第四話『血を継ぐ者達 後編』
前回までのあらすじ
炎の天使との接触から、なんとかアザレス遠征を終えたハデル。
魔界へと帰還を果たし、従者のロアと共に、正式な天魔境戦争参加の権利を得るため、大魔王が拠点として身を置く第四層、王都『ノストラゲヌクス』へと向かう。
そこで彼女を待ち受けるのは、『十柱』と呼ばれる魔界を代表する十の魔族たちから結成された集団。―――その血族たちによる洗礼だった。そこで、ハデルは自身が狙われる理由を知ることとなる……。
「――いい? アザレスじゃ、魔族にも天使にとっても無法地帯になる。戦場の血腥さに紛れて、同族までもがアンタの首を狙いにくるわ」
「精々、気をつけることねハデル。……死ぬんじゃないわよ」
第四層、王都『ノストラゲヌクス』。正門、入り口通路付近にて。
同族の見苦しい姿を、影を揺らめかせた彼女がようやく目視できる距離。ヘマタイトは、目も当てられない気持ちでいっぱいになった。
だから、己が主人の了承を得るのと同時に、正門の真下へと飛び出した。
これ以上、一族の醜態を晒させないためにもと、ローブの下に隠し持っていた双剣を引き抜いて。
「惨めなものですね。如何なる場合も、隠密に標的を仕留めていれば、そのような見窄らしい姿にならずに済んだでしょうに」
湾曲した双剣で同族のかぎ爪を受け止めつつ、すでに相手が交戦した後であることを悟る。
欠けたかぎ爪の断面が、痛々しくヘマタイトの光沢を帯びた石のような頭部に反射した。
「我々、『シェイド』は影の種族。影と共にあり、闇の中でこそ本来の力を振るえるというもの。そんなに自我を剥き出して……、一族の恥と知ってください」
ヘマタイトの落ち着いた声色がより深みを増し、自分たちという種族について説く。
『シェイド』。それは護衛から暗殺までを生業とする影に生きる者たちの名称である。
彼らが持つ隠密に特化した力は、魔界という光の届かない闇の中でこそ開花する。が、決して万能ではない。
すべてのシェイドがそれを理解し、体に刻み込んでいる。もし、一族の理解と異なる言動を起こそうものなら、肉体からなんらかの拒絶反応があってもおかしくはなかった。
だからこそ気付く違和感。同じシェイドとして、このような公の場で行動を起こす異形の、執念の異様さが。
「ナニを、そんなに焦っているのです?」
目も鼻も口もない顔に一瞬、靄がかかったような気がした。
シェイドは、彼女の問いに何も答えはしなかった。それよりも今、ソレが関心を向けるのはその後方。ハデルの前に盾として立つ黒騎士である。
「……オマエ、ただのアンデットじゃナイな?」
ヘマタイトの横から微かに顔を出し、シェイドはロアを見据えた。
先の戦闘でなにかを感じ取ったのか、そこには先程のような軽蔑の気はない。
「いや、ただのアンデットだ」
興味が自身へ向いていると知りながら、ロアは無関心にそう告げた。
ハデルの護衛騎士はアンデットである。それ以上でも未満でもないことを、ハデル自身がこの場の誰よりも理解しているつもりだ。
それでも、言及しようとするシェイドとの間に、シンの屈強な肉体が遮った。
「危ねえことすんなあヘマタイト。お前だって気付かなかったら、先に潰すところだったぞ」
薄ら笑いを声に潜ませて、シンは無理やり介入してきたヘマタイトに忠告する。
本来ならロアとの一騎打ちに、横槍を入れてきたシェイドにお灸を据えるつもりだった。
彼は、自身から見たヘマタイトの小さな背から、彼女の真横へとゆっくりと身体を移動させる。
しのぎを削るシェイド同士の間合いに、その魔人は何の躊躇いもなく踏み込んでいく。
そして、二人の巻き添えになる恐れを、恐れとさえ見ていない姿勢で、上体を彼女の背丈に合わせるように傾かせた。
刃が擦れる音を耳にしながら、その接触で震える彼女の肩越しから顔を覗いた。
「……で、俺の獲物横取りするってことは、相応の理由ぶら下げて来たんだろうな?」
黄金色の長髪が、風もなく揺らいだ。
櫛もいらないほど真っ直ぐに垂れた髪の内側で、見開かれた眼光が瞬きもせずにヘマタイトからの返答をジっ……、と待っている。
「いくらお前の主人とも顔馴染みだろうが、理由によっちゃあ容赦しねえぞ」
彼、魔人族の前に割って入るということは、百獣の王から獲物を盗むような愚業である。
「申し訳ございません、シン様。魔人族の習性は重々承知の上で御座いましたが、同族の不敬に突発的に体が動いてしまいました。……ので生憎、シン様が納得できるような言い訳も理由もございません。なので、」
ほかの魔族たちがシンの機嫌に固唾を飲む中、ヘマタイトは至って端的に言葉を紡いでいく。
「せめてシン様が、お顔直しされている間だけでも、と思ったのですが……。如何致しましょうか?」
「…………」
ちらりと、彼女と視線が合った気がしたシンは、柄にもなく少し慌てた様子で上体を戻した。
自身の顔を手で覆い隠し、手探りでその状態を確認している。まるで、己の顔に起きた変化に気が付いていなかったかのように。
そのまま、彼女の提案に答えることはなく、無言のまま数歩後ろへ下がっていくのだった。
「ヘマタイト」
頃合いを見て、ロアの後ろからハデルがその背中に声をかけた。唯一、アザレスでの事情を知る片割れに、なぜここに? と浮かない表情で見つめる。
「先程ぶりですね、ハデル様。これは―――」
「これは一体、どういう状況なわけー?」
そのとき、ヘマタイトの言葉の続きを、別の者が代弁した。
耳に残るほど甲高い声が、王都へ入れず列を成したまま立ち往生する魔族たちの横に添って歩いてきた。
並ぶ魔族たちよりも遥かに小さな身体が、我が物顔でその隣を通り過ぎていく。
腕を組み、眉間にしわを寄せた森よりも深い緑色の瞳が、ハデルを第一防衛ラインで見かけたときよりも不機嫌な色をしていた。
「なーんか騒がしいから来てみたんだけど。……まーた、あんたが元凶なわけ? ハデル」
うんざりとした態度の少女、ナツェッタは自身の二つに結んだ髪の片方を横に払った。
そんな少女にハデル、ロア、顔を隠したままのシン。従者であるヘマタイトまでもが器用に、同じ対象のシェイドに向かって指を差す。
満場一致の結果に、事の経緯を知らないナツェッタからすれば、異様な光景である。
強気な口調が困惑気味の声を漏らすと、四人の指先が集中する人物。自身の従者が飛び出した原因、とされるシェイドの姿を改めて確認した。
「……へえー、頭が球体型のシェイドなんて珍しいわね。こんな公の場で騒ぎ起こしていいのかしらー?」
「……」
「言わないのではなく、言えないのですよね? 我々は決して、独断で行動はしません。……雇い主がいるのでしょう?」
付け加えられた同族からの一言に、黒騎士からの打撃で負った傷跡が一層深くなった。
「同じシェイドのクセにペラペラと……ッ」
「同族というだけで、アナタの仲間というわけではありませんので。ワタシの雇い主は、ナツェッタ様だけですから」
睨み合いが続く中、気付けばシェイドである自身の方が劣勢であることに気付く。
シェイドの協力者たちといえば、例の魔人がオーガの息の根を止めたところから、カカシ当然の張りぼてと化していた。
役立たズ……。
罵声を陰の内に、やがてシェイドは腕から力を抜いていった。双剣から伝わってくる力の加減から、相手が矛を収め始めたことがわかると、ヘマタイトもまた双剣を下ろした。
「いやナニ。ボクはただ、そコの悪魔がアザレス遠征デの禁止事項に触れたのに、門番の奴が中に入れヨウとしちゃうカラ、わざワざ止めに出たダケさ……」
はぐらかすようにそう言うと、シェイドは後ろから近づいてくるナツェッタに向き直る。距離は離れているが、着々と縮まっている。
シェイドの発言は、少女が向かう進路の先にいる協力者たちに同調を求めてのものだった。
それを感じ取ってか、はっとしたように協力者である魔族たちが動き出す。
それぞれが、そうだそうだと首を縦に振り始め、ナツェッタの行く手を妨害した。
攻撃を仕掛けてきたのは、ロアがアンデットだと分かってからだ。そうハデルは内心で訴えながら、そこで一度立ち止まったナツェッタの様子を窺うことにした。
「アンタがソレを見たわけ?」
「残念だケド違う。見たっていう魔族を知ってルダケ。……いくらあのダークエルフの義娘でも、ルール違反はどうにもできナイでしょ?」
「ふーーん、アレを見たっていう魔族がいるの……」
偶然とはいえ、進入禁止区域でハデルの行動を監視していたナツェッタ達。そして、その先で彼女が遭遇したもの達のことが頭に浮かぶ。
まるで、この世に二つといない蝶の瞬きに群がろうとする蟲の如く、ナツェッタは魔族たちを見やった。
第三者からの視点では、少女と彼らとでは数も体格差からして圧倒的に前者が不利だ。
それを協力者たちも自覚しているらしく、シンの時とは対照的に、強腰な態度でナツェッタを見下ろした。再び、各々が自分が、私もハデルを禁止区域で目撃したと言い始める。
そんなひとりの小さな女の子に詰めかける彼らの姿は、ナツェッタにとってまさに滑稽なものだった。
あまりにも可笑しかったのか、少女の結んだ口が大きな弧を描いて開口される。
「あらーー? でも、おっかしいわねーー?? あの場に私たち以外、魔族の"ニオイ"なんてしなかったけど……」
次の瞬間、偽りを唱える魔族たちを取り囲むように、無数の魔獣らしき唸り声が響き始めた。
姿はない。だが、確実にいる。
協力者たちよりも強大な気配が、一瞬にして場の主導権を握った。
遥か頭上から抑え込まれるような圧迫感。弁解しようにも、言葉の通じない魔獣への焦燥感。
なにより、それほどまでの魔獣を付き従える目の前のダークエルフに、協力者たちは後退りするほどに気圧されてしまった。
「流石の貫禄だ。あれが魔獣軍総指揮者にして、十柱が一角、『ダークエルフ』代表ネヴィトラールが父。ナツェッタ=フィン・スターニス……」
列に並ぶ誰かがそう呟いた。
魔族たちにとって魔獣とは本来、知性のない捨て駒であり、家畜としての扱いから愛玩動物と様々である。
しかし、『ダークエルフ』が従える魔獣は別格であった。
従順で高い知性を持ち、中には彼らと同様に言葉を発する存在まで確認されている。その価値は、魔族の中でも上位と呼ばれるもの等と同等に重宝される。
「なーにいい顔してくれちゃってるわけー? まさか、アタシの子供たちに睨まれてるからって、さっきの発言取り消したりしないわよね? そもそも見たって、アンタ達こそ禁止区域に侵入してない? ……どっちが嘘かしらー?」
「ふざけんなッ! こ、こんなの、脅しみたいなもんじゃねえか。それこそ、あいつが本当に禁止区域に入ってたっていう証拠みたいなもんだろ……ッ?!」
追い打ちをかけるナツェッタに、表情を曇らせて激昂した協力者の一人が叫んだ。ハデルの方を指差し、話を根本に戻すよう訴える。
周囲の注目がハデルへと集まる。だからこそ、少女の次に発せられた内容は、その場に居合わせた彼らを、又してもナツェッタへと釘付けにさせた。
「確かに、ソイツが禁止区域に入ったのは本当よ。ほかの誰でもない、アタシとそこの下僕が目撃者だもの」
「!」
一番の衝撃を受けたのは当のハデルだった。そこには、ほかの誰でもないナツェッタに裏切られたことに対する悲愴感が込み上げてきていた。
進入禁止区域に入ったことをナツェッタに知られ、昔のよしみから『このことは黙っといてあげる』と、目元を綻ばせたときの顔が、今では憎らしくハデルの奥歯を噛み締めさせる。
鋭い剣幕を怒りの矛先へと向ければ、本人はハデルには一瞥もせず、堂々とした態度で再び歩き出していた。
協力者たちは、真上から注がれる魔獣の殺気のせいか、その進行を無暗に抑えることができない。
やがて、ナツェッタの姿はシェイドやロアをも超え、ハデルのすぐ目の前。少女の見上げた隻眼が、悲憤を宿すセレストブルーの瞳にまだ話の途中だと告げていた。
「はあーー、……なにか、勘違いしてるみたいだから言ってあげるけど。―――そもそも、その禁止事項が誰に向けられて作られたものか、理解してる?」
ナツェッタの膝が少し見えるほどの、モスグリーン色のスカートが大きく揺らいだ。そして、ゆっくりと後方の魔族たちに振り返り、石畳の地面を軍靴の踵が盛大に踏み鳴らす。
少女の腕を組んだ左の前腕が、直角に自身の肩まで持ち上がり、後ろのハデルへその親指を向けた。
「アンタ達が陥れたいって思ってる魔族は、十柱が一角、『悪魔』代表フルーレティが母。ハデル・インフィール・フォーネーゼその本人よ。『十柱』血族の、しかも実の娘に……、一般魔族への規定が反映されるわけないじゃなあああいい!」
思い切り鈍器で後頭部を殴られたかのような衝撃が、この場に居合わせたほとんどの魔族に走った。
その様子は、目に見えて協力者たちの発言が黒であることを証明するように、彼らの挙動をおかしくさせた。
「……で、デマかせだ。そんな話、聞いたことねえぞ」
「ハッ、当たり前じゃない。誰が十柱関係者にしか伝えられていない情報を、地位も権力もなーんにもない無名の奴らなんかに話すのよー? ……まあ、悪魔なら同族伝手に知っててもおかしくないと思うけど?」
―――ギンっ、と協力者のうちの悪魔を睨みつける。否定するならまだしも、その悪魔は明らかに彼らから視線を背けた。
「ロア知ってた?」
「初耳だ」
ハデルのように、悪魔でも知らないものもいることから、関係者以外で知るものは極僅かなのだろう。
ナツェッタは、結ばれた髪の先端を指先で弄りながら、動揺を隠せなくなっていく協力者たちを嘲笑った。
「悔しいなら、アンタ達も『十柱』目指せばー? ……あっ、でもきっと無理ねー。まともな嘘もつけないんじゃあー。……ザぁぁああアアーーこっっ!!」
「くそ、あのダークエルフ長命のクセに性格がクソガキ過ぎる」
増長するナツェッタに、双剣を納めたヘマタイトが「少しは自重してください」と、平静を取り戻すよう求めた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
次回も楽しみにして頂けたら幸いです。




