一章 * 王宮にて 4
「なんて、綺麗な‥‥」
沈黙はセリードのその一言で破られた。
「今のは、聖獣、か?」
「ああ、そのようですね。初めて見ました」
国王と皇太子が深呼吸をほぼ同時に、そして状況が飲み込めずそれだけの言葉を交わして立ち尽くしている。ミオとセリード、そしてジェスターとクロードが遠慮がちにも今の出来事をポツリ、ポツリと話し始める。そんな中、リオンは上皇の手を握ったまま動かない。
「過去を調べさせよう。ささいなことでもなにか分かればそなたも動きやすくなるだろう」
その言葉に顔を上げると上皇がにこやかにリオンを見つめている。
「あ‥‥」
「感動的だ、この体はもう二度と使い物にはならないと思っていたのだが。これならばもう少し人の為になにか出来るだろう」
「上皇?!」
「お祖父様!! では!!」
「ああ、痛みは消えた。素晴らしい、本当に、すばらしい‥‥体というものがこれ程まで自由に動かせることを、今この瞬間まさに思い出した。」
ああ、と声にならない歓喜の声を漏らし国王は腰が抜けたように椅子に座り込む。皇太子はかなり長い息をついて、そして笑みを浮かべ言葉にならない、そんな顔をして目に涙を浮かべている。
「本当に信じられん」
そしてクロードが肘までしかない腕をまじまじと眺めながら、けれど嬉しさを隠せぬ緩んだ口元をしながらそうつぶやいたので、ミオが笑う。
「魔力も安定してきましたね?」
「そのようだ。痛みを気にしなくて済む分、魔力に集中出来る。これなら数日で23年前と同じだけの魔力が使える‥‥」
リオンは1人その場の空気とは違う空気を纏っている。
《シン》のあの怒りを爆発させるような雄叫びがなかったことは、怒りよりも悲しみが勝ったからなのだと、なんとなく伝わってきた。
諦めと悲しみはリオンに向けられたわけではないのにそれでもチクリと罪悪感のようなものが、小さな痛みを与える。
そして諭すように語るあの口調が、与えられた短い《過去の記憶》と相まってリオンの心に影を落とす。
(そこまで憎む過去って、なに?)
上皇、つまりフォルクセス王家を継ぐ者たちは例外なく憎まれてきた。そしてこれからも。
(この土地の成り立ち、シンがそれを見ていたし、その後にたぶん‥‥そのことでシンが王家を憎むことに繋がることが起きたのよね?それに《負の始まりの日》って‥‥。ああ、もう。多すぎる、知らないことが、多すぎて、何からすればいいのよ)
痛みからの解放。それは《過去の記憶》だけでなく、疑問や不安を増やすことも、リオンは嫌でも受け入れなくてはならなくなった。
「さあ、なんでも言ってくれ」
殻に閉じこもるように考え事をしていたら、明るい国王の声にびっくりしてリオンは自分が会話の輪に入っていなかったことに気がついた。びっくりしたことを隠しつつ、そもそも話を聞いていなかったので苦笑いでごまかしてみる。
「あは、えっと?」
「そのお話はまた後日改めてになさいませんか陛下」
助け舟はジェスターだった。
「今日はもう遅いですし、上皇もクロード様も今は喜びを噛み締めてはいががでしょう? 我々は下がらせて頂きます、リオンも考えたいことが色々あるようですし、ここはひとまずお互いが落ち着くべきかと。」
「ふむ、そうだな。ではリオンどんなものでもかまわぬ、考えておいてくれるか」
「あ? はい?」
分かってるのか、わかってないのか、そんな返事をしたリオンのそばで、セリードとミオは笑いをこらえている。きっと自分のことを笑われてるんだと恥ずかしくなりながらもリオンはとりあえず上皇と国王、そして皇太子にそれぞれ礼をする。
「よい夜を」
上皇の言葉に恥ずかしさは消え去って、笑顔でリオンは頷いた。
「はい。上皇も」
魔導院最高議長政務室内。
「本当に不思議な魔力を持っている」
「私ですか?」
いい酒を出すよとクロードに声をかけられ4人は政務室内のゆったりとしたソファーに腰かけ真夜中の穏やかな時間を過ごしている。不意にそう言われてリオンは持っていたグラスをテーブルにおいて、困ったように頬に手を当てて首を傾けた。
「自分では全く自覚ないんです」
「そうなのか。ほとんど眠っている、ような感じだ」
「あ、そうなんですか?!」
「しかも‥‥なにかな? 包み込まれているような形状といえばいいかな? 見ることが出来ないんだ。どういう力なのか表面的には魔力なのに中が見えない。痛みから解放してくれるその力もどういう質のものなのかはっきりしない。蘇生まで出来る貴重な魔力を持っていると聞いたが、それも普通と違うのかもしれないな」
「魔力というより、聖獣の影響を受けている特殊な力かもしれないわ。魂の共有をしているということと、あとは気になるあの言葉よね、《聖域の扉》ということ」
リオンの中に生まれた疑問は周りにいた彼らにも生まれた疑問だった。
「聖域、ってなにかしらね?」
ミオの疑問にリオンがすんなりと、かなり軽い口調で答える。
「彼らの世界のことですね。本来聖獣は私達とは違う世界で生まれて住んでいるらしいのでそこのことかと」
「えっ? ということはそもそも聖獣はこの世界の生き物じゃない?!」
驚くセリードに頷き、リオンは続ける。
「どうしてこの世界にいるのかわかりません、気まぐれか、それともなにか理由があるのか。とにかく彼らには彼らの居場所があるみたいです。《過去の記憶》から推測するしかないんですが‥‥」
「だとすると」
黙ったままグラスを見つめていたジェスターは視線をリオンに向けた。
「君のことを《聖域の扉》と呼んでいた。しかも君は彼らと魂を共有するとも言われていたから、君はその聖域に繋がるためのなにか力を持っているということではないか?」
「繋がる力を‥‥?」
自分の事だとしても、いまだに謎が多い《過去の記憶》と《聖獣と魔物との関係》はリオン自身の力とどう関係しているのか。
リオンは常々思っていることがある。
なぜ、私なのか?
生まれた時から少し変わっていたことは物心がついた頃になんとなく気がついていた。変わっていたその力が原因で家族がバラバラになったことも。自分で望んでなったわけではないし、ましてや誰かの生まれ変わりでもない。
もし神々が選んでいるのであればもっと魔力なり身体能力なり優れた人物であったはずなのに、《過去の記憶》からみてもリオンのようにごくありふれた人たちが同じように選らばれていることも疑問だ。
「考えすぎはよくないわよ」
帰りの馬車のなか、不意にミオにそう言われてリオンはずっとうつむいて考え事をしていたことに気がついてぎこちない笑みを浮かべた。
「旅支度を」
「え?」
「行くのでしょ? 良い風が吹いているわ、何かを見つけられる兆しが、あなたから見える。もちろん、多少の問題は発生するでしょうけど、それも乗り越えられるようだわ」
「ネグルマのことか」
思い出したように、セリードが呟く。
「さあそれはわからないわ、行き先はリオンに吹く風次第。旅の支度を整えて、待つことよ、その時になれば風があなたを目的地へと押してくれるから。あなたの旅は時間に囚われず慎重にゆっくりと進むべきもの。周りの意見に流されずに進んでみてね」




