37 何かの実体験をする
本日もう一話投稿します。
「それでは、実体験してみようか」
言葉が終わるやいなや、ヨハンの手から光が放たれた。一瞬目を閉じ、次に目を開けると、周りの風景は変わっていた。
私はどことも知れない崖の上に立っていた。空は青かったが、地平線の方に目を向けると、夕日のような赤と夜のような黒が混ざり合った色をしていた。
大地は見渡す限り草が生えていて緑だったが、そんな中に、大勢の人間が立っていた。数千人ほどいるだろうか。老若男女がいた。私が立つ崖の下に集まっているようだった。
そして遠方に、ラウトゥーゾの遺跡が見えた。
「集まったか」
私の後方から声がした。振り向くと、壮年の男性と女性が歩いてやってくるところだった。二人は手をつないでいた。そして、つないでいない方の手には木でできた杖を持っている。
そして、二人の周りを小さなモノが飛んでいた。ラヴィに似た小さな竜の人形で、木でできていた。それと目が合った瞬間、私はまた別な場所にいた。
私は大勢の人たちの中にいた。人々は整った身なりをしていたが、その服のデザインはかなり古風だった。彼らは皆、杖を持っていた。長いもの、短いもの、太いもの、細いもの、サイズは様々だったが、素材は全て同じ木でできていて、先ほど見た男女とも同じ材質だった。彼らの杖に飾り気は一切なかった。
彼らは皆同じ方向を見あげていた。その視線の先をたどると、崖の上に二人の男女が立っていた。その服装から、先ほど見かけた二人であることがわかった。つまり、その崖が私が先ほどまで立っていた場所だということだ。
彼らの声が、前世でいうところのマイクを使ったような音量で辺りに響いた。
「我が臣下よ。よくぞ私たちの呼びかけに応えてくれた。そなたらも知るように、地平線がなくなり、そこに暗い空が広がり初めてから、我々に安寧はなくなった。このままでは、我々の子孫が暮らす場所はなくなってしまう」
男性が話すのに続き、女性が話し始める。
「幸い、今のところは神々が世界の消滅をくい止めてくださっています。でも、このままでは滅びは回避できません。神々は私たちに力を与えてくださるとお言葉をくださいました。その力を使うには、我々は生まれかわらないとなりません」
女性は手に持っていた杖を掲げた。男性も掲げる。そして、その周りを、ラヴィによく似た人形が飛び回る。
何か音にならない音が通り抜けていったように思った。その瞬間、私の周りにいた人々が叫び声を上げ始めた。のけぞったり地面に四つん這いになったり、走り回ったりする人々の顔は、青くなったり緑色に変わったり紫色になったり灰色になったりしていた。
そのうち、人々の輪郭が大きく変わり始めた。目が飛び出たり鼻がよじれたりというのはまだ小さな変化だった。ひどい者は頭が大きく凹んだり、背骨が背中から突き出たり、肌の表面が溶けたりとしていた。やがて、多数の人間が塵になったり水になったり光になったりしながらその場から姿を消した。
そうはなっていない人たちもいたが、次の瞬間、その場から私以外の人間の魔素の気配が消えた。姿はあっても、何も感じられなかった。存在があれば魔素の気配が必ずある筈なのに、その瞬間は「無」だった。
でもそれは一瞬だった。残っていた人々にはすぐに魔素の気配が戻った。彼らは普通に人間の姿をしていたが、顔色は一様に悪かった。
彼らは一様に虚ろな目をして、さっきまで自分の傍にいた人々が残した衣服や持ち物を見ていた。
崖の上から声がきこえた。
「今の試練は、神々から与えられたものだ。それに耐えることができたそなたらは、神々が与えた力の器となることができた。そなたらには、神々と一緒に、与えられた力を使ってこの世界の危機を押し戻すことに力を貸してほしい」
崩れずに生き残っていた人々の間から弱々しい声が上がり、それはやがて大きな声に変わっていった。人々は手に持っていた杖を高く掲げた。それらは淡く白い光を放った。
それは、魔素の働きではなかった。
それが魔力よ、と崖の上から女性の声が響いた。
「あなた方の中には、今、家族を失った者もいるでしょう。予め話はきいていたとはいえ、実際にそうなると、その衝撃、悲しみはいかばかりか。私たちも子や孫を五人失いましたからわかります。でも、その悲しみに囚われて、歩みを止めるわけにはいきません。この世から去った家族の分まで、私たちは生きなければならない。そのためにはこの世界の危機を乗り越えなければならない。どうか、あなた方も力を貸してください。全てが終わり、私たちが新たな時代を迎えることができるようになったと確信できたときに、失ったものに向き合いましょう」
そこにいた人々は、崖の下に集まり始めた。
逆に私は後ずさった。そのとき、足に何かが当たった。
それは、男性の服だった。その襟の間から、さらさらと灰色の砂が落ちてきた。
それが何かを考えている間に、また周りの光景が変わった。
私は再び先ほどの崖の上に立っていた。地平線に浮かんでいた黒い空に向かって人々が杖を振り上げていた。杖は光を発し、そしてどこかからか現れた淡い光が杖の光と一緒になって黒い空を包み込んでいった。
と、遠くから私の名前を呼ぶ声がきこえた。それを認識した瞬間、私は全く別な場所にいた。
私がいたのは、ベッドの上だった。そこに横になっていた。見えるのは白い天井。
「シホちゃん!」
私を呼んでいたのは、マリちゃんだった。
私は、体を起こした。頭がぼんやりとしている。
さっきのは一体、と思っている中、ベッドの傍にはジェニファが、部屋の窓の傍にはヨハンがいるのに気がついた。
そして、自分がいる部屋が、遺跡に滞在中に使うよう言われた部屋だというのも思い出した。
「あれ、ここ……。何で私、ここにいるの?練習場に行ってたのに」
「何で、って、呼んでも全然起きなかったの、シホちゃんじゃない」
マリちゃんが涙混じりに言う。その後ろを、ホリィが飛び回っているのが目に入った。それを見て、私は目を剥く。
マリちゃんが私の視線に気づいて、ホリィを振り返った。
「あ、このひとのおかげでシホちゃんのこと、気づけたんだよ。でないと、私、自分の部屋にいたままでわからなかった」
マリちゃんは、昼食が出来るまで部屋でゆっくりしていようとしていたが、部屋の外で何やら甲高い声が聞こえたので、何事だろうと廊下に出るとホリィが叫びながら飛んでいて、ホリィに言われるままに私の部屋の扉を開けたところ、私が真っ白な顔色でベッドに横になっているのを見て悲鳴を上げたのだという。
「だって、魔素の気配が本当に薄くなっていて」
言いながら、マリちゃんはべそをかいている。マリちゃんは治癒の技をうちの母親から学んでいて、そういうことに感覚を研ぎ澄ませるように指導を受けていた。
「大丈夫だよ、ちょっと寝てただけだから」
「大丈夫じゃないわよ。本当にあんた、魂の気配が消えかかってたんだからね」
ホリィも言う。
私は首を傾げた。そんなに疲れきっていたのかな、と。
「とりあえず、食事にしない?」
ジェニファが明るく言い、皆がそれに同意した。
私たちは食堂に移動した。食卓にはパンがたくさん並んでいた。ジェニファが、父親が焼いたものを家から持ってきたのだという。
ジェニファの店のパンを初めて食べたマリちゃんが、おいしい!と言って破顔する。確かに、ジェニファの店のパンはおいしい。今朝も家で食べてきたけれど、飽きそうにない。
食事が終わり、皆でお茶を飲んでいると、ヨハンが口を開いた。
「さっき、部屋にいたときに、練習場が、って言ってたね。そんなに楽しみ?」
「ええと、それはそうなんですけど。夢を見ていて」
「どんな夢を?」
私は、問われるままに応えた。ヨハンとジェニファと一緒に練習場に行き、そこで千本杖が生まれた場面を見させられたことを。
ヨハンとジェニファは真剣な表情をしてきいていた。マリちゃんは戸惑ったように私たちを見ている。
ヨハンは椅子から立ち上がった。
「とりあえず食事も終わったし。練習場に行ってみようか」
私たちは家を出て、遺跡の廊下に入っていった。
夢の中でみた通りの廊下を通り、記憶にあった通りの扉から入っていくと、そこは石造りの小さな部屋だった。でも、これも夢でみた通り。ジェニファが壁にあった石で出来た小さな飾りに手で触れると、そこは遺跡の外と同じような平原に変わった。
「うわ……!」
マリちゃんは驚いた様子で声をあげていたが、私は何の反応もしなかった。だって、夢でみた通りだからね。
ヨハンが訊いてくる。
「君は、驚かないんだね」
「まあ、なんていうか……」
私はそこで口ごもった。夢でみた通りだから驚かない、なんて、おかしな答えだと気づいたからだ。
それまで黙って私たちの後についてきていたホリィが口を開いた。
「もしかしてあんた、ここをさっき夢でみた、とか言う?」
「ああ……えっと……」
「いいわよ、正直に答えて。この遺跡って、不思議なことが起きる場所だから」
「そうなの?」
私はラウトゥーゾの兄妹を見る。二人とも首肯した。
じゃあ、と私は話した。この練習場までの道のりやこの練習場自体の造り等が先ほど夢で見た通りであることを。
そこまで話してから、私は思いついて訊ねた。
「もしかして、この練習場って、昔の出来事を再現して見せてくれる魔法が付与されていたりする?」
「以前はそういう機能も備わっていたらしいけど、今はもう使えなくなっている。それじゃ、練習を始めようか」




