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転生憑依してきたコにアイドルやってもらってます  作者: 蘭芳琳楠
第一楽章

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第一楽章 Act10 to Act12

アイドルグループにとって欠かせないのがメンバーの個性。

次々と応募してくる候補者の中から、適任者を選び出すことこそがなにより難しいのだが。


奮戦する主人公と仲間たち!

Act10 ではさっそくですが 


あぷ姫「ヒノカミのご当地アイドルプロジェクトってトライする価値あるかな」

REW43231「やめれ。どうせ、ミカン箱だぞ」

あぷ姫「ミカン箱?」

そそんて「大きなハコでやるにまでは届かないってこと。ミカン箱の上に乗って歌うのが関の山」

ククルン「ホームページに元アキバドールズの陣多加美がコレグラ担当するって書いてあるよ、けっこう本気かも」

べす君「タカミはヒノカミの出身で、今じゃ地元の名士だけど、所詮田舎町のご当地アイドルだよ。キャリアの第一歩なら避けたほうがいいお」

かんV7「ご当地アイドルの中で業務委託って明記してるのめずらしいかも」

べす君「報酬がいくらかは書いてないよな」

スージーQW「アイドルって職業は今の時代、どこに所属するかがとても重要。なんでって、もちろん運営の実績や度量がそのまんま成功への近道になるから」

あぷ姫「ってことは地下アイドルでも、東京都心とかでやったほうが効率いいってこと?」

すらっ者ー「もちろん! でも要はいかにして自分の魅力を発信していくかの時代だから、自分のチカラでグループごとメジャーにしていく覚悟があれば、あとは相性の問題」

あぷ姫「ほかの町にもご当地アイドルいっぱいいるけど、ミカン箱でみんなどうやって生活していってるの?」

すらっ者ー「夢を喰って生きてんのさ」




「メンバーは七人を想定しています。メンバーカラー持ちで、センターや選抜という発想はありません。ダンスも歌もフォーメーションです。各メンバーの特性を活かした編成を曲ごとに考えますが、基本的にはメンバーは横並びです。人気がある、ないという現実的な問題も起こり得ますが、横並びの発想を極端に変える気はありません」

 夏野おとに自分の構想を打ち明ける。

「ってことは、例えば、歌のうまいコばかりが歌を担当するわけじゃないってことですよね」

「ええ、そうです。歌は割り振りをできるだけ平等にしますが、やっぱり歌が得意なコにオチサビを任せたりとかは戦略上必要かもしれません」

「なるー」

 手にしたボールペンをくるりと回してなつが納得の表情を浮かべる。


「ところで、和光さん、どうでした?」

「バイトが忙しいらしいです」

「ば、バイトですか」

 夢は大きく膨らむが、一方で現実的なことを考えなくてはならない。

以前に所属していたグループがあったとして、いわゆるこの業界でいう前世持ちだったとしても、生活をしていくうえで報酬の問題が出てくるのは当然だった。

 月額報酬10万円では、やはり厳しいに違いないから、実際問題としてメンバーとして招き入れたとて、バイトに明け暮れるということが起こりうるかもしれない。

「夏野さん」

 吉法はデスクトップパソコンに向き合う彼女に呼びかけた。

「予算管理表ですけど」

「はい?」

「メンバーを7人としたら、彼女たちへの報酬として月額70万円を固定費として計上しなくちゃいけませんよね」

「夏野さんはここの社員でもあるわけだから、サラリーマンとしての収入があるからいいとしても、他のコたちは生活がたいへんですよね」

「部長」

 夏野おとさんが表情をこわばらせる。

「あーし、まだ、アイドルやるって言ってませんよ」

「あ、そうでしたね」

 吉法が忘れているわけはない。

「それはまだ、後日、じっくりお話ししましょう。今日はとりあえず、報酬の件なんですが、当事者に近い立場として率直に聞かせてほしいんですが」

「アイドルのお財布事情ってことですか」

「そうです。さすが、察しが早いですね」

 夏野さんはデスクチェアに座ったままくるりと吉法に向きなおした。

「地下アイドルの平均月収は12万6千円だという統計があります。昨今の労働市場を考えれば、けっして高くありません。ってか、最低ラインですぅ」

「そ、そうですよね」

「しかもアイドルはビジュアル勝負の世界ですから、理美容に化粧品に、ネイルサロンにと出費先は無限に広がります。それを考慮するなら、まったくもって足りないのが現実だと」

「そ、そうですよね」

「アイドル運営会社の中にはタイアップ先の美容室や化粧品店や化粧品ブランドの広告を請け負うかわりに、当人たちに負担させない方針のところもありますし、個人がそれを実践しているアイドルもいるわけで」

「な、なるほどね」

 吉法は顎に手をあてた。

「うちでできるとしたら、市内の美容室とか化粧品店に協力してもらうとかですよね。ダンスレッスンを陣さんに依頼したみたいに、商工会議所を頼りにあたってみるかな」

「いい考えですね」

 おとさんが微笑んでいると、電話が鳴った。

「はい、お電話ありがとうございます。清正建設芸能部、夏野が承ります」

 電話の主は和光風香だった。

 彼女は決意し、契約を急ぎたいとのことで、正式な契約はいつするのかということと、レッスン開始の9月までは自主練をすることになるが、その経費は会社が負担してくれるかどうかの問い合わせだった。

「レッスンて、陣さんとこでやるダンスのことですよね」

 受話器を手で塞ぎながら、おとさんが言った。

「それも含まれますね」

「彼女、そこの会員ですよね。自分で今、会費払ってるんじゃないですか」

 おとさんの指摘は正しい。

「今月分は補助しますって言っといてください」

「ちょ、ちょっと、部長、そんな予算組みしてませんよ」

「それくらいいいですよ」

「もう! その甘い予算管理がこっから先の逼迫を招くんですよ」

 おとさんの反対を押し切るかたちで、吉法は電話の向こうの和光風香に補助をする旨を伝えてもらった。

 電話に向かって先ほどの感情は微塵も出さずにおとさんが説明すると、風香は具体的な金額を求めてきた。

「あなたが払っているレッスン料の未経過分を負担しますって言ってください」

「え? いいんですか」

 おとさんが不安げな表情を浮かべる。

「大丈夫です」

 電話を切ると、おとさんが不満たらたらを口にする。

「部長、今後は想定外の出費が発生したときにトップダウンではなく、正規の稟議を通してください。でないと、すぐに資金が底をつきます」

 かわいい顔でいつもニコニコしているイメージの夏野おとさんにこんな業務遂行能力があったとは知らなかった。

「た、たしかにそうですね。今後気をつけます」

 そのとき、今度は吉法のスマホに着信があった。

 その電話は秋城典子からのものだった。

「もしもし」

 電話の向こうの彼女はいつも通りの明るい声だった。

「部長さんにお知らせしておきたいことがございます」

 丁寧な言葉に重みを感じる。

「どうかなさいましたか」

「アキバドールズに脱退のお願いをしたところ、すぐに解雇されちゃいました」

 すぐに察しがつく。彼女の意向にかかわりなく、韓国でのリアリティショーへの出演は決まっていたのだろう。

 それを反故にした彼女に制裁的な解雇をするのは、この業界ならあり得る話だ。

「なるほど。わかりました。急いで契約手続きを勧めましょう。あなたが手すきになればウチにとってはこれ以上ありがたいことはありませんから」

 もしかしたら傷ついているのかもしれない彼女のことを(おもんぱか)っての言葉だったが、電話口の秋城典子はつとめて明るかった。

「ほんとですか。ありがたいです」

「プレスリリースの用意がありますので、写真が欲しいです。いわゆるアー写ですね。明日にでも事務所までお越しいただけますか。時間は……」

 小声でアポイントを成立させると、吉法は笑顔で電話を切った。正直いってホッとしたのだ。

 しかし、そんな彼を座ったままのおとさんが眼光鋭く見上げていた。

「今、思いつきで話を進めないでくださいと言ったばかりですよ。プレスリリースって、どこあてですか。まさか『市報わがまち・ひのかみ』さんとか『建設通信社』さんとかじゃないでしょうね」

「あー、もちろん、『西奥多摩新聞』は入れるけど、他は一般紙やテレビ、ラジオにも出しといてください」

「もぉ! 簡単に言いますけど、フォーマットもなんもない状態でイチから作んなきゃいけないんですよ! 明日出すなんてできませんとも」

「あー、ごめんなさい。それじゃ、ボクが準備します」

 平然と言ってのける吉法に夏野おとが茫然としていると、さっそく自分の机に腰かけてパソコンの電源を入れた。

「あ、そうそう。メンバーの報酬を倍にした場合の予算の見直しってできますか?」

「ば、賠?」

「そうです」

 視線は立ち上げたばかりのパソコンに注がれている。

 あきれて夏野おとが立ち上がる。

「月間140万円ですよ。それだけで半年しか持たなくなるじゃないですか」

 ようやく吉法がおとさんを見た。

「夏野さんは当社の社員ですから、報酬は辞退ってことでいいですよね」

「F○CK!」




 翌日。

「蔵前さん、朝から部長はどこ行ったんですか?」

 夏野おとの質問に、パソコンに集中している蔵前祥太郎が顔をあげた。

「これさ、今日中に完成させたいんだよね。昨日も今日までに完成させる必要がある企画書を作ったばっかなんだけど」

 蔵前が自分の仕事を邪魔されたくないと言いたげだ。

「ええ、ですから、神楽部長の行先を」

「ホワイトボード」

 ぶっきりぼうに言うとまたパソコンの作業に戻ってしまう。

「えー。ボードには信用金庫しか書いてませんよ」

「だったら、西奥多摩信用金庫でしょ」

「信用金庫に何しに行ったんですかね」

「そりゃ、金融機関つったら資金の調達でしょうよ」

「え? 借金する気なんですか」

「彼は天才っていうか、ひらめきのヒトなんすよ。だから、思い立ったら即行動なんでしょね」

「あーしぃ」

 蔵前がその声に気づいてようやく視線を投げた。

「どうかしたんすか?」

「以前の神楽さん、何度か見たことあるし、お話ししたこともあったんですけど、あんなヒトでしたっけ?」

「さあ。ボクは以前のって、その部長になる前でしょ。そのころの彼のことはテンで知らないんですけど、正直言ってあの若さで、大胆不敵っていうか、普段の大人しいというか、優しい性格から豹変することがあるんですよ。なんか、こう憑き物に憑かれたってやつですかね。突然、その」

「賭けていいのかな」

 ボソッと言う夏野おとはキラキラと目を輝かせていた。

 蔵前がようやく手を止めた。夏野おとをメンバーにする構想はすでに彼も知っているから、彼女の決断を後押ししたくなる。

「いいんじゃないかな。こっちはサラリーマンだから気楽なもんだけど、あっちに行くならそれなりの覚悟が必要でしょ。でも、あのヒトのあの不思議な活力はなんだかとてつもなく魅力的」

 おとの黒い瞳が天井を見つめる。

「あーし、やってみよっかな」

「応援しますよ。こっちはスタッフ不足で地獄になりそうっすけど」

「そうですよね。迷惑かけちゃいそう」

 はにかむように笑うおとの表情を横目に見ながら、蔵前がホワイトボードを見やった。

「うん? なんか、小さく書いてあるぞ」

 立ち上がるとホワイトボードまで進んだ。

「N&F? なんだこれ」




「お会いするのは二回目……、ですよね」

 黒い髪が風にそよいだ。

 和光風香は夏らしい半そでの白いワンピースで現れ、麦わら帽子を斜に被っていた。

 夏空を背景に風にスカートの裾を揺らせる姿はなんとも絵になっている。

「ふうちゃん!」

 吉法の脇から声を掛けたのは秋城典子だった。

「のりまーさん!」

 二人は手を取り合って再会を喜んだ。黒地に白の水玉をあしらったカットソーに白いプリーツのロングスカートといういでたちの典子と重なり合うシルエットはまるで二人組のアイドルユニットのように見えた。

「ごいっしょできるなんて夢にも思いませんでした」

 小柄な典子よりもさらに小さめの風香が見上げるように言う。

「わたしもうれしいな」

 二人の感情の交差がひととおり済んだのをみて、吉法が声を掛けた。

「お二人にはさっそくですがお仕事をしてもらいます」

 二人はもちろん、そのつもりで出てきているのだ。すでにプロフェッショナルな表情がキュートな二人の顔に浮かぶ。

「と、その前に」

 吉法は風香に向き直った。

「秋城さんには契約書を読んでもらって、サインをいただくだけですが、和光さんにはまだオーディションを済ませていません」

 駅前広場はセミの鳴き声が蒸せ返るような暑さの到来を予感させる時間。

 道行くヒトの流れはお盆休みが始まったからなのかゆるやかで、三人を気に留める者もいない。

「オーディションですか」

 風香の表情が少し硬くなる。

「なにか、自信のある分野をほんの少しでいいですから、ここで披露してください」

 和光風香には迷いがなかった。

 すぐに彼女はポーズを取ると、音もないのにダンスを始めた。

 それはアイドルにしては大人びて、そして妖艶で、それでいてどこにも下品さがないカラっとしたものだった。

「夏の日の青空のようじゃの。まるで今日の空のような」

 その声にハッとして振り向くと、そこに白石美奈子が立っていた。いつもどおりの日上高校の制服だが、今日は白いタオルを首にかけていた。

「ほれ、あれ、あれ」

 彼女が要求したので、吉法が自動販売機をめざそうとする。

 すぐに察した典子に甘えて、ペットボトルの水を人数分買ってきてもらう。「ほい」

 その中の一本を手渡すと、キャップを回し、美奈子がごくごくと水を飲んだ。

 それにつられるように典子と風香も礼を言ったあと続いた。

「あの。どこかでお会いしましたっけ」

 美奈子に典子が言った。

「そうじゃの。スタジオにお邪魔したぞよ」

 その言い回しをあえてかわすと、典子が言った。

「地元の高校の方ですよね」

「わらわは……」

「あ、あのね。このコはうちのグループの最初のファンっていうか、ぼ、ボクのブレインでして」

「ブレイン?」と典子。

「そ、そ。そーなんです。いろいろお知恵を拝借していて」

 そこまで言うと、風香が不満げに口をはさんだ。

「あのう。わたしのオーディションはどうなったんですか?」

「あ、ああ。ごめんなさい。もう一度お願いしていいですか」

 気を取り直して風香が踊りだす。きりりとした表情。典子より四つも年下だが、その妖艶ぶりだけをとるとすると、はるかにオトナに見える。

 指の先にまで行き届いた神経は同じだが、典子のエネルギッシュなダンスとは違う、感情の微妙な表現を伴う動きは踊るというより舞うといった方が適切な気がした。

 吉法はその時、不意に空を見上げた。

 どこまでも澄み切った青い空。その雲ひとつない夏空こそが和光風香の表現する澱みのない舞いそのものだと知る。

 視線を風香に落とすと、彼女の背景には公園の緑はなく、ただただ広がる青い空間があった。

 そして白いワンピースを着ていたはずの彼女が時代ものの着物を身に纏った姿となって舞い踊るのを見た。それが実際の変身なのか、それとも自分の脳がつくる幻覚なのかは判断がつかない。

 しかし、吉法が確信したのは言うまでもない。彼女もまた憑依転生を受けたのだ。

 そして、彼女のその舞いはまさしく妖艶だった。

 だが、行き過ぎた性的描写に走らず、かといって艶めかしさが伴わないわけではない、微妙なニュアンスのある舞いだった。

 そのイメージの奔流が吉法の心の中の炎を燃え上がらせた。

 爆裂した火炎が青い空をどこまでも突き抜けていった。

 この表情豊かな舞いは唯一無二だ。表情管理といい、ウィンクといい、男性はもちろん、女性にも感じてもらえること請け合いだ。なんという個性、なんという逸材。吉法は典子に続く人材の登場に、自信を深める。

出雲阿国(いずものおくに)じゃ」美奈子が言った。

「これは踊りの神を迎えたようなものじゃ」




「あのう」

 駅前のファミリーレストランに四人で入った。

 典子が業務請負契約書を見ながら吉法に声をかけた。彼女は黒縁のメガネをかけて熱心に契約書を読み込んでいた。

「月額報酬が」

「そうなんです」

 吉法が受け応える。

「当初10万円とお伝えしていたのですが、昨今の労働事情を鑑みた結果、月額20万円とすることにしました」

「え?」

 和光風香が声をあげた。

「どうです? かなりがんばりましたよ」

 喜んでもらえると思った吉法が自慢げに語る。

 秋城典子は口元に笑みを浮かべたがしかし、風香はニコリともしなかった。

「こ、これっぽっちですか」

「げ」

「わたし、親にいろいろ心配かけてばっかりで、すぱいきゃんが解散して東京から戻ってきたんですけど、正直言って事実上の失業状態だし、それでもアイドルに未練があってなんとかもう一度って思って、それでスタジオJさんに通ってたんですけど、これが最後のチャンスだっていう決意のチャレンジなんですよ」

「そ、そうですよね」

 風香の気迫に吉法が()されてしまう。

「これまでやって来たことの集大成としてこのグループを選んだんです。世界、いや宇宙をめざすっていう言葉に本気を感じたんです。ただのご当地アイドルじゃないって思ったから、それで。すみません。ももう少し、なんとかなりませんか」

 そこまで言うと、横に座っていた典子が彼女の肩に手を回してなだめようとしたが、ヒートアップした風香は収まらない。

「報酬についてはよく読んでみてください。グッズや販売音源の売り上げ、チェキやSNSの投げ銭からの分配金の比率も明示しています。ゆくゆくは定期公演を実施し、そのチケットからの分配金も想定しています。それにレッスン料はいただきませんし、さらに言うなら衣装代金はもちろん、お化粧品や理美容費も会社持ちの方針であることを明記しています」

 それを聞いて風香が契約書を再度開いた。

「これなら、実質の経費は国民健康保険と国民年金だけだから、20万円いただいたとしたら、可処分所得、つまり自由に使えるお金としてはそこそこ手元に残る計算になるよ」

 さすがは関東大学卒の高学歴アイドルなだけはある。秋城典子の援護射撃に内心ほっと胸をなでおろす。

 しばらく紙の契約書に視線を落としていた風香が顔をあげる。

「両親を心配させたくないから、新しいグループにオーディションで選ばれたって言っちゃったんです」

 彼女が神妙な顔で伝えた。

 吉法の横の美奈子がストローで飲んでいたティーオーレでズズっと音を立てた。

「だから報酬額もこんなにあるよって言ったら、喜んでもらえるかなと思って」

 吉法にその気持ちが伝わると、彼は顔を綻ばせた。

「ウチが目指すのはご当地アイドルではないんです。おっしゃる通り、日本全土、いやすでにホームページにもあるように『日上から宇宙の涯てまで制覇しようぜ』がチームスローガンですから、世界展開も視野に入れています。もちろん、その具現者であるパフォーマーのみなさんがフロントマンである以上、それ相応の報酬を受けとっていただくことになんらの躊躇(ためら)いもありません」

 風香が典子の顔を見る。典子がうんと頷いた。

「わ、わかりました。ごめんなさい。私、なんだか、先を急いじゃってて」

「いえ。和光さんの思うところはよくわかります。ボクだって、自分の父母には迷惑をかけたくない、心配させたくないという想いがあるのは同じです。ですが、今は夢に向かって飛躍しようという段階ですので、ここは我慢をお願いするしかないのが情けないのですが、どうか、どうか、ご理解ください」

 美奈子がカラになったグラスの氷から水分を吸い取ろうとしてストローで吸う。氷が澄んだ音を立てた。

「ではさっそくですが」と吉法。

典子と風香が顔を見合わせる。

「今日のお仕事は……」



Act11 イケるっしょ!


第七章 チームづくり


第一項


ここまで来ると、かなりカタチになってきているかと思います。

では実際にどう、集客し、どうファンを作っていくかですが、その前にひとつお伝えしておきたいことがあります。

まず、スタッフと支援してくださる各方面の方々を最初のファンとして扱うことを考えてください。

運営が極めて事務的かつ、杓子定規に動く組織では、アイドルは大きな波を掴むことができません。

はっきり断言しておきます。

まず、あなただけではなく、スタッフの全員が「このコたちを応援したい」、「このコたちに本当にすばらしい景色を見せてあげたい」という信念と熱意を持つこと。

その信念と熱意が根付くことで、結果は大きく違ってきます。

そしてその信念と熱意は、各ステークスホルダーのみなさんにも浸透させる必要があります。出資者、協力会社、タイアップ、関係各方面のどのセクションで関与する方にも同じ意思を共有していただく。

 それが何より重要な要素であることをしっかり認識しておいてください。



「どうぞ、どうぞ、おかけください」

 西奥多摩信用金庫日上駅前支店長の豊川(とよかわ)澄夫(すみお)が名刺を差し出し、吉法が自分の名刺を返している間にも彼の視線は三人の女性の値踏みに動いていることを察知した。

 事前に清正建設社長のチカラを使ったので、融資担当者ではなく支店長の豊川が出てきたのだが、以前の吉法なら足が竦んでしまうほどの相手だったにもかかわらず、まるで物怖じすることなく切り出した。

「今日は融資のお願いでお伺いしました」

 腰をかけると、豊川支店長は銀縁メガネに手をやった。

「ええ。お伺いしております」

「ご承知のとおり、日上アイドルプロジェクトは当社の新時代への生き残り戦略のひとつであるとともに、過疎化の進む当地の活性化と持続可能な地域社会の発展への寄与を目的に企画されました」

 すかさず典子が建設会社のロゴが入った封筒からクリアファイルに入った企画書を打合せどおりに差し出した。

 清正建設芸能部蔵前課長の渾身の企画書にはAI生成した7人のアイドルキャラクターのイラストが表紙からはみ出さんとする勢いで踊っていた。

 しかもそれぞれのカラーを持つメンバーのうち、水色は典子に似せたボブヘアであり、青色は風香に寄せた腰まである黒髪ロングにしてある。

「当社では初年度より収益化をめざした短期的目標を設定するとともに中長期的には世界進出までを視野にいれた構想をしており、所期の目標達成に必要な優秀人材の確保こそ未確定ですが、その点についても充分可能であると考えています」

 そこで典子と風香に視線を投げる。想定では豊川支店長は、そこで二人のアイドルに目をやるはずだったが、実際の彼は企画書の数値が並ぶページを丹念に見ているようだった。

「そこで……」

 動揺を見せまいと吉法が言葉を用意したとき、豊川が口を開いた。

「その部分がけっこう重要なのは私にもわかりますよ」

 そこではじめて豊川は視線の端で三人の女性を捉えた。当然だが、美奈子もメンバーだと思ったようだ。

「芸能というのは水モノです。私たちのようなお堅い職業の者からすればもっとも評価しづらい分野です」

「そ、それは重々承知のうえです。ですので……」

 吉法はあえて紹介しなかった女性たちを指し示した。

 そしてスマホを取り出すとその画面を見せた。

 ニュースサイトのページだった。

「日上市ご当地アイドルプロジェクトにアキバドールズを卒業したばかりの秋城典子と元すぱいきゃんの和光風香が参戦!」の見出しが躍っていた。

「こちらのお二人がその……」

「はじめまして。秋城典子と申します」

 典子がすくっと立ち上がると、すばらしい笑顔でお辞儀した。

 それに倣うように風香も立ち上がると、同じように礼をしたが、その時にウィンクを投げた。

「はじめまして。わこちゃんこと、和光風香でぇす」

「あ、ああ、あの。あの、奥西多摩信用金庫日上駅前支店支店長の、と、豊川、豊川澄夫と申します」

 二人にはあらかじめ渡してあったプリンターで印刷した即席の名刺を渡す手筈にしておいた。

 交換の際、典子がとっておきの上目遣いで笑みを投げかけ、風香はクールにあえて斜に構えてほほ笑んだ。

西奥多摩信用金庫日上駅前支店の支店長応接室に海の波涛が巻き起こり、どこまでも澄んだ青空が広がった。

「あ、ああ。あ、あの……」

二人の生命力たるふたつのチカラの(みなぎ)りが、立ち尽くした豊川支店長を飲み込んだ。

権威と地位に胡坐(あぐら)をかいていた老獪なビジネス戦士はあっさりと手中に落ちた。彼にも海と空は見えていたのだろうか。

「そ、それで融資にはいくら必要ですか」

「二千万ほど」




昨日。

「なんだ、話って」

「社長、大変申し訳ないのですが」

 社長室には緩やかな冷房が効いていた。

 清正建設代表取締役の鈴岡正に表情はなかった。

「まあ、座りたまえ」

 応接室の椅子に腰かけると、冷蔵庫からペットボトルを取り出して、吉法に手渡した。

 ゆっくりとソファに座ると、自らの分のボトルキャップを回してわずかに口をつけた。

 静かな時間が流れる。空調の低い音だけが耳を埋める。

「で」

「はい」

 吉法の手には資料の類はない。

 鈴岡社長は吉法が切り出すのを待った。

 吉法は正面に社長を見据えたが、言葉を発さなかった。

「で?」

 しびれを切らした鈴岡が先に聞く。

「お与えいただいた予算の範囲内では自分の意図するモノが作れないことがわかりました」

 鈴岡は表情を変えなかった。

 さらに沈黙が続く。

「だから?」

 辛抱しきれぬ鈴岡が先に言う。

「現場に充分なモチベーションをもたらし、自分の想定するモノを形づくるにはどう見積もってもあと2千万円は必要です」

 鈴岡は無言だった。

 吉法の額には暑さからではない脂汗が滲んでいた。

 ほんの数秒が永遠のもののように感じられた。

「それで?」

「はい。資金を調達するのに、お力をお貸しいただきたく」

「なんだって?」

「西奥多摩信用金庫さんにお願いするつもりです。社長からプッシュをお願いいできたらと」

 鈴岡社長がペットボトルの水をごくりと飲んだ。

 考えごとをまとめているのを見透かされまいと、鈴岡は視線を合わせてこなくなる。

 ここではじめて吉法が先行した。

「社長、どうしてもお願いしたいんです」

 そこでようやく鈴岡の顔が明るくなった。

「駅前支店の豊川支店長のところへ行きたまえ。午前なら彼は支店にいるよ」

「わかりました。ありがとうございます。この融資を返済できなくなるような事態だけは」

「神楽くん」

 鈴岡は吉法の言葉を遮ると、立ち上がった。

 何か言おうとしたように見えたが、口を横一文字にしたままだった。

 そして壁にある、人気アイドルグループ、スマイルチャンスのポスターの前に進んだ。

「今度のアイドルグループなんだが」

 ポスターを愛おしそうに眺めた。

「はい。まだ、グループの名前を決めておりません」

「そうか。メンバーのみんなが明るくて、透き通るような輝きに満ちていて、それで、そんな彼女たちの紡ぐ物語を見せてくれるといい」

 鈴岡がポスターにある7人のメンバーのひとりひとりを目で追った。社長の推しは住道楽々(すみのどうららみ)だったが、社長の視線は全員に万遍なく注がれたように見えた。

「こんなメンバーが集まるんだよな」

「そのつもりです」

「わしからお願いがある」

「なんでしょう」

 (かしこ)まって吉法が聞いた。

「ファンクラブの会員番号1番はわしにくれよ。あ、もちろん名誉会員な。会員特典はてんこ盛りで」




「今回は清正建設芸能部名義でのお貸付けとなります。入金は三営業日後です。もちろん、担保は必要ありません。返済の要領はこちらの書面のとおりです」

 事務担当者の説明を聞きながら、吉法と面々は心の中でガッツポーズを作っていたが、最後に支店長が挨拶のために戻ってきた。

「と、ところでですね」

 テレビでよく見るような擦り手をしながら支店長が尋ねてきた。

「こ、このお二人の魅力はよくわかりました。これのお二人だけでもう日上ご当地アイドルは成功したも同然かもしれません。と、ところで」

「はい、なんでしょう」

 早く辞したいところを豊川支店長が絡んでくる。

「そ、そちらの女子高生さんは」

 指を差された美奈子が顔の横でVサインを作って見せた。

「わらわは」

「あー、このコは。……このコはですね、研究生なんですよぉ」

 苦し紛れの受け答えをしたので、事前説明と違うことから典子と風香が顔を見合わせた。

「ま、まあ、とにかく、当社の秘密兵器なわけなんです。きょ、今日は社会見学をかねて連れてきたんですが、お邪魔でしたでしょうか」

「い、いや、その方もアイドル偏差値がお高そうです」

「え、ええ。まあ」

 取り繕いの笑みを張り付けた顔で、次の言葉を考えていると支店長の方から切り出してきた。

「あ、あのぅ」

 豊川支店長が申し訳なさそうに言う。

「な、なんでしょうか」

「アイドルグループですから、当然ファンクラブ的なモノってお作りになるんでしょうね」

「それはもちろん検討しています」

「あのう、できることなら。あ、いや、あくまで仮定の話なんですが、ファンクラブ立ち上げの際には個人的にお声がけいただけないでしょうか」

 豊川支店長の欲していることが見えた。

「も、もちろんです。当社の社長が名誉会員番号1番を取得する予定ですので、名誉会員番号2番を進呈いたします」

「ほ、本当ですか! ありがたい! 名誉なことだ!」

引き攣った笑いでごまかしながら支店を後にした。


「いやあ、うまく行きました」

 典子と風香は支店の廊下からひそひそ話を続けていた。

 美奈子の素性についてあれこれ話しあっているのであれば面倒なことになりかねない。

「なんかすごいことになってきましたね」と典子。

 その話が美奈子のことでないことにホッとする。

「まだ立ち上げもできてないのに、ファンクラブの会員が2名だなんて」と風香。

「ほ、ほんとそうですよね」

 何もかもうまく運んでいた。メンバー集めだけが課題だが、それもあのプレスリリースから出たニュース記事で好転するに決まっている。

 典子と風香の加入が決まったとなれば、彼女たちといっしょにステージに立ちたいと願う者が出てくるはずだからだ。

「今日は本当にありがとうございました。もちろん、本日のイベント参加に関する報酬はお支払いしますので」

 そこまで言って、足の止まった風香が下を見ているのに気づく。

「わこちゃん……」

 声を掛けたのは秋城典子だった。

「あたし、なんか悪いことしちゃってませんか」

 風香は吉法に言った。

「悪いこと?」

 彼女の言わんとしていることは想像できたが、意図的に聞いてみる。

「その。まだ、なんにもしてないのに、もらってばっかで。予算が限られてる中で、なんの成果も出してないのに、お給料を増やしてなんて言っちゃったうえにこんなにあれこれしていただいて」

 吉法自身、自分にこんなテクニックがあったのかと驚くほどの大声で笑った。

「あははは。今日、契約書にサインしてくださったばかりじゃないですか。成果はこれからいただきます。それに報酬額の提示はこちらの戦略ですよ。あなたや秋城さんという即戦力を必要とするなら、その対価を支払うのは当然です」

 思わず涙ぐむ風香の背中に典子が手を回した。

「結果で応えようよ」

「まさしく! お二人には期待していますよ! ぜひ、よろしくお願いいたします!」

「あたし、自分でハードルあげちゃったかな?」

 自嘲気味に風香が言った。

「あたしたちなら……」

 典子が誘うように言った。

「イケるっしょ!」

 二人の間で決められた符合なのか、声を合わせた。

 後で知るのだが、ダンススクールでの掛け声らしい。

 涙しながら風香が笑みを見せたので、吉法も安心して声をあげた。

「イケますよ! もちろんですとも!」


 二人とは駅前で別れた。

 美奈子はしばらく自分のあとについて歩いていたようだが、いつのまにかいなくなってしまう。

 まるでネコみたいな女のコだが、よくよく考えれば、最初に会ったときの彼女はネコだったのだから不思議はない。

 さて、朝いちばんの大仕事を終えた。これから事務所に帰って、予算の見直しをしようか。そう考えた吉法の尻ポケットでスマホが鳴った。事務所からだ。

「あー、お疲れ様です、夏野さん」

「ぶ、部長! お疲れ様じゃないですよ!」

 ぶっ飛んだ夏野さんの声に背筋が伸びる。

「どうしたんですか」

「応募が来てます!」

「そりゃ来るでしょう」

「43件です!」




「と、とりあえず、16時までの集計で応募総数は56件。事前書類審査の通過は38件です」

 助っ人の総務課のお(つぼね)さま、緑川(みどりかわ)さんの助力でなんとか処理しているが、とてもさばききれない応募があった。

 この中に金の卵がいるのは間違いないが、それを見つけ出すのが大変だと気づく。

「経験者をまとめていますが、3件ですね。契約持ちはなし。あとは、ええと、初心者ですが、他の事務所の研修生は経験者に含めますか?」

「契約書を巻いているような方は先方での契約違反に該当するため除外する方向にしましょう。本人には契約破棄後の移籍を希望するなら参加資格ありと」

「わかりました」

「あー、また来ました。ええと、この方、東京在住って書いてますが、青森出身ってなってますね。青森から通うわけじゃないでしょうから、事前審査通過でいいですか」

「東京在住が事実であれば、問題ないでしょう。こちらまで通ってもらうことにはなりますが」

「これで57件。通過39件ですね」

「部長、これはオーディションを実際に開催しないと厳しいですよ」

 夏野さんがうちわをパタパタさせながら言う。

「とにかくお盆明けにオーディション開催ってことで通過者に連絡してください。陣さんのスタジオ、貸し切りできるのいつでしたっけ? それから……」

 バタバタのさなか、夏野さんの目がパソコンに吸い寄せられた。

「ぶ、部長、こ、これ」

「え? なに?」

「さっきの青森出身の方」

「どうしました?」

「あーし、このヒト、知ってます」



Act12 次の方


この度は「日上市ご当地アイドル・オーディション」にご応募いただき、誠にありがとうございます。

第一次書類選考を通過しましたので、第二次選考を以下の通りご案内申しあげます。

選考会とオンライン選考からお選びいただけますので、熟読のうえ、どちらに参加するかをメールにてご連絡いただきますようお願い申し上げます。

また、残念ながら選考辞退の場合でも、お手数ですが辞退の旨をお知らせくださいますようお願い申し上げます。


日上市ご当地アイドルオーディション第二次選考会 開催要項


 記


1 集合選考

日付 2026年8月23日日曜日

時間 整理番号1~20 午前11時

   整理番号21~40 午後2時

   整理番号40以降 午後5時

会場 日上市ピュアッセ日上6階 Jダンススクール Aスタジオ

住所 日上市駅前町3丁目8番5号(JR日上駅から西へ徒歩5分)

選考項目 ダンス審査(曲に合わせてアドリブで踊っていただきます)

歌唱審査 課題曲(スマイルチャンスさま『眠れる森のびじゅツヨ彼女!』1番A、Bメロ+サビ)

アピール審査 1分で自己アピールしていただきます。審査員からの質問に答えていただくこともあります。


選考委員 当事務所統括責任者プロデューサー、陣多加美(Jダンススクール主宰)、秋城典子、和光風香(以上2名グループメンバー)、他選考委員2名

事務局連絡先 清正建設芸能部 03-○125-1235 内線13番(平日9時から17時)

メールアドレス idol@seisho-const.co.jp


会場へお越しの際はダンス選考に対応できる服装をご用意ください。

足元は運動に適したものならバレエシューズでなくともけっこうです。

長時間の選考となりますので、飲料水などをご持参ください。

更衣室で食事をとっていただいてもけっこうですが、飲料水の自動販売機以外はスタジオ内にはありません。



2 オンライン選考

当日、都合のつかない場合などを考慮してオンライン遠隔選考も実施します。

選考項目は自己アピールのみで、仮通過となった場合は1と同様にダンスと歌唱を確認いたしますので、ダンス・歌唱を各々一分程度録画したものをメールに添付して提出していただきます。オンライン選考までに事前提出いただいてもけっこうです。

詳しくは仮通過通知メールでお知らせします。

オンライン面談アプリに関して以下のQRコードから取得してください。

入室IDとパスコードは個別に送信いたします。




「参加意思の表明は47件。事前辞退3件、連絡なしが6件。オンライン個別選考希望は47件中3件でした」

 夏野おとの報告を聞き、吉法が立ち上がる。

「参加資格のある方は全部で47名ですね。審査内容はダンスと歌唱、1分間アピールトーク。それはいいとして」

「なんか問題でも?」

「いや、審査員6名中、素人が3名」

 自嘲気味に笑う吉法に蔵前課長が突っ込んだ。

「その三名がここにいる三名ですよ」

 三人は互いの顔を見て笑いあった。

「しっかし、なんで、あーしが面接員なんですか」

「面接員じゃなくて選考委員ですよ。夏野さんのアイドル愛をフル動員して臨んでくださいよ。WePlayerのちりぃさんとして選考委員に名を連ねていただいてもよかったんですけどね」

「ぐぬぬ。ま、いいっす。ここであーしもオーディションにかけられるのかと思ってたから」




 オーディション当日。

芸能部の三人ともが選考委員となるため、会場受付には清正建設から応援を得ていた。受付に二人、会場整理に二人、オーディオ管理に二人と、映像記録には動画に二人と写真に二人。

 もちろん清正建設のメンバーは協力を申し出た者に来てもらってはいるが、ボランティアではなく、吉法の基本方針どおり休日出勤となっている。

 その原資は芸能部の予算からとなっており、会計担当の夏野にとっては頭痛の種となっていた。

 一方会場の様子は蔵前課長が随時、EXで発信する手はずとなっているし、プレスリリースによって報道陣へのアピールも済ませてある。

「さて、これで設営は完了ですね。あれ? すみません、選考委員の席、七つありますよ」

 設営をした清正建設の社員に声を掛ける吉法。

「あー、あちらの方からの指示です」

 社員のひとりが指さした。

 その先には典子や風香と談笑する美奈子がいた。

「あ、あいつ、いつの間に」

「おう、おぬしか。わらわも選考委員をやってやる故、ペットボトルを用意するがよい」


 とりあえず、美奈子には日上市民代表という名目で座ってもらうことになった。

 30分前。最初にやってきたのは地元の西奥多摩新聞の記者とカメラマンだった。

 対応についてのノウハウがなく、お茶を出すべきかどうか検討されたが、ほどなくアイドル候補生たちが集まりだし、その対応に追われたためにうやむやとなり、受付順でオーディションが始まった。

「それでは受付番号1番のかた」

 高校を卒業して無色だという未経験者に始まって、地下アイドルの経験者や地元の夏祭りカラオケ大会で優勝したばかりの猛者までが選考を受けた。

「どうです、部長」

 横で蔵前課長がニヤリと笑った。

「ううむ」

 正直言って、秋城典子や和光風香と出会ったときの鮮烈な印象を受ける者はいなかった。

「ぼくね、5番のコ、好みです」

 いや、好みで選ぶモノではないと言いかけたがやめておく。

 彼とて、アイドルに対する造詣の深さがあるのだ。その経験と勘に頼ってみるのも悪くない。しかし吉法の見立てでは5番の候補者にはそれほどの魅力は感じなかった。

「これで第一部の参加者は全部です。2名、来ませんでしたが」


 遅い昼食を摂ったあと、第二部を始める。

 休憩がてらに典子や風香にも聞いてみたが、手元の評価シートでは団栗(どんぐり)の背比べであるとのことだった。陣多加美もダンスで光るモノを持った者は今のところいないと言う。

 何人かが続けて臨んだが、選考委員の顔を明るくする者はおらず、昼食後ということもあって、眠気も差してくる時間となった。

 しかし。

「次の方」

「このヒトです。本日の大本命ですよ」

 おとが言う。

 するするとあきらかに身に纏うオーラの違う女性が現れた。

 吉法は目を見張った。

 白い肌がひときわ光るさわやかな美少女だった。足元にバイオリンケースを下ろした、その動作の端々にもきめ細かな動きの芸術性がある。動作に見られていることを意識したメリハリと、なめらかさ。

「はじめで。わが檀野華乃子(だんのかのこ)ダ。よろしく願ウ。わどは歌ど踊りが大好きダ。アイドルの経験も少しだばってあル。ここではフレッシュさど明るさで、みんなに愛さいるアイドルば目指ス。どんぞ、よろしく願ウ」

 見た目のさわやかとは正反対の言葉遣いに美奈子以外の選考委員が手元資料に目を落とした。

「そ、それでは歌唱を」

 かわいらしい声で課題曲を歌う彼女。思えば、典子と風香の歌声を評価してこなかったから、この美声で音程も安定している候補者の価値はすぐにわかった。

 続くダンス審査にもかわいいに全振りした個性あふれるダンスを披露し、典子と陣さんがうんうんと頷くほどに完成されていた。

「では次に一分アピールを」

 少女がとっておきの笑顔を選考委員たちに投げかけたあと、こくりと頷いた。

「津軽弁は使いません」

 さっきのあのイントネーションが津軽弁だったと知る選考委員たち。たしかに事前資料には青森出身と書いてある。

「あらためまして、檀野華乃子と申します。私はこの時間を言葉ではなく、これで自分を表現したいと思います」

 彼女がしゃがむと手際よくバイオリンを取り出した。調律を少しすると、すぐに立ち上がり、選考員たちに向き直る。整った表情からあふれ出る笑みを投げかけたあと、きりっと表情を締めて構えたバイオリンに弓を滑らせた。

 吉法はじめクラシック音楽に詳しい者は選考委員の中にはいなかったが、その曲のタイトルなどはわからずとも、誰もが知るものだった。

 サンサーンスの『白鳥』。

ヘルムホルツ共鳴が導く音の豊かさは、それまでの檀野華乃子のかわいくて明るいキャラクターや、津軽弁の使い手であることのインパクトとは相容れず、それでいて、アイドルとして人前に立つならこれ以上ないキャラクター性であると選考委員の誰もが認識した。

流れるメロディ。簡易に備え付けられたスピーカーからではなく、ナマで届けられるその優雅で豊かな調べに、一陣の風を見る。

若葉舞うその風の中、檀野華乃子は身に着けていたTシャツとショートパンツではなく、古風なセーラー服を身に着けているように見えた。

諏訪(すわ)()自子(じこ)

 美奈子が言った。

「わ、わりと最近までご存命の方だよ」

 吉法がおと、典子、風香の三人を飛び越えて言った。

「関係はない。芸能史、音楽史に偉大な足跡を残した偉人の一人じゃて」


 1分尺の規定だったが、2分ほどで演奏が終わると選考委員はもちろん、スタッフの清正建設社員や他のオーディション参加者からも拍手が起こった。

「質問のある方」

 司会役兼任の蔵前が言うと、それまで無言だった美奈子が手をあげた。

「なはどこから来たノ? 東京に住んでらんだガ? 今度、いっしょにお茶すベ」

 素っ頓狂な声の津軽弁で横に座っていた風香がのけぞるほどのインパクトがあったが、華乃子は笑みを倍増させた。

「わは今は都内に住んでラ。お茶ならいつでもお付ぎ合いすオン」

 二人の不思議な共鳴が吉法の目の前に再び、木の葉の舞いを呼び寄せた。

 春の若葉の芽吹きの香り。そよぐ風にフィトンチッドの(かぐわ)しさ。それは生命力であり、命の源であるエネルギーそのものだった。

 典子の時には海が、風香には空がイメージの奔流となって自分を包んだが、華乃子からは若葉の生命の(たぎ)りを目の当たりにすることになった。

「あ、ありがとうございました」

 華乃子は引き際に、もう一度振り向くと、選考委員たちに笑みを投げかけた。

 そのかわいさと愛らしさに圧倒されたのは吉法だけではなく、蔵前も撃ち抜かれたようで、次の段取りを失念し、空白の時間を作ってしまう。

「ああ、そ、それでは……次の方」




「31番須郷(すごう)(きよ)()です」

 プロフィール表には「元ミラクルフラワー。元MeAlong。現在は東京を中心にしてモデル活動を展開中」と記されていた。

 典子と風香が何やらヒソヒソ話している。

 歌声は声量があり、充分なボイストレーニングが積まれていることがわかった。

ダンスには風香に似た妖艶さがある。

立ち振る舞いは華乃子とは正反対のクールさで、清涼感のある黒く長い髪が印象的なうえ、切れ長の目にはヒトを引き付ける強い意思のようなものが感じられた。一言で言い表すと美人というやつだ。

「一分アピールをお願いします」

「はい」

 彼女は決意を込めた口調でしずしずと語りはじめた。

「わたしは14歳からアイドル活動を始めました。グループをいくつか渡り歩き、フェスやアリーナ公演も経験しています。しかし、わたしの真の目標は日本一のアイドルになることであり、これまでの活動ではそれを成すことができませんでした」

 吉法も蔵前もうんうんと頷いた。

「ここでなら、その目標を達成させてもらえるんでしょうか」

 その問いには鋭い意思が込められている。

 横並びの吉法と蔵前が顔を見合わせる。同様に横に座っているおとと典子が。そして風香と美奈子が同じように互いの顔を見た。

「もちろんですよ」

 吉法が言った。

「その根拠を示していただけますか」

 アピールタイムにも関わらず質問してくる須郷清香に、吉法は向き合った。

「根拠はなにもありません」

 きっぱりと吉法が言った。風香が首をすくめた。

「根拠はありませんが、熱意と戦略があります」

 吉法はこの言葉の出どころがどこなのか、自分でも不思議に思えた。

「ボクはこのプロジェクトの責任者ですが、あなたが今お持ちのチカラをさらに磨いていただけるなら、その目標に一歩でも近づけるよう我々も全力でお手伝いします」

 須郷清香はスタンドマイクにそっと手をやり、マイクの位置を修正した。

「お手伝い? ですか?」

「ええ。そうです。あくまで主体はステージの上の方々です。ボクたちにできることはただひとつ。サポートです」

「わたしの目標へのサポートをしていただけるんですね」

 清香がクールな目元に強い意思を込めて吉法を見た。

「ありがとうございました」

 そう言うと深々と腰を折る。

 典子とおとがヒソヒソと話す声が吉法にも聞こえてきた。

「彼女、トラブルメーカーで有名ですよね」

「たしか、前のグループもメンバーとトラブって脱退したって」

 その声を耳にして、吉法はもう一度彼女の後姿を追う。背も高い。スタイル抜群だ。歌もダンスも合格点。強い意思も感じられた。トラブルメーカーだとしてもコントロールが不可能なわけではないはずだ。今もこうしてアイドルで復活しようとしているのだから。

 横の蔵前は須郷清香のパフォーマンスのその余韻に浸ってニコニコしている。こういうコがタイプなのだろうかと思う。

 しかしふと、美奈子の様子をおとたちの頭越しに見た。

 美奈子はくぅくぅと音をたてて居眠りをしていた。




時間がない!

やることは山ほどあるのに!


新メンバー加入の判断基準は?

いよいよ、メンバーセレクション佳境!


ということで、

次エピソードは5月半ばの予定です。

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