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魔界にて唯一、地底とは無縁な夜空が眺望できるのは、ここ第四層『ノストラゲノクス』のみである。
静の音を奏でる星々を率いるは、中央の盈虚の月。その月が放つ蒼白い光が、童話に出てくるようなノスタルジックな街並みを照らし、そこで暮らす魔族達の生活を浮き彫りにしていた。
ハデル達は城門の手前まで辿り着くと、通路の端へロアが手綱を引き愛馬の動きを止めた。
城内へ入る際の作法があるのか、徐にロアが下馬する。そして、ハデルの方へ振り向くと、慣れた様子で左手を差し伸べた。降馬を促す騎士の掌を、ハデルの陶器のような滑らかな指が添えられる。
その手を握り、ハデルもまた馬の背から飛び降りた。
「体調はどうだ?」
「お陰様で、随分よくなったわ。ありがと」
第四層の凍てついた空気は、上層よりもさらに肌の内側に訴えてくるほどだ。それでも、彼女たちを含め、すれ違う魔族達がこの程度の寒さに身を震わせることはない。
ハデルの体調を確認すると、ロアは補助に添えた手を離した。そして、その手を、今度は自身の愛馬の顎骨に添える。
「ご苦労。少しここで待っていてくれるか? エーデル」
愛馬の名を呼ぶと、感謝の意を示すために添えた手をゆっくり上下させた。
主人の愛撫でに、エーデルは満足そうに嗎をあげる。
すると、「すぐに戻る」とハデルに告げ、ロアは入り口付近に備え付けられた厩舎へと、手綱を結びに向かった。
その背中を目で追った後、ハデルは長時間、座っていたことで凝り固まった身体を大きく伸ばした。空高く両腕を上げ、上体を逸らす。
その時、自身の黒いコートの胸元に嵌め込まれた、彼女の瞳の色と同じセレストブルーの石に月光が反射した。誘われるように、視線を空の方へと向ける。
雲一つない夜空に、浩々たる月明かりが、呼吸することさえ忘れてしまうほど幻想的な領域を作り出していた。
両腕を下ろし、畏敬の念を抱いていると。やがて、エーデルの手綱を結び終えてきたロアが、ハデルの元へ鉄靴を鳴らして戻ってきた。
「圧巻ね。あれが魔力で出来ているなんて、想像ができないわ」
隣で立ち止まるロアを見ることなく、ハデルはうわごとのように呟く。
彼女の言う通り、その月も夜空そのものも、本物ではない。
空事態が、魔族の生命線とも云える『魔力』によって創造された、模造品である。
そして、そんな空間を常に維持した状態でいられるほどの魔力量を常備しているものなど、この世界には一人しかいない。
それが、どれほどの魔力量を誇るのか。世界征服を企むものがいるとすれば、その存在を目視しただけで自害を選ぶだろう。
ハデルを含め、おそらくほとんどの魔族が、本物の夜空を見たことがない。
その中で、彼女と同じく目の前の景色に一度足を止め、唯々、美しいと感じる魔族は一体、どれほど存在するのだろうか。
少なくとも、ここを統べる大魔王が彼女と同様に、この月夜を『美しい』と感じて創造したのならばと、ハデルは切に願うのだった。
「耽っているところ悪いが、本当にいいんだな? 一般魔族と同じ正門で」
頃合いを見て声をかけるロアに、ハデルは夜空を瞳に閉じ込めるように一度、強く目を閉じる。
そして、覚悟を決めたように開眼し、真剣な面持ちでロアへ向き直った。
「ええ、構わないわ。あの人の娘としてではなく、私自身の力で成し遂げてみたいの」
真っ直ぐとロアを見つめる眼差しは、この先に立ちはだかるどんな障壁も壊していく気迫に溢れていた。のだが、まず一つ目の壁が、あまりにも分厚過ぎた。
「…………………」
ここ最近で、一番の衝撃をハデルは受けていた。
まるで魚が陸を歩く姿を目撃したような、開いた口を塞ぐことすら忘れて。
「なに、あの列……」
「今から私とお前が並ぶ場所だ」
ただ正門を潜るだけのはずが、そこを始めとし、終わりへとなぞれば遥か後方。数多の魔族達によって、一つの長蛇の列が構成されていた。
「大魔王城に入るためには、まず、入り口にいる門番に許可をもらう必要がある。いくつか、アザレスでのことも聞かれるだろう。くれぐれも、口を滑らせぬことだけ考えろ」
茫然とする主人の横を通り過ぎて、ロアは至って『普通』に列へと歩みを進める。
一方のハデルは、未だ自分があの列に並ぶことを疑っている様子だった。待ってと言わんばかりに、従者に伸びた手が空気を掴む。
いつまでも二の足を踏むハデルに、ロアは仕方なさそうに振り返った。
そして、片手を胸の横の位置に上げ、列を指しながら、
「どうする? 頼みのママに助けてもらうか?」
当てつけに、彼女が一番、望まないであろう提案を持ち掛ける。
挑発的な従者の物言いに、ハデルの向上心が焚きつけられた。
「……っ冗談。並ぶに、決まってるじゃない……」
そう言って、はじめの一歩を踏み出す。それが、虚勢だとわかるのは、歪んだ口元と左目の痙攣を見れば一目瞭然だった。
正門は、その股下だけでも二十メートルは超える高さを誇示していた。
奥深しさも相まって、そこの空間だけ、異質な暗闇が口を開け、力自慢の魔族達の出入を待っている。
そこから、遥か後方で並ぶ姫君と騎士が一人。すでに、ハデル達の後ろにも列ができ始めていた。
自尊心の強い魔族が、一つの目的地のため律儀に一つの列を成す。そんな光景には、どこか関心するものがあった。
彼らから溢れる闘争心と、仄かに錆びた鉄のような臭い。それだけで、全員がアザレス志願者であることがひしひしと伝わってくる。
「本当にこれ全員、アザレス志願者なのね。あっちじゃ、全然ほかの魔族を見なかったのに」
「アザレスも広い。遠征手段も魔族それぞれだ。寧ろ、同じ場所で同族と遭遇する方が稀だと考えた方がいい」
思い返せば、不幸中の幸いだった。ハデルが、アザレスで遭遇したのはナツェッタ達だけ。
顔馴染みだったからこそ納得してくれたものの。もし、これが全く面識のない魔族だった場合、どうなっていたか。
少し早まる鼓動に、気晴らしに列の先頭へ視線を向けた。
石の柱の下、二人組のローブ姿の門番が椅子に座り、アザレス志願者と会話をするやりとりが窺える。
「あそこまで、あとどのくらいかかるものかしら?」
「この調子だと、あと一時間くらいか……」
「いっ……?!」
衝撃のあまり、裏返りそうになった声に手で蓋をする。
明らかに、ここまでの道のりの方が長かったが、それは退屈を凌ぐ場所に溢れていたからだ。
景色の移り変わりのない、まして王都の外での待ち時間となれば、この場所の方が彼女には遥かに手持ち無沙汰だった。
不便という文字は、彼女の辞書にはなく。行きたい場所があれば、彼女の騎士が乗せて行ってくれるし。足を運ばずとも、欲するものがあればいつでも彼が用意してくれた。
「まって、……ロア。少し、聞きたいんだけど、……もしかして、あのときも並んでくれてる?」
「そうだな」
「第二層、原始林カフェ『ツギハオマエダ』。先着五十名様、限定スイーツ」
「並んだ」
「三層の海淵書店、週刊メエメエ毛刈り特別号」
「並んだ」
「六層の……」「並んだ」
淡々と頷くロアの様子に、おそらく、どれもここ以上は並んでいる。
ゆっくりと口から手を離し、とん、とロアの肩に手を置く。これまでの彼の功績に敬意を表し、労いの言葉を掛けるためだった。
「苦労かけたわね……」
「何がだ?」
これまでの彼への扱いを反省しながら、思えば、ハデルの頼み事は、期間に縛りがあるものばかりであった。
それと比べ、アザレスへの戦争参加は無期限。故に、より魔族達の波も分散しそうにも思われたが。
「それに、今回は特に多い。なにせ……」
ロアは、今も周囲を警戒している。
その原因に、ハデルも気が付いていた。
列に並ぶもの、横を通り過ぎていくもの。彼らの視線は、すべてハデルに注がれていた。
「ハデルだ」「え、噂マジ本当? 本物?」「なんでここ並んでるの?」「おい、誰か十柱血族なら裏門あるって教えてやれよ」「私、今、目合っちゃった」
思い起こせば、ここに来た時点。
ざわめきは時間が経過する毎に、大きくなっていき。それらの眼差しは、憧れに近いなにかを含んでいた。
「お前を一目見ようと、この日を選んだものもいるだろう。皆、お前の戦争参加に興味がある。長年待ち望まれてきた、十の種族を代表する『十柱』の、その血族達の参戦。その一枠が、お前で埋まるのだからな」
他の魔族からしてみれば、見逃せない日なのだろう。
ロアの声色も誇らしげあり、どこか哀愁を帯びていた。とはいえ、当の本人は、いまいちピンと来ていない様子である。
「そうみたいだけど。それで、一体なにが変わるの?」
「十柱の子が揃ったとなれば、今回の演説も変わるだろう。今の戦況が、大きく動くかもな」
第一防衛ラインに侵入したからこそわかる。大量の魔獣の死体とは裏腹に、同族達の死体は一つも確認できなかった。
偶然かもだが、ハデルの見解として、そもそも今、魔族自体があまりアザレスに出向いていないのかもしれない。
おそらく、待っている。なにか、より魔族達の旺盛な闘争心に火をつけてくれるようなきっかけを。それが、彼女の参戦により、箍が外れるようとしていた。
それでも、ハデルの氷の心は溶けなかった。
「……どうでもいい。私は、一日でも早く戦場に出られれば、それでいいわ」
「そうか」
ロアはなにか言いたそうだったが、頑ななその横顔に、彼女の護衛を務めることに専念するのだった。
後方の列が伸びていくにつれ、声もまた増えていく。
「ということは、隣に並んでるのが漆黒の……?」
「オレ、魔獣に跨ってるとこしか見たことなかったけど……」
視線はハデルから、ロアへ。
鎧で体格こそ男らしさはあるものの、彼らが特に見つめていたのが、その背丈。
今の彼は、兜の角の部位を除けば、ハデルと並ぶ。否、それは甲冑あってこそで、全てを脱げばハデルとの身長差は、少なくとも頭一つ分ほど変わるだろう。
一部の魔族ではあるが、身体の大きさもまた、己が強さを表す象徴でもある。
「……っふ、……ちっさ……」
「斬るか」
「ダメ」
周囲への警戒で過敏になっているせいか、いつもよりもロアの沸点が低く感じられた。
少しずつ進んでいく列を大人しく受け入れながら。時折、ハデルの名を呼んでは手を振ってくる魔族に振り返しながら。
ついに、ハデル達の番がやってきた。
「次ー」と、掛けられた気だるげな声に足を運ぶ。
テーブルを挟み、近づいてくる足音に左側の門番が、次の志願者の素顔を覗き見る。卓上に体重を預けるようにして手を置いた女型の悪魔は、一時間の間で顔はげっそりとやつれ、今にも倒れそうになりながらそこに現れた。
「(一週間くらい並んでた……?)」
門番のローブの下から覗く蛇の下半身が、同情するかのようにゆらめいた。
やがて、初めこそ顔色の優れなかった女型の悪魔は、改めて自分達の番が来たことを実感すると、徐々に落ち着きを取り戻していった。
「へい、お嬢さん。いい夜だねえ。お名前を聞いても?」
憐れみからか、蛇の下半身を持つ門番が気さくに挨拶をする。
その手には、分厚い名簿らしきものが握られていた。おそらく、今回のアザレスに遠征に向かった魔族達の名前が記されているのだろう。
「ハデル・インフィール=フォーネーゼ」
女型の悪魔が自身の名前を告げると、名簿の頭文字をなぞる手が止まる。
彼女の名前を見つけたからではない。探さずとも、すでにその名前に強い心当たりがあったからだ。
もう一度、彼女の顔をよく見ようと、頭部まで覆っていたフード部分の先端を肩まで下ろした。
ふわりと橙色の巻き髪が現れると、綺麗に整えられた顎髭。そして、紫色の蛇のような隻眼が、まじまじとハデルを映した。
「……もしかして、あのハデル様かい?」
「あのハデルかどうかは知らないけど、たぶんそう……」
困惑気味の彼女の表情以上に確信があった。右側の門番も彼と同じ反応で、互いに、相方のぽかーんと口を開けた顔を目の当たりにする。
面食らう門番達はその後、これまで機械的だった案内に、一気に花を咲かせた。
「いやはや、これは失礼失礼。まさか、かのご令嬢が律儀にこの列に御並びとは夢にも思わず」
蛇の下半身を持つ門番は、露わにした自身の巻き髪を軽く撫でながら、愛想よく謝罪をした。くしゃりと笑い、元々ある皺がより濃くなる。
「ちょっと訳アリでね」
「そうでしたか。……何か、お手伝い出来ることでも?」
「兄ちゃん、あからさますぎだよ」
すでに何百人の魔族を対応しているからか。弟だというもう一人の門番は、兄のほかの魔族と、ハデルとの対応の差を指摘した。
「えへえへ、冗談だって、……半分は」
頭を搔き終わると、姿勢を正す。再びハデルに向けられた眼に、ロアからの警告が脳裏を過る。
「そしたら、まず、俺の弟の目を見て頂けますか?」
ハデルはこくりと頷き、素直に指示に従い弟の方を注視した。
兄弟からか、背格好は同じ。だが、弟には兄と同じ爬虫類の要素は感じられない。
そして、弟の方もまた深く被っていたフードを下ろした。
そこには、兄と同じ橙色の巻き髪、が蠢き何十匹もの小さな蛇が顔を覗かせ。その下に、同じ瞳の、顔の半数の覆うほどの単眼が、彼女の目の前に飛び込んできた。
その迫力に、気が引き締まる。
兄がその横で、二人が目が合ったことを確認すると、ついに質問が始まった。
「もう一度、御伺いします。本当に、貴女はハデル・インフィール=フォーネーゼですか?」
「ええ」
「遠征では、なにを見ましたか?」
「荒廃した大地と、巨大な塔……」
特に印象に残った場面を伝え、出来るだけ最小限で簡潔に答えていく。
その状態が一分ほど続くと、見開かれた弟の瞼がゆっくりと閉じていった。
「……マジで本人だよ。意外と庶民寄りなんだね」
目元を蛇の前髪で隠しながら兄の方を一瞥し、次に、ハデルの方へ前髪で隠れた目をきらきらと輝かせて讃えた。
彼の様子から、質問は以上とのことだろうか。ハデルは、悟られないようそっと胸を撫で下ろした。
「石にされるかと思ったわ。……貴方達、『ラミア』なのね」
その種族名に、兄弟はにっと鋭い牙を見せてはにかんだ。
「正確には、『ラミア』と『サイクロプス』の混血」
補足するように兄の方が一言。
「さっきのは、何を見ていたの?」
「本当にあんたが、ハデル様かどうか調べてたのさ」
初めて見る能力に興味津々でいると、ハデルの横からロアが口を出した。
「次、ふざけたことを尋ねるなら、その首跳ね落とすぞ」
「そうとも言ってらんねえのよ、騎士様」
兄は一仕事終えた態度で頬杖つくと、蛇の下半身をくねらせながら冷静に弁解する。
「中には、そいつそっくりに化けて入ろうとする輩がうじゃうじゃいやがる。特に、最近じゃワーム型よりやべえのが進出してきてるって話さ。そいつの性格、声から魔力まで似せてくるから視認じゃまず、マジでわからねえ。そこで、俺たち役割は、『サイクロプス』の真実を見破る眼。そして、『ラミア』の石にする能力。俺たちはその二つを併せ持つ。そいつが本当に、そいつなのかを見極めるために、ここに派遣されてるってわけ」
「貴方も弟と同じ力を……?」
「んや、こいつだけさ。俺のは昔、潰されちまった」
そう言うと、彼は自身の前髪で隠れた右目を親指で差す。
「そう、余計なことを聞いたわね……」
「なに、お互い様さ。いろいろ質問してけば、そいつの逆鱗に触れることの一つや二つくらい当たっちまうもんよ」
そう言って、これまでのことを思い出しながらロアを目視した。
ぐうの音も出ないロアを横目に。もし、先ほどの質問内容に、アザレスでの戦闘の有無を聞かれた場合、石にされていたのではと、背中を嫌な汗がつたうようだった。
「よし、質問は以上だ。通っていいぜ。……ここだけの話、本当はアザレスでなにやったかも聞かねえとなんだが。特別に免除しちゃう」
片手を口の端において小声で囁く兄の門番に、どきんっとハデルの心臓が跳ねる。
それでも、表情は崩さず、平静を装いながら礼を告げた。
「あ、ありがとっ……」
複雑な心境だが、なんとか王都内へ入る許可が降りたことに、素直に喜びを嚙み締めた。
進む通路の方へ顔を向けると、天井の方に僅かに、蒼白い明かりが等間隔に灯っている。が、それでも巣食う闇の方が深い。その先に、王都の金彩色の街並みが窺えた。
門番の二人へ軽く会釈をし、そこへ向けてハデルが歩き出す。続いて、ロアもその後に進もうと動いたときだった。
「おっと、あんたもいいかい? 兜取って、素顔見せてよ」
門をくぐろうとした瞬間、後ろでロアが呼び止められる。
「彼は私の付き人よ」
すぐさまハデルが彼の身分を証言するが、口先だけでは、彼の潔白の証明にはなれなかった。
「すみませんねー、一応決まりなんで。特に、奴らが寄生対象に選ぶのが、あんたらみたいな鎧持ちさ。普段からそんな恰好じゃあ、そもそもそいつがどんな顔してるのかもわからねえ。格好の潜伏先だよ」
「……」
ロアの場合、ハデルとは違いなんの下心もないはずだ。にも関わらず、彼はここで兜を脱ぐことを、少し渋っているように感じられた。後ろが詰まり、少しの猶予もない。
やがて、ロアと目が合う。ハデルはなんの戸惑いもなく、兜を取るようにと首を縦に振った。
「別に疑ってるわけじゃありませんよ。本当にそうなら、顔の二つや三つくらい見せられるでしょ? じゃないと、大好きなご主人様も中に入れなくなっちまう」
「……わかった」
ついに、ロアは自らの兜に手を掛けた。
カチャリと、角の装飾が施された兜がゆっくりと外されていく。装着部位から、一回り小さい輪郭が、ハデル達に見守られながら、大衆の面前で露わとなる。
ハデルや門番、列に並ぶ魔族達とも異なる素顔が、そこにはあった。
白い、剝き出しの、髪も皮膚もない骸骨。生気のない虚空の双眼が、目の前の通路の闇よりも濃い深淵を帯びていた。主人であるハデルからすれば、何の変哲もない光景だ。
「……いいよ、あんたも通りな」
どういうわけか、門番はロアにはなにも聞かず、王都への進入の許可を出した。
それどころか、兜を被り直しながら、門番の横を通り過ぎていく彼に「悪かったな」と、ぼそりと告げるのだった。
彼らのやり取りが、ハデルにはどういう意味を表すのかわからなかった。
「すまない、時間をかけ過ぎた。急ごう」
何事もなかったようなロアの態度に悶々としつつ、一先ず、門を潜ろうとしたとき。音もなく、それは近づいていた。
ハデル目掛けて、遥か後方から灰色の何かが飛んできた。
ーーー刹那、ロアが鞘に納められた剣の柄に手をかける。
背中越しに抜き上げられた刃の一点に、三本の蟷螂を連想させる爪が衝撃で火花を散らした。
「ーーーッ!」
阻止された一撃からの、二撃目。
よりもロアが剣を両手に持ち変え、刺客へ正面切って振り上げるほうが早い。
月下に、白刃が閃めいた。
ーーーーーーッッ!!!
ハデルを護る。ただそれだけの想いの込められた刃は、砂塵を巻き起こし、静まり返った地面にその刃先以上の刀痕を残した。
砂埃から姿を現すロアの上体は大きく前傾し、全体重の乗った前足は地面すれすれに。その行動から、彼の誓いの重さが全身から伝わってくるようだった。
兜の空虚が少し見上げるその先、間一髪、攻撃を避けた不届き者を捉えた。
彼の一撃を目の当たりにしても、それは撤退を知らず、二人を執念深いオーラでじっと見つめている。
ハデルが後ろに振り返るころには、ロアは臨戦体制に入り、その刺客との睨み合いが始まっていた。
列から離れたところ、苛立ちの隠せない声変わり前の子供の声が響く。
「……あのフル―レティが向カイ入れた軍団っていうカら、一体どンなヤバい種族かと思えばよおオおオぉォォ…………」
それは、ずっと強者だと思い込んでいた相手が、ただのカカシだったと気付いたときの恥ずかしさと、そこからくる憤り。
それは第一層で、ハデルに襲い掛かろうとし、ほかの彼女を支持する魔族達に妨害されたものの姿だった。
怒りに肩を震わせながら、自身のかぎ爪を勢いよく前に突きつける。
すると、その者の怒りの度合いを表すか如く、三本だったの爪は、四本から五本へと次々に新しい凶器を生み出していく。
「まサか、『アンデット』だッたナンてなッッ?!」
その種族の名に、この場にいる傍観者たちの眼の色が変わった。
おまけ
「もう一度、御伺いします。本当に、貴女はハデル・インフィール=フォーネーゼですか?」
「ええ」
「ご趣味は?」
「読書と、寝ること……?」
「好きな食べ物は?」
「アイスクリーム、……バニラ味」
「好きなタイプは?」「斬るぞ」
最後までお読み頂きありがとうございました!
次回も楽しみにして頂けましたら幸いです。




