令和2年9月第2週
9月7日(月曜)
2017年10月28日に"Q Clearance Patriot"、即ち「Qクリアランスを有する愛国者」を自称する人物が、匿名画像掲示板4chanで「嵐の前の静けさ」というthreadに一連の投稿。彼が米軍指導者の集会に出席した際にDonald Trump大統領が述べた、とされる「嵐の前の静けさ」と云う言葉に触れた所から物語は始まる。
Qクリアランスとはエネルギー省が定める最高機密の閲覧資格を指すが、彼は其の資格を持つ政府の内部告発者を名乗り、「米国は闇の政府"deep state"に長年支配されている」「バラク・オバマ元大統領やヒラリー・クリントン氏等の民主党系政治家、エリート層が小児性愛者向けの人身売買に関与している」、対してトランプ大統領は「政府や企業、メディアを使い、彼等と密かに闘う救世主だ」等と主張した。4chanのような匿名掲示板では、複数人が同一のハンドルネームを使って投稿した可能性も有り得る。此処から始まった陰謀論や其れを説く個人、若しくは複数の人物は、やがて"Q Anonymous"を略して"QAnon"と呼ばれる様になった。
其の後も「Qアノン」は国民の危機感を煽る荒唐無稽な内容を訴え続け、新聞等の報道では陰謀論として扱われた一方で、"Q"の主張を信じる層は次第に拡大。2018年の夏頃からトランプ大統領の演説会に"Q"の看板を掲げる支援者が目立ち始め、中間選挙を巡るキャンペーンでも「Qアノン」支持者の姿が見られた。
そして今年。新型コロナウイルスの世界的大流行が、電網に於ける陰謀論の伝播に拍車を掛けた。外出禁止が続く中、TwitterやFacebookで「Qアノン」の主張が拡散。両社は対応に追われ、Facebookは8月までに「Qアノン」に関連する790件のグループと100件のページ、1500件の広告を削除したが、其の勢いは政界にも拡散。8月にGeorgia州で行われた共和党の下院予備選で、「Qアノン」を信奉するMarjorie Taylor Greene氏が共和党の主流派に勝利し、当選した。グリーン氏は「Qアノン」を推奨すると共に、Facebookで人種差別主義・反ユダヤ主義・反イスラム教徒の見解を表明した動画を公開。此の事実は「11月の米大統領選まで3ヶ月を切る中で、米政治が過激化している現状を浮き彫りにしている」との報道有り。
トランプ大統領は「Qアノン」に関し、「良く知らないが、私の事をとても好きだと云うのは知っている」「其れに就いては有難く思っている」「彼等は我々の国を愛している人だと聞いた」と語る一方、グリーン氏の当選に対しては「将来の共和党のスター、マージョリー・テイラー・グリーン氏を祝福する」「おめでとう」、「マージョリーは強く、決して諦めない」「本物の勝者だ!」と絶賛。"Q"の正体に関して米軍情報部の人物だとする説、大統領補佐官や大統領顧問、或いはロシアのプーチン大統領ではないか等と諸説が入り乱れる中で、ドナルド・トランプ氏当人こそが"Q"だと考える者も居る模様。
9月8日(火曜)
米大統領選まで二ヶ月を切る中、8月31日にトランプ大統領が、米Fox Newsの取材に「此の週末に或る人物が、と或る場所から飛行機に乗った所、機内は黒っぽい服や揃い物の黒服を着た悪党共でほぼ満席だった」と発言。翌9月1日にも「機内は略奪者や無政府主義者、暴徒らで一杯だった」と同様の主張を記者団に語ったが、氏の言説は今夏にFacebook上で広まった「飛行機に乗った左派の秘密工作員」と云う陰謀説と類似。
更にトランプ氏は、全国的な世論調査で氏を上回る支持を得ていると言われる民主党の大統領候補Joe Biden前副大統領に関して「貴方達が聞いた事も無い、暗い影に潜む人々」の操り人形だと非難。司会者が「陰謀論に聞こえますが」と返すも、氏は再び「貴方達が聞いた事も無い連中なのだ」と繰り返した由。
"QAnon"に就いては昨日の項に詳述したが、そもそもトランプ氏は、2016年米大統領選に於ける彼の陣営とロシアと関係に関しての公式調査を「デマ」や「クーデター」と断じ、新型コロナウイルス対策で対象が拡大された郵便投票に対しても「導入すれば共和党の候補は二度と当選出来なくなる」「不正の温床」等と連日批判。根拠の伴わない此等の主張は恰も「Qアノン」の陰謀論を思わせるが、特に最近の発言は「正義のトランプ政権が正体不明の"deep state"に包囲され、1期目が台無しにされた上に、選挙の不正で再選が阻まれようとしている」と云う物語を聞く者に信じ込ませようとしている様にも取れる。
米国Quinnipiac大学コミュニケーション学部のRich Hanley准教授は、トランプ氏に関して「インターネットの巧妙な嘘にどんどん埋もれつつある社会を反映する存在」だが「自身も其処から利益を得ている」と評価。更に「歴代大統領の中では異質な存在かも知れない」が「陰謀論好きな米国人が増えている中では、異質ではない」、次の大統領選は「誰が勝っても、史上最大の陰謀論の祭典と化すだろう」、「此の手の作り話は既に代替現実として、何百万人もの人々にすっかり刷り込まれて居るから」と指摘した由。
9月9日(水曜)
9月9日に英国の製薬会社AstraZenecaが、Oxford大学と共同開発中のCOVID-19用ワクチンの臨床試験に関して「独立委員会が安全性を評価する為に一時中断した」が「試験への影響を最小限に抑えるよう取り組んでいる」旨を発表。有害事象が確認された被験者は「横断性脊髄炎」を発症したとの報道も有るが、アストラゼネカ社側は「詳細は検証中で、最終的な診断は確定していない」としている。
同社の新型コロナウイルスワクチンAZD1222は、実用化後に30億本近くを供給する事で世界各国と合意しており、日本政府とも1億2千万回分に関する基本合意書を締結済。英国での試験は5歳から70歳以上の1万2000人以上を対象として5月に開始され、米国での後期試験も3万人の登録を目標に先週開始。ブラジルと南アフリカでも臨床第3相試験が行われており、日本でも初期の試験が始まった。ロシアでも試験が計画されており、全世界で5万人の登録を目指している由。
ロシアで承認されたガマレヤ研究所のワクチン"Sputnik V "との相違点としては、「スプートニクⅤ」がヒトのアデノウイルスを基礎としたのに対し、アストラゼネカのAZD1222はチンパンジーのアデノウイルスを用いた事が挙げられる。ロシア側が「ヒトのアデノウイルスを用いる事は先行研究も有り、他の新たな手法より安全性が高い」と主張する一方で、アストラゼネカがチンパンジーのアデノウイルスを選択したのは「ヒトアデノウイルスへの過去の暴露に因って、免疫がベクターを攻撃する」危険を回避する為に合理的だとの意見も有る模様。
ワクチン開発に取り組む九社のCEOは9月8日、「FDAの専門家が求める基準を満たす第3相試験に依って安全性と有効性が確立されるまでは、規制当局に承認および緊急使用許可を申請しない」という異例の共同声明を発表。開発上の困難にも政治的な圧力にも負けず、有効かつ安全なCOVID-19対策を世界中の人々に齎す者は誰か。或いは、何処までも自分の身は自分で守らねばならぬのか。
9月10日(木曜)
国際五輪委員会(International Olympic Committee; IOC)のJohn Dowling Coates調整委員長が、今月7日の時点で通信社の電話取材に回答。「新型コロナウイルスが有ろうとも無かろうとも、東京五輪大会は来年7月23日に開幕する」旨を宣言した由。IOC副会長も務めるコーツ氏は東京五輪の準備状況を監督する立場だが「東京はバトンを落としていない」、「大きな仕事に向けて準備を続けている」、「東京大会は新型コロナを克服し、隧道の先の光となる」等と話し、開催実現に向けた積極的な姿勢を強調する一方で、発言の根拠は提示されなかった。
二日が過ぎて昨日、同委員会の理事会が終わった後に、Thomas Bach会長がonlineの記者会見で発言。東京五輪に関しては飽くまで「安全を確保する原則を守る」と述べ、「今後数週間で感染防止策を集中的に協議して行く」方針を示した由。先の副会長発言が波紋を広げ、IOCは「世界保健機関のリスク管理と緩和措置に従い、安全な環境でのみ五輪を開催する」と文書で報道陣に釈明する等と対応に追われたが、バッハ会長はコーツ氏の発言を「文脈の一部」と擁護。「全ての参加者の安全を確保する事が原則」で「コーツ氏も含め、IOC関係者の誰もが全力を尽くしている」と述べた旨の報道有り。
会長と副会長の間に齟齬が有るのか、観測気球を上げて開催を望む声の多寡を量りたかったのか。真相は不明だが、未だ安請け合いは出来ぬ情勢が続くと見るのが妥当だろう。
9月11日(金曜)
複数の前科を持つ黒人男性George Perry "Big" Floyd Jr.氏が、5月25日にMinnesota州Minneapolisの食料品店で偽20ドル札の疑いが有る紙幣を出し、煙草を購入しようとして逮捕された。白人警官が8分46秒に渡って押さえ付けた結果、頸部を圧迫された彼は死亡。此の事件を引き金として、人種差別に対する抗議活動が米国全土に拡大する中、数年に渡って鳴りを潜めていた筈のhacktivism活動家集団"Anonymous"が復活。まず、ミネアポリス市警のwebsiteが一時的に不通となった。或る国連機関のwebsiteはフロイド氏追悼の場と化し、〝REST IN POWER, GEORGE FLOYD!"との声明が掲げられた。
アノニマスは「twitterの差別的なハッシュタグを乗っ取るアメリカのK-POPファンの活動」も利用。多くのfollowerを有するアノニマスのtwitterアカウント、@YourAnonNewsは、6月3日に「匿名の全てのK-POPの仲間達よ!」「地球をハックしよう!」と呼び掛け、別アカウントの@YourAnonCentralでも「Qアノンのハッシュタグを再び標的とし、K-POPファンと一緒に攻撃する」、「ファシストのハッシュタグは、今やK-POPやアニメの投稿で溢れ、何が何だか分からない状態になっている」「アノニマスの#OpFanCam部門は第2ラウンドに進む」「陰謀ファシストの連中をもう一度、懲らしめよう」と訴えた。そして8月5日、@YourAnonNewsに「QAnon作戦」と云う動画が投稿された。其の中でアノニマスは「情報弱者や教育の無い人々を利用する御前達を、このまま黙って放って置く訳には行かない」、「我々の集団は異なる人格の集まりで、個々が其々の事情を抱えている」が「一つだけ共通するものが有る」、「其れは御前達の馬鹿げた話が頭に来ているという事だ」と語り、「Qアノン」に電網上で宣戦布告した由。
元を辿ればアノニマスもQAnonと同様、ネット掲示板4chanから派生した集団とされるが、反権力・反人種差別の傾向が強い点は対照的。過去には新興宗教Scientologyや白人秘密結社Ku Klux Klan/KKKにサイバー攻撃を仕掛けた事も有る由。宣戦布告の中でアノニマスは、Qアノンが名前の似通った自分達を「仲間で在るかのように見せ」た事を「断固として許す訳には行かない」、「御前達と一戦交えるつもりだ、覚悟しろ」、「証拠も何も無くても信じてついてくる愚か者だけが、御前達の仲間だ」と述べた模様。その後は幾つかのtweetでQAnon支持者と目された人々の個人情報が晒されたそうだが、戦いの帰趨は杳として知れぬ。
9月12日(土曜)
新型コロナウイルスの感染拡大防止策として政府が要請して来たスポーツ其の他に於ける催事の参加人数制限が、一週間後に緩和される事が決定。此の通達を劇場等の関係者や愛好家は歓迎する一方、感染収束が見通せない中の緩和に戸惑いや不安の声も聞かれた旨の報道有り。
緊急事態宣言が全面的解除となった5月25日以降に制限の段階的緩和は行われて来たが、9月19日以降は感染対策を前提に「収容人数1万人超の施設を使った大規模イベント」では現行の5000人と云う上限が外され、「収容人数の50%」まで入場可能となる。1万人以下の施設では5000人の上限は維持しつつ、「歓声や声援が少ないと想定される演劇等」では満席にする事も許可される模様。緩和の後に今月は四連休も控えており、患者激増に繋がらぬ事を祈るばかり。
英国の製薬会社、アストラゼネカが「開発中の新型コロナウイルスワクチンの臨床試験を英国で再開した」旨を本日に発表。被験者に副作用が疑われる深刻な症状が発生した事から全世界での治験を一時中断した経緯に関しては今週水曜の項に記したが、英当局により「治験を進めても安全だと確認された」由。大規模治験に於いては参加者の一部が体調を崩す事も不可避となる為、現時点では特に同社のワクチンが危険だと云う話でも無かろう。
無益な御役所仕事は別として、斯くの如き地道な検証を経なければ医薬品の効果と安全性は検証出来ぬ。一足飛びに認可して仕舞うような中露の遣り口は褒められたものでは無かろう、と言った所で世界の覇権を狙う者達の耳には届くまいが。
9月13日(日曜)
一昨日の仏蘭西に於いて、直近24時間のCOVID-19新規感染者が9406人に到達。大規模検査が開始されて以降では最多となる結果に対し、Jean Castex首相は、同国で新型コロナウイルス感染症の流行が「明らかに悪化」していると警告。
しかし、政府が大規模な制限措置を始める事は無く、逆に同日、「感染者に要請される自主隔離が従前の2週間から1週間に短縮される」事が決定。今月9日の時点で政府の諮問委員会が「2週間の隔離期間は国民に殆ど守られていない」一方、「発症から1週間経てば感染力が弱まる傾向も有る」として政府に短縮を求めた結果との報道有り。
そして昨日。同国の新規感染者は1万561人となり、一日当たりの最多人数を更新した旨を仏国の保健当局が発表。24時間に病院で死亡した感染者は17人で、累計死者数は3万910人。同日、新たに集中治療室に収容された患者は8人で、直近の1週間では417人に上った模様。感染予防が最優先では無かろうかと思うものの、情勢に関わらず「自由は何物にも代え難い」と云うのが仏国人の心意気かも知れぬ。




