があった。
良成の胸の内で何かに火がついた。
「芸能部部長 神楽吉法。うちのガキが何か失礼でも?」
「失礼もなにもあるもんか。うちの看板娘を奪いに来やがった」
合点が行く。
「へえ。あの美人の受付嬢のことですよね。社長が大事にしてるって噂の」
「噂もなにも。彼女を採用して以来、ウチの売り上げが跳ね上がったんだからな。大事にしないわけないだろ」
老獪な笑みを浮かべる紳士に合わせて良成も笑った。
「で、どうしろと」
「あんたのオヤジに相談したんだが、本人が退職したいっていうなら我々経営者にはどうしようもないって言いやがるのよ」
「あはは。うちのオヤジらしいご意見で」
「そこでだ」
グラスが運ばれてくる。
「うちも美鶴ちゃん。ああ、その受付嬢なんだが、そのコの給料を倍にするから、そっちはそっちで手ぇ退くように働きかけてくれんかね」
「承知しました。あんな一円にもならない、できそこない企画なんて、このオレが潰してごらんにいれましょう」
そこまで言うと、グラスの中身を一気に飲み干しててホステスに言う。
「おかわりだ。ツーフィンガーで」
増田は無言のまま、自分のグラスに口をつけた。
「見返りはもちろん」
良成が下卑た笑いを浮かべた。
「新社屋建設の件、受注、よろしくお願いしますよ」
そこへお代わり(リフィル)が運ばれてくる。
「そうだな」
慇懃に笑う増田に向かって良成がグラスを掲げた。
第一楽章 完
ついにメンバー勢ぞろい?
様々な人間模様を見ながら、突き進むぞ、芸能部!
次回、ついにアイドル活動本格始動!
転生憑依、さらに加速!!
第二楽章は6月上旬公開予定!




