家族以上の仮族
翌朝、起きたら十時を過ぎていた。ユリさんはまだ眠っている様だ。
洗顔と歯磨きをした。昨日の酒が残っているので気持ちが悪い。二日酔いだろう。食欲が無いので、朝食は取らずに、昨夜の片づけをした。食器と鉄板を洗い、ホットプレートをしまう。部屋が鉄板焼きの臭いで充満している。換気をしたが、髪や服にもついている様だ。部屋中にファブリーズを掛けまくった。
ワインの空き瓶をキッチンに持って行った。スミコさんがいた。
「昨日はだいぶ盛り上がっていたみたいね」
「すいません。うるさかったですよね」
「そうじゃないの。ユリがあんなにうれしそうに話しているのを見て、うれしくなったの。あの娘が楽しそうにお酒を飲むなんて、夢みたいだわ。ありがとう」スミコさんの目が潤んでいた。
「私も、あんなに楽しく飲めたのは初めてなんです。こちらこそありがとうございました」
「ユリから『あなたは、うちの大事な次女で大事な家族』と言う話しはした?」
「ユリさん、スミコさんに話していたんですか?」私はとても驚いた。7
「そうよ。昨日あなたから夕飯に誘われたから、『あなたはうちの家族で私の妹だって』言ってくるけどいいよね? とことわりがあったわ。もちろんいいわよ。カトウ家の大事な次女だって。うちは二人も女の子に恵まれて幸せだって言っておいたのよ」
「打合せ済みだったんですね」
「打合せと言うか、確認ね。本当にそう思っているから」
「ありがとうございます」うれしくて、声が震えてしまった。
「だから、アパートに引っ越しても本当にここが実家だと思って、いつでも帰って来て甘えてね。いずれユリも隣に引っ越すつもりみたいだし」
「カトウ家の皆さんは私にとって、本当の家族だと思っています。だから、この家から出て行くのは寂しくてたまらなかったのですが、カトウ家の次女だと言って頂き凄くうれしいです。それに、ユリさんがアパートの隣の部屋に来てくれるから、心強いです。ユリさんには、今も隣の部屋にいるから変わらないって言われましたけど」
「あなたとは、本当に血のつながった家族だと思えるわ。親戚でもないのに、不思議なのだけど、これはご縁なのでしょうね。血縁を超えた家族のご縁。それに、あなたは、私たち三人の家族の問題を、回復に向けて一緒に乗り越えようとしてくれた。だから、私たちは家族としての絆ができたんだと思うわ。だから、今日からあなたは、私がお腹を痛めて産んだかわいい娘よ」
私は、スミコさんの「家族としての絆が出来た。あなたはお腹を痛めて産んだ娘」と言う言葉がうれしくて、泣いた。涙が止まらなかった。
私は、生れて初めて家族の絆を手に入れたのだ。
絶縁した両親から受けた心の傷の痛み、麻里が新しい家庭を築くことで距離が出来た寂しさ、そして、カトウ家からアパートに引っ越す事で、一人で生きて行くことになった恐さから解放された。
私は初めて家族の温かさに触れた。血縁はないから、家族であって仮の家族、仮族かもしれないが、血縁以上の絆がある。家族以上の固い絆で結ばれたのだ。家族と言う絆で結ばれた関係はは心地よくとても温かい。私は、ずっと欲しかったものを手に入れたのだ。この温かな幸福を。うれしくて、うれしくてたまらない。うれし涙が止めどなく流れた。
スミコさんは、そっとティッシュペーパーを渡して頭をなでてくれた。その優しさが心に沁みて、ますます泣いた。スミコさんは私をギュッと抱きしめてくれた。私もスミコさんに抱きついた。
こんな風に母親に抱き締めてもらえたことは、記憶になかった。思わず「お母さん」と言ってしまった。スミコさんは「はい」と言って優しく頭をなでてくれた。私はさらに強くスミコさんに抱きついた。スミ子さんも、さらに強くギュッと抱きしめてくれた。
私は、心の中に建て様としていた、母親に虐待された心の傷の墓はもういらないと思った。新しい家族の絆が、心の傷を癒して浄化してくれた。これからは、私が自分で作った絆と共に幸せになることだけを考えて生きて行こう。これで、本当に虐待された両親とはお別れだ。さようなら両親、さようなら虐待されていた私。
ユリさんが起きて来た。
「昨日は、すっごい美味い酒飲んだのに、超二日酔いなんだけど」
「私もだよ。飲み過ぎだったよね」
「ゲロゲロって感じ」
「お父さんはね、二日酔いの日はお蕎麦とバニラアイスを食べたがるのよ。今、お蕎麦茹でるから二人ともちょっと待ってなさい」とスミコさんが言った。
「何それ。二日酔いに効くの? 知らなかった。確かに蕎麦なら食べられそうだけど、バニラアイスなんて買い置きあるの?」とユリさんが言った。
「冷凍庫に冷えていますよ」
ユリさんが見に行った
「あるよ、あるよ、バニラアイス。用意がいいじゃん」
スミコさんは得意そうに笑っている。
「昨日風呂に入ってないから、体が臭い。蕎麦の前にシャワー浴びたい」
「お蕎麦の用意しておきますから、その間に、お風呂にはいっていらっしゃい」
「あんたはどうする?」ユリさんが私に聞いた。
「お蕎麦食べてからにする」
「じゃお先に」ユリさんはシャワーを浴びに行った。
「カトウ家流の二日酔い解消法ですね」
「ふふふ。そうみたいね。なんでだが、お父さんと裕樹には効くんですって。きっと娘たち二人にも効くわよ」
スミコさんは楽しそうに、蕎麦を茹でてくれた。
ユリさんがシャワーから戻って来るのを待って、蕎麦を食べた。
ガラスの皿に氷を四つ置き、その上に蕎麦が盛ってあった。さっきまで、何も食べる気がしなかったのに、冷えた蕎麦が喉をするっと通り、二日酔いの熱を持ったお腹に流れて行く心地良さを感じた。
バニラアイスは、スーパーカップとハーゲンダッツが一つずつあった。私もユリさんもハーゲンダッツを狙っていたので奪い合いになった。
スミコさんは、私たちのやりとりをうれしそうに見ながら、お茶を飲んでいる。
トミオさんが、町内の寄り合いから帰って来た。私たち二人のハーゲンダッツ分捕り合戦を見て「姉妹ゲンカしているのか?」と言って笑った。
結局、ハーゲンダッツはユリさんの物になった。
バニラアイスは、二日酔いの火照った体を冷やし、心と体を落ち着かせてくれた。




